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ビジネスエコノミクス基礎講座~エビデンスに基づく事業戦略~ 第7回

デジタル・プラットフォームと競争政策

第7回は、公正取引委員会が懸念しているデジタル・プラットフォームに対するリスクやその対応方針を解説します。また、国内大手プラットフォーム事業者の企業結合事例から、読み取れる公取委の審査ポイントも簡単に解説します。

I.はじめに

2019年から、政府主導のもと、デジタル・プラットフォームをめぐるルール整備が急速に進み、官邸でのデジタル市場競争本部の設置や公正取引委員会(以後「公取委」)におけるデジタル市場の専門部署の設置1や企業結合ガイドライン改定等、競争政策2の観点から、プラットフォーム事業者の活動をモニタリングし、適切な処置を行う等の取り組みが本格化している。

1)公取委のHPによれば、オンラインモールやアプリストアの事業者・消費者間取引において、不利益を受けている事業者・消費者がいるか、競合排除の観点から競争環境を調査している

2)事業者間の公正かつ自由な競争の促進により、消費者の利益確保やイノベーションの促進がもたらされるという考え方に基づく政策であり、独占禁止法は、この競争を阻害する行為を取り締まる法律で、「競争法」とも呼ばれる

II.競争法上のリスクと公取委の対応

公取委は、2019年10月に公表した報告書3において、デジタル・プラットフォームの競争政策上の懸念とその対応方針を明らかにしている。図表1・2では、その概要を示しているが、ポイントとなるのは間接ネットワーク効果である。間接ネットワーク効果とは、多数のユーザーが同じサービスを利用すればするほど、同サービスの魅力が高まり、当該ユーザー以外のその他の参加者にとっても、同サービスの魅力が高まる相乗的な効果であるが、同効果が強く働くデジタル広告等のビジネス領域では、特定のプラットフォーム事業者への利用が集中し、競争法上問題な独占・寡占に至る可能性もある。この効果は、後述する公取委の企業結合審査においても、競争の実質的制限に係る重要な検討事項となっている。

また、消費者から収集した膨大なデータを利用し、サービスを効率的に改善・拡充し、カスタマイズすることで、消費者の囲い込みが生じ、他社サービスへの切り替えを困難にさせるロックイン効果を利用した事業者の不公正行為(十分な情報開示を行わない等)の可能性も問題視されている。

図表1 デジタルプラットフォームの特徴
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これらの特徴を考慮した、デジタル・プラットフォーマーの競争政策上の懸念とその懸念に対する公取委の対応方針を、図表2に示している。このように公取委は、国内のデジタル・プラットフォームの実態を競争法上の観点から出来る限り正確に把握し、競争環境整備に努めていく姿勢を明確にしている。

図表2 競争政策上の懸念と公取委の対応
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3)デジタル・プラットフォーマーの取引慣行等に関する実態調査報告書(オンラインモール・アプリストアにおける事業者間取引(公正取引委員会、令和元年10月31日公表)

III.デジタル・プラットフォーム事業者への企業結合審査

公取委によるデジタル・プラットフォームによる競争制限的な企業結合審査の具体例として、世間からも注目された2020年8月に容認されたZホールディングス株式会社とLINE株式会社の経営統合4がある。公取委は、本件統合の影響力が高い3つの事業領域に着目して、市場画定(競争制限効果が起きる可能性のある事業領域)や実質的な競争制限に関わる検討を目的とした審査を行った。

注目すべきポイントは、この3つの事業領域のうち、広告関連事業とコード決済事業での競争制限効果を評価するため、「データの競争上の評価」・「間接ネットワーク効果の存在」の観点から、定量的な分析を行ったことである。これらの具体的な審査方針は、下図3にある通り、データの評価ポイントが具体的に明記されており、今後の類似案件での公取委の対応方針を予測する参考になる5

また、コード決済事業においては、本件統合を認めるにあたり、最終的に問題解消措置6が必要となったが、その際に、当事会社側の経済分析7の結果を考慮して、定量的な競争分析を行ったことが審査結果に明記されていることは、注目に値する。なぜなら、これまでの企業結合審査の公表事案では、公取委による経済分析の結果公表のみに留めており、当事会社側の経済分析結果をどのように活用したのか、そもそも判断材料にしたか否かは不明であったためである8

この事例を踏まえて、今後、プラットフォーム事業者が関与するデジタル市場では、M&A当事者側も、実質的な競争制限の有無につき、事業に利用するデータの精査や経済分析等の定量的な分析を実施し、その結果を公取委とのコミュニケーションに利用することで、M&Aをより安全かつ迅速に進めることができるだろう。そのためには、定量的な分析が可能な経済分析の専門家を内外問わず活用していくことも、必要になってきている状況といえるだろう。

図表3 コード決済事業における公取委の審査方針
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  1. 需要の価格弾力性とは、価格変化に対して需要量がどれだけ反応するかを示す指標である。また、構造推定とは、過去に起きておらず、観測できていない未知の現象でもモデルの仮定を置いたうえでシミュレーションが可能な手法であり、意思決定主体(ここでは当事会社)のインセンティブを正確に理解することを目的とする。
  2. 転換率の分析とは、差別化されている2つの商品について、一方の商品の価格上昇に伴って失われた当該商品の需要のうち、もう一方の商品に移った需要の割合のことをいい、企業間あるいは商品間の競合の程度を定量的に評価する指標の1つ。

 

4)Ⅲの内容は「Zホールディングス株式会社及びLINE株式会社の経営統合に関する審査結果について(公取委:令和2年8月4日付公表資料)」の内容に基づき、記載している

5)広告関連事業は、紙幅の都合上割愛した

6)企業結合が一定の取引分野における競争を実質的に制限することとなる場合に、届出会社が一定の適切な措置を講じることにより,その問題を解消できるような措置

7)競争政策では、経済学(産業組織論)の研究成果が生かされてきた歴史があり、競争政策上の課題を定量的に分析するうえでは、産業組織論をベースとする経済分析が有効なツールとされている

8)なお、当事会社の経済分析を考慮した理由として、公取委が当初行う予定であった経済分析(構造推定)に必要なデータの一部を、当事会社側が所持していなかったためとされる

Ⅳ.おわりに

欧米諸国でも、デジタル・プラットフォームの在り方につき、各国の規制当局による議論が積極的に行われている状況である。日本もこの潮流に沿う形で、競争政策の一環として、政府と連携した公取委の対応が本格化している。社会のデジタル化が進むにつれ、M&A当事者側がデジタル・プラットフォームの競争法上の規制リスクを、経済分析等の手法を用いて定量的に解明していくことも、公取委とのコミュニケーションにおいて必要であろう。

 

※本文中の意見や見解に関わる部分は私見であることをお断りする。

執筆者

デロイト トーマツ ファイナンシャルアドバイザリー合同会社
ディスピュートサービス/バリュエーション・モデリング・エコノミクスサービス
アナリスト
三浦 亘

(2020.11.12)

※上記の社名・役職・内容等は、掲載日時点のものとなります。

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