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ビジネスDDガイド:コマーシャルデューデリジェンスの実務ポイント 第1回
M&A対象企業の競争力の「効果的な」分析方法とは~競合環境分析
M&Aの対象会社を総合的に評価するためには、対象会社自体の分析は当然ながら、対象会社がその競合企業に対して競争力を有しているのかを分析することが、非常に重要です。今回はコマーシャルデューデリジェンスのなかでも重要な競合環境分析をどのように進め、最終的にどのように競争力の分析に繋げるかポイントを解説します。
目次
- I.はじめに~コマーシャルデューデリジェンスとは
- II.競合環境分析は、M&A対象企業の競争力の源泉を理解し、相対的な観点から将来性を評価をすることを目的とする
- III.効率的に進めるためのポイント~分析・調査タスクの設定
- Ⅳ.競合環境分析のアプローチ方法のポイントとは
- V.総括
I.はじめに~コマーシャル・デューデリジェンスとは
第1回では、コマーシャル・デューデリジェンス(Commercial Due Diligence:以下、CDD)のなかでも重要な競合環境分析を対象にして、M&A対象企業の競争力に関する「効果的な」分析方法を解説する。
まずは本題に入る前に「CDDとは何か?」という点に触れたい。CDDとは、M&Aの対象企業を取り巻く市場環境、競合環境、顧客動向を分析し、事業計画で見込まれている前提条件の妥当性の検証、想定されるシナジーの把握、買収後に想定されるリスクおよびポテンシャルの把握を対象している。
なお、CDDは外部環境分析と称される場合があるが、競合企業との比較分析や対象会社の顧客属性分析のために、限定的な範囲ではあるが、対象会社の内部環境分析も必要となる点を補足する。
II.競合環境分析は、M&A対象企業の競争力の源泉を理解し、相対的な観点から将来性を評価をすることを目的とする
なぜ、M&A対象企業ではなく、競合企業を分析する必要があるのか?その理由は、M&A対象会社が収益源となる競争力を有しているかどうか、将来的に維持し続けることが可能なのかを競合環境の観点から把握をするためである。なお、競合環境分析での比較分析はあくまで手段であり、目的ではない点は留意していただきたい。効果的な分析を行うためには、この点を踏まえた分析方法を検討することが重要となる。
対象会社の事業計画では競合企業を上回る高い成長性や収益性が見込まれているのに、実際は競争力がなく合理的に他の要因が説明できない場合は、事業計画の修正を行い、その結果を用いて買収価格のディスカウントを検討する必要もある。また、PMIの観点から競争力の維持に懸念点がある場合には、競合企業の動向も踏まえつつ、買収後の成長力強化のために手立てを検討する。
III.効率的に進めるためのポイント~分析・調査タスクの設定
通常、M&Aのプロセスは非常にタイトな時間軸で進むことが多い。分析時には闇雲に取り掛かるのではなく、効率化およびスケジュール管理のためタスクを可視化し、ボトルネックになる事項があれば、事前に作業者を増やす等の手立てを考える必要がある。なお、タスク設定の粒度に関しては作業実施者の習熟度によって変わることに留意する。経験が浅い担当者が競合環境分析をする場合には、データの所在、取得方法、分析プロセス、成果物イメージ、記載粒度等の細かい点まで明確に示してタスクを設定し、認識相違による手戻りを少なくするために配慮することもDD責任者には求められる。
Ⅳ.競合環境分析のアプローチ方法のポイントとは
競合環境分析のアプローチ方法は、以下の4つのステップで進める。
① 競合企業群の特定および分類
②ベンチマーク分析
③成功企業の特定およびケーススタディの作成
④対象会社の競争力の評価
① 競合企業群の特定および分類
―業界内の企業をマッピングし、全体像や対象会社と直接競合する企業群を把握する
まずは業界内に属する企業をリストアップすることから始める。社内で産業別に企業をリストアップできるデータベースを保有してない場合には業界団体のウェブサイト、調査レポート、書籍等から地道にリストアップする。また、比較的新しい事業領域でデータベースで分類ができない場合も前述のようなデスクトップ調査で競合企業群の特定を行うことになる。
また、対象会社のマネジメントにインタビューが出来る場合には、実際に競合している企業名や競合している理由について聞くと実態が把握できる。なお、対象会社の経営会議等で内部的に作成している競合企業の分析資料があれば、CDDの過程で受領した方が良い。さらにプロジェクト予算があり、外部有識者にインタビューが可能、かつ適切な対象者(インタビュイー)が見つかれば、インタビューをすることも推奨したい。
次に、製品種別、品質別、価格別、等でカテゴリーを設定する。同じ業界内であってもカテゴリー別に対象会社と競合していない場合もあり、意味のある競合環境分析を行うためには、どの企業と直接的に競合するか把握することは重要となる。この分類作業は時間を要するため、網羅性を重視するような分析は避けた方が良い。
市場規模が大きく、競合企業が多く存在するメジャーな業界であれば、競合企業がアニュアルレポート、決算説明会資料等で適切なカテゴリーで業界内の企業群を分類した資料を開示している場合があるため、参考になる。ただし、開示されている資料が全て正しいとは限らないため、使う際には妥当性を精査する必要がある点は留意する。また、インタビューが可能であれば、知見を有する対象会社のマネジメントや有識者にインタビューで確認した方が業界特性に応じた分類方法についてコメントを得られるだろう。
そして、現在の競合環境に加えて、業界内で規制の変化がないかも検討が必要となる。規制緩和により、他業種からの参入が可能になる場合などは、現状の競合企業のほかに新規プレイヤーが登場することもあり、その場合には新たな競合環境を踏まえたうえで、対象会社がどのような立ち位置になるか検討が必要となる。また、代替製品の登場で既存顧客が他企業群に移るケースもあり、その場合にはそれらの企業群も競合企業として捉える必要がある。
② ベンチマーク分析
―直接的に競合している企業群を用いたベンチマーク分析から対象企業のポジショニングを把握する
カテゴリー分類後に行うベンチマーク分析は、業界内における対象企業のポジショニングを定量的に把握するためであり、規模(売上高、従業員数、等)、収益性(粗利益率、営業利益率、等)、効率性(総資産回転率、棚卸資産回転率、等)の観点から比較を行う。
分析企業数が多い場合には、データベースから財務情報を取得する方が良いが、稀に適切に勘定科目が分類されていないケースもあり、可能であれば決算短信や有価証券報告書等の一次資料を用いて、確認するのが望ましい。データベースが無い場合、日本企業は、上場企業であれば決算短信、有価証券報告書の開示が義務付けられており、情報は容易に取得が可能である。一方、非上場会社に関しては決算公告や有料データベースの活用が手段となる。有料データベースの利用に関しては、プロジェクト推進上の予算や情報の必要性を考慮しながら決めると良いだろう。
クロスボーダーM&Aの場合、国によって財務諸表の開示ルールが異なっており、対象国によって入手の難易度は異なる。例えば、非上場会社であっても監査済みの財務諸表の開示義務がある国も存在している。
分析の結果、相対的に対象会社が定量的に優れている場合には、競争力の面で何かしら優位性を持っているということで、一方で劣っている場合には、競争力の面で何かしら課題を抱えていることが想定される。そもそも業界内における競争力とは何なのか、その源泉になっている成功要因は何なのか、次のステップで特定する。
③ 成功企業の特定およびケーススタディの作成
―成功企業の高成長、高収益の成功要因を辿り、業界内で勝ち残るためには何が必要なのか特定する
このステップでは、ベンチマーク分析の結果を用いて、業界平均から抜きん出た高収益率や高成長を維持している成功企業を特定する。これは、業界内の成功要因を特定する際に、実際に成功している企業の成功要因を抽出した方が漠然と成功要因を調査するよりも効率的に分析を行うことが出来るためだ。なお、業界内の成功要因は一つとは限らないため、複数企業を対象とする。
分析時には製品ポートフォリオ、顧客セグメント、オペレーション情報、過去のM&A実績等も組み込んで分析を行う必要がある。成功要因が対象会社の製品構成に起因するものなのか、顧客によるものなのか、優れたオペレーションを持っているからなのか、それともインオーガニックによる成長なのか、等の様々な観点から検討を行う。
また、外部の業界有識者に対するインタビューで確認するのも有効な手段である。その際に漠然と成功要因を聞くよりも、抽出した成功企業の高成長、高収益の理由について尋ねると、より具体的な回答が得られる場合がある。
一方、顧客に対するインタビューも有効である。なぜ、その製品および会社を選んでいるのか理由を辿ると、成功要因に関する考察が得られる場合もある。
④ 対象会社の競争力の評価
―バリューチェーン別に対象会社を分析して特徴を洗い出し、業界内の成功要因を満たせるのか検討する
最後の分析ステップは、成功企業の分析から抽出した成功要因を、対象企業がどの程度満たしているのかという視点で分析を進める。この際に対象会社をバリューチェーン別に分析を行い、対象会社の強み、弱みも把握する必要がある。前述の通り、業界内における成功要因は複数存在しているケースが多いため、成功要因をどの程度満たしているか、最終的に競争力を有してるかは総合的に判断する必要がある。
本稿の冒頭にCDDは外部環境分析だけではないと述べたのは、競合環境分析を行ううえで比較分析が必要なことに起因する。
V.総括
本稿は「M&A対象企業の競争力に関する“効果的な”分析方法とは」とのテーマで述べているが、M&A対象企業を自社に置き換えて分析すれば、自社の競争力を考え戦略に結びつけるための考察を得ることも可能である。
今回は対象会社の競争力に関する分析方法について述べたが、CDDの観点から対象会社の分析を行う場合には、顧客動向および市場環境についても考慮する必要がある。特に顧客動向分析は顧客の主要購買要因を満たせるかどうかに関して、競合企業の動向も含めて分析をする必要があり、競合環境分析と合わせて考える必要があるからだ。その点も含めて、次回は顧客分析の方法について解説する。
執筆者
デロイト トーマツ ファイナンシャルアドバイザリー合同会社
コーポレートストラテジーサービス
ヴァイスプレジデント 中山 博喜
※2017年7月からタイのメンバーファームであるDeloitte Touche Tohmatsu Jaiyos Advisory Co., Ltd.に駐在中
コーポレートストラテジー部門にて、各業種のクライアントに対して主にビジネスDD、コマーシャルDD、オペレーショナルDDを提供。クロスボーダー案件の経験も数多く、現在は在タイの日系企業を中心にM&A案件に関するアドバイザリー業務を提供。
監修
デロイト トーマツ ファイナンシャルアドバイザリー合同会社
コーポレートストラテジーサービス統括
パートナー 初瀬 正晃
主にM&A戦略、統合型デューデリジェンス(ビジネスDDを含む)、事業計画策定支援、事業価値評価、交渉支援、PMI支援、Independent Business Review (IBR)、Corporate Business Review (CBR)、Performance Improvement (PI)に従事。大手商社の経営企画部に出向し、国内外の投融資案件を多数支援した経験を有する。
(2019.6.17)
※上記の社名・役職・内容等は、掲載日時点のものとなります。