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グローバル・リモートワーク(「バーチャル駐在」)の今 ~ 3つのトレンド

Global HR Journey ~ 日本企業のグローバル人事を考える 第三十二回

一昨年前、我々は「ニューノーマルの海外勤務『バーチャル駐在員』とは?」と題して、グローバルリモートワーク(「バーチャル駐在」)のメリットや、実現に向けて検討すべき論点・ポイントを全3回の連載でご紹介した。 本稿では、この記事以降のクライアント企業への支援を通じて垣間見た本テーマの「今」について論じる。

はじめに

一昨年前、我々は「ニューノーマルの海外勤務『バーチャル駐在員』とは?」と題して、グローバルリモートワーク(「バーチャル駐在員」)のメリットや、実現に向けて検討すべき論点・ポイントを全3回の連載でご紹介した。1 本稿では、この記事以降のクライアント企業への支援を通じて垣間見た本テーマの「今」について論じる。
 

1 ニューノーマルの海外勤務「バーチャル駐在員」とは?~バーチャル駐在員 ~リモート勤務による新しい時代のグローバルリモートワーク
https://www2.deloitte.com/jp/ja/pages/human-capital/articles/hcm/virtual-expatriate-01.html
https://www2.deloitte.com/jp/ja/pages/human-capital/articles/hcm/virtual-expatriate-02.html
https://www2.deloitte.com/jp/ja/pages/human-capital/articles/hcm/virtual-expatriate-03.html

トレンド①:バーチャル駐在の多様化

グローバルリモートワーク(「バーチャル駐在」)は着実に進化している。以前の記事でも述べたとおり、我が国におけるバーチャル駐在は、コロナ禍に端を発している。すなわち、海外でのオペレーションを有する多くの日本企業においては、各国でのロックダウンなどに起因し、海外勤務者が半ば強制的に帰国を余儀なくされ、そのまま海外の仕事を国内から継続していたり、あるいは、海外勤務予定者がコロナで渡航できないまま国内で海外の仕事を開始したりと、程度の差こそあれバーチャル駐在員的な働き方が発生してしまった、という「なし崩しバーチャル駐在」である。ただ、そのような状況を応急処置でしのぐ一方、会社として働き方の選択肢を従業員に提供したいという意図から、「バーチャル駐在員」というものの恒久的なプログラム化・制度化を検討する日本企業が出現し始めたことは記事で述べた通りであるが、特にここ1年でその多様化が顕著になってきている。

当初こそ日本人が日本から海外の仕事をリモート勤務で行うというパターンが主流であったが、以下のようなパターンが次々と出現してきている。

1) 優秀な外国人材のバーチャルによる登用
これは本社において、例えば海外事業や担う外国人のグローバル人材や、国内において希少なデジタル人材を登用するといったパターンである。いまや我が国は旅行先として訪れたい国という意味では世界有数となってきているが、言語やコミュニケーションの難しさなどもあり、必ずしも誰もが居住を望む国というわけではない。バーチャルによる優秀な外国人の登用は人材不足の日本企業にあってはかなり有効な手法といえる。(尚、雇用形態や税務面は個人別に検討を行い導入しているケースが多い。)

2) 配偶者の赴任先からのバーチャル勤務
これは海外勤務になった配偶者(必ずしも勤めている企業は同じでない)に帯同したい場合、その行先から本国の仕事の継続を希望するパターン。会社事由の異動というより、家庭の事情という本人に由来しているバーチャル勤務である。また、近しいパターンとして、配偶者の単身赴任先を訪問した際に、そこからしばらくバーチャル勤務するというものもある。(尚、ビザ・税務などのクリアすべき要件もある。)

3) 里帰りバーチャル
日本で働く外国人が、年末年始などに帰省する際、一定期間にわたって帰省先から日本における勤務をバーチャルで行うパターン。こちらも本人の事情に由来しているパターンで、税務面など様々な制約に抵触しない範囲・期間内で許可する場合が多い。

4) デジタルノマド
本来ノマドとは「遊牧民」を意味するが、デジタルノマドとは、デジタルデバイスなどを活用しながら場所や時間に縛られず(しばしば国内外関わらず執務する場所を転々と移動しながら)働く人々のことを指す。これはつまりロケーションフリーの働き方を許容するというパターンであるが、本人事情に由来する究極のパターンといえる。デジタルノマド自体はプログラマやデザイナーなどを指すことが多いが、必ずしもデジタル系の人材だけがこのパターンの対象になるわけでない。尚、ここまでの自由度を持たせた制度を実装している日本企業の例は少なくとも現時点では殆ど存在しないと考えられる。

上記全てのパターンを一度に実現するのは多くの日本企業にとって現実的でないだろう。まずは事業上の理由を優先し1)そして、比較的ハードルが低い3)から始め、次に働き方改革としての2)や4)に着手するというのが順当なアプローチではないだろうか。ただ、後述のデジタルノマドビザにもあるように、近い将来もし税務面含む法令上のハードルがある程度クリアされた場合、本人事由のパターンの実現性がぐっと高まってくる可能性がある。今後の動向を注視していくことがとても大切であるといえる。

トレンド②:恒久的なバーチャル駐在制度の整備のアプローチ

次に、着々と実例が出現している「バーチャル駐在」のプログラム化・制度化というものに、先進的な日本企業がどのように取り組んでいるか概観をご紹介したい。

まず、「バーチャル駐在」を制度として立ち上げるには、「ポリシー・ルール作りの側面」と、「オペレーション立ち上げの側面」の2つについて考える必要がある。

ポリシー・ルールの側面の整備とは これはバーチャル駐在の対象者、対象範囲(対象パターン)、処遇に関わる条件(報酬・就業条件等々)、人事評価のあり方、労務管理のあり方、人件費コスト負担のあり方等々を定義した規定の整備であるが(図1)、大きく以下の2つに分けられる。

  • グローバルポリシー
    (グローバル・グループワイドで共通的な考え方を取りまとめたもの)
  • ローカルルール
    (グローバルポリシーをベースとしつつ、特定の地域・国にだけ適用されるルールを取りまとめたもの)
図1:ポリシー・ルールの主な論点

我々が支援したクライアント企業では、例えば日本人を対象に、日本からアジアの数カ国と英米にバーチャル勤務する場合や、英・米の人材が日本本社に対してリモート勤務する場合といった、そもそも特定の国・地域に絞ってパイロットから着手するケースも多く、上記でいうところのローカルルールだけを検討するケースがままあった。他方、まずはグローバル・グループワイドでの基本的な考え方の明確化に着手し、ローカルルールは発生ベースで整備していく、といったアプローチを採る企業も存在する。また、その折衷で、グローバルポリシーの定義とともに、ある程度範囲を絞った上ではあるが、スモールスタートするための限定的なローカルルールを定義する、というアプローチもありえる。

ちなみに、「対象者」「対象範囲」は最も初期段階に検討すべき論点の一つであるが、必ずしも容易でないことが多い。この検討は、前述のような「会社事由」・「本人事由」といった、会社として許容するバーチャル勤務のパターンを明らかにするところから始まる。そして、それをどの国籍・対象国まで広げるかが論点となりうるが、特に「本人事由」まで許容範囲を広げる場合は話が複雑となりうる。上記のとおり、「本人事由」とは、会社の意向とは関係なく、配偶者の海外異動への帯同といった家庭の都合や、純粋に本人の意向により他国から本国に向けてリモート勤務をするケースである。その「他国」が非常に多岐にわたりうるわけであるが、「自社の拠点がある国からのリモート勤務であれば許容するのか?」、「拠点が存在しない国からも許容するのか?」「法務や税務面のリスクをどのように対処するのか?」といった、単なるべき論でない、実現にあたってのフィージビリティや運用の難易度なども勘案しつつの検討が求められるのがこの論点といえる。

オペレーションの側面の整備とは、ポリシー・ルールの運用を含む、バーチャル駐在を運営するにあたっての業務プロセスや役割分担、インフラなどの整備である。例えば、バーチャル駐在に関わる本社・グループ会社間の業務委託契約の締結プロセスなどもその一つといえる。

尚、「バーチャル駐在」の体制整備は、従来の「物理的駐在」の場合と対で語られることがままある。どちらも他国の任地に対して役務を提供する行為であり、それが物理的なのかバーチャルなのかが違いであるが、双方とも、立ち上げにあたっては、「ポリシー・ルールの側面」と「オペレーションの側面」が論点として存在する。

「ポリシー・ルールの側面」という意味では、グローバル・グループワイドでの基本的な考え方を定義した「グローバルモビリティポリシー」や、日本人駐在者のみに適用される「海外勤務規程」といったものが、「物理的駐在」の場合に存在する。また、ポリシー・ルールの中身こそ異なるものの、考えるべき視点・論点(対象者、処遇に関わる条件(報酬・就業条件等々)、人事評価のあり方、労務管理のあり方、人件費コスト負担のあり方等々)も、「物理的駐在」と「バーチャル駐在」はかなり近しい。

他方、オペレーションの側面という意味では、「物理的駐在」には、給与計算・税金の計算や経費の精算等々、考えなくてはならない数多くの業務があり、これは「バーチャル駐在」とは論点も中身も大きく異なる。

このようなことから、「バーチャル駐在」を社内制度として立ち上げるにあたっては、「国際間異動」という大きな体系の中にある既存の「物理的駐在」に関わる体制整備と対で、「バーチャル駐在」の体制を立ち上げると考えると整理がしやすいと考える。(図2)

図2:国際間異動の体系

トレンド③:デジタルノマドビザの出現

3つ目のトレンドとして、日本企業のグローバル・リモートワーク(「バーチャル駐在」)というものに近い将来大きなブレークスルーをもたらす可能性のある、デジタルノマドビザについて触れておきたいデジタルノマドビザとは、他国にリモートワークする人に対して滞在許可(半年~数年など)を与えるビザである。「デジタルノマドビザ」と言いつつも、年齢や、一定の安定した収入、リモートで可能な仕事を有するといった、いくつかの要件を満たせば職種を問わず発給されることが一般的で、要は多様な越境リモートワーカーのためのビザである。

多くのデジタルノマドビザはコロナ禍を背景として、過去2-3年で出現し始めたが、現在この制度を導入している国/導入を検討している国は現在60か国近くになっており2、今や世界の1/4以上の国3は越境リモートワーカーを受け容れるための出入国管理上の制度を有している/検討しているということになる。日本政府も議論に着手しようとしており、おそらく耳にしたことがある読者も多いのではないだろうか。また、リモートワーカー本人に対して、二重課税などの不利益を被らないような所得税上の優遇措置なども設けている国も存在する。4 このような税制の優遇措置がPE(恒久的施設)認定リスクといった法人税のリスクについてどのようなインプリケーションがあるかは、我々としても更なる深堀りの調査とともに、今後の動向を注意深く観察していく必要があると考えている。が、もしこれら税務的・法務的な問題がクリアされると、上記「バーチャル駐在の多様化」で述べた、「会社事由」のパターンはともかく、「本人事由」のパターンの実現にあたっては大きな追い風となる可能性がある。

「会社事由」の場合は、海外での勤務を指示・オファーされた本人が、物理的に異動することなく本国に滞在し続けリモート勤務することになるので、そもそもこのような、本国以外に滞在しつつ本国へバーチャルでリモートワークすることを実現するビザとは主旨として無関係である。他方、「本人事由」の場合は、本国ではなく他国(例えば帯同する配偶者の赴任先や自身が居住したい任意の国)から本国に対してリモート勤務することになるが、税務面・法務面でのリスクに対応する必要があるとなれば、大変煩雑な対応が必要となりうる。デジタルノマドビザは煩雑な対応が大きく減る可能性があるのだ。
 

2 Nomad Girl 「58 Countries With Digital Nomad Visas – The Ultimate List」(2023年6月27日)
https://nomadgirl.co/countries-with-digital-nomad-visas/
3 外務省「世界と日本のデータを見る」によると、令和5年3月現在、国連加盟国数は193カ国
https://www.mofa.go.jp/mofaj/area/world.html
4 Nomads Embassy「17 Digital Nomad Visas with No Tax [2023]」
https://nomadsembassy.com/digital-nomad-visas-with-no-tax/

 

おわりに

本稿では、多様化するバーチャル駐在のあり方や、先進各社における具体的なアクションとしての恒久的なバーチャル駐在制度の整備のアプローチ、そしてバーチャル駐在のあり方に大きなインパクトをもたらしうるデジタルノマドビザについて触れた。我々バーチャル駐在サービスオファリングチームは、グローバルリモートワーク(バーチャル駐在)の進化が、これからのグローバル企業の人材活用力(人繰り力)、そして働き手のウェルビーイングといった点で、計り知れないポジティブなインパクトをもたらしうると心の底から感じ、強い信念を持って取り組ませていただいている。また、折に触れてこのような情報提供を積極的にさせていただく所存であり、ぜひ期待していただきたい。

(おわり)

執筆者

デロイト トーマツ コンサルティング合同会社
嶋田 聰 ディレクター
伊藤 あをい マネジャー

■執筆協力者
デロイト トーマツ税理士法人
高橋 朋子 パートナー 税理士
メイ ミャトウ パートナー

DT弁護士法人
棚澤 高志 パートナー 弁護士(人事労務)
伊奈 弘員 パートナー 弁護士(規制)

※上記の役職は、執筆時点のものとなります。

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