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デジタル人材確保に向けた人材ポートフォリオ戦略

デジタルトランスフォーメーションを実現する組織・人材戦略(3)

「デジタル人材が必要」と一言で言った場合、それは具体的にどのような人材で、どれくらいのボリュームが必要で、その人材をいつまでにどのように確保しようとしているのか、具体的になっているだろうか。会社として雇用できる人数・許容人件費に制限がある中で、必要人材を確実に確保していくためには、中長期的な観点からの戦略が必要不可欠である。

人材ポートフォリオ戦略の必要性の高まり

デジタルトランスフォーメーション(DX)を推進していくためには、デジタル人材の確保・育成が必要不可欠である。しかしながら、企業が雇用できる人数(=許容できる人件費の額)には当然限りがあり、無尽蔵に社員を増やしていくことができるわけではない。また、現有人材のリスキルによって必要なデジタル人材を確保することができるのであれば、人員増となることはないが、実際には、短期的には即戦力となる人材を外部から採用しながら、中長期的に自社人材を育成しデジタル人材化していく、という場合が多いのではないだろうか。

つまり、短期的に外部からデジタル人材を雇用するための“余力”を、そして、中長期的には現有人材の一部が“デジタル化”する(その分、既存事業に配属される人の割合は、現状よりも小さくなる)という変化を、会社として許容可能な人件費の枠組みの中で実現していくことが求められているのである。

人材ポートフォリオ策定におけるポイント

人材ポートフォリオ策定に際しては、主に以下の3点についての検討がポイントとなる。

① 会社として許容可能な人件費の見極め

② 既存人材と新規人材とのバランス

  • 会社の意思として、新規領域へどれくらいの人数(工数コスト)を投入したい(もしくはするべき)と考えるか
  • 既存領域において、どこまでの生産性向上を求めるか(新規領域への投資余力を、どれくらい作り出せそうか)

③ 既存/新規人材に求められる人材スペック(知識・スキル、経験、コンピテンシー等)はどのようなものか、それらは育成(リスキル)による獲得が可能か

 

①会社として許容可能な人件費の見極め

人材ポートフォリオについて検討を行う際の出発点は、会社として許容できる人件費(許容人件費)を明らかにすることである。許容人件費とは、中期経営計画等で目標としている売上・利益が実現し、人件費以外のコストの金額を与件とした場合に確保可能な金額のことであり、この許容人件費が定まると、必然的に会社として抱えられる人数と、売り上げ目標達成のために必要な生産性水準が明らかとなる。

ただし、許容人件費の検討において注意が必要なのは、一般的に、中期経営計画や事業計画は一定のチャレンジを含んだ数値になっていることが多く、必ずしも実現されるとは限らないものであるということだ。一方で「人」は採用するとある程度固定費化してしまい、すぐに削減することは非常に困難であることから、許容人件費の見極めを行う際には、掲げられている計画値以外に、計画がうまくいかなかった場合を想定した“悲観シナリオ”に基づく検討を行っておくことが重要なポイントとなってくる。

加えて、自動車業界においては、一般的には40代以上のミドル層が多く、若年層が少ないという要員構成となっていることがほとんどであり、職能的な人事制度が運用されている場合には、今後ボリュームゾーンの人材がさらに高コスト化していくことが想定される。そうした影響を今後どのように軽減していくのか(ジョブ型制度の導入、代謝促進等)という施策の検討も、ポートフォリオ検討の際にはあわせて実施する必要があるだろう。

さらに、昨今ではアウトソーシングやRPA・AI等の人以外の労働力(拡張労働力)の活用も広く普及し始めていることから、特にこれから拡張労働力の活用に着手しようとしている場合には、それらに係るコストも含めた“工数コスト(人件費+業務委託費等、拡張労働力に係るコスト)”の観点から検討を行うことも必要となってくる。

 

② 既存人材と新規人材のバランス

人材ポートフォリオについて考えるということは、①で算出した限りある人件費(工数コスト)を、新規人材(つまりデジタル人材)と既存人材に、どのように割り振るか、そのバランスを考える、ということに他ならない。

特に、デジタル人材については、自動車業界だけでなくあらゆる業界から引く手あまたの状況にあり、そもそもの価値の高さに加えて人材市場における希少性も高まっていることから、その人件費水準は通常の正社員の平均年収を大きく上回る水準となっている。もし、許容可能な人件費の枠がこれまでと同額だとすると、通常の正社員よりも高水準の人材を一定数外部から確保したいと考える場合には、既存事業において確保したい人数以上の人員削減・生産性向上が必要となるのである。

 

③ 既存/新規人材に求められる人材スペック(知識・スキル、経験、コンピテンシー等)はどのようなものか、それらは育成(リスキル)による獲得が可能か

人材ポートフォリオ策定に際しては、人材の「量」だけでなく、必要な「質(スペック)」を明らかにすることも必要である。特に、デジタル人材のように、これまで社内に存在していなかった、新しい素養を持った人材については、具体的にどのような知識やスキル、経験、コンピテンシーを持った人材であるのかを明らかにすることが、その人材を確保・育成するための施策検討にも繋がる重要なポイントとなる。 

さらに、実際にDX人材を確保・育成しようとしても、内部に知見や余力がなく育成することが難しく、外部からの採用も報酬水準や会社の規模・立地等の観点から難しいという場合も多い。また、技術や情報の進化のスピードを考えると、“今”必要な人材が10年後・20年後にも必要かどうかは分からない中で、正社員として雇用するリスクも想定される。そうした状況下においては、すべての人材を自社で賄おうとするのではなく、いわゆるシェアリングエコノミー・ギグエコノミーといった外部人材の活用、もしくは外部の専門機関とアライアンスを組んで対応するといった考え方を採用することも一つの手段であろう。その場合、自社人材のDX化で目指すべきは、外部専門家と協業できるレベルとなり、育成のためのハードルも下がってくる。

このように、これからの人材ポートフォリオを考える際には、自社の人材だけでなく、外部人材まで含めて、自社の業務をどう回していくか、を考えることがポイントになるだろう。

人材ポートフォリオ実現のために

人材ポートフォリオについて検討を行う上で最も重要なポイントは、「あるべきポートフォリオは、10年先・20年先を見据えてつくるべき」という点である。

そもそも、人の量・質のいずれにおいても、短期間で変化を実現することは非常に難しく、人を増やす/減らすのも、人材の育成/リスキルを行うにも、一定の時間がかかる。通常、中期経営計画は3年、長くても5年の計画となっているが、こと人の計画に関しては、その期間では到底変化を実現しきれない。そのため、あるべき人材ポートフォリオとしての出来上がりの姿に加えて、そのゴールに到達するまでの道筋を併せて検討し、変化を確実なものとすることが肝要である。

例えば、既存事業の生産性向上のためにミドル・シニア層の人事制度変更を行ったが、その効果は中長期的にしか発現せず、一方で若手人材のデジタル化に向けた投資は今すぐにでも始めなければならないため、計画の当初は投資が過大となり、利益を圧迫するようなことになる可能性も大いに考えられるだろう。しかし、その先に何を見据えているのか、今の投資が将来のどんなリターンに結びつくのかを計画し、示すことで必要な投資への納得感を醸成し、短期的には成しえない変化を実現していくことが必要なのである。

執筆者

デロイト トーマツ コンサルティング合同会社

パートナー 山本 奈々

※上記の役職・内容等は、執筆時点のものとなります。

 

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