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新興感染症は何を地域医療にもたらしたのか

地域医療の最新動向と、今後の地域医療のプレイヤーの取るべき戦略の方向性

新興感染症の蔓延により、地域医療が崩壊する、といった報道が連日続いています。地域医療の崩壊はどのようなものが想定され、今後地域医療を担う病院・クリニック等の医療機関はどう対処していくべきでしょうか。 地域医療の崩壊の可能性と今後の地域医療のあるべき姿について、政策の動向や診療の動向を踏まえながら、方向性の検討について考察していきます。

地域医療のBefore

地域医療に関しては、これまで、地域の医療ニーズに応えるべく、2025年を念頭に必要と考えられる病床機能の提供量に見合う病床の整備を進めるための地域医療構想を各都道府県が策定し、病床機能の調整が行われてきているところである。
昨年には厚生労働省が重点的に支援する地域が選定され、再編などの選択肢も含めた再検証を求める病院がリスト化されるなど、具体的な推進を図ってきたところである。

 

医療崩壊する、とは

医療崩壊というコトバが飛び交っているが、そもそも何を意味しているものであろうか。医療崩壊とは、医療サービスに対する社会的な期待が過度に高まることによって、医療を提供する側の職員のモチベーションの低下や、病院の経営状況の悪化によって医療提供サービスの供給能力の低下をもたらす状況を指すものと考えられる。
医療崩壊が起きれば、結果として困るのは地域医療サービスを享受している地域住民であるため、非常に関心の高い状況にある。
すなわち、昨今の医療崩壊とは、新興感染症患者を受け入れる病床が満床となることによって、通常の急性期診療等もままならなくなることを意味しており、長期化すれば経営が悪化し、経営破綻する医療機関が増える懸念がある。

何を地域医療にもたらしたのか

これまでの地域医療サービスにもたらされた新興感染症による影響を、政策サイド、運営サイドに分けると次のように区分して整理される。

最初に、地域医療構想では一部の地域を除き、病床が過剰となると予想されているなか、新興感染症の情勢や世論の影響を受け、削減する方向に舵を切ることが難しい局面を迎えている。確かに空いた病床があるのであれば、その病床を活用して新興感染症患者への対応ができる体制を整備することは合理的であるというところであることから、本来の議論を継続していくことは一時的に見送らざるを得ない状況に陥っているものと考えられる。
次に、新興感染症への対応を医療政策として体系化し、十分な対応を図ることができるように計画を策定していくことが求められる。この点、現時点においては従来の保健医療計画の柱であった、5疾病5事業に、新興感染症への対応を1事業として整理し、5疾病6事業として次期の保健医療計画策定を求めるか否かの検討が始まっているところである。おそらくこの検討内容は確実に採用されるものとみられ、今後の保健医療計画には5疾病6事業への対応計画が掲載されていくことになるものと考えられる。



まず、新興感染症そのものへの対応を医療機関として余儀なくされたことがある。しかし、医療機関によって、対応に差がみられることも事実であり、例えば、積極的に受入を進める病院もあれば、発熱などの症状がある場合に患者の受入にあたっては消極的に対応している病院や診療所もみられる。ただし、医療機関である以上、新興感染症を発症している可能性を考慮した対応は進められているところである。
次に、患者の受診動向の変化によって、経営上大きな影響を受けていることである。
運営サイドである医療機関側は、新興感染症患者の受入に備え、受け入れる病棟での拡散を防ぐための改修工事を行う必要がある。受入病床数によっては、病棟全体を新興感染症患者に限定した運用とせざるを得ず、結果、新興感染症以外の通常の入院診療に使用できる病床数が制限される場合も少なくない。この、新興感染症への対応によって、既存の通常診療のための病床数を減らさざるを得ないという事実が、あまり報道等で取り上げられておらず、病院の経営面の逼迫度が正しく、かつ十分に世間には伝わっていないのではないかと考えられる。
最後に、医療機能の地域連携機会の減少がある。主に外来診療の受診行動の変化が著しく、診療所を受診する患者が減った結果として、病院と診療所の間での症例の紹介件数は減少傾向にあるものと考えられる。

新興感染症の影響は保険請求の状況に影響を与えているか

昨今の報道では、病院の経営面の逼迫度が正しく、かつ十分に世間に伝わっていないと思われるが、実際に経営面の状況はどうであろうか。
経営面の状況を示すものと考えられる社会保険支払基金、国保連合会に対する保険請求の状況を以下に集約し、示している。
まず、医科入院に関する統計情報を確認したところ、当年度は前年度よりも請求件数は少ない状況で推移しており、入院患者が全国的に見ても減少傾向にあることが把握できる。

次に医科外来に関する統計情報を確認すると、当年度は前年度よりも請求件数が少なく、特に4月、5月の件数の落ち込みが厳しい状況にあったものと考えられる。請求件数は8月にやや前年同月との開きが小さくなってきてはいるものの、4月以降のダメージは相当に大きいことが推察される。

次に歯科に関する統計情報を確認すると、請求件数は医科外来と同じトレンドを示している。4月、5月の落ち込みが激しく、それ以降は前年度との開きは小さくなってはきているものの、前年度と同じ水準には戻ってはいない状況にあると推察される。

調剤に関する統計情報を確認したところ、調剤についても医科外来や歯科と同じような傾向が確認された。

訪問看護の統計情報は下記のとおりであり、他の区分よりも請求件数は当年度のほうが多くなっていることが確認された。
件数としては他の区分の請求件数と比べると少ない状況にはあるものの、明らかにコロナ禍における訪問看護の需要が高まりつつあることが見てとれる。
受診控えをする中、訪問看護であれば受容できる、という患者や家族の心理が働いたものではないかと考えられる。

上記のように、請求件数だけをとらえれば、医科入院は医科外来ほどには大きく減少していなかったものの、医科入院の請求を行うのは病院が大半と考えられ、病院の損益構造は収益に占める固定費の割合が高いことが特徴であるため、多少の落ち込みによる影響が大きく出やすい傾向にある。それゆえ、経営上のインパクトは大きいことが推察される。
医科外来は主として診療所からの請求によるものであるが、診療所を受診する患者は明らかに減少している。病院ほどには固定費がかからない診療所であっても、件数が大幅に減少することによる経営上のインパクトは大きいことが推察される。
他方で、訪問看護は需要が喚起されているところであり、受診行動にも変化があったのではないかと考えられる。ただし、外来の減少幅ほどには訪問看護が増加しているわけではないため、一定の高齢者層の訪問看護による対応のニーズが高まっていることが考えられる。
病院経営において、入院診療は経営の根幹であり、入院患者の経路は急性期病院であれば地域の診療所からの紹介入院が多く、それに次いで救急搬送による入院も重要な経路である。紹介入院は連携先の地域の診療所を患者が受診しないことには始まらないため、地域の診療所の受診控えは少なからず病院の入院患者の確保に影響を及ぼしていると考えられる。
また、救急搬送件数について、昨今の報道でも減少傾向が全国的に見られる、と目にするが、救急搬送件数の減少も病院の経営上インパクトの大きな事象である。
病院経営にあたり、環境の変化のスピードが速くなる中、どう対応していくのか、変化を捉え、対応方針となる打ち手を早期に検討し、適時に実行する力が今後ますます問われてくるものと考えられる。
環境の変化をいかに早期に認識できるのか、という点においては、経営上のリスクの変化を適時に把握、評価し対応策を講じていくリスクマネジメントの重要性が高まるものと考えられる。

今後の病院経営において考慮するべきリスク要因

今後の病院経営において、明暗を分けると考えられるのは、リスクを適時に把握し、評価して、必要な初動を適時に起こすことができるかどうかにかかっていると筆者は考えている。
将来を見通した行動を進めていくためには、自院を取り巻く環境変化を認識し、どう対処するのかをあらかじめ検討することが必ず求められるが、そのような検討を行っているかどうかが、結局は明暗を分ける分岐点になるのではないか。
以下に具体的な検討のベースとして、新興感染症により検討が必要と考えられるリスク項目の一例を紹介しよう。

上記はデロイト トーマツ ヘルスケアで作成しているリスクインテリジェンスマップのNew Normalバージョンからの抜粋である。

まず、戦略と計画に関連するリスクについては、やはり外的要因が大きいと思われるところであり、外的要因によってどのような影響があるのか、といったところまで考察を進めることが重要である。リスクシナリオを描き、その結果発生する可能性の高い状況に対して、当該リスクを受容するのか、回避するのかなどの意思決定を行い、リスクへの対応方法を策定していくことが重要である。

なお、これらはあくまでもリスクの一例を抜粋したものであり、病院の経営上のリスクをどのように評価するかは、それぞれの病院の置かれた環境・状況変化に応じて様々な対応が想定される。

重要と考えているのは次の2点である。

  • 今後の病院経営を健全に維持していくために、どのようなリスクが発生する可能性があるのか、を漏れなく検討する
  • 今回の新興感染症の影響のみを考えるのではなく、新興感染症に向けたワクチンが広まった後の地域医療における自院の位置づけも含めて検討する

1点目については、リスクの発生する可能性については漏れのない検討が必要であると考えている。リスク評価に漏れがあったとき、その漏れたリスク項目に起因した経営上のトラブルが発生した場合には、事後対応によるコストが割高となるなど、予見できていればコストはかかるが軽症で済んだのに、といったことも起こり得る。

2点目については、ワクチンが広まった後の本当の意味でのアフターコロナを見据え、今の時点から検討を進めていく必要がある点に留意が必要である。コロナへの対応で頭がいっぱい、という経営者が多い中、その先を見据え、病院組織を導いていくことができるかどうかが、重要である。

 

今後の地域医療を支えるプレイヤーのマーケットに対する選択肢とは

患者の受診行動が大きく変わっており、今後、新興感染症が落ち着いたとしても、従前には戻らないとすれば、急激に縮小した診療圏市場(マーケット)において医療機関(プレイヤー)間の競争は激しさを増すことが考えられる。
その競争の過程においては、淘汰されていく医療機関も出始めている中、どのような戦略が考えられるか、その方向性を考えていきたい。
縮小していくマーケットにおいて残されたプレイヤーが採り得る選択肢は次のいずれかに集約されると考えられる。特に医療機関の場合、地域医療を面で支えることが求められることから、“共有”という方向性を設定している。

上記の3つの方向性のうち、“マーケットシェアの拡大”はその名のとおり、他のプレイヤーのシェアを自院が獲得することを意味する。自院が獲得すれば、他院はシェアが下がり、結果として淘汰が進む可能性があり、その診療圏で高いシェアを誇る病院が生き残っていくこととなる。この戦略は合理的に考えれば、当然選択されるものであるが、社会インフラとして機能すべき病院という施設が、市場原理による競争を通じて整理されていくことで地域の医療提供体制を維持し続けられるのか、といった面での配慮は必要となる。
次に“マーケットの共有”であるが、これは競合他院ではなく、共同事業体として、同じく地域医療を支えるプレイヤー同士が提携することを意味する。例えば、疾患別での強みを地域において分け合い、共存共栄を図る道をはっきりさせることである。地域によっては疾患別での機能分化が進んでいることもあるが、競合状態にある中で、いかに選択と集中ができるのかが問われる。ただし、ある一定の領域で高いシェアを確保できれば、それぞれの病院がWin-Winの関係を築くことができるものと考えられる。
最後に“マーケットからの撤退”であるが、これは自ら諦め、廃院の道を選ぶことである。昨今では、そうなる前にM&Aを通じて施設の存続を図り、継続して医療サービスの提供が行われているところである。

まず、“マーケットシェアの拡大”については、地域でのトップクラス、ないしは競合しているトップクラスの病院が選択するものであり。手法としては自院の強みの認識と潜在的なシェアの確保余地を確認のうえ、強みのある領域のブランディングを一層強化することで、地域の住民に対する認識を強固にすることが考えられる。地域の開業医に向けたブランディングも重要であるが、それ以上にコロナ禍によって変容した患者の受療動向からは、医療サービスの選択も自身で吟味して行う意向が強く感じられるため、今の患者体験にとって価値の高い診療サービスの展開などの対策を講じることは、ダイレクトにインパクトのある確実性の高い方法であると考える。
次に“マーケットの共有”については、中堅規模から小規模程度の病院同士が共通の価値観のもと、診療機能をそれぞれ分担するものである。これまではそれなりに努力することで、経営もそこそこに継続できていた。しかし、競合が激化する環境においては圧倒的な競争力がない限り、結果として第3の選択肢である“マーケットからの撤退”を選択せざるを得ない状況に陥る可能性がある。それゆえ、自院の事業継続を地域医療の観点から考えると、共有が現実的な選択肢となるであろう。ただし、仲間探しや共有の形を実現するためにはそれなりの準備期間が必要となるため、経営的な体力が残っているうちに動き始めることが肝要であり、危機が迫る前に将来を予測・察知できるかどうか、経営者としての手腕が問われる。
“マーケットからの撤退”については、資金繰りが困難となった場合や後継者不在などの要因により廃院にするケースが考えられる。資金繰りが悪化する要因は、前述したとおり、患者数の減少傾向に回復の兆しがみえず、いつかは改善すると信じて職員を抱え、療養環境を整備し続けていることで、固定費の支払いが荷重となることにある。撤退を視野入れる場合、M&Aが選択肢となることがあるが、M&Aにおいては借入金残高の一時返済が条件とされることが多い。借入金の存在が条件面で不利になる可能性があることを考えると、経営者自身が引退するとしても、病院を残し職員の雇用を守りたいのであれば、安易に無担保融資などの条件の良い外部からの借入金を積み重ねる前に決断を行うことが肝要である。経営を第三者に承継させる決断をするのであれば、早期であるに越したことはないが、そうした判断ができるかも、経営者としての手腕が問われることにほかならない。
地域医療が安定的に保たれるためには、競争原理が働く中で、一定の医療サービスの提供量が確保される必要がある。しかし、地域医療の担い手たるプレイヤーの中には、マーケットの共有を選択しなければならないという身の丈を認識していても、切り出せない病院も多く、容易ではない。なぜ容易ではないのか、その解釈を囚人のジレンマを使って説明を加えよう。
囚人のジレンマは、ゲーム理論において説明されている。相互協力関係を築いた方が、関係を築かなかった場合よりも得られる利得が高いことをわかっていながらも、相互に協力せず、自身の利得確保を優先する結果、相互協力が成立しない、というものである。
囚人のジレンマを地域医療に当てはめた場合、地域医療の枠組み全体での利得を高めようとすれば、個々の利得ではなく、相互に協調することが最も望ましく、パレート最適な状態となる。しかし、それぞれの病院が各々の戦略を持ち、シェアを伸ばそうとする結果、相互に協調せず、先ほどの“マーケットシェアの拡大”という選択肢を志向するため、パレート最適な状態ではなくなる。プレイヤー相互が協調しない裏切りの戦略を採択することで、ナッシュ均衡の状態に陥ってしまっていると考えられる。

地域医療の枠組みでの利得は、相互に協調し合いながら経営を存続させていくことを選択することで高めることができるのではないかと考えている。
実際に再編統合が進んでいる地域では、あり方検討委員会などにおいて、地域住民にとっての利得を高める、という軸に基づいて協議が行われており、議論にも終始ぶれが無かったように感じる。また、再編統合後も、思い描いたとおり、その地域では医療従事者が増え、より幅の広い医療サービスを提供することを実現させ、充実が図られていることから、やはり地域医療全体の利得を高めるための方向性を決定できることが重要である。

地域医療のあるべき姿

新興感染症への対応が求められている病院では、これまでの通常の診療サービスを抑制してでも、新興感染症患者に対応せざるを得ない状況があり、それが病院経営に大きなダメージを与え続けている。診療所では、診療科によって、従前水準に患者が戻ってきたところもあれば、戻りが悪いところもあり、患者の受診行動が変化したと考えられる。
今後もこのような状況が続くのかといえば、その可能性が高いと思われるが、むしろ、この状況こそが新しいステージであると早急に認識すべきであろうと思われる。
つまり、競争の質が変容してきていると考えられ、地域医療の中での静かな陣取り合戦としての競争が今後激化していくと想定される。その中で、地域医療のプレイヤーは自身の役割を模索し、提供可能な医療サービスに応じて整理されながら、地域医療の棲み分けが進んでいくであろう。

最後に、あるべき姿を考える軸は、囚人のジレンマの理論でも紹介したように、パレート最適、すなわち、地域医療にとっての利得の最大化のために、マーケットの共有に向けた再編統合が進められるべきであり、共存共栄の道を模索していく先に、地域医療のあるべき姿があるものと考える。

執筆

有限責任監査法人トーマツ
リスクアドバイザリー事業本部  ヘルスケア 

※上記の部署・内容は掲載時点のものとなります。2020/12

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