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新型コロナウイルス危機下での役員報酬減額の是非を考える(1)

非常時における役員報酬取り扱いの考え方と検討プロセス

労務行政研究所:労政時報3995号(2020.6.26)より転載

新型コロナウイルス(COVID-19)の世界的な感染拡大により、多くの企業で業績悪化の懸念が高まっている。感染収束の見通しが難しい中、企業の生き残りや資金確保を目的とした従業員の給与・賞与等の削減や配当金の減額、さらには従業員等の人員削減を含む雇用調整を行う企業が世界中で急増している状況だ。 こうした状況下で、企業の役員・経営幹部も“無傷”ではいられない。業績悪化に伴う経営責任を取る、あるいは従業員と痛みを分かち合うために、役員報酬を減額する動きが欧米をはじめ日本でも出てきている。そこで本稿では、役員報酬の減額の是非という観点から、実務的な検討の際の考え方を解説する。 なお本稿は、2020年5月下旬時点における国内外情勢を踏まえた情報・内容である点に留意いただきたい。

ポイント

①コロナ禍に伴う海外の報酬規制:コロナ禍による経済的打撃が拡大する中、欧米では規制当局による役員への高額報酬に対する監視強化が進んでいる。米国では、政府支援を受ける企業の高額報酬に上限が設定され、英国でも配当を控える企業に対し、投資運用の業界団体から報酬抑制の見解が示されている

②日米英での役員報酬減額状況:5月下旬時点で、米国では空運、ホテル業界等を中心に588社、英国では金融業界をはじめ180社、日本では152社が報酬減額を実施・公表しており、今後さらに実施企業の増加が見込まれる

③非常時における役員報酬検討の視点:報酬減額を含む取り扱いの検討に当たっては、「経営環境」「ステークホルダーへの配慮と連帯」「役員のモチベーションへの配慮」の3視点で捉える必要がある。検討時の論点としては、①検討手続き・プロセス、②対応方針、③報酬の方針・制度執行(運用)の変更要否、④開示の4点がポイントに挙げられる

④減額是非等の検討:本来、役員の役割・職責に応じて支払われる固定報酬(非業績連動部分)の減額・一部返上の是非を検討するに当たっては、非常事態の影響度を踏まえ、従業員への公平さや株主への責任、公的支援の有無、手元資金の状況等を勘案した上での判断が必要となる。また、業績の先行きが見通しづらい中で、業績連動報酬の変動幅や、対象とする目標設定期間の変更等を検討する際には、変更後の目標達成リスクとリターンの大きさを勘案することが重要といえる

1.新型コロナウイルスの状況と企業への影響

国内外で経済活動再開への動きが徐々に進みつつある一方、新型コロナウイルスの感染拡大は依然として世界経済に大きな影を落としている。感染を抑制するために、各国で推進された、いわゆるロックダウンと呼ばれる外出制限や自国民以外の入国制限および渡航制限により、人やモノの移動はこれまでにない規模で停滞している。2020年4月14日時点のIMFの見通しでは、2020年における世界のGDP成長率はマイナス3%となり、2008年のリーマン・ショックを超え、1930年代の世界大恐慌以来最悪の景気後退に直面するという[図表1]。

図表1 IMF世界経済見通し(実質GDP・年間増減率)
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個別企業においては、旅行・外食・各種サービス業や航空関連産業がまず打撃を受けた。続いて、サプライチェーンの寸断によって、自動車産業をはじめとする製造業にも波及するなど、その影響は甚大となっている。世界全体での収束の見通しが立たない中、企業の生き残りや資金確保を目的とした従業員の給与・賞与等の削減や配当金の減額、さらには従業員等の人員削減を含む雇用調整を行う企業が急増している。

企業の役員・経営幹部も“無傷”ではいられない。業績悪化等の経営責任を取る、あるいは従業員と痛みを分かち合うために、役員報酬を減額する動きが欧米をはじめ日本でも徐々に出てきている。しかし、これらの役員報酬減額はいったいどのような考え方の下で実施されているのだろうか。またその判断基準はどこにあるのだろうか。

役員報酬の減額の要否は、企業が属する業界や経営状況、各国における雇用形態の在り方によっても大きく異なるため、一概に言うことはできない。しかし、各社の報酬委員会もしくは取締役会において、報酬減額の要否は、今年度の主要アジェンダの一つになるものと考えられる。

そこで今回は、新型コロナウイルスの影響を踏まえた、日系企業での役員報酬の減額の是非や非常時におけるあるべき考え方について、先行する英米の事例を踏まえ、整理した。

2.規制当局・機関投資家による役員報酬の監視強化

新型コロナウイルスの感染拡大の影響を受け、米英をはじめとする世界各国における雇用状況は非常に深刻なものとなっている。各国政府によるロックダウン(外出制限)のため、営業活動の停止を強いられている企業が数多く発生。国連の国際労働機関(ILO)の調査によると、新型コロナウイルスの影響で、世界中の33億人の労働者の81%が、職場の全面的または一部閉鎖に直面しているという。また世界中で2億人の失業者が発生すると予測している。経済不安の高まる中、5月に入ってからは各国でロックダウンの緩和が進められている状況だ。

しかし、ハーバード大学公衆衛生大学院の研究者によると、社会的距離を一定程度確保するために実施するロックダウン等の措置は、少なくとも2022年まで必要との見方もある。いずれにしても新型コロナウイルスによる影響は長期化する可能性が高いといえよう。

このような中で、欧米の政府や規制当局は役員報酬に対する監視を強化している。米国では、新型コロナウイルスに伴う政府緊急融資や資金援助等の支援を受ける企業に対して、42万5000ドル(約4600万円)以上の高額報酬を受け取る役員や従業員の報酬に上限が設定された。

また欧州では、EBA(欧州銀行監督機構)が、欧州域内の銀行に対して「現下の経済状況を反映し、健全かつ効果的なリスク管理を推進するために、報酬の方針・慣行・役員報酬を見直すべきである」との声明を3月31日に発表。役員報酬についても、「変動報酬は保守的な水準に設定すべきであり、その大部分を長期間受け取りを繰り延べすることや、金銭ではなく株式で支給すること」を提案している。

さらに英国でも、機関投資家向けの業界団体であるIA(英投資運用業界団体)がプレスリリースを発表した。「配当金の支払いを停止する場合、取締役会や報酬委員会は、役員報酬にどのような影響を与えるかを検討すべきである」とし、新型コロナウイルス等の影響により配当を控える企業では、役員報酬を抑制すべきであるとの見解を示した。

4月に入ると、世界45カ国以上の年金基金や運用会社からなるICGN(国際コーポレート・ガバナンス・ネットワーク)が「役員報酬の方針は、従業員が経験する給与・賞与減額や一時帰休・解雇を反映すべき」とし、従業員の痛みに配慮した役員報酬を設定すべきであるという声明を出している。

これらの背景には2008年の金融危機の際、企業が従業員へのレイオフ・報酬減額を行う一方で、株主への配当や自社株買いを優先したことがある。また中には業績悪化にもかかわらず、役員や経営幹部に対して高額な報酬を継続して支給したことで、社会から大きな批判を浴びた企業もあった。その原因の一端には、投資家や経営陣による短期的な利益の追求があったといえよう。

その後2010年代に入り、ステークホルダーやESG(環境・社会・ガバナンス)を重視する考えが社会に浸透し、投資家は長期的な企業競争力の維持・向上に目を向けるようになった。このため新型コロナウイルス危機(以下、新型コロナ危機)下では、投資家側が率先して配当減額を容認する姿勢を打ち出している。機関投資家が企業に対して配当や役員報酬を抑制し、従業員の雇用や手元資金の確保を行うことを求めるようになったのである。

著者

村中 靖(むらなか やすし)
デロイト トーマツ コンサルティング合同会社
執行役員/パートナー

淺井 優(あさい ゆう)
デロイト トーマツ コンサルティング合同会社
マネジャー

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