最新動向/市場予測

継続的な医療サービスを享受していくために

我が国の保険医療が直面するサービス維持の危機に、”民間発”でできること

超高齢社会を迎え、労働人口が減少する我が国において、いかに医療の質を維持するか。 その問いに答えるために、民間の事業者によるサービスの重要性が増していることを踏まえ、 「新たなテクノロジー」・「保険外サービス」、2つの観点から情報提供を行います。

日本のヘルスケアサービスの抱える現状

超高齢社会・人口減少トレンドを迎えつつある我が国では、社会保障費抑制の動きや労働者の人手不足の影響を受け、医療を取り巻く環境が大きく変わりつつあります。

厚生労働省発表の職業別労働市場関係指標において、医療・介護職の有効求人倍率(パート含む)は全職種の平均に比べて軒並み高い状況であり、中でも最も高いのは、「医師、歯科医師、獣医師、薬剤師」といった職種です。これまでの「医学部定員増」などの取組みを通じて、倍率自体は低下傾向にあるものの、その倍率は4倍超と、相当な”人手不足”の状況にあると言えます。(図1)

図1
図1

そうした中で、医療の地域格差も見過ごすことができません。

例えば、日本人の死亡原因で大きな割合を占める、がん・心臓病・脳卒中による死亡率の地域差では、がんで2倍以上、脳卒中で5倍以上、心臓病で10倍以上の都市間差があるとも言われています*。
*出所:3大死因と医療費の地域格差:日本経済新聞

行政は、地域における医療機関の在り方を考え、また、へき地や地方に医師が就業できるような仕組みを整備するといった取組みを継続しており、国内における無医地区*の数・無医地区に住まう人口は減少していますが、実態としては「人口減少・交通インフラの整備によって、無医地区の定義に当てはまらなくなった状態にすぎない」、という意見もあります。
とするならば、人手不足・社会保障費抑制といった環境下で、既存の医療サービスに依存するのみでは、今後も継続的に均質な医療を享受できない可能性がある、と考えられます。(図2)

図2

*無医地区:医療機関の無い地域で、当該地区の中心的な場所を起点として、おおむね半径4kmの区域内に50人以上が住居している地区であって、かつ容易に医療機関を利用することができない地区

今後取り組むべき打ち手やトレンド

それでは、先述の状況も踏まえて、今後取り組むべき打ち手やトレンドとは、どのようなものなのでしょうか。まず、打ち手の方向性の参考情報として、平成30年の未来投資会議での討議資料に基づいて、2つの点を挙げます。

1 新たなテクノロジーや人材の活用

  • ロボット・AI・ICTなどの実用化推進、データヘルス改革
  • タスクシフティング(医行為を委譲できる)人材育成、シニア人材活用推進
  • 組織マネジメント改革、経営の大規模化・協働化

2. 保険外サービスへの期待

  •  次世代を含めたすべての人の健やかな健康習慣の形成
  •  疾病・重症化予防、介護・フレイル・認知症予防といった、「健康な期間を延ばす」ための”予防”の取組み

なお、前者に関しては、今回冒頭で人手不足について触れているため、「新たなテクノロジーの活用」にフォーカスして事例を紹介します。

(1) 新たなテクノロジーの活用

新たなテクノロジーを活用した医療サービスの提供に関しては、実証実験の形で様々な取組みが進められています。
例えば、「オンライン診療」については、平成30年の総務省事業として、全国で4つの地域を実証実験のフィールドとし、それぞれコアとなる事業者・団体のもとで取組みが進められてきました(図3)。

特に福岡県福岡市を中心とした取組みでは、実証実験に参加した患者の視点で、「時間が効率的に使えた」「受診の身体的な負担が軽減された」などのメリットが挙げられ、8割以上から満足という回答が得られたことで、今後の更なる活用に期待が持てる結果となりました。

注目すべきは、こうした取組みを行う中で、日本が誇る大企業ではなく、スタートアップ企業が名乗りを上げている点にあります。実際にこの実証実験の中で、愛知県名古屋市をフィールドとして行われたモデルでは、医療系スタートアップ企業MICIN社のオンライン診療アプリ、”curon”が活用されました。

なお、こうした新たなテクノロジーには課題の声もあります。既存の保険医療のステークホルダーからは、「オンライン専門医や医療提供施設外での診療行為の拡大解釈は、医療の質低下の懸念がある。」(H29 未来投資会議構造改革徹底推進会合)といった声も上がっています。日経デジタルヘルス誌(2018年)によると、「東京都医師会のアンケートでは、オンライン診療に「どちらかといえば賛成」が38.9%、「どちらかといえば反対」が38.4%と、両者がきっ抗した。現時点でオンライン診療を必ずしも好ましいとは考えていない医師が、かなりの数にのぼることが分かる」という結果も出ている状態です。つまり、新たなテクノロジーを活用した医療の提供にあたっては、”メリットは見受けられるが、ルール作りなど更なる成熟が必要”という状況にあると考えられます。

図3

(2) 保険外サービスへの期待

患者が保険医療にかかる前、特に予防の目的では、医療保険に依らない”保険外サービス”への期待が高まっています。その期待を受けて、市場規模は拡大傾向にあり、2016年では25兆円規模と推計された市場が、2025年には33兆円規模にまで成長すると見られています(図4)。

その背景には、元々ヘルスケアの印象が薄かった企業が、続々と保険外サービスでヘルスケア産業に参入していることが要因として考えられます。例えば、日本郵便株式会社の”郵便局の見守りサービス”や日本交通株式会社の”サポートタクシー”などがありますが、他にも保険会社・警備会社・インフラ会社などの参入が続いており、事例は枚挙に暇がない状況です。

行政も、保険外のサービス創出や利用を促進しており、例えば、厚生労働省・農林水産省・経済産業省による参考事例のガイドブック「地域包括ケアシステム構築に向けた公的介護保険外サービスの参考事例集」や各自治体の保険外サービス情報提供のWebサイト等で紹介されています。特徴的なこととしては、地域の事業者・団体等によって創出されているサービスが多く存在する点です。すなわち、保険外サービスについては、企業の規模や所在地を問わずに、その創出が行われていることが窺えます。

図4

これらの状況を踏まえて

当記事では、「日本のヘルスケアサービスの抱える現状」「今後取り組むべき打ち手やトレンド」の2つのコンポーネントで情報提供を行いました。

日本では、「社会保障費の増大」・「生産年齢人口の減少」が起こっている中で、医療の地域格差が課題となっています。行政の継続的な取組みにより、「無医地区の数」などは一見改善が見受けられるものの、実態としては人口減少などによる”見掛けの解決”である可能性があり、今後も持続的・均質的な医療サービスを享受できるか否かについては課題がある状態だと考えられます。

そうした中で、今後、(1)”新たな人材・テクノロジーの活用”、(2)”保険外のサービスの活用”への期待が大きくなりつつあります。

(1)については、例えば「オンライン診療」などがあり、実証実験を行う中ではある程度の効果が窺えたものの、現在の日本の医療の中ではその展開には課題がある(可能性がある)と見受けられます。(2)ついては、社会保障費の増大が懸念される我が国においては、健康増進・予防などの目的で、今後の期待がかかっています。

ともに、過去にヘルスケアに強みを持っていない企業や地域の事業者からも新たなサービスが創出されつつあり、特に保険外のサービスについては、市場の拡大や行政の利用促進を追い風に、様々な事業者の参画・サービス開発が期待されています。

執筆

有限責任監査法人トーマツ
リスクアドバイザリー事業本部  ヘルスケア 

※上記の会社名・部署・内容は掲載時点のものとなります。

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