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ビジネスDDガイド:コマーシャルデューデリジェンスの実務ポイント 第13回

新興マーケットにおけるコマーシャルデューデリジェンス

コマーシャルデューデリジェンスで分析対象とする市場は、既に出来上がっている市場だけでなく、将来的に新しく市場が形成される段階の新興マーケットも対象に含まれます。今回は市場が新興期にあるケースを想定して解説します。

I.はじめに

コマーシャルデューデリジェンスで分析対象とする市場は、既に出来上がっている市場だけでなく、将来的に新しく市場が形成される段階の新興マーケットも対象に含まれる。本稿では「新興マーケットにおけるコマーシャルデューデリジェンス」を取り上げて市場が新興期にあるケースを想定して解説を行う。

II.新興マーケットとは

―経済発展や技術革新等によって新たに作り出される市場である

「新興」とは、何かが新しくおこることを指しており、新興マーケットは新しく作られるような市場を意味する。例えば、経済発展、技術革新、ITテクノロジーの進歩、社会構造の変化、消費者マインドの変化で市場が作り出される場合や、これまで満たされていなかったニーズ(アンメットニーズ)を満たすようなアイデアが生まれることで新興マーケットが作り出される。

―新興マーケットではベンチャー企業のように新たな取り組みを行うプレイヤーも含まれる

新興マーケットを作り出す企業としては、大企業のほかに先進的な事業を行うベンチャー企業、設立後間もないスタートアップ企業も含まれる。なお、本稿では「先進的な取り組みを行っている企業」をベンチャー企業とし、その中で設立間もない企業のことをスタートアップ企業(シード、アーリー、ミドル、レイター段階の企業群)として定義する。あえて、用語定義を行ったのは、言葉の使い方が曖昧なケースがあることが背景にある。例えば、経済産業省が主催する日本ベンチャー大賞では既に上場を果たしている企業や、長期に亘って事業に取り組んでいる企業も授賞対象に含まれている。また、人によってはベンチャーといえば若い中小企業をイメージするかもしれないが、実際には広い意味で使われているケースがある。

 

 

III.新興マーケットにおけるコマーシャルデューデリジェンスとは

―新しい市場特有の留意点が存在する

新しく作られる市場であるため、コマーシャルデューデリジェンスに際しては特有の留意点が存在する。

まず、市場自体が「現時点」では存在しない、また市場が立ち上げ初期段階にあってデータがほとんどないことが想定される。一方、周辺業界や既存サービスに関連する市場は存在している。そのため、新たなサービスも含めて市場の再定義を行って、市場の現時点での位置づけ、将来的にどの程度まで新たに市場を作り出すことが出来るか市場性を分析することが求められる。

例えば、一般的に普及しているカーシェアリングサービスがあるが、日本では10年程前まで市場がほとんどなかった。周辺業界では、レンタカー、タクシー、自家用車など既存の大きな市場が存在していた。仮に10年前にカーシェアリングの市場環境分析をするとなるならば、周辺業界(レンタカー等)を含めて、新たなサービス(カーシェアリング)も踏まえた市場の再定義を行って市場性を評価することが必要となる。

競合環境分析も周辺業界や既存サービスを提供している企業群が競合として挙げられるが、既存サービスを提供する企業が顧客を囲い込むために行う施策も想定され、技術的に新規参入が可能な場合には新興マーケットで追随してくる企業群も将来的な競合企業になる。その場合にはターゲット企業が顧客を囲い込めるケーパビリティを有しているか、そのようなビジネスモデルを組み立てて事業を進めているかという競争力の源泉を有しているかが重要になる。

顧客動向分析は、既存サービスと比較して、何が優れており、どの程度の需要が見込まれるかを推定することになるが、実際に分析する際には困難が伴う。スイッチングコストとして心理的、物理的、新たなサービスの習熟に掛かるコストがあり、様々な要素を考慮しながら、どの程度の顧客が見込まれるか考える必要がある。

また、ターゲット企業は大手企業、ベンチャー企業(スタートアップ企業も含む)などが想定されるが、企業のもつ資金力、技術力、ブランド力、組織力等も把握する必要がある。新興マーケットの成長が見込まれるからといって、ターゲット企業が成功企業になり得るかどうかは企業が持つケーパビリティが将来を左右する。新たなアイデアだけが企業を作るのではなく、企業がアイデアを作る母体になっており、中長期的に新興マーケットを牽引できるかは企業のケーパビリティにも影響を受けることになる。

 

IV.新興マーケットにおけるコマーシャルデューデリジェンスの進め方

―先行事例、類似事例、推定を用いて分析を進める

新興マーケットにおけるコマーシャルデューデリジェンスでは、①海外における先行事例、②周辺業界における類似事例、③各種パラメーターを設定して推定をすることによって分析を進める。

① 先行事例

先行事例は、例えば日本で当該サービスは存在していないが、海外で既に普及しているようなケースである。先ほどのカーシェアリングの事例であれば、日本では10年程前は新興であったが、既に米国や欧州の特定国(スイス、等)ではカーシェアリングが普及しており、その事例を参考にすることになる。ただし、所得水準、車両価格、マイカー需要、カーシェアリングの費用等の違いがあり、そのまま米国等の事例を適用すると誤った分析になるため、日本の特徴も踏まえつつ、カスタマイズして推定を行う必要がある。

② 類似事例

類似事例は、例えばIT関連の新興マーケットの場合、ITテクノロジーの進歩によって市場を作り出した他事例等を参考にして、どのように市場を拡大したのか、何が重要な要素になるのか、競合企業や顧客の動向はどのように変化したのか等の要素を参考にするものである。

③ 推定

その他の方法としては、パラメーターを設定して需要を推定する分析方法や潜在的な顧客へのインタビューによる需要の推定などが挙げられる。

なお、3つのアプローチを述べたが、どのアプローチも完全ではないため、分析対象となる市場の特性に合わせて、様々な角度から多面的に分析する必要がある。

本稿ではカーシェアリングの事例を用いてきたが、カーシェアリング事業は一定の資金力が必要になる。一方、ITサービスのように大きな投資資金が必要がないベンチャー企業も考えられる。何らかのプラットフォームの提供やSNSサービスなどが代表的な例である。このようなケースでは、市場性を検討するうえで顧客をどの程度囲い込めるか、競合との差別化、収益化できるビジネスモデルを組み立てられるのかという観点が重要となる。

 

V.総括

本稿では新興マーケットにおけるコマーシャルデューデリジェンスということで、既存市場がないケースに焦点を当てて解説を行った。新興マーケットは供給側のケーパビリティや消費者のニーズの変化など様々な要素が絡み合っており、過去の事例も参考にしながら多面的に分析することが求められる。

 

※本文中の意見や見解に関わる部分は私見であることをお断りする。

執筆者

デロイト トーマツ ファイナンシャルアドバイザリー合同会社
コーポレートストラテジーサービス
ヴァイスプレジデント 中山 博喜

※2017年7月からタイのメンバーファームであるDeloitte Touche Tohmatsu Jaiyos Advisory Co., Ltd.に駐在中

コーポレートストラテジー部門にて、各業種のクライアントに対して主にビジネスDD、コマーシャルDD、オペレーショナルDDを提供。クロスボーダー案件の経験も数多く、現在は在タイの日系企業を中心にM&A案件に関するアドバイザリー業務を提供。

執筆サポート

デロイト トーマツ ベンチャーサポート株式会社
Head of Asia Region
大平 貴久

※シンガポール駐在中

監修

デロイト トーマツ ファイナンシャルアドバイザリー合同会社
コーポレートストラテジーサービス統括
パートナー 初瀬 正晃

主にM&A戦略、統合型デューデリジェンス(ビジネスDDを含む)、事業計画策定支援、事業価値評価、交渉支援、PMI支援、Independent Business Review (IBR)、Corporate Business Review (CBR)、Performance Improvement (PI)に従事。大手商社の経営企画部に出向し、国内外の投融資案件を多数支援した経験を有する。

 

(2020.11.12)
※上記の社名・役職・内容等は、掲載日時点のものとなります。

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