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世界のM&A事情 ~東南アジア~
スタートアップ編
シンガポールは東南アジアのイノベーションハブとして、多くのスタートアップおよび多国籍企業・ベンチャーキャピタルが拠点を持ち、活動しています。コロナ禍の2021年には東南アジアのスタートアップへの投資額が過去最高となり、今後のマクロ動態からもイノベーションの注目エリアとして世界的にも注目される地域となっています。直近のスタートアップ動向、現地での注目領域に触れながら、同地域における新規事業戦略を検討する際の示唆を提供します。
I.マクロ環境・規制動向
シンガポールでのCOVID-19規制は、2022年4月26日より更なる水際対策緩和が行われ、ワクチン接種者については入国後の隔離・入国前検査ともに不要となった。同時にイベント等の人数制限も撤廃され、段階的な行動規制の緩和により、経済活動の本格化が進んでいる。その他主要東南アジア各国でも入国前のPCR検査等が必要な地域はあるが、一定条件下では入国に当たっての隔離が不要となっている。なお、シンガポールの直近COVID-19新規感染者数は2,863人(2022年5月18日現在)、ピーク時である本年3月の4万人弱と比較して大きく減少傾向にある。
シンガポール政府が2月に発表した政府予算案「Budget 2022」では、2021年までのコロナ対策による財政状態悪化への対応として、付加価値税(GST)および炭素税の引上げが発表された。炭素税の引上げについては脱炭素化に向けた取り組みの一環でもある。なお、GSTは現行7%から2023年1月より8%、2024年1月より9%へと段階的に引上げ、炭素税については現行の排出量1トン当たり5シンガポールドルから2030年までに段階的に同50~80シンガポールドルへと引上げがされる。
2021年のASEAN主要6カ国のGDPはいずれも2020年比プラスに転じた。特にシンガポールは+7.6%と最も高い成長率となり、コロナ前2019年の実質GDPを上回った。国によって経済の回復スピードは異なるものの、各国際機関は各国における2022年の成長率を3%台後半から6%台前半までの高い成長率を予測している (出所: JETROビジネス短信3/2)。
II.東南アジアにおけるスタートアップ投資の状況
1. 全体トレンド
Deal Street Asia社によると、東南アジアの2021年スタートアップ投資額(エクイティ調達) は23.2B USDとなり、過去最高金額となった。投資が集中したセクターは、フィンテック・小売・物流である。上記のセクターへの投資が集中したのは、コロナ禍での行動規制・外出制限で、デジタルを利用した消費行動が加速したことが背景にある。Google, TEMASEKおよびBain & Companyが年次で公表している調査レポート「e-conomy2021」によると、2021年のレポート発表時点までにASEAN主要6カ国で40百万人の新規インターネット人口の増加がみられ、東南アジアでのインターネット人口は440百万人となった。また、その内約80%に該当する350百万人がデジタル上で何らかの消費行動を行う巨大マーケットとなった。今後もデジタル上での消費行動は加速していくことが見込まれている。
一方、CB INSIGHTS社が4月に公表したレポートによると、2022年Q1はアジアを含めた世界全体でのスタートアップ投資に減速傾向が見られる。現地ベンチャーキャピタリストからは、東南アジアにおけるフィンテックスタートアップのバリュエーション高騰に対する警戒感の声も聞かれている。
2. スタートアップへの投資動向等
上記の状況の中で、日系企業の投資実行の傾向としては大まかに以下2類型があると見受けられる。
① 将来的な人口動態・中間所得層の増加が見込まれる国・地域において、既に多くのユーザー基盤(場合によっては過半)を獲得しており、当該ユーザー基盤を将来的に自社事業へ取り込んでいくことを目的とした投資、デジタルバンク等の現地金融当局の許認可・規制等が伴うケースも含まれる(マーケット獲得型)。
② 日本よりも相対的にテクノロジーの水準が高く(場合によっては世界的にテクノロジー水準が高い)、当該技術を獲得、自社の既存事業とのシナジーもしくは新規事業化を行うことを目的とした投資(テクノロジー獲得型)。
上記①のケースは、投資対象となるスタートアップ側が既にユーザー基盤を獲得しているというトラクションが発生しており、事業蓋然性が②と比較しても相対的に高いことから、投資実行時のバリュエーションが高くなる傾向にある。その結果、①のケースに該当する投資実行は巨額となる傾向があり、メディアでも大きく取り上げられることとなる。2021年には日系大手金融機関による東南アジアスタートアップへの100M USDを超えるメガディールが複数実行されている。
3. 注目される領域
特にシンガポールで注目をされている領域の一つはフードテックである。その中でも、代替タンパクや培養肉に対する注目度が高い。これらの領域のスタートアップへ投資実行している日系企業もあり、それは上記②のケースに該当するものと見られる。
関連するトピックとして、シンガポールでは2020年12月に世界で初めて米国スタートアップが開発した培養肉の販売を政府SFA(Singapore Food Agency)が許可した。この背景にあるのは、シンガポール政府は2030年までに食糧自給率30%を達成するという政策目標「30 by 30」を掲げていることがある。国土の狭いシンガポールで上記の政策目標を達成するには、効率的に食糧生産を行なっていく技術が必要であり、政府として関連領域でのR&D含む事業活動への積極的な支援策を打ち出している。例えば、シンガポール政府系機関であるEnterprise Singapore・A*STAR等の合同イニシアティブであるFoodInnovateでは、新たな食品開発を行うための設備の貸出しを行い、企業の研究開発に伴う投資を抑えることを可能にする支援策を行っている。また、現状の食肉からの移行は脱炭素に向けた取組としても重要である。これらの政策目標達成のためのアクションとしてシンガポール政府は各種支援策を実行している。
関連するスタートアップの動向としては、培養肉に留まらずエビ・ロブスター等の甲殻類、鰻・鮪等の魚類の培養シーフード開発に取り組むスタートアップが資金調達に成功しており、市場投入に向けた量産化や研究開発活動を行っている。また、代替タンパクは量産化にあたっての製造インフラへの投資、製造コストの高さが課題となっているが、その課題に対して製造プロセスを代行し代替タンパクの量産化を支援するスタートアップも出現している。
なお、当社がシンガポールにて6月24日開催を予定しているピッチイベントMorning Pitch AsiaではFoodtechを特集する(参加登録はこちらから)。
また、シンガポール政府は、Foodtech以外のDeeptech(高い問題解決力を秘めた専門性の高い技術)スタートアップ育成にも力を入れており、民間VCからの投資実行に当たって、政府系ファンドからの協調投資プログラムを設定している(Deeptechスタートアップには協調投資の倍率優遇有)。
III.最後に
一言で東南アジアといっても、国・地域による人口動態、経済情勢、規制、文化・宗教に至るまで多様性が包含されている。自社が東南アジアの「どの国・地域」(Where)で「どのような時間軸」(When)で「何を達成したいのか」(What)という事業目標と、事業目標を達成するために必要となる組織能力をどのようにして獲得するか(How)、という事業戦略の検討は、東南アジアにおいても当然に必要である。
一方で、東南アジアでスタートアップに関連する活動をする主要プレイヤーの多くはシンガポールを活用しており、情報が一定程度集約されることから、シンガポールを拠点として東南アジアを俯瞰していくプラクティスは今後も継続するだろう。シンガポールは国土が東京23区程度と狭く、合理性を重んじる人々が多いことから、スタートアップおよびエコシステムの主要プレイヤーに対して、明確な理由を持ってアクセスをすれば受け入れられる可能性は低くないだろう。渡航制限が緩和されたこのタイミングで、東南アジアにおける事業活動を本格化される際には、政府機関を含めて積極的にアプローチを行い、自社の事業戦略の解像度を上げることを勧めたい。特にスタートアップへアプローチを行う際には、世界的に共通であるPay it forwardの精神を心掛けてほしい。
シンガポールを中心とした東南アジアの経済環境、スタートアップの投資動向に加え、近年ホットなスタートアップの状況について解説したが、皆様の理解の一助になれば幸いである。
※本文中の意見や見解に関わる部分は私見であることをお断りする。
執筆者
デロイト トーマツ ベンチャーサポート株式会社
シンガポール駐在員 浅間 元平
(2022.6.10)
※上記の社名・役職・内容等は、掲載日時点のものとなります。
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