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Industry Eye 第29回 自動車業界

M&Aにみる自動車部品業界の事業構造転換と今後の課題

ガソリン車からEVへのシフトなど、業界構造が大きく変わろうとしている自動車産業にあって、自動車部品業界にも事業構造転換の必要性が生じています。本稿では、自動車部品業界におけるM&A事例の分析を通して、同業界の事業構造転換の動向および今後の課題について考察します。

I.はじめに~自動車業界の現状

自動車業界に、100年に一度ともいわれる大きな変化の波が到来している。ガソリン車等の内燃機関自動車から電気自動車(EV)へのシフト、自動運転の実用化、カーシェアリングの普及など、10年程前には「未来の話」として認識されていたものが、ここ2、3年の間に一気に現実のものとして議論されるようになってきた。これらすべてが、今盛んに喧伝されているような理想像に到達するためには、技術面、インフラ面などで乗り越えるべきハードルはいまだ数多い。しかし、自動車産業という圧倒的な経済規模を誇るマーケットにおける次世代の覇権を狙って、企業が技術開発にしのぎを削り、各国政府が政策による主導を行うことで、このトレンドはますます加速している。

こうした潮流のなかで、自動車業界におけるプレーヤー、とりわけ完成車メーカー(OEM)を中心に、次の時代における生き残りを目指した熾烈な競争が既に始まっている。外部資源も活用しながらの先端技術の取り込みや、業界の垣根を超えた合従連衡など、ダイナミックな動きも目立つようになってきた。だが、自動車業界を構成するプレーヤーはOEMだけではない。むしろ、それらを縁の下で支える自動車部品メーカー(サプライヤー)が、プレーヤーの数としては大半を占める。そして彼らもまた、同様の時代の変化に直面し、対応を迫られている。各国のOEMの華々しい競争が耳目を集める一方で、自動車部品業界の構造転換もまた、避けて通れない大きな課題といえよう。

本稿は、M&Aという切り口から、自動車部品業界の事業構造転換がどのように行われつつあるのかについて、事例を基に分析を行うものである。

II.自動車業界の変革が自動車部品業界に与える影響

冒頭で触れた自動車業界のトレンドの中でも、内燃機関自動車からEVを軸とした次世代自動車への転換は、短・中期的に自動車部品業界に特に大きな影響を及ぼすと考えられる。

自動車は、約3万点とも言われる膨大な部品によって構成される、きわめて複雑な製品である。その製品としての競争力の源泉は、摺り合わせ型開発に基づいた各部品のアナログ的技術・ノウハウの蓄積にあるといっても過言ではなく、とりわけ、車の心臓部であるエンジンにかかる部品は全部品の20%以上を占めると言われており、その品質・性能が車の商品価値を決定づける。

EVの普及は、現在の自動車産業の技術力・競争力の結晶を完全に不要のものとしてしまい、OEMと一次、二次、三次サプライヤーというピラミッドからなる自動車業界のエコシステムを、根底から書き換えてしまうことが予想される。直接的には、複雑な内燃機関が構造のシンプルなモーターに置き換わることで部品の種類・点数が大幅に削減され(図表1)、それら製品を取り扱うサプライヤーにとっては、製品市場そのものが消滅しかねない危機となる。さらに、EV化により、自動車のモジュール化がいっそう加速されるとも予想されており、相対的に規模の小さなサプライヤーにとって競争環境は厳しさを増すだろう。

このように、市場が大きく姿を変え、さらにその変化のスピードが増していくなかにあっては、企業の側も、それに合わせる形で事業構造を変化させていかなければならない。自社の注力領域、非注力領域を見極めながら、機動的に事業ポートフォリオを入れ替えていくという、これまでの自動車業界ではあまりクローズアップされてこなかった経営の発想が求められるのである。そして、そのための手段の一つとして、これまで自動車業界が他業界に比するとやや距離を置いてきた、M&Aという手法が、当業界においても頻繁に用いられるようになってきた。

では、自動車部品業界において、M&Aはどのような形で事業構造のための転換の手法として用いられているのだろうか。

 

図表1 電気自動車で不要になる部品の例
※クリックして画像を拡大表示できます

III. 自動車部品業界における事業構造転換とM&A事例

1.事業構造転換のアプローチによる分類

図表2は、自動車部品業界における近年のM&A事例を、どのような事業構造転換を企図して実施されたかという基準によって分類したものである。必ずしも全ての事例がこの分類に綺麗に当てはめられるわけではないが、こうして分類すると、自動車部品業界における業界構造の変化とM&Aのトレンドの関係性が、おぼろげながら見えてくる。

まず、これまで自動車部品業界におけるM&A事例は、(1)非自動車部品領域のノンコア事業の整理や、(2)比較的既存製品と関連性の強い事業を買収する事例が多かった。いわゆる「選択と集中」理論に基づき、ノンコア事業の整理とコア事業の強化・拡大が行われたわけであるが、(1)においては本丸の自動車部品領域に手を付けたわけではないし、(2)は、あくまで事業領域の拡大という既定路線の延長線上の買収であり、会社全体や既存事業そのものが変化を迫られるような性質のものではなかったといえる。

これに対し、近年目立つのは、(3)次世代モジュールシステムの付加価値向上や、(4)事業スケールの追求、(5)自動車部品領域におけるコア事業の見直し、(6)外部資本利用などを目的としたM&Aなどであり、これらは既存事業そのものに大きな変化をもたらす(変化をもたらすために実施されている、と言った方が適切であるが)。たとえば(3)は、自社の既存製品だけではADAS(先進運転支援システム)や電装化、デジタル化といった次世代型のモジュールやシステムの供給に対応することができないことから、欠けているパズルのピースを補い「既存事業と融合させることで」これらのトレンドに対応しようというものである。つまり、既存の事業も現状のままで止めることは許されず、買収された事業とともに変化し、新たな価値を生み出していくことが期待されているわけである。また(5)は、自動車部品領域の中においても注力領域と非注力領域をより細かく絞り込み、経営資源を注力領域に集中させようという動きである。次世代のトレンドに対応するための開発競争が激化するなかでは、「薄く広く」経営資源を投じていては、これまでと同様にライバルと伍していくことは困難だからである。さらに(6)は、成長投資を促進していくための資金源として、投資ファンド等の外部資本を利用する動きである。ノンコア事業をファンドに売却して成長資金を得るという方法だけでなく、会社全体としてファンドの出資を受け、成長投資のためのサポートを受けることを目指す場合もある。

以上が自動車部品業界における近年のM&Aのトレンドであるが、近年特徴的な事例の中から、代表的なものを以下にいくつか取り上げてみる。

図表2 自動車部品業界における事業構造転換のアプローチ並びに主な事例

2.事例1:独ZFによる米TRWの買収

2014年9月、ドイツの変速機サプライヤー大手のZF Friedrichshafenが、米セーフティシステムサプライヤー大手のTRW Automotiveを100%買収することを発表した。

本件は、両社売上高の単純合算で4兆円以上、世界第3位のメガサプライヤーに躍進するという規模の面での効果もさることながら、前述の分類における(4)次世代モジュールシステムとしての付加価値向上を狙った案件であるという側面に着目する必要がある。すなわち、ADAS領域においてBoschがリードするなか、システムサプライヤーとしての転換を図るために、パワートレインに強みを有するZFがセーフティシステムに強みを有するTRWを買収し、システムソリューションの強化を図ったのである。

市場からは、大規模買収による財務基盤の悪化や、想定どおりのシナジー効果が得られるかについて懸念の声もあるが、概ね前述の戦略的狙いに理解を示し、評価する声が多いようである。従来のような、既存事業と同一または隣接する事業を単純に合算していく案件とは異なり、異なる技術・製品を融合させてシナジーを創出していくことが目的であるから、目的達成までの道のりは決して平坦ではないが、先を見据えた動きとして大いに注目される。

 

3. 事例2:日信工業による四輪用メカトロ事業およびバネ上事業のAutolivとの合弁設立

2015年9月、日系ブレーキシステム大手の日信工業と、スウェーデンの自動車向けセーフティシステムサプライヤー大手のAutolivによる、四輪車用ブレーキ・コントロール、ブレーキ・アプライ事業の合弁会社化が発表された。Autolivからはブレーキシステム事業が、日信工業からは四輪車用ブレーキ・コントロール事業が、それぞれ合弁会社に移管され、合弁会社の持分のうちAutolivが51%、日信工業が49%を所有する形となっている。

日信工業としては、(1)グローバルで高シェアを有する二輪向けブレーキシステムをコア事業と位置づけ自社単独で開発投資を行う一方で、(2)ADAS対応が求められ同分野における電⼦制御技術の強化が課題であった四輪用ブレーキ事業においては、単独対応が困難と判断し提携戦略を採用した、というところであろう。

一口に自動車部品事業といっても、各社それぞれの製品ごとに競争力・競争環境は異なるのであり、これからの変化の激しいマーケットで生き残っていくためには、自動車部品事業という領域の中でさらにコア事業を再定義し、絞り込む必要がある。自社製品の置かれているポジションと自社の経営資源とを客観的に分析したうえで、自社が注力する分野はどれなのか、逆に外部資源を活用する分野はどれなのか、見極めなければならないのである。

 

Ⅳ. 日本企業の課題~「事業売却」という選択肢

以上のとおり、近年、自動車部品業界においては、M&Aを活用して事業ポートフォリオの組み換えを行う動きが広がっているが、その際に日本企業が留意すべきと思われる点を二点挙げておく。

一つは、M&Aには「買収」と「売却」のケースがあるが、日本企業はM&Aを規模拡大の手段としてのみ認識し、「買収」に偏りすぎる傾向があるということである。事業を売り渡すということについて、会社や経営陣に一定のアレルギー反応が存在することも原因の一つだが、買い一辺倒では事業ポートフォリオの組み換えは実現出来ない。適切な事業売却を行うことで、資金をはじめとする経営資源を、コア事業に集中させることが必要である。

もう一つは、一点目と同様「売却」に関することであるが、日本企業は「戦略的な売却」が不得手ということだ。事業が慢性的な赤字状態になって進退窮まるまで、なかなか売却の決断が下せず、結果的に誰も引き取り手がいないという事例も、残念ながらよく見られる。そうした事態を防ぐには、まずは自社の将来像や経営戦略に基づいた事業戦略マッピングを行い、客観的な数値基準に照らしてコア事業とノンコア事業を峻別する。その際、たとえ黒字であっても投資効率で比較し判断することが重要である(たとえば、コア事業に投資する方がノンコア事業を継続するより高いリターンが見込まれる場合や、投資負担が重い事業について外部資本を導入して成長を図る場合など)。そして、ノンコアと位置付けられた事業については、売却の決断は先送りにせず、いわゆるキャッシュ・カウのうちに、かつ当該事業をコア事業として捉えてくれる他社が存在するうちに売却することが肝要だ。特に、ノンコア事業と位置付けられた時点で当該事業への投資や研究開発は縮小・凍結されることが多い。その結果として買収対象としての魅力が減じてしまい、高値で売却できなくなる可能性があるため、そうした投資の縮小が実行される前に速やかに売却するという点もポイントである。

V. おわりに

以上で見てきたとおり、自動車業界の変化は、自動車部品業界にもM&Aの波をもたらしている。しかし、これまでのところ、積極果敢な欧米系サプライヤーの動きが、慎重な日系サプライヤーの一歩先を行っており、日本の自動車部品業界における事業構造改革は、これからが本番と思われる。

デロイト トーマツ ファイナンシャルアドバイザリー合同会社 自動車セクターチームでは、M&Aの局面における専門的な支援を通じて、日本の基幹産業たる自動車産業の競争力のさらなる強化に貢献したいと考えている。

 

出所
・ 各社プレスリリース 
・ 各社アナリストレポート

執筆者

デロイト トーマツ ファイナンシャルアドバイザリー合同会社
自動車セクター担当 
シニアヴァイスプレジデント 池澤友一

(2017.8.25)
※上記の社名・役職・内容等は、掲載日時点のものとなります。

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