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ビジネスDDガイド:コマーシャルデューデリジェンスの実務ポイント 第2回

顧客動向分析~顧客の主要購買決定要因の特定および対象会社のポテンシャルの評価方法とは

M&A対象会社の顧客動向や潜在的な顧客セグメントの動向を把握することは、対象企業の事業計画の前提条件の検証やシナジーおよび将来のリスクおよびポテンシャルを検証するために重要なものです。そこで本稿では、顧客の主要購買決定要因の特定と、対象会社のポテンシャルの評価方法について事例とともに解説します。

I.はじめに~事業計画分析に欠かせない顧客動向分析

前回は対象会社の競争力の「効果的な」分析方法を解説したが、今回は競合環境分析とも密接に関連する顧客動向分析の中から顧客の主要購買決定要因(Key Buying Factor(Criteria):以下、KBF)の特定および対象会社のポテンシャルの評価方法を解説する(前回記事は、「第1回:M&A対象企業の競争力の「効果的な」分析方法とは」を参照)。

M&Aのプロセスで対象会社から提示される事業計画は販売計画も含めて楽観的な前提で作成されているケースが多い。売り手側は出来るだけ高い価格で売却をしたいと考えるのは当然のことであり、販売計画が楽観的になっているのは理にかなう。ただし、買い手側としては、買収価格にも関わってくる楽観的な事業計画を鵜呑みにすることは出来ず、売上の予測数値の前提になっている販売計画を検証することは、M&A実施時において重要になる。

II.顧客セグメント別のKBFおよび需要規模を特定し、M&A対象会社が各顧客セグメントのKBFを満たせるか、どの程度の市場開拓余地があるのか、リスク要因が存在しているのか検証する

なぜ、顧客動向を顧客セグメント別に分析をする必要があるのか?一般的に顧客の属性(例:年齢、性別、国、企業規模、等)によって消費動向が異なり、各顧客セグメントを単一の基準で比較が難しくセグメント別に分析する必要性が生じるためである。

顧客動向分析は潜在的顧客群も含めて実施し、M&A対象会社がどの顧客セグメントを対象に事業を行っているのか、各顧客セグメントのKBFはどのようになっていて、M&A対象企業がそれをどのように満たしているのか、現在販売実績のない顧客セグメントの開拓は可能なのか、といった分析を行う。事業計画において新たな顧客セグメントへの販売計画が見込まれている場合、対象会社の提供する製品やサービスが該当する顧客セグメントのKBFを満たせるか検討を行う必要がある。

顧客セグメント別にどのような競合企業が居るのか把握できていると、最終的に顧客セグメント別にポテンシャルやリスクを分析をする際に役に立つため、競合環境分析のカテゴリー分類の際には顧客セグメントを意識して分析をしておいた方が良いだろう。また、対象会社がKBFを満たせるとしても競合企業が上回っている場合には市場開拓余地は少ないと考えた方がよい。そのため、顧客動向分析は競合環境分析に密接に関連しているといえるだろう。

なお、財務デューデリジェンスでもM&A対象企業の顧客属性に関する分析は実施はするものの、市場全体における顧客動向やKBF特定、および顧客セグメント内での競合環境分析等は通常コマーシャルデューデリジェンス(CDD)で実施している。

III.顧客動向分析のアプローチの具体的なポイントとは

顧客動向分析のアプローチ方法は、以下の6つのステップで進める。
①顧客群の特定
②顧客セグメントへの分類
③セグメント別の需要規模および成長性の推定
④セグメント別のKBFの特定
⑤対象会社のKBFの充足度に関する分析
⑥業界内のスイッチングコストの把握

顧客動向分析の目的は、顧客ニーズを対象会社が満たすことが出来るのか把握を行い、どの程度のポテンシャルやリスクを秘めているのか理解することにある。⑥のスイッチングコストに関しては、顧客のニーズを満たしたとしても顧客が製品を切り替える際に何かしらのコストが生じる場合には、参入の障壁になるため、その点も踏まえてポテンシャルについて検証するために把握することが必要となる。


①顧客群の特定

―業界内の顧客群および対象会社の顧客を特定し、対象会社のターゲット市場を理解する

まず、顧客動向分析を行うに当たっては、業界内でどのような顧客群が存在するのか、対象会社の顧客は誰なのかを把握する必要がある。前者の業界内の顧客群の分析に関しては、対象会社内で網羅的に分析しているケースは少ないため、市場調査レポート、インタビュー(マネジメント、業界有識者)を通じて特定する。一方で後者は大半のケースで対象会社が保有する販売データや社内的な分析資料が存在しており、CDD過程で対象会社から入手できる場合には、分析自体は比較的容易である。


②顧客セグメントへの分類

―顧客セグメントへの分類はセグメント別の特徴が把握できる粒度で適切に行う

全ての顧客が同一の消費動向や嗜好をしているとは限らず、顧客セグメント別に分析を進めることは重要である。セグメントの分類時のポイントは、細分化し過ぎず、セグメントの特徴が際立ち、かつ分析可能な粒度が望ましい。なお、セグメント分類は非常に労力を要するため、対象会社が使用しているセグメント分類が妥当であれば、再分類はせず、顧客セグメント別の販売実績および計画もその分類軸で定義されているものを可能な限り活用するのが望ましい。また、対象会社のものをベースに使いつつも、分類が大雑把過ぎる場合には細分化、細かすぎる場合には括りなおす必要があるかの判断は、セグメント別の特徴が明確になっているかどうかを一つの基準とすると良い。

セグメントの定義方法は業界内でも多岐にわたるため、分類方法の合理的な説明を明示しておくと後々混乱が生まれにくい。セグメント軸をもとに顧客動向分析を進めるため、後々覆る可能性があるのであれば、関係者間で事前に内容の合意を取り付けておくのが賢明である。なお、最終的に対象会社が事業計画上で設定している顧客セグメント別に分析を行う必要がある場合には、その点も予め留意して顧客セグメントの分類を行うようにする。


③セグメント別の需要規模および成長性の推定

―対象会社がターゲットとしている顧客セグメントの規模、成長性を把握して事業計画分析に繋げる

各顧客セグメントの規模感および成長性を把握するとともに、対象会社がターゲットとしている市場規模や市場シェアはどの程度なのかを特定する。対象会社が関連しない顧客セグメントについて分析することは徒労にも思えるが、各顧客セグメントの需要合計と市場全体の規模の整合性が取れているかを検証するために必要である。


④セグメント別のKBFの特定

―顧客の購買要因を把握することで、業界内で市場シェアを獲得するために何が必要なのか、対象会社のポテンシャルやリスクの分析軸を把握することに繋げる

ここでは各顧客セグメントが何を基準に購買決定をしているのか分析を行う。例えば、価格、品質、サービス、ブランド等が挙げられる。なお、各顧客セグメントのKBFが全く同じになってしまうようなケースは顧客セグメントの分類が適切に出来ていないと考えられるため、分類方法の再定義の必要性も検討した方が良いだろう。

一般的にKBFはデスクトップ調査では情報が得られにくいケースが多い。対象会社内で分析しているケースもあるが、主観的になっていたり、CDDで進めている分析軸と異なっている場合もあるため、一次情報に直接アプローチするのが良い。その際に対象会社からの紹介が難しい場合には、匿名等で独自に顧客インタビューを実施する必要がある。また、業界有識者から客観的な情報が得られる場合もあり、時間的および予算的に余裕があれば実施した方が良いだろう。


⑤対象会社のKBFの充足度に関する分析

―対象会社が顧客セグメント別にKBFを満たせるか分析を行って、成長ポテンシャルやリスクの有無について分析する

KBFを満たせたとしても、業界内には様々な企業が存在するため、主要競合企業も含めて分析を行って顧客セグメント内での相対的な対象会社のポジショニングを分析するとより良いものとなる。KBFを満たせており、かつ、競合企業と比較して優位性があるのであれば、高い市場シェアの獲得が可能であるが、仮に市場シェアが低い場合には、ニッチな顧客セグメントを対象にしているのか、または対象会社内で何かしらの課題が存在することが懸念される。将来の事業計画で新たな顧客セグメントへの進出が見込まれている場合には当該分析結果を用いて、実現可能性について評価を行う。


⑥業界内のスイッチングコストの把握

―購買要因を満たせたとしても製品やサービスを切り替えるにあたり、金銭的・心理的なスイッチングコストがあるため、当該コストも考慮したうえで総合的に顧客セグメント内での優位性を評価する

顧客の購買要因を満たせるとはいっても、顧客は製品を切り替えることで何かしらのコストが生じる場合があり、そのようなケースでは、スイッチングコストも考慮して、対象会社の各顧客セグメントでどのようなポジショニングになるのか検証をする必要がある。このスイッチングコストは金銭的や心理的なもの以外にも切り替えに当たって習熟に必要な時間や新たなサービスを比較検討するために掛かる時間等も含まれる。

携帯電話がスイッチングコストの例として分かり易い。例えば、携帯電話のキャリア変更時には、長期プランの解約手数料が掛かったり、これまで貯めてきたポイントが活用できなくなったり、料金プランを新しく学習する必要があったりと、様々なスイッチングコストが発生する。元々、携帯電話業界ではキャリア変更時に番号が引き継げないという制約があったが、MNP(ナンバーポータビリティ)制度が導入されて、一旦はスイッチングコストが下がったようにもみえるが、最近の動向として自宅のインターネットと携帯電話の同時契約で値引きが加わるといったような戦略が取られており、各社スイッチングコストを高めるために様々な施策を打ち出しているようにも窺える。

IV.総括

今回は「顧客の主要購買決定要因の特定および対象会社のポテンシャルの評価方法とは」をテーマに解説を行った。冒頭でも述べたが、M&A実施時において販売計画の妥当性検証や将来的なポテンシャルやリスクを把握するために顧客動向分析は重要になるが、一方で作業工数は非常に多いため、予めDDスケジュールに余裕を持って織り込んでおくことが望ましい。

次回は顧客分析とも密接に関連する市場環境分析の解説を行う。


<略語>
KBF:主要購買決定要因(Key Buying Factor(Criteria))

執筆者

デロイト トーマツ ファイナンシャルアドバイザリー合同会社
コーポレートストラテジーサービス
ヴァイスプレジデント 中山 博喜

※2017年7月からタイのメンバーファームであるDeloitte Touche Tohmatsu Jaiyos Advisory Co., Ltd.に駐在中

コーポレートストラテジー部門にて、各業種のクライアントに対して主にビジネスDD、コマーシャルDD、オペレーショナルDDを提供。クロスボーダー案件の経験も数多く、現在は在タイの日系企業を中心にM&A案件に関するアドバイザリー業務を提供。

監修

デロイト トーマツ ファイナンシャルアドバイザリー合同会社
コーポレートストラテジーサービス統括
パートナー 初瀬 正晃

主にM&A戦略、統合型デューデリジェンス(ビジネスDDを含む)、事業計画策定支援、事業価値評価、交渉支援、PMI支援、Independent Business Review (IBR)、Corporate Business Review (CBR)、Performance Improvement (PI)に従事。大手商社の経営企画部に出向し、国内外の投融資案件を多数支援した経験を有する。

 

(2019.7.16)
※上記の社名・役職・内容等は、掲載日時点のものとなります。

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