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医療機関におけるモバイルデバイス利用の最前線

医療機関における通信と通話の融合を含むモバイルデバイス利用のパラダイムシフト

スマートフォンの進化・普及が進むにつれ、医療機関でもモバイルデバイスが積極的に利用され始めています。従来からの電子カルテオプションとしての認証デバイスだけでなく、医療従事者のコミュニケーションツールとしての通信・通話デバイス、あるいは医療機器としてのモバイルアプリケーションなどです。今回は、医療現場でのコミュニケーション・診療活動環境を変えつつある、現在のモバイルデバイス事情を検証します。

転換期を迎えつつある医療機関でのスマートデバイス活用

2020年1月配信のメルマガでは、「終わりゆくPHSサービス」と題して、公共PHSサービス停止に伴い影響が出そうな院内通信環境の見直しについて、sXGPやFMCサービスなどの現在の状況や今後の課題を確認してみました。

通話方式の話を中心としたため、深く言及しませんでしたが、いずれのサービスにおいても、サービスを利用するデバイスはスマートフォン(以下、スマホと言います)が前提となっています。スマホを利用する理由の一つは、現在最も調達しやすい通信デバイスであるということですが、一方で、様々なアプリケーションをシステムベンダーが容易に開発・導入できるという、PHSには存在しないメリットも無視することができません。

総務省の平成30年度通信白書によると、2017年の世帯における情報通信機器の保有状況をみると、「モバイル端末全体」及び「パソコン」の世帯保有率は、それぞれ94.8%、72.5%となっています。そのうち、「モバイル端末全体」の内数に含まれている「スマートフォン」は75.1%となっており、「パソコン」の世帯保有率を上回っています。統計ではパソコンの普及率が少しずつ減少している一方、スマホの普及率は2010年以降、急激な伸びを見せており、今後もスマホが情報通信機器の中心となることは間違いなさそうです。(出所:総務省 平成30年度情報通信白書)

このことと呼応するように、この度(令和2年)の診療報酬改定においても、ICTを利用した働き方改革が多面的に議論されており、その主役もまた、スマホやタブレットなどを含む、スマートデバイスの活用を想定したものとなっています。

今回のメルマガでは、医療機関におけるスマートデバイスの歴史を振り返りつつ、今後の働き方改革も含めた様々なサービスの可能性を考えてみます。

 

電子カルテのオプションとしてのスマートデバイス

10年以上前から、電子カルテ導入病院の一部では、輸血製剤や注射薬剤の実施時3点照合、患者のバイタル記録入力・簡易参照といった患者へのケア実施時の利用を主な目的としてスマートデバイスが利用されてきました。

過去には、PDAに分類される小型のPCが利用されていましたが、現在は、スマートフォンやそれに類するデバイスの利用が中心となっています。

ただし、一貫して変わらないのは、電子カルテのオプション機能としての位置付けであり、電子カルテベンダーにより「デバイスとセット」で提供されてきたという点です。この「デバイスとセット」で提供される形態は、利用者である医療機関からすると決して利便性の良いものではなかったのも事実です。

御存知のとおり、スマートデバイスの進化はPCよりもずっと速く、電子カルテの一般的な利用期間である5年~7年という時間を考えると、次回の更新時には電子カルテベンダーが指定したデバイスの後継機やOSが提供されないといった可能性も低くはありません。その結果、新しいデバイス導入の検討を余儀なくされることに加え、職員もイチから新しくなったデバイス・OSの操作を覚えなおす必要に迫られることになります。

また、電子カルテシステムは、多くの場合、OSの更新・アップデートへ標準的に対応していないため、セキュリティホールがあると分かっていながら、「電子カルテシステムは外部ネットワークに接続していない(できない)から更新は不可能」という前提で使い続ける状況になることも、実際にスマートデバイスを利用中の医療機関での課題としてよく耳にします。

現在、医療情報システムの安全管理に関するガイドラインの改訂版の検討がされており(出所:厚生労働省「医療情報システムの安全管理に関するガイドライン改定について」令和元年)、近い将来、医療情報システムが外部のクラウドサービス等と接続されていることが当たり前に扱われるようになると見込まれます。また、スマートデバイスが更なる普及・コモディティ化していくことは冒頭の調査結果からも確実な状況です。

その結果、前述の課題は解決され、PCのように何を選んでも同じサービス・機能が利用できるようになる可能性は高いと考えられますが、今しばらくは利用したいデバイス・サービスの提供状況を含めて注意深い検討が必要な状況が続きそうです。

 

スマートデバイスの進化に伴う通話環境との融合

スマートデバイスの進化と並行して、医療機関におけるデータ通信環境も向上してきています。特に無線LANによるデータ通信環境の整備と速度の向上により、安定して高速データ通信が可能になったことで、電子カルテの入力・簡易参照機能以外でのスマートデバイスの利用も広く普及しはじめました。例えば、放射線画像、超音波画像や心電図波形といった、データ通信量の大きな画像データをスマートデバイス上で参照したり、スマートデバイスに搭載されるカメラ機能を利用して、患部の写真を取り込みカルテに保存したりするといった利用も容易になりました。さらには、スマホのICカード決済機能で利用されるNFC機能を利用して、対応する体温計やスポットチェックモニタなどをかざすだけで計測結果データを取り込んだり、タッチパネルの特性を活かして、患者に手書きで問診情報を記載してもらったりと、PCでは難しかった機能も利用可能になっています。

これらの機能は、医療従事者が「データ(通信)」をいつでもどこでも容易に扱えるようにする仕組みですが、一方で「音声(通話)」についても、これまでのPHSに代わってスマートデバイスで利用する仕組みが広がりつつあります。(参考:メルマガ2020年1月号)

スマートデバイスの性能向上と無線LANの速度向上の結果、音声をリアルタイムにデータ変換して、無線LAN経由で送受信することで、音声通話もスマートデバイスで行うことが可能となってきました。このことは、医師・看護師といった医療従事者が、通話のためのPHSと通信のためのスマートデバイスの2台持ちをしなくても良い状況を生み出し、結果としてスマートデバイスの採用・導入検討を後押しする土壌となりつつあります。

このように、医療機関でのスマートデバイスの利用が広く現実的になってきたことから、この数年で医療機関でのスマートデバイス導入が前提となった様々なアプリケーションやサービスが出現し、中には医療機器認定を受けたアプリケーションも登場しています。特に、後述する問診システムやメッセージ交換型のアプリケーションなどは、その分かりやすさもあって、医療機関の関心も高いようです。

 

変わるスマートデバイスの位置付け

世の中にスマートデバイスが普及するにつれ、PCの代替ではなく、スマートデバイスならではといった機能を前提に様々なアイデアやサービスが出現し始めています。

スマートデバイスの存在意義そのものということもできますが、特に医療従事者の負担軽減や働き方改革に繋がる機能がここ最近充実してきているようです。具体的には、ビーコンと呼ばれる簡単な電波発信装置を院内各所に設置し、スマートデバイスがその電波をキャッチすることで、職員の移動時間・場所を自動で検出し出退勤管理に繋げているサービスは、職員の出退勤状況を確実に把握し、長時間労働抑止に繋げられる、働き方改革の一つの取組事例として挙げられています。 働き方改革という面では、医療機関内の職員同士のコミュニケーションを音声通話からチャットと画像にシフトするサービスも有力な仕組みです。このサービスは、世の中一般で良く利用されているメッセージ交換アプリと同様、スタンプ機能や既読機能、ビデオ通話機能なども備えた上で、電子カルテや医療画像システムとの連携による診療情報表示ができることが特徴です。音声のみの伝達による、聞き洩らし・聞き間違い等を抑止すると同時に、連絡先の状況に左右されず情報を正確に伝達できるため、業務効率を向上するサービスとして、多くの医療機関で利用されています。また、医療機器認証も取得していることから、今回(令和2年)の診療報酬改定でも重視されている、働き方改革の一助となるかもしれません。

一方、医療従事者の負担軽減という面では、問診票をスマートデバイス上で動くようにするのと同時に、AIの支援によって問診精度を上げるアプリケーションが登場したり、カメラ部分に追加のレンズを付け、専用のアプリケーションと組み合わせることで、眼科専用の検査機器を使わなくても眼球の検査を可能にする機能が開発されたりするなど、臨床業務の支援目的としても様々なアプリケーション、サービスが実際の医療現場で使われ始めています。

 

スマートデバイスの今後の展望

今後、医療機関においてスマートデバイスの利用場面はますます広がっていくと考えられます。なぜなら、通話デバイスと通信デバイスの融合による業務効率化のためだけではなく、電子カルテを始めとする病院情報システム内の情報を扱う院内通信のための仕組みと、地域での医療機関同士の繋がりや、Personal Health Record(PHR)による患者自身の健康情報の管理といった、様々な医療・健康情報の入出力のカギとなる可能性が高いと考えられるためです。

例えば、スマートデバイスを前提とした次世代通信規格の5Gは「高速・大容量」「低遅延」「多接続」という特性に加えて、医療機関自身が事業者としての免許を取得する必要はあるものの医療機関エリア内も限定したプライベートな通信サービスエリアも設定できるようになる見込みです。このような限定的なエリアとスマートデバイスやIoT機器を組み合わせると、入院患者の心拍・心電情報をリアルタイムに医療機関が収集・確認するということが可能になるかもしれません。さらには、このようにして集まったデータをAIを活用してビッグデータ解析に回していくことも考えられます。(今回のメルマガの範囲ではないので、またの機会に記載することとします)

 

今回のメルマガでは、スマートデバイスのメリットや将来展望を述べてきましたが、スマートデバイスの医療機関への導入は一朝一夕では叶いません。デバイスの導入費用の考慮も必要なら、通話・通信環境の面では、電子カルテ用ネットワークの整備やPHS・電話交換機の整備といった院内設備との連携タイミング、連携費用等への配慮も必要となります。また、前述したOSや機種に関するアップデートに関する課題についても、かつてPCがそうであったように、医療機関でスマートデバイスが広く普及するにつれて解放されると考えられるものの、今後数年は過渡期として、将来性の十分な検討が必要となるでしょう。そのため、スマートデバイスに何を求めるのか、医療機関として必要なものは何なのかを整理した上で、どのタイミングでどのような段階を踏んで整備をしていくのかを経営戦略として検討していかれることを強くお勧めします。

 

執筆

有限責任監査法人トーマツ
リスクアドバイザリー事業本部  ヘルスケア 

※上記の部署・内容は掲載時点のものとなります。2020/03

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