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ビジネスDDガイド:コマーシャルデューデリジェンスの実務ポイント 第11回
クロスボーダー案件の困難性
多くの日本企業がグローバル化の方針を掲げ、海外M&Aを経営戦略に組み込む企業が増えています。海外において人材、生産拠点、流通チャネル、許認可等の経営資源を有していない日本企業にとってM&Aは海外市場開拓の参入手段に挙げられますが、そのクロスボーダー案件には困難な点があります。本稿ではその対応策を解説します。
I.はじめに
多くの日本企業がグローバル化の方針を掲げ、海外M&Aを経営戦略に組み込む企業が増えている。海外おいて人材、生産拠点、流通チャネル、許認可等の経営資源を有していない日本企業にとってM&Aは海外市場開拓の参入手段に挙げられる。本稿では、クロースボーダー案件である海外M&Aに関する困難性について解説する。
II.日本企業が関連するM&A件数の推移
日本企業が関連するM&A件数についての統計資料を見ると、国内企業同士のM&Aも増えているが、クロスボーダーM&Aの件数についても増加傾向にある。IN-INは国内企業同士のM&Aを意味しており、IN-OUTが日本企業による海外企業のM&A案件のことである。
―新興国の成長が著しく、海外市場の魅力度が増している
IN-OUTの国内企業による海外企業のM&Aが増加している大きな要因は、海外市場の成長である。特に新興国の成長が著しい。1980年時点で新興国のGDP構成比は24%程度であったものの、2019年時点では40%を超えている。日本のGDP構成比は1990年代半ばのピーク時には17%程度を占めていたが、2019年時点では6%程度になっている。海外市場の存在感が増しているのは事実であり、積極的に海外市場の成長を取り込むという選択肢が重要になるのは今後も変わらないだろう。
III.クロスボーダー案件の困難性
―新興国調査における情報収集の難しさ
日本国内のコマーシャルデューデリジェンスであれば情報収集が可能な業界であっても、新興国の調査では情報取得が困難である。これは新興国の市場規模が大きくないことから調査会社も重点的に分析していないことに起因している。また、オーナー会社や非上場企業が多く、積極的に情報開示を行うインセンティブがない。ニュースや雑誌記事などローカル言語で入手できるものもあるが、デスクトップ調査は限定的になる。
このような事情から、新興国のコマーシャルデューデリジェンスで二次情報を必死に集めようとして時間を浪費する場合がある。新興国調査の場合には予め情報は限定的であるということを理解して、一次情報にアクセスする必要がある。外部に公表されている情報が限定的だとしても、市場が存在するということはインタビューできる対象者が存在するということになる。自社ネットワーク、専門家ネットワークを有する会社、コールドコールを駆使してインタビューを試みる必要がある。
―ローカル言語での情報取得が必要になる
英語圏であればデスクトップ調査やインタビューによる情報収集は比較的容易に実施できる。しかし、非英語圏の場合には一部情報は英語で取得が可能であるが、必要に応じてローカル言語で情報を取得する必要がある。デスクトップ調査は翻訳機能を用いて一定程度の調査が可能ではあるが、非英語圏でのインタビューではローカル言語が必要な場合がある。
―日本とは商習慣が異なり、国によって三者三様である
国によって商習慣が異なっており、情報取得の困難性につながる。例えば、日本では当たり前のように管理されている情報であっても、表計算ソフトやPDF等の電子情報で資料が準備されておらず、紙資料でもあれば良いが、情報自体が存在しないケースもある。監査プロセスや法的に準備が要求されている資料でさえも存在していないことがある。そのため、クロスボーダーM&Aを行う場合には現地の商習慣も考慮しながら進める。全てが「郷に入れば郷に従え」とすると日本企業とのギャップが大きすぎてM&A案件の進行に支障をきたすため、譲歩するところは譲歩し、どうしても譲れない部分を明確にして根気強く進めることが必要な場面もある。
IV.対応策
―投資対象国における言語能力や知見を有するメンバーを加える
クロスボーダー案件のコマーシャルデューデリジェンスにおけるプロジェクトメンバーは、コマーシャルデューデリジェンスの経験があるメンバーに加えて、英語やローカル言語が使えるメンバーが必要になる。
デスクトップ調査ではWebサイトでも英語とローカル言語の情報量が異なることが多い。また、インタビューについても同様であり、英語でインタビューができる場合もあるが、英語が母国語でない場合、ローカル言語同士の方がニュアンスをくみ取って話を進めることができる。
―投資対象国に現地事務所を有する外部アドバイザーを起用する
外部アドバイザーにクロスボーダー案件に関するコマーシャルデューデリジェンスの依頼を行う場合には、日本かつターゲット企業が属する国に事務所を有する外部アドバイザーを起用した方が良い。
アジア圏であれば概ね1~2時間程度の時差なのでデューデリジェンスを実施するうえで特に問題は生じないが、欧米やその他の時差が大きい国での案件の場合には電話やインタビュー実施の際に支障が生じることがある。日本側での打ち合わせは日中に行い、現地側とのインタビューは真夜中に実施するということも起こり得る。ターゲット企業が属する国に事務所のあるアドバイザーであれば、現地メンバーをアサインすることができ、時差に関係なくプロジェクトを進めることができる。
―日本国内案件よりも余裕を持ったスケジュールを設定する
クロスボーダー案件を進めるうえで国によって時間軸の捉え方が異なることに留意する。筆者の感覚に過ぎないが、海外でのコマーシャルデューデリジェンスを行うと日本人は勤勉で締め切りに関する責任感が強いと感じることが多い。しかし国によっては時間に関する考え方の違いから、資料提出や会議の遅れが発生することがある。スケジュールを設定する際には国によっては余裕を持ったスケジュールを設定しておいた方が良い。
また、国によって情報管理のレベル感が大きく異なる。例えば、事業部別や顧客別の情報が存在しない、資料受領を行って分析を進めて数値を積み上げても合計値と一致しない、などである。複数の帳簿が存在することもあり、どの数値を用いて事業計画分析を進めてよいのか、など国内のM&A案件では生じない手間がクロスボーダー案件では発生することがある。
マネジメントインタビューを現地で実施する場合の移動時間、国によって祝日が異なる、など国内案件と異なる点を頭に置き、スケジュール設定の際に考慮することが求められる。
V.総括
世界の中での日本の市場規模が相対的に小さくなっていくのであれば、日本企業がオポチュニティを求めてクロスボーダー案件を増やすのは当然の流れである。クロスボーダー案件では日本国内案件と比べて得られるものも大きいが、様々な困難が生じる。そのため、念入りに準備を行い、検討を進めることが求められる。
※本文中の意見や見解に関わる部分は私見であることをお断りする。
執筆者
デロイト トーマツ ファイナンシャルアドバイザリー合同会社
コーポレートストラテジーサービス
ヴァイスプレジデント 中山 博喜
※2017年7月からタイのメンバーファームであるDeloitte Touche Tohmatsu Jaiyos Advisory Co., Ltd.に駐在中
コーポレートストラテジー部門にて、各業種のクライアントに対して主にビジネスDD、コマーシャルDD、オペレーショナルDDを提供。クロスボーダー案件の経験も数多く、現在は在タイの日系企業を中心にM&A案件に関するアドバイザリー業務を提供。
監修
デロイト トーマツ ファイナンシャルアドバイザリー合同会社
コーポレートストラテジーサービス統括
パートナー 初瀬 正晃
主にM&A戦略、統合型デューデリジェンス(ビジネスDDを含む)、事業計画策定支援、事業価値評価、交渉支援、PMI支援、Independent Business Review (IBR)、Corporate Business Review (CBR)、Performance Improvement (PI)に従事。大手商社の経営企画部に出向し、国内外の投融資案件を多数支援した経験を有する。
(2020.08.06)
※上記の社名・役職・内容等は、掲載日時点のものとなります。