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CEOのサクセッションプラン設計(3)

改訂版コーポレートガバナンス・コードを踏まえた後継候補人材の選抜・育成の考え方と仕組み

コーポレートガバナンス・コードの改訂を受けて、今後上場企業を中心に、CEOを頂点とする経営陣人材の候補者育成と、新たな柱となる後継者計画=サクセッションプランの策定に向けた取り組みが活発化していくものと思われる。そこで今回は、サクセッションプラン策定のプロセス・考え方と実施上のポイントについて解説する。(労務行政研究所:労政時報 第3956号(18. 8.10/8.24)より転載)

CEOサクセッションプランの策定(続き)

[ 3 ]STEP 3 :選抜プロセスの策定

あるべき人材要件の策定に続くSTEP 3では、人材プールの形成(候補者となるメンバーリスト作成)および具体的な選抜プロセス・基準の設計を行う。

⑴人材プールの形成

CEO等の後継候補者をリストアップするのに当たり、まずやるべきことは、候補者の「人材プール」を形成することである[図表11]。例えば、CEOポジションであれば、役員層や一部の部長層で形成されるハイポテンシャルな人材群を設定し、その中から育成、選抜を行うといったイメージである。人材プールの中で、まず後継者人材の育成を図った上で、最終的な候補者を絞り込んでいくというスタイルを取る。

具体的な事例で説明しよう。グローバルに事業を展開している日系大手製造業A社では、新CEOの就任直後から次期CEO候補者の人材プールを設定し、後継候補者にどのような人材がいるのかを、指名委員会を通じ数年間かけて継続的にチェックしている。CEOの後継候補者人材として、初年度におおむね10〜15名程度をプールした後、毎年、個別の育成計画に沿ってタフアサインメントへの配置やトレーニングを実施する。その状況や成績等を踏まえて評価会議を毎年行い、後継候補者の絞り込みを実施していく。2年目は8名、3年目は5名、4年目は3 名程度まで絞り込む、といった具合である(前述した非常時における暫定的な後継者は別途設定)。もちろん候補者には、同じ人が残り続けるわけではなく、新たに追加されることもある。重要なことは、常に後継候補者の人材プールの情報を更新し、手元でその育成状況を把握することである。

図表11 人材プール型サクセッションプラン(一定ポジションへの任用のための人材プール)のイメージ

また、別の方法として、若手から経営トップまでのサクセッションプランを一気通貫で実施しようとする場合、人材プールを[図表12]のような形で体系的に整理する方法も有効である。現代においては、企業の競争優位の源泉が、戦略や技術・コスト優位性から、優秀な人材そのものへと変化している。同時に、優秀な人材にとっては、他社へ転職しやすい環境が従来以上に整っている。このような状況においては、将来のキャリアパスの提示や、20〜30代からの優秀人材の早期選抜・育成・引き留めを目的とした、全社的な育成体系を整備することが非常に効果的だ。経営トップの後継者選抜・育成にとどまらず、若手〜中堅人材の育成も含めた一連の人材プール体系を整理することで、タレントマネジメント施策そのものの充実を図ることができる。

図表12 若手層から経営人材までの人材プール体系例

また別の方法として、CEO等の後継者のポジションに、複数名の候補者を挙げるという方法もある[図表13]。これは経営トップ候補者の人数が、既にある程度絞られている企業や、今後1〜3年以内にCEO交代を行うような企業が採用する傾向にあり、「直近1年以内に代わるならこの人物」「3年以内であれば、この人物」といった形で、ある程度後継候補の優先順位をつけるケースが多い。こちらは、人材プールの有無を問わず、サクセッションプランを設計する場合に有効となるため、ある意味では簡便なやり方ともいえるだろう。

図表13 特定ポジションのための記名型サクセッションプラン(イメージ)
⑵選抜プロセス・方法の検討

次に、経営トップ交代の際に実施する選抜プロセスの検討について見ていこう。ここでは平常時での経営トップの交代シーンを想定しており、事故や病気など非常時の場合には、既に述べたようにあらかじめ定めた交代順位に従って選抜されるという点で異なる。

まずは選抜プロセスの全体図を策定し、その上で、それぞれにおける選抜方法をどのようにするかを決定するのがオーソドックスな方法である。検討に当たっては、どうしても選抜方法の各論に議論の焦点が当たりがちとなるが、客観性・透明性をどのように確保していくか、この方法で本当に企業価値を高めるCEOが後継者に選抜されるか、という当初の目的に立ち返りながら考えていく必要がある。その上で、(1)審査プロセスを何段階とするか、(2)各プロセスでは、誰が審査を行うのか、(3)評価・アセスメントはどのような方法・基準で実施するか、などについて検討していくことが求められよう。

選抜プロセスと実施イメージの一例を[図表14]に示した。以下ではこの例に沿って、3段階の審査により次期CEOを選抜する前提で解説する。

図表14 CEO選抜プロセスの設計(イメージ)

1 次審査

1次審査では、毎年約20名の候補者群から一定のスクリーニングや評価・アセスメントを実施し、5〜10名程度まで絞り込む。スクリーニングの際には、年齢、健康状態、過去の人事評価(業績評価、360度評価等を含む)の結果、キャリアトラック(経験した部門やポジションのリスト)、語学力を用いることが多い。

なお、初期的な抽出の段階では、できるだけ主観が入り込みにくい指標に基づいて抽出し、2次審査以降で、詳細に検討すべき人材を選抜したほうが客観性・公平性が高いといえる。

また同時に、後継CEOに社外の人物を起用することを検討する場合、併せて候補人材のリストアップも行う必要がある。人材要件に照らして、候補となり得る人物の紹介をサーチ会社に依頼したり、社長や社外取締役から候補人材を挙げてもらうような形となる。
 

2 次審査

1. 審査の手法例

CEO交代時に行う2 次審査では、複数のアセスメントを通じて個々のポテンシャルや考え方等を総合的につかみ、候補者10名程度から、さらに2〜3名程度まで絞り込みを行う。

審査の手法はさまざまである。アセスメント会社のテストを受けてもらうこともあれば、ビジネスに関するプレゼンテーションやディスカッション、心理テスト、第三者インタビュー(候補人材をよく知る人物へのヒアリング)を行うこともあり、ここは各社によって考え方が分かれるところだ。

いずれの手法を採る場合も、アセスメントの目的は、あるべき人材要件に照らして当該人物がCEOの後継者たり得る人物かどうかをチェックすることにある。単一の手法のみでチェックしきれない場合には、上記のような手法を複数組み合わせて実施する必要がある。

2. 人材選択のためのデューデリジェンス

絞り込みの手法として、人材選抜のためのデューデリジェンス(=人材DD)を行うことも、非常に有効である。「デューデリジェンス」とは、M&Aなどを行う際、買収対象となる企業のビジネスや財務等、各種機能に関するリスクやポテンシャルを事前に評価するための調査等を指すものである。人材DDは、これを候補者選抜(セレクション)に転用して行い、候補者が抱えるリスクやポテンシャルをより精緻に測ろうというものである。

具体的には、あらかじめ1 次審査の結果(人事考課結果、360度評価結果等)を踏まえてある程度人数を絞った後、残ったCEO候補者の周囲のメンバー(上司・同僚・部下)おおむね8〜15名に対して、その候補者に関するヒアリング調査を行うものだ。イメージとしては、候補者1 名につき、10名近い上司・同僚・部下にさまざまなインタビューに答えてもらう形で、根掘り葉掘りヒアリングしていく。

人材DDのメリットは、対象者の人となりや性格、長所・短所といった細かな点まで鮮明に分かるため、本当に指名委員会等が後継候補者として推薦するに足る人物なのか、あるいはリスクのある人物なのかが明確になる点である。一方、デメリットとして、対象者が後継候補に挙がっていると周囲のメンバーに知られてしまう可能性がある点には留意が必要だ。

具体例として、人材DDを実施している日系大手サービス業B社では、社外取締役と外部コンサルタントによるデューデリジェンスチームを組成して、CEOの後継者候補人材の上司・同僚・部下約10名に対しさまざまなヒアリングを行っている。特に重点的にヒアリングを行うのは、(1)経営トップとして十分な貢献ができる人物であるか、(2)経営トップとしてリスクとなる要素はないか、(3)今後伸ばしていくべき点はどこか、という3点である。

候補者1名につき10名近い人物からヒアリングを実施すると、良い点も改善すべき点も含め、本人のさまざまな情報に触れることが可能となり、その人物を深く掘り下げることができる。最終的にこれらの情報は、デューデリジェンスチームによりレポートとしてまとめられ、指名委員会に送られる。仮にCEOに選ばれなかったとしても、育成計画の中に織り込まれ、さらなる改善への一助となる。
 

3 次審査

3次審査では、指名委員会で議論を行い、絞り込まれた2 〜3 名の中から、最終候補者1 名を決定する。次期中期経営計画や、事業環境等を考慮に入れながら検討を行うこととなり、その結果として社内の候補者を見送り、次期CEOを社外から招へいするという決定もあり得るだろう。取締役会は、指名委員会の決定を尊重する形でCEO候補者を最終的に決定するという流れとなる。

3次審査で行う選抜の具体的な手法とその考え方について、簡単に紹介したい。経営トップの後継者となる人物を判定する視点として、外的側面(客観的に検証可能なもの)と内的側面(外部からは一見して分からないもの)の二つが存在する。これらを効果的・効率的に見ていくためには、例えば[図表15]のような形で、どの評価手法によって何を評価するのかを明確にしておく必要がある。

この例では、「求める人材像」「業務経験」「パフォーマンス」の三つの観点からそれぞれを見るための手法の例として、360度評価や、プレゼンテーション、パーソナリティ診断等を挙げているが、選抜プロセスのどの段階において、どの手法を活用するかを詳細に検討しておくことが肝要である。

なお、CEOの後継候補者に挙がるような人物は、当然ながら非常に聡明な方が多い。それゆえに、試験のような形式でテストを行っても要領よくクリアできてしまうケースがある点には留意しなければならない。要は、「テストが上手な秀才」と「企業価値を持続的に伸ばす優秀なCEO」は、まったく別物ということである。

したがって、判定で見誤らないようにするため、フォーマルに後継候補者の能力を測るだけでなく、社外取締役等が候補者の人となりを知った上で、後継者決定の最終判断ができるよう、前述した人材DDの活用に加え、インフォーマルな形でさまざまな接点を持たせる工夫をしている企業もある。具体的には、プレゼンテーション終了後に、社外取締役との懇親会を設定したり、定期的に行う社外取締役への事業ブリーフィングを候補者に担当させたり、株主・投資家向けの広報発表を担当させて、その時の受け答えを社外取締役がチェックする、などの方法が採られている。

筆者らがコンサルティング先へ出向いた際、「社外取締役に後継CEOの推薦・決定を委ねるのは難しい」という現場の声を時折耳にする。しかしそれは裏を返せば、企業側が社外取締役等に対して候補者の十分な情報を与えていないためともいえる。ここで紹介した3 次審査を行う指名委員会のような公式な場以外で、社外取締役ができる限り候補者の人となりを知ることができる機会をつくることが、候補者選定の公平性や納得性を高めていく上で重要ではないだろうか。

図表15 評価項目・選抜の手法の例

[ 4 ]STEP 4 :育成計画の策定

育成計画の策定と実施は、平常時のサクセッションプラン実施において、最も重要な活動である。というのも、最終的なCEO後継者を決定するのは、CEO交代の直前であるため、それまでの間、候補人材は、各自が持つ能力をさらに磨き、CEOとして必要な能力を身につけておく必要があるからだ。

育成計画の策定に当たって重要なことは、まず役員人材育成の方針を決定することである。CEOの候補人材は、日本企業の場合、多くは40代後半から50代である。このレベル・年代にまで到達すると、一定の経験を積んだ結果、ある程度の識見や能力は固まってきている。この段階では、例えば研修プログラムを提供することで、本人の能力などが劇的に変化することはほとんどないだろう。

したがって、育成のポイントは「本人自身のスキル伸長」のみに目的を置かないことである。今後任せたい役割からすれば、経営チームを率いる経験や、特定の専門能力を持つ人材と協働する経験を通じて、他者の持つ力を最大限発揮させる力、すなわちリーダーシップや意思決定力にフォーカスして育成することが重要となる。

もっと具体的に言えば、「事業戦略そのものの在り方を見直し、変革する経験」や「間接的なマネジメントと意思決定を通じて、高い成果を導く能力」を伸ばすことが、CEOの後継候補人材の育成には必要となる。

役員人材育成の方針に沿って、各候補人材別に、毎年育成計画を策定し、現時点での能力・実績レベルと今後求められる能力・経験とのギャップを埋めるためのプランを検討していく。

人材育成の3要素[図表16]で示しているとおり、人材育成の基本は役員クラスといえども、現場での経験(OJT)にある。この中で最も重視すべきことは、戦略的な配置を通じた課題遂行能力の向上や、複数の事業・機能等の経験による幅出しだ。人は誰でも、自分自身が経験したことがないものを想像・理解することは難しい。企業全体を率いるに当たり、例えば営業部門担当であれば、管理機能へ異動させ、コーポレート業務全般をる俯瞰する立場で異なる経験を積ませる。あるいは事業のトップ、海外地域統括会社のトップなど、自分自身が最終意思決定者となる経験を付与していくことが求められる。

併せて、社長・人事担当役員(CHRO)による定期的な面接やフィードバックを通じて、自身の強みや弱みを理解し、可能な限り解決していくことができる体制の整備が必要となる。役員レベルになれば、集合研修は最低限不足する知識等を補うためのサブ的位置づけになるだろう。

図表16 人材育成の3 要素

まとめ

ここまでSTEP1〜4に分けて、CEO人材を対象とするサクセッションプランの設計について解説してきた。いずれについても仕組みをつくって終わりということではなく、毎年定期的にレビュー(振り返り)を行い、改善すべき点があれば随時見直しを図ることが必要となる。また、後継候補人材の育成状況が思わしくない場合、あるいは新たな課題が生じた場合には、取締役会や指名委員会等で共有を図り、解決のための方法を検討すべきである。こうしたフォローアップを含めて、一連のプロセスが有機的に機能してこそ、有効なサクセッションプランが構築できたといえる。

一方で逆説的かもしれないが、選抜の手法や育成の方法はあくまでも、適切なCEOや役員が選ばれるためのツールでしかない。検討の過程においては、細かな選抜基準や育成手法に思考が偏りがちであるが、人事部門のメンバーが常に意識すべきことは、「取締役会や指名委員会、あるいは株主の視点から見たときに、客観性・透明性をもって外部に説明できる仕組みとなっているか」「この選抜方法によって、真に企業価値を向上させる優秀な経営トップが選ばれるか」という点である。人事部門担当者としては、安易な解決策に走る「How思考」に陥らないようにするためにも、常にこの点を問い続けながら、サクセッションプランを検討していくべきである。

CEOを含む経営幹部サクセッションプランや選解任基準の策定については、各社での取り組みがまさに緒に就いたところであり、これからの数年で大きく進展していくものと思われる。しかしながら、サクセッションプランを支える人材要件や選抜・育成の手法などは、企業によって考え方が大きく異なるため、どこにでも推奨できる枠組みを教科書的に説明できるものではない。策定のステップをある程度共通化して示すことはできるが、その中身は各社によってまったく異なっているというのが実態だ。

ビジネスの状況、組織文化、候補人材の状況等を総合的に勘案した上で、各社なりのサクセッションプランが形づくられていくことになろう。本稿が貴社でのサクセッションプラン策定の一助となれば幸いである。

執筆者紹介

村中 靖(むらなか やすし)

デロイト トーマツ コンサルティング合同会社 執行役員/パートナー

淺井 優(あさい ゆう)

デロイト トーマツ コンサルティング合同会社 マネジャー

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