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精神科を中核とする医療情報システムの導入、更新

精神科を中核とする医療機関の医療情報システム更新におけるポイントをご紹介します

精神科を中核とする医療機関においては、医療情報システムの導入が身体科を中核とする医療機関に比べて進まない状況がありました。しかし、昨今の医療DX、職種間連携の推進、医師をはじめとする職員の働き方改革などにより避けて通ることができない状況になりつつあります。一方で、身体科に比べて求められる機能が異なることから、注意するポイントが異なる部分もあります。今回は、医療情報システムの導入、更新のポイントの一部をご紹介します。

精神科を中核とする医療機関における医療情報システムの概要

精神科を中核とする医療機関においては、医療情報システムは、主に会計を行う「医事会計システム」を中心に導入、運用が行われています。加えて、画像や検査結果などの一部を参照するシステムを導入されていることが一般的である一方、記録や指示といった、いわゆるカルテ部分については、紙カルテで運用されていることが多いようです。医師、看護師、医療技術職、事務職など、職種間の連携も紙での運用が多く、また、各種指示や記録の記載方法、指示の内容についても病棟や部署単位で異なっていることも比較的多くあります。一部の医療機関では、同じ言葉の意味合いが医師によって異なることがあり、例えば、外来診察を午前枠としていてもA医師の場合は9:00~、B医師の場合は9:30~のように、それぞれの立場や部署単位で最適化が進んでいる状況があります。

また、精神科領域でも、地域との関係性を持つ中で疾患の治療にあたる「精神科地域包括ケアシステム」(https://www.mhlw.go.jp/stf/seisakunitsuite/bunya/chiikihoukatsu.html)の取組みが今後も継続、強化されることが想定されます。記録や指示の共有だけでなく、画像や検査データなど診療情報の共有に加えて、記録の標準化、迅速な連携、多職種におけるチーム医療の推進など、電子化、医療DXの導入が避けて通れない状況が近づきつつあります。

精神科を中核とする医療機関向け電子カルテシステム導入における病院課題

電子カルテの導入状況については、身体科を中核とする医療機関では、400床以上の病院で8割を超えるなどデジタル化が進む一方で、精神科を中核とする医療機関では、300床以上の医療機関でも約半数にとどまっている状況です。この理由としては、

①導入、運用における費用

②専門職員、知見のある職員の不足

③経営層の理解不足

④業務変更への抵抗感

の4点が大きいと考えられます。

①導入、運用における費用については、患者1人あたりの医療収入が身体科に比べて半分程度であり、医療機関の大きな負担になることから、導入に前向きになりにくいという状況があると考えられます。対応の方向性として、医療DXや保険証の電子化、電子処方箋の推進などに向けた補助金の活用、保守契約を複数年度かつ必要な範囲に絞り込むことでの運用コストの最適化などの方法で、全体として医療情報システムにかかる費用の圧縮が考えられます。

また、④とも関係しますが、一度にすべてのシステム化を図るのではなく、複数年単位で導入の計画を立案し、費用の分散を行うことで経済的な負担を平準化する方法もあります。

②専門職員、知見のある職員の不足については、医療機関内ですぐに解決することが難しい課題の1つです。医療情報システムは、(1)電子カルテ、(2)医事会計、(3)画像、検査、給食などの各種部門システム、(4)サーバーやネットワークなどの基盤、という具合に複数の構成要素で成り立っており、幅広い知識と経験が必要となるからです。医事会計や放射線など、すでに電子化が進んでいる部署には比較的詳しい職員がいらっしゃると思います。そのような職員を1つの検討体としてまとめて議論をすることで、病院全体で不足部分をカバーする体制を作っていくことも出来るでしょう。

③経営層の理解不足については、①とも関連しますが、直接的な増収につながらないものに対して多額の投資を行うことへの抵抗感は十分に理解できます。一方で、数年後には医師の超過勤務時間に制限が設けられること、医療DXが一層進むであろう潮流があることを踏まえて、外部の研修や情報提供などを元に医療情報システムに対するメリットのみならず、リスクや課題についても理解を深めて頂きたいと思います。

④業務変更への抵抗感については、カルテや温度板(熱計表)など紙で記録、参照することのメリットや、指示や権限などの柔軟性に対してのご意見を頂くことがあります。一方で、記録や情報をいつでも、どこでも参照できる閲覧性の確保、、近年増加しつつある、医療訴訟等への対応として記録された情報の真正性の確保、災害や火災などの際にデータの滅失を避けることができる保存性など、数多くのメリットがあることも事実です。

業務変更への抵抗感は、導入するシステムを十分に検討する中で内部の検討や外部の知見などを組み合わせることにより、改善案や最適な運用を整理することが可能となります。時間をかけて丁寧に確認を進めることで各部署の理解を得ていく地道な取組みも必要と考えます。

近年、医師や看護師の養成に向けた研修を受け入れている複数の医療機関から、電子カルテや情報の共有、認証システムなどを用いた医療安全への取組みに対して、若い医療従事者の意識が高くなりつつあるというお話を頂くことが増えています。医療情報システムの導入は、精神科専門の領域においても新人職員確保の必要条件になりつつあるのかもしれません。

 

精神科を中核とする医療機関向け電子カルテシステム導入における周辺課題

電子カルテシステム導入における課題は、医療機関内だけではないと考えています。具体的には、医療情報システムの導入、運用に携わるシステム会社の体制や医療機関とのかかわり方にあると考えます。

精神科を中核とする医療機関では、医事会計システムの導入、運用が比較的長い期間行われていることから、医事会計システムを担当している会社から電子カルテシステムの導入提案を受けることが一般的です。

精神科医療に特化した電子カルテシステムを開発している会社は比較的規模の大きい2社~3社と、開発を長期に渡り行っている1社の計4社の導入実績が多いと考えられますが、このうち3社は医事会計システムの開発を自社では行っていません。そのため、提案を受ける際には電子カルテシステムを開発している会社と共同で行うか、OEMと言われる自社の製品として販売する仕組みを利用するかいずれかの形式を取ることが多くなります。

これにより、自社開発ではないシステムの提案、導入を行うため、システムや機能の細かな設定や運用、他病院事例の提供が十分に行われない可能性があります。特に医療機関における課題で言及したように、医療情報に十分な知見を持った職員がいない施設では、必要な情報が取得できない状態でシステム会社からの提案を受けることになり、費用や提案範囲、機能などが医療機関にそぐわないものとなる可能性が生じます。

さらに、医事会計システムは、そのシステム単体ではシステム会社の変更が生じにくいシステムであるため、システム会社の担当者とは長期間にわたる関係性が生まれています。

繰り返しとなりますが、医療情報システムは精神科を中核とする医療機関においては病院の建替えに次いで費用負担が大きい事業の1つとなることから、導入するシステムの範囲や機能、接続する部門システムについては慎重な検討や比較が必要になると考えます。また、その検討には客観性や公平性の観点でどのシステムが良いかを検討できる資料が必要となります。具体的には、病院の現状と課題、将来の考え方を取りまとめた「基本計画書」、システムの機能や役割を記載した「機能仕様書」、システム導入の効果や優位性をまとめた「提案書」などです。

以前、あるシステム会社に機能仕様に関する問い合わせをしたところ、数ページ(項目数:約200項目程度)の仕様書が提供されたことがあります。一般的に同程度の仕様では最低でも数十ページ(項目数:約2000項目)程度の内容が一般的であることから、確認したところ、細かな仕様は作成しておらず、医療機関と調整して作り上げるという回答がありました。

調整という言葉は一見すると柔軟性があり、医療機関を向いた提案になっているようにも思えます。しかし、必要な機能が含まれていない、追加するためには多額の費用が発生する、機能が含まれていても医療機関が求めるものとは異なるといったシステム開発としては深刻な状況となる可能性があり注意が必要と考えます。

精神科を中核とする医療機関に特化したシステム会社は、柔軟性や機能性の観点で医療機関の要望を可能な限り取り入れようとするシステム開発を進めていると考えます。一方で、身体科の電子カルテに比べて、システム以外の導入時、運用時におけるドキュメント力や丁寧な開発という部分に課題があると考えます。

 

精神科を中核とする医療機関のシステム化は様々なリレーションの活用から始める

精神科を中核とする医療機関の電子カルテ導入、電子カルテシステムの導入は身体科に比べると少し課題が多いものかもしれません。一方で、前述のとおり身体科で進んだ電子化、医療DXの流れが精神科を中核とする医療機関で進むことはほぼ確実であると考えます。

現状の整理や検討には一定の時間(最大で1年程度)がかかることが多いです。また、検討を進めている中で追加の課題や検討事項、周辺環境の変化が発生することも一般的です。

その中で、医療機関とシステム会社だけで検討を進めると、他院の事例や他システムとの比較(費用、機能、提案等)、メリット、デメリットの評価などが難しくなることがあります。

学会や勉強会、その他個人的なリレーションなどを可能な限り活用して頂き、他施設の情報を収集する、オンラインでの情報交換する、必要に応じて見学するなどの方法も有効であると考えます。

その際のポイントとして、導入を検討しているシステム以外のシステムもデモや見学を行うことが挙げられます。長期間良い関係性を築いているシステム会社以外の提案を受けることに抵抗がある方もいらっしゃるかもしれませんが、一方で、何かの商品を購入する際に比較検討をされる方は多いと思います。例えば、車を買う、パソコンを買うといった場合には、試乗やデモ機に触れることは自然なことではないでしょうか。医療情報システムも同様です。購入を決定する前には多くの情報を集め、整理し、分析してより良き情報システムの構築会社をパートナーに選んでいただきたいと思います。

また、そのような時間の確保や関係性の構築が難しい場合は、外部の知見としてコンサルティングを受けることも1つの方法です。専門性の高いコンサルタントは、システム会社や他の医療機関と良い関係性を多く持っていることが一般的です。そこから、第三者の視点で最適な提案の受け方、費用調整から導入の進め方、医療機関における課題に係る対応案など、助言や情報提供を受けることができます。

精神科領域における情報の電子化、標準化はこれから飛躍的に進むことが想定されます。それぞれの医療機関が行政、他の医療機関、システム会社などとより良い関係性を築き、要望の実現や課題解決など継続的な改善を図ることで使い易いシステムが生まれ、より質の高い医療に寄与するものと考えます。

執筆

有限責任監査法人トーマツ
リスクアドバイザリー事業本部  ヘルスケア 

※上記の部署・内容は、掲載日時点のものとなります。2022/8

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