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PHS後の病院における院内通信環境をどう考えるか

新たな規格・サービスによる、通信と通話の統合可能性とその課題について

2020年7月に予定されている公衆PHSサービスの停止は、病院の院内通信環境戦略にも影響を与えます。そう遠くない将来には、病院でもPHS関連機器類の入手が困難になる可能性があり、設備投資という側面での課題になりそうですが、一方でこれを機に、病院情報システムとの効果的な統合も含めたIT戦略の側面で、後継規格や新たなサービスが生まれ始めていることから、それらの検討が病院経営にも影響を与えそうです。

終わりゆくPHSサービス

一昨年(2018年)あたりから、医療機関様向けのコンサルティング業務を行っている中で「2020年にPHSが使えなくなるらしいけど」「院内のPHSも使えなくなるの」といった、院内通話環境に関するご質問を受ける事が多くなっています。

今回のメルマガでは、公衆PHSサービスの終了とその後の院内通話について、少し考えてみることにします。

2020年7月に終わる公衆PHSサービス

院内のPHSを考える前には、そもそもの公衆PHSサービス(以下、PHSサービスと言います)を考えてみる必要があります。

1995年に始まったPHSサービスは、一時期、携帯電話サービスとの激しい契約数競争もあったものの、2018年3月をもって、全事業者での新規契約の受け付けが終了し、2020年7月には、サービスそのものが終了することがアナウンス済みです。

これらはあくまで、事業としての免許が必要な、屋外で外線電話番号を利用した通話サービスが終了する、という意味であり、医療機関内での内線番号による院内通話は対象に含まれていません。

既存の院内通話環境は当面は大丈夫です

では、実際のところ、医療機関内でのPHS(以下、院内PHSと言います)の将来はどのような状況なのでしょうか。

院内PHSは1.9GHzの周波数帯を利用している「特定小電力無線局」として、無線局開設のための免許が不要で、構内であれば自由に設置・利用が可能になっています。このため、既存設備を利用した院内通話は、2020年7月以降も利用し続けることには問題がありません。

ただし、PHSサービスの終了により、PHSに対応した電話交換機の新規開発やPHS端末そのものの開発は縮小に向かうと予想されており、次第に故障・修理対応のための部品も欠品が増えるとともに、対応費用も高騰していく可能性が考えられます。

一般的に10年前後利用される電話交換機(法定耐用年数は6年です)に関しては、既に各メーカーから次世代の通信サービスに対応した機器がリリースされていることから、今後の交換機の入れ替え計画においては、院内PHSの継続利用だけではなく、交換機が対応する次世代サービスの導入検討も必要と言えるでしょう。

 

現れ始めた、次世代の院内通話技術

PHSサービスが終わりゆく中とはいえ、院内での医療従事者のコミュニケーションが無くなるわけではないので、医療機関は将来に向けて何らかの準備が必要となってきます。

スマートフォンの利用がカギ

現在、PHSに代わって院内通話での利用について有力視されているデバイスは、間違いなくスマートフォン(以下、スマホと言います)です。

すでに先進的な取り組みを行っている医療機関では、電子カルテやナースコールとの連携実績もあり、画面上で電子カルテの診療記事や熱型表の確認、バイタルサインの入力なども行われています。また、無線LAN上でのIP通信をベースとした音声通話機能により、院内PHSの代わりに利用している医療機関も見られるようになってきています。

しかしながら、現時点でPHSからスマホへの音声通話デバイスの切り替えがトレンドとなっていないことには次のような理由が考えられます。

  • 医療機器への影響

一般的にスマホが使う携帯電話の周波数帯は医療機器への影響が懸念されており、昔に比べると医療機器側の対電波シールド性能が上がったとはいえ、院内で気軽に使える状況には至っていません。

  • 通話品質が一定しない

PHSの通話と無線LANでのIP通話は仕組みが全く異なります。PHSの特徴の一つが通話のクリアさであるのに対し、IP通話はLAN上を流れるデータの混雑状況やデバイスそのものの音声変換性能に影響されるため、通話品質(音のクリアさ・伝達遅延)に課題が残っています。

  • 設備投資の費用がかかる

通話品質とセットの話になりますが、通話品質が悪い状態での会話は時として患者の生命への影響すらありえるため、そもそもの通信品質を向上させる必要があります。そのため通信機器類を高性能なものに変更する・アンテナの数を増やすといった対応が必要となり、結果としてPHSに比較して費用がかさむ傾向にあります。

いくつかのソリューション

それらを解消しながら、院内PHSの後継サービスをめざすものとして、次のようなサービスが出てきています。

  • FMC(Fixed and Mobile Convergence)

FMCはいわゆるスマホの音声通信(4G/5G)と内線電話を融合させる手段です。院内職員の持つスマホからは、内線だろうが外線だろうが、いったん院外の通信キャリアの基地局に繋がり、そこで内線の場合は院内の別のスマホに通話がつながる仕組みです。この方式のメリットは、一度通信が外に出ることが前提のため、一台のスマホで内線・外線を使えるだけでなく、スマホを院外に持ち出した場合でも、内線番号での通話が可能な点にあります。

一方で、そもそも携帯電話を使っているという事実での医療機器への影響の考慮が必要です。また、一度院外の基地局を経由しないといけない点は、災害等での停電時には、いかに院内が自家発電で動いていても、通話ができない可能性がある、という点への考慮も必要となります。

  • sXGP(Shared eXtended Gloal Platform)

sXGPはプライベートLTEとも呼ばれ、従来PHSで利用していた周波数帯をスマホの通信方式(LTE:Long Term Evolution)で利用できるようにするための仕組みです。従来の院内PHS設備を流用しやすい(アンテナ変更等の対応は必要です)ため、安全・クリアな通話品質、免許不要といったPHSのメリットを引き継ぎつつ、通話だけでなくデータ通信までもカバーできるようになることから、PHS後継の通信規格として整備検討が進んでいます。

sXGPはPHSと同じ周波数帯であることは述べましたが、電波出力もPHSと同様に微弱なため、医療機器への影響も少ない(https://www.soumu.go.jp/main_content/000464433.pdf)ことに加え、すでにsXGPの認可を得た国内製のスマホも現れてきていることから、2019年から急速にPHSの代替候補として検討が進み始めています。

 

通話と通信の融合による、院内コミュニケーションのパラダイムシフト

2020年は5Gの商用サービスが始まるため、お正月のテレビCMでも盛んに5Gに関する情報が流れていました。

5Gの特徴と医療への親和性
  • 低遅延
  • 同時多接続
  • 高速・大容量

といった、5Gの特徴は、医療機関でも「遠隔診療」「4K動画配信」「IoT」のようなキーワードとの親和性が高いと考えられています。

医療機関同士をつなぐ、あるいは医療機関と患者をつなぐ通信手段として議論されることの多い5Gですが、Wi-Fiの置き換えも含めて今後「ローカル5G」という形で検討が進む可能性が考えられます。例えば、建物内だけでなく、医療機関の敷地内をエリアにすることで、全患者が装着している全てのデバイスを敷地内全てでリアルタイムにモニタリングする、といったことが可能になるかもしれません。(ただし、sXGPと異なり免許が必要です)

実際に海外では、製造業ではありますが、すでにローカル5Gの試験導入が始まっており、国内でも比較的小規模な範囲で利用するための4.5GHz帯の制度化が2020年7月に実施される見込みのため、東京オリンピック・パラリンピックの後、いろいろな実証実験が加速していくものと見込まれています。

通信と通話の融合

このように、2020年代は長らく院内通話の主役だったPHSからの転換議論が加速し始める年になりそうです。

携帯電話・PHSがスマホに進化することで、通話から通信にデバイスの主目的が変わってきたように、院内通話機器もsXGPやローカル5Gの出現により、ただ会話をするだけのツールから、データ参照・データ活用のためのデバイスとしての性格をより色濃くしていくものと思われます。すでに国内の大学病院では、無線LANでの通信ではあるものの、スマホを通話デバイスとして電子カルテシステムと連携した、ナースコールでの呼び出し状況の可視化に加え、呼び出し元の患者の心電モニタ波形も画面上に自動で表示させるといった、より迅速な患者状態把握を可能にするための取り組みも行われています。

現状ではこの取り組みでは、音声通話の品質を確保するために無線LANの電波が届くカバー域を広げ、通信遅延を防ぐために、ネットワーク環境の増強が必要になっていますが、近い将来は、sXGPを利用することで、比較的低コストで高品質なシステムとしての利用が可能になるかもしれません。

 

院内通信環境の見直し検討には十分な期間の確保をお勧めします

このように2020年以降、院内通話環境の更新を迎える医療機関においては、今までと同じように、ただ機械を入れ替えるのではなく、通信との融合性も含めた将来性の検討が不可欠な時代になってきます。

一方で、通信規格は、規格の制定と実際にそれらが利用可能になるまでのタイムラグがあることや、そもそも電波利用に関する政策に左右される面もあること、各機器メーカーも戦略的な面から推奨する方式が異なることもあるため、医療機関においても長期的視野に立ちながら、早め早めの情報収集と対策検討が必要になります。

なお、電子カルテを導入済み、もしくは導入予定の医療機関においては、通話環境の見直しは、電子カルテの導入・更新タイミングと合わせての検討をおすすめします。

というのは、上述したとおり、今後は院内においても、通話(音声)と通信(データ)の融合が進むと予想されることから、医療機関で一番大きなデータの発生源であり、データの格納システムである電子カルテとの連携・融合は不可避となってきます。

電子カルテの導入・更新タイミングというのは、通信環境を計画的に停止できる数少ないチャンスです。そのタイミングで通話環境の更新も計画に織り込むことができれば、様々な連携の仕組みを検討できるだけでなく、連携機能の検討や、実際の開発・テストなども一度に行えるため、費用もリスクも少なく済ませることができるかもしれません。

ただし、電子カルテは情報部門、PHSやナースコールは設備部門、といったように、院内での所管が異なる医療機関も多いため、院内コミュニケーション・働き方改革の一環として、経営層も含めた、医療機関全体での取り組みとすることが、成功の大前提となることには留意して頂ければと思います。

近い将来の院内通話環境の再構築に向けて、最新の情報収集や懸念事項に対するご相談などがありましたら、いつでもデロイト トーマツ グループまでご連絡ください。

 

執筆

有限責任監査法人トーマツ
リスクアドバイザリー事業本部  ヘルスケア 

※上記の部署・内容は掲載時点のものとなります。2020/01

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