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ビジネスDDガイド:コマーシャルデューデリジェンスの実務ポイント 第10回
フレームワークを用いた分析の落とし穴とは
コマーシャルデューデリジェンスにおいて用いられるフレームワークは一見便利なツールにも思えますが、フレームワーク依存の分析には思考停止に陥る落とし穴が存在します。本稿では、フレームワークを用いる際の留意点について解説します。
I.はじめに
コマーシャルデューデリジェンスにおいては、フレームワークとして、PEST分析、SWOT分析(クロスSWOT分析)、ファイブフォース分析などが用いられることがある。フレームワーク自体は構造化されており、一見便利なツールにも思えるが、フレームワーク依存の分析には思考停止に陥る落とし穴が存在する。本稿では、フレームワークを用いる際の留意点について解説を行う。
II.分析に用いるフレームワークとは
フレームワークとは、型の決まった考え方、アプローチ手法、整理手法等のことを意味している。コマーシャルデューデリジェンスでは、PEST分析、SWOT分析(クロスSWOT分析)、ファイブフォース分析が用いられることが多い。以下で簡易的に各フレームワークの解説を行い、次節でこれらのフレームワークを用いた分析の落とし穴について説明したい。
―PEST分析―
PEST分析とは、政治的要因(Politics)、経済的要因(Economics)、社会的要因(Social)、技術的要因(Technology)の切り口で市場に与える影響を分析するというフレームワークである。
【図表1】PEST分析
項目 |
例示 |
---|---|
政治的要因(Politics) |
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経済的要因(Economics) |
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社会的要因(Social) |
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技術的要因(Technology) |
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出所:デロイト トーマツ ファイナンシャルアドバイザリー合同会社作成
―SWOT分析―
SWOT分析とはM&Aにおけるターゲット企業の強み(Strength)、弱み(Weakness)、機会(Opportunity)、脅威(Threat)を分析するもので、機会、脅威はターゲット企業が置かれている環境を調査する必要がある。また、強みや弱みも競合企業との比較で相対的に分析する必要があり、その点から競合環境分析も行う必要がある。
【図表2】SWOT分析
項目 |
例示 |
分類 |
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強み |
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内部環境 |
弱み |
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|
機会 |
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外部環境 |
脅威 |
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出所:デロイト トーマツ ファイナンシャルアドバイザリー合同会社作成
―クロスSWOT分析―
クロスSWOT分析とは、SWOT分析で整理した強み(Strength)、弱み(Weakness)、機会(Opportunity)、脅威(Threat)を組み合わせて将来的な施策を考えるためのフレームワークになる。サンフランシスコ大学のHeinz Weihrich教授が1982年に”The TOWS Matrix – A Tool for Situational Analysis”という論文でクロスSWOT分析について解説を行っている。
強みを活かして機会を獲得する(強み×機会)、強みを活かして脅威を克服する(強み×脅威)、弱みで機会を取り逃さないための方策をとる(弱み×機会)、弱みと脅威による損失の拡大を防ぐための方策をとる(弱み×脅威)の4つのアプローチがあり、それぞれでどのように対応するのか戦略を練る必要がある。
―ファイブフォース分析―
ファイブフォース分析は、業界内において影響を受けうる5つの要因に関して分析をするフレームワークである。具体的には、①業界内の競争、②新規参入の脅威、③代替品の脅威、④売り手の交渉力、⑤買い手の交渉力、という5つの要因である。
III.なぜ落とし穴が存在するのか
上記で簡易的にフレームワークの説明を行ったが、なぜ落とし穴が存在するのかについて説明したい。まず、第一にフレームワークに頼りすぎて論点が不明瞭になるということである。一見網羅性はあるが、検討課題がしっかり定まっていない中でフレームワーク一辺倒で分析をすると、目的に沿っていない分析になってしまう。第二のポイントとしては、思考停止に陥るという点である。例えば、SWOT分析に関しては、強み、弱み、機会、脅威を整理するものであるが、フレームワークに当てはめようとして、それに必要な情報を収集して整理したとしてもSWOT「分析」とあるが、何も分析を行ってはいない。考えもせず単にフレームワークに従って情報を枠に当てはめて、大量生産したとしても何の意味もない。一見、分析がされているように見えるが、実は意味のない分析になっていることが多いという落とし穴である。なお、SWOT分析を一例に挙げてはいるものの、全てのフレームワークに共通していえることである。
ロンドンビジネススクールのTerry Hill教授とRoy Westbrook准教授が1997年に“SWOT Analysis: It’s Time for a Product Recall”という論文を執筆している。SWOT分析に対して、製品リコールのタイミングではないか、という疑問を投げかけているものである。内容としては多くの会社でSWOT分析が用いられているが、戦略策定の過程でSWOT分析の結果を活用している会社はほとんどないというものである。論文内では様々な問題点が指摘されているが、分析結果に優先順位がないこと、解決策が示されていないこと、実行フェーズに向けて建設的な繋がりがないこと、などが戦略策定に活用されていない要因であるとされている。
IV.総括
今回はフレームワークを用いる際の留意点について解説を行ったが、決してフレームワークを否定するものではないということは最後に付け加えたい。フレームワークは構造化されており、便利であることは間違いない。しかし、忘れてはならないのが、何のために分析を行っているのか原点に立ち返って、その分析の目的を達成するために調査を行うということが最も重要である。繰り返しになるが、フレームワークは、あくまで考え方を整理する、検討を促進するために用いるものである。フレームワークありきにならないよう心がけたい。
※本文中の意見や見解に関わる部分は私見であることをお断りする。
執筆者
デロイト トーマツ ファイナンシャルアドバイザリー合同会社
コーポレートストラテジーサービス
ヴァイスプレジデント 中山 博喜
※2017年7月からタイのメンバーファームであるDeloitte Touche Tohmatsu Jaiyos Advisory Co., Ltd.に駐在中
コーポレートストラテジー部門にて、各業種のクライアントに対して主にビジネスDD、コマーシャルDD、オペレーショナルDDを提供。クロスボーダー案件の経験も数多く、現在は在タイの日系企業を中心にM&A案件に関するアドバイザリー業務を提供。
監修
デロイト トーマツ ファイナンシャルアドバイザリー合同会社
コーポレートストラテジーサービス統括
パートナー 初瀬 正晃
主にM&A戦略、統合型デューデリジェンス(ビジネスDDを含む)、事業計画策定支援、事業価値評価、交渉支援、PMI支援、Independent Business Review (IBR)、Corporate Business Review (CBR)、Performance Improvement (PI)に従事。大手商社の経営企画部に出向し、国内外の投融資案件を多数支援した経験を有する。
(2020.07.09)
※上記の社名・役職・内容等は、掲載日時点のものとなります。