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CEOのサクセッションプラン設計(1)

改訂版コーポレートガバナンス・コードを踏まえた後継候補人材の選抜・育成の考え方と仕組み

コーポレートガバナンス・コードの改訂を受けて、今後上場企業を中心に、CEOを頂点とする経営陣人材の候補者育成と、新たな柱となる後継者計画=サクセッションプランの策定に向けた取り組みが活発化していくものと思われる。そこで今回は、サクセッションプラン策定のプロセス・考え方と実施上のポイントについて解説する。(労務行政研究所:労政時報 第3956号(18. 8.10/8.24)より転載)

はじめに

企業の持続的な成長と中長期的な企業価値の向上を目的として、2015年に、コーポレートガバナンス・コード(以下、CGコード)が適用開始されて以降、役員報酬の見直しやその手続きとしての指名・報酬委員会の設置といった取り組みが各社において進められてきた。

こうした直近3年間における取り組みの進展は、日本企業のコーポレートガバナンスの在り方に大きな変化をもたらしたといえよう。一方で、企業価値の中長期的な向上を実現する上で重要となる、CEOの後継者計画(以下、サクセッションプラン)や、他の経営陣幹部を含めた選解任基準の策定については、各社の取り組みがいまだ非常に鈍い状況にある。このため、金融庁を中心とするCGコード改訂検討の過程では、こうした状況を打破する必要があるとの指摘がなされていた。

これらを踏まえ、2018年6月のCGコード改訂においては、主要変更点の一つとしてCEOのサクセッションプランおよび選解任基準等に関する取り組みが強く要請されることとなった。

欧米の上場企業では、CEOのサクセッションプランの作成は、投資家に対する説明責任の一環として、当たり前のものとして実施されている。一方、日本においてサクセッションプランといった場合、その多くは「次世代リーダーの育成」という名の下、役員候補や部課長層の育成にとどまるケースが多い。

このため日系企業においては、CEOのサクセッションプランやそれに伴う選解任基準および手続き整備に関する取り組みはまだ始まったばかりであり、これらに関する事例や文献等も非常に少ない状況にある。そこで本稿では、これまで当社が行ってきたCEOサクセッションプランの策定支援から得た知見を基に、人事総務部門の方が知っておくべき考え方とその検討のポイントについて、事例を交えて紹介したい。

わが国におけるCGコード改訂の背景

[ 1 ]CEOの選解任をめぐる問題意識

2018年6月1日に公表された改訂CGコードの要旨については次項で触れるが、そもそも今回の改訂で、CEOサクセッションプランや選解任基準の策定が重要視されたのはなぜなのか。その前提として、政府が大きく三つの問題意識を持っている点を理解する必要がある。

その1点目は、日本全体としての「稼ぐ力」が諸外国と比較して、過去20年間で非常に低迷しているという点。2点目は、中長期的な企業価値向上のために、中心的な役割を果たすべき経営トップが適切に選任されていないのではないか、各社の取締役会が経営トップの選解任プロセスにおいて、適切な監督機能・モニタリング機能を発揮できていないのではないか─という問題。3点目は、将来のCEOを選任するに当たり、CEO候補者に対する適切な育成がなされてこなかったのではないか、という点である。

日本企業の「稼ぐ力」の低下は、さまざまな指標から顕著に見て取れる。例として、世界の企業の総収益ランキング上位を示す「フォーチュン・グローバル500」の国別構成では、1995年当時149社の日本企業が含まれていたのに対し、20年後の2015年には54社と3分の1近くにまで減少している。この間で見た株価や時価総額の伸び率も、他国と比較して大きく見劣りする状況にあり、「経営とは、結果がすべてである」という考え方から、上場企業を中心とする日本企業の経営トップを担う人材の能力に疑問を呈する指摘が挙がっていたわけである。

[ 2 ]CEOの選任に関する実情

従来、日本企業における社長の選任プロセスは、現社長が自分自身の後継者を選任する、という半ば暗黙的な専権事項とみなされていた。このため、次期社長の選任に際しては、社長から会長や相談役等のOBへ事前相談を行い決定するということが一般的であった。また、社長に問題のある場合でも、解任が適切に行われないというガバナンス面での課題もあった。

実際に、2018年に行われた経済産業省による「平成29年度コーポレートガバナンスに関するアンケート調査」の結果では、「社長・CEOの後継者の計画(サクセッションプラン)」について、「何らかの文書として存在している」企業はわずか11%にとどまることが明らかになっている[図表1]。

図表1 上場企業における社長・CEOの後継者計画(サクセッションプラン)の有無
出所:経済産業省「平成29年度コーポレートガバナンスに関するアンケート調査」(2018年)

併せて、サクセッションプランを作成していない理由を尋ねた結果では、後継者については「社長・CEO等経営陣の意向が尊重されるため」が51%と過半数を占めている。これはまさに、「経営トップの後継者を選ぶのは、自分たち自身であり、外野に口出しされるべきものではない」という企業経営者の本音を反映したものと考えられる。

さらに同調査結果から見ると、任期満了時に、社長・CEO自身の再任を決定するのは、「社長・CEO自身」(39%)が最も多くなっており、適切な判断の下で再任が実施されているのかも不透明な状況にある[図表2]。加えて、社長・CEOの任期途中での解任に関して「基準がない」と答えた割合は82%に上っていた。

図表2 取締役の任期満了時に再任可否を決める主体
出所:経済産業省「平成29年度コーポレートガバナンスに関するアンケート調査」(2018年)

一方、社長・CEOの選出や評価を議論するための会議体として、指名または報酬委員会を活用する企業も多いが、先の経済産業省の調査によれば、これら委員会の設置率は43%という現状にある。また、指名委員会の開催頻度について当社が調べた結果(役員報酬サーベイ2017)では、「年間1〜2回開催」の企業が約6 割を占めており、まだまだ形式的な議論にとどまっているのが実態とみられる。

[ 3 ]CEO後継候補者の育成をめぐる指摘

CEOの後継者育成には、一般に10年以上の長い期間を要する。そもそも日本のCEO就任年齢は、平均61歳となっており、世界平均の53歳と比べて8歳も高くなっている(この年齢は世界で最も高い)。またグローバルでは、CEO在任期間が平均6〜7年程度である一方、日本企業のCEO在任期間は平均4〜5年と比較的短い。

※ 米国のコンサルティング会社、Strategy &が世界の上場企業における時価総額上位2500社を対象にした「第17回CEO承継調査」(17年5月発表)によると、新任CEO(最高経営責任者)の平均年齢は53歳。日本はこれより8歳高い61歳で、国・地域別では最高齢であった。

真に企業価値を向上させる経営を行うためには、経営トップを担い得る優秀な人材が、体力・気力・能力の充実している時期にCEOのポジションに就き、中長期的な目線で企業経営に取り組む必要がある。しかしながら日本企業では、前述のとおり、そもそもCEO就任年齢が高過ぎる(遅過ぎる)上に、選抜・育成の対象が部課長であることから、その開始時期が遅い(40代がボリュームゾーン)ことに問題があるといえよう。

以上のことから日本企業では、CEOポジションへの就任年齢を早めると同時に、選抜・育成の取り組みも30代あるいは20代後半から始めるべきではないか、という点が指摘されている。

CGコード改訂の要旨

こうした背景を踏まえて、今回行われたCGコード改訂のうちCEOのサクセッションプランおよび選解任に関連する部分の要旨を見ておこう。ポイントは次の3 点である[図表3]。

図表3 2018年改訂CGコードにおける改訂箇所(CEOの選解任関連)
出所:東京証券取引所「コーポレートガバナンス・コード(2018年6 月版)」

まず1点目は、取締役会が「CEO等の後継者計画の策定・運用に主体的に関与するとともに、後継者候補の育成が十分な時間と資源をかけて計画的に行われていくよう、適切に監督を行うべきである」(補充原則4-1(3))。

2点目は、取締役会が「CEOの選解任は、(中略)、客観性・適時性・透明性ある手続に従い、その資質を備えたCEOを選任すべきである」(補充原則4-3(2))、「CEOがその機能を十分発揮していないと認められる場合に、CEOを解任するための客観性・適時性・透明性ある手続を確立すべきである」(補充原則4-3(3))という点である。

そして、3点目は、「独立社外取締役が取締役会の過半数に達していない場合には、経営陣幹部・取締役の指名・報酬などに係る取締役会の機能の独立性・客観性と説明責任を強化するため、(中略)指名委員会・報酬委員会など、独立した諮問委員会を設置することにより、(中略)独立社外取締役の適切な関与・助言を得るべきである」(補充原則4-10(1))として、指名委員会・報酬委員会等の活用が明記された点である。

以上の改訂に関連して、今後各企業が検討すべきポイントは以下3点に集約される。

  1. CEOのサクセッションプランの策定
  2. CEOの選解任基準の策定
  3. 指名委員会等の設置・活用を通じた指名・報酬に関する独立社外取締役の関与

これまで述べてきたとおり、日本企業では、CEOのサクセッションプランや選解任基準の作成は、なおざりとされてきたのが実態であった。今回のCGコード改訂では、この点に対してメスを入れることが特に意識される形となっていることがご理解いただけるだろう。


中編に続く>>

CEOのサクセッションプラン設計(2) 

執筆者紹介

村中 靖(むらなか やすし)

デロイト トーマツ コンサルティング合同会社 執行役員/パートナー

淺井 優(あさい ゆう)

デロイト トーマツ コンサルティング合同会社 マネジャー

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