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【健康経営の事例紹介】認知機能スクリーニングの導入

認知機能スクリーニング(デジタルツール)を導入し社員のWell-beingをより早期の段階からサポートする新たな取組

「定年制度の撤廃」「再雇用制度の導入」が日本社会の構造変化の中で広がりを見せています。より安心安全に働き続けたいと願う社員一人一人のWellnessやWell-beingを企業がサポートする新しい手法、社員の健康をより”見える化”する方法に取組む企業の事例をご紹介します。

超高齢社会が直面する認知症

「人生100年時代」と言われる現在、日本の平均寿命は男性81.41歳、女性87.45歳(2020年時点)となり、男女共に伸び続けています。少子高齢化においては、元気で意欲ある高齢者が生涯現役で活躍できる社会を創る環境や全世代型の社会保障制度が求められています。

同時に、高齢者人口の増加と共に認知症患者の増加は社会的な問題になりつつあります。今日、世界では約5,500万人以上の人が認知症を抱えながら暮らしており、日本国内における高齢者の認知症患者数は、厚生労働省が発表した認知症施策推進総合戦略「新オレンジプラン」によると、2025年には約700万人、65歳以上の約5人に1人に達する恐れがあるとされています。

 

認知症高齢者数の推計

出所:厚生労働省 平成29年版 高齢者社会白書よりトーマツ作成

図1:65歳以上の認知症患者の推定数と推定有病率(厚生労働省「平成29年版高齢社会白書」)

厚生労働省 /平成29年版 高齢者社会白書(外部サイトに移動します。)

 

認知症は、現在、全疾病の中で死因として7番目となっており、世界的に高齢者の介護依存度を高める主要な原因の1つと言われています。また、認知症は本人だけではなく、家族や地域社会との関わりも大きいことから社会全体の課題と言えます。

WHO/Key facts(外部サイトに移動します。)

 

認知機能低下や認知症予防に関するエビデンス

認知症に関する研究は世界中で進められており、発症原因について明確に特定されてはいないものの、認知機能の維持には早期対策による予防が非常に重要と考えられるようになってきています。MCI(Mild Cognitive Impairment:軽度認知障害)とは、認知症を発症した状態ではなく、正常者より認知機能が軽度に低下した状態のことを指し、特にアルツハイマー型認知症においてはMCIの期間に対策を施すことが認知症への移行を遅らせるとされており、その考え方を推進したのは、2020年フィンランドで実施された最大規模の観察研究、FINGER study(Finnish Geriatric Intervention Study to Prevent Cognitive Impairment and Disability study*1)の成果にあります。2019年にWHOから「認知機能低下および認知症のリスク低減」のためのガイドラインが公表されており、認知機能低下のリスクを減らす可能性があるアプローチがまとめられました。生活習慣病や生活習慣の是正に取り組めば、認知症のリスクを減少できる可能性があることが示唆されていることから、認知機能の早期診断や対策法を取り入れる考え方が出てきています。なお、2017年に認知症発症のリスク9因子が挙げられ、これらのリスク要因を改善することにより発症を遅らせたり、発症を35%ほど予防する効果が期待できると発表されましたが、昨年2020年にはさらにエビデンスを強化し、12のリスク要因を改善することで、40%程度予防する効果が期待できると内容がアップデートされています*2。

我が国においても、厚生労働省及び経済産業省は現在、予防・健康づくりの健康増進効果等のエビデンス蓄積の目的で大規模実証事業を進めており、この中に認知症予防プログラムの効果検証等も含まれることから今後の検証結果公表や予防事業への応用が期待されます。

厚生労働省『認知機能低下および認知症のリスク低減』邦訳検討委員会』/日本語版「認知機能低下および認知症のリスク低減WHOガイドライン」(外部サイトに移動します。)

 

自治体最新動向~認知機能スクリーニングの取組事例

認知機能スクリーニングについては、近年、自治体においても取組が開始されつつあり、認知症よりも早期のMCI段階から生活改善を働きかける試みが開始されています。例えば文京区では、「認知症健診事業」を開始しており、55歳、60歳、65歳、70歳、75歳の節目の年に区民は無料でスクリーニング検査を受けることができ、結果について医師のアドバイス、看護師・健康運動指導士・管理栄養士・歯科衛生士による個別指導を提供する体制を整えており、早期発見を医療に繋ぐ試みがあります。

 

企業最新動向~健康経営の視点から取組む、従業員向け認知機能スクリーニング

自治体が新しい取組を推進する一方で、企業も認知機能に着目した取組を実施しています。近年、従業員の健康づくりに取り組む「健康経営」への関心が高まっていますが、今までのような従業員の「身体や心の健康」だけでなく、「脳の健康」に取り組む企業の例をご紹介します。

 

三谷産業・人事部が挑戦する新たなWell-being戦略~40歳から始める「脳の健康」づくり支援と定年制度撤廃、そしてシニアのキャリアデザインサポート

三谷産業株式会社は創業93年の石川県金沢市に本社を置く企業で、エネルギーや機能性素材などの化学品、情報システム等に至る幅広い事業を国内外で展開しており、本体で564人、グループ全体で3540人の従業員を抱えています。同社では、シニア従業員向けの施策として無期限の継続雇用制度を導入しています(図2)。

無期限の継続雇用制度の概要

 

図2:三谷産業株式会社における、無期限の継続雇用制度概要

 

従業員は60歳になると役職定年にはなるタイミングで、一旦グループ会社「アドニス株式会社」に転籍し、三谷産業に出向する形で元の職場で働き続けることができます。キャリアドックでシニアとしてのキャリアデザインを行い、評価基準をクリアすればいつまでも働くことが可能です。

これは実質的な定年制度の撤廃を意味していますが、「従業員が長く働けるための制度」として特に先進的な取組として、昨年から40歳以上の従業員向けに「認知機能評価」を導入開始しました。具体的には、人間ドック等の身体の健康診断及び心の健康診断と並行して、「脳の健康診断」として年1回、社員に認知機能テストを簡便なデジタルデバイスを利用して受検してもらうという取組で、約20分程度の受検時間で認知機能レベルを把握します。仮にこの認知機能スクリーニングの結果が平均以下だったとしても雇用を断念するというものではなく、むしろ「生活習慣改善プログラム」を提供することで、健康への意識付けを行うきっかけと捉えてもらっているそうです(図3)。

認知機能評価の実施スケジュール(予定を含む)

 

図3:認知機能スクリーニング導入後の運用の流れ

 

会社として大切な人材に長く働いてもらえるよう、若年からの生活習慣の改善や見直しの一環として本人の承諾のもとプログラムが提供されています。現在、「生活習慣改善プログラム」は委託契約している保健師により特定保健指導の一環として介入をしてもらうように設計されているとのことです。今後、2年、3年と継続していきモニタリングすることの意義やより良い介入プランなどを検討していき、健康経営に繋げていきたいとお考えです。

 

三谷産業・人事本部長とデロイトプロフェッショナルの対談記事は  こちら
 

以上ご紹介したように、国、自治体、企業それぞれの立場からより早期に認知機能スクリーニング検査を行い、「脳の健康」を維持することや、MCI・認知症の早期発見や予防を試みる取組が進展しています。

2021年6月7日、米国食品医薬品局(FDA)は「Aduhelm(アデュヘルム)」(アデュカヌマブ)をアルツハイマー病(AD)の治療薬として迅速承認しており、日本においてもまさに承認の議論に注目が集まっているところです。認知機能低下をモニタリングしながら、より早期に予兆を検知して発症を遅らせる取組や医学的介入をするシステムを構築することは、Well-beingを社会として実現するための第一歩となります。

 

インタビュー:保健師の立場から~定年延長と健康経営~

斉藤 智子
産業保健プランニングSaiTo 代表
保健師・コンサルタント
保健経営エキスパートアドバイザー

保健師として複数企業にて健康管理業務に従事した後、ヘルスケア系コンサルティング会社にて産業保健コンサルティングを経験し、現在に至る。

 

全世代型の社会保障や定年延長が議論される中、今後増々60歳以上のシニア世代が働き続けられる企業が増えてくると予想されます。現在、雇用延長時の身体的な健康診断は一般的に実施されると思いますが、認知機能検査までは行われていません。定年制度撤廃/再雇用制度がなじみやすい企業かどうかは、業種、企業文化、社員の年齢構成に関係すると思われます。今後「脳の健康」維持のために認知機能スクリーニングを行うことが、社員の健康意識を高めるための1つの手段とる可能性はあります。

また今後、保健師が介入するプログラムにさらに認知機能低下を予防する専門的な内容を強化していくこと、対象年齢の設定や希望性で実施していくことなど、企業においてこのような制度を導入していくためには設計に関する十分な議論が必要となります。もちろん、検査の結果により不利益な取り扱いがされることが決してないようにすること、またそれをしっかり説明し同意を得たうえで実施する、ということも重要ですね。テストを受検させるだけで終わりではなく、その後の改善プログラムまで一貫したサポートを提供できれば、健康経営の取組にもつながるのではないでしょうか。

 

*1:Ngandu T, et al : A 2 year multidomain intervention of diet, exercise, cognitive training, and vascular risk monitoring versus control to prevent cognitive decline in at-risk elderly people (FINGER): a randomised controlled trial. Lancet 385 : 2255-2263, 2015

*2:Livingston G, et al : Dementia prevention, intervention, and care: 2020 report of the Lancet 

 

執筆

有限責任監査法人トーマツ
リスクアドバイザリー事業本部  ヘルスケア 

柚木 大介|シニアマネジャー
湯澤 あや
山田圭之介(看護師・保健師)
E-mail : dthc_surveyinfo@tohmatsu.co.jp

上記の社名・役職・内容等は、掲載日時点のものとなります。2021/12

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