調査レポート

日本における今後の研究倫理の教育の拡充について

知識を伝える教育から、美徳を育む教育へ

細胞研究に関する研究不正が発覚した後も、日本において研究不正は一定数発生し続けています。今後日本の研究倫理の教育は、現状実施されている知識や概念を教える一方通行型の研究倫理の教育から、受講者も参加し検討・議論が可能な双方向型の教育へ変化させていくことが望まれます。以下では海外の最新事例も紹介しながら、今後日本に必要な、美徳を育ませるための、研究倫理の教育のありかたについて概観します。

はじめに

2014年に明らかになった研究不正事件後も、研究不正の事例が後を絶ちません。2014年に文部科学省より、「研究活動における不正行為への対応等に関するガイドライン」が発行されて以降、大学や研究機関では、研究倫理の教育の重要性が認識され、制度化、実施されるようになってきました。しかしながら、日本の研究倫理の教育は、講習会や集中講義など、知識を教えるだけの一方通行型で、1回の受講で終了するような短期の教育になっている傾向があります。また、同一のプログラムを全てのキャリアステージの研究者が受講するような教育体制となっています。

一方で、海外に目を向けると、研究倫理に関する教育は、大学院生、若手研究者、シニア研究者などキャリアステージごとに教育が実施されています。大学によっては、研究倫理の科目の履修が、修士・博士課程学生にとって卒業要件となっているケースも見られます。また、シニアの教授から若手研究者、学生まで参加できるワークショップやロールプレイングの講習講義など、受講者が積極的に参加し、議論ができる双方向型で継続的な教育が行われています。

本レポートでは、海外の現在行われている研究倫理の教育に関する取組や事例を紹介するとともに、今後日本の大学や研究機関が行っていくべき研究倫理の教育についての示唆を述べたいと思います。

 

海外における研究倫理の教育の取り組み

ここでは、研究倫理に関する最新事例として、欧州で現在実施されている、研究下における個人の責任ある態度や正しい行動を促すための、VIRTUE(美徳)をテーマにした研究倫理の教育の取組を紹介します。

VIRT2UE

VIRT2UEプロジェクトは、 Horizon2020(全欧州規模で実施される、研究及び革新的な開発を促進するためのフレームワークプログラム)のプロジェクトのひとつとして実施されている研究倫理に関する取り組みです。このプロジェクトでは、研究公正に関する新たな学習トレーニングや、オンラインプラットフォームが開発、実施されています。現在では、EU内の10か国25の地域で対面によるトレーニングが実施され、受講が可能となっています。

◆ Train-the-Trainerプログラム
Train-the-Trainerプログラムは、VIRT2UE内のプログラムのひとつで、研究倫理の講師を養成するための学習プログラムです。ここでは研究倫理を教えるためのアプローチである、“VIRTUE Ethicsアプローチ”が用いられています。このアプローチでは、受講者に対し研究不正を犯さないための“ルールや規範”を教えることに焦点を当ててはおらず、研究下での個人の責任ある態度や行動など、“VIRTUE(美徳)“に焦点を当てているのが特徴です。

受講者は、研究における具体的なケースを用い、あらゆる状況で道徳的ジレンマが起こりうることを認識し、その場合の正しい行動について考察を行います。これにより、受講者が受講後に研究を行う中で、倫理的にそぐわない状況に遭遇した際に、道徳的な正しい選択をすることを目的としています。

また受講者は、同僚や共同研究者等、他者に対し、研究倫理に関する内省を促す方法や、研究公正を教えるための方法を学びます。このプログラムは混合学習プログラムと呼ばれる、オンライン受講と対面受講を組み合わせた学習方法で構成されています。受講者は、オンラインで道徳的ジレンマや、VIRTUE(美徳)の概念等を学んだ後、対面のトレーニングにて、実際のケースを用いた演習を行います。受講後は研究公正と倫理の分野における認定トレーナーの証書を受け取ることができます。

Train-the-Trainerプログラムの混合学習プログラム
※画像をクリックすると拡大表示します

◆ The Embassy of Good Science
The Embassy of Good Scienceは、VIRT2UEプロジェクト内で開発された、倫理教育の普及活動を目的としたオンラインプラットフォームです。ここでは、欧州内だけでなく、世界中の研究公正に関する情報や優良事例など、多様なリソースが集められて紹介されています。(法律、ポリシー、ガイドライン、教材、優れた研究の実践例等)

また、欧州で発行されている研究倫理に関する行動規範を普及・推進させるための教育プログラムを独自で開発し、公開しています。

その他、研究倫理やそのトレーニングに関する議論が、 The Embassy of Good Scienceのオンラインプラットフォーム上で公開、実施されており、全ての研究者が責任ある研究を実行するための拠りどころとなるよう設計、運用されています。

 

今後の研究倫理の教育の拡充に向けて

研究倫理に関する欧州の最新事例を紹介してきましたが、今後日本において、研究倫理の教育を拡充していく中で、重要な点について言及します。

① 研究者のキャリアステージごとに研究倫理の教育プログラムの設定

「はじめに」で述べたように、現在日本では、研究倫理に関する教育がワークショップやe-learning等において実施されているものの、いずれも1回で受講が完了する短期的なプログラムが多く、研究者の職位ごとに行われているものは少ないという状況があります。一方で海外に目を向けると、学部生や大学院生等の若手研究者、PIなどのシニア研究者に対しては、各々の研究倫理プログラムが設けられ、実施されています。教育の内容に関しても、とりわけ若手研究者に対しては知識ベースの教育であり、シニア研究者向けには下位者や同僚に対しどのように研究倫理を教え、研究公正を達成するかに焦点が当てられています。このように、本来、研究者のキャリアステージによって、求められる研究倫理の教育の内容は異なるはずです。今後は受講者のキャリアステージや状況に応じた、プログラムの設計・運用が必要になってくると考えられます。

② 早期段階からの研究倫理の教育の実施

現在日本において、研究倫理の授業科目が大学の学部生段階から必修科目として設定されている大学は多くありません。もちろん学部生に対し、捏造、改ざん、盗用等は不正であり、行ってはならないことであると指導されていますが、実際には研究不正は、これら捏造、改ざん、盗用だけではありません。研究不正には、オーサーシップ、出版に関する問題、研究費、またセクシャルハラスメントなど、幅広い論点があります。これらの論点全てに関する情報を、研究室に入った後、上位の研究者から学ぶことは難しく、例え学べたとしてもその質が問題となります。専門家からの正しい研究倫理の教育を、学部生など早い段階から大学の受講科目として教育することが、今後重要になっていくと思います。

③ 知識ベースの教育から、美徳や研究の質に関する教育へ

海外事例でも紹介したとおり、海外の最新事例において、研究倫理に関する教育は行動規範やルール等の知識を教えることで終わりません。知識ベースの指導では、その規範やマニュアルに載っていない研究不正の判断が困難なケースに直面した場合、研究者が正しい判断や行動を選択できない可能性があり、規範やルールを教えるだけの指導は学びの範囲に限界があります。

今後は、研究者が前例のないケースにおいても正しい行動を選択し、実行するための美徳・道徳心を養うための教育が必要とされています。そのためには、具体的なケースを用いることで、受講者が実際に検討し、積極的に参加することが可能な研究倫理の教育を行うことが重要です。チームや講師と様々なケースに対する行動を検討し、議論することが、実際に研究者が研究不正の問題に直面した場合に、正しい思考を行う手助けとなるのです。

このように、これまで短期的で講師が知識を教えるだけの一方通行型であった研究倫理の教育から、受講者も参加し議論ができる双方向型の教育を実施していくことが、研究倫理の教育に求められます。

 

おわりに

本レポートでは、研究倫理の教育に関する海外の最新事例や、今後日本が拡充すべき研究倫理の教育内容について述べてきました。海外と比較して、日本における研究倫理の教育内容や質は依然として改善できる点が多いと感じます。一定数起こり続けている研究不正の数を減少させ、根絶していくためには、キャリアステージごとにより体系化された質の高い研究倫理の教育実施と、早期からの教育の実施が必要です。多くの研究者や、研究に携わる方々の間で、研究倫理の教育の重要性や、研究倫理自体に対する考え方を改め、より充実した教育体制やそのプログラムが開発、運用されていくことを望みながら、我々デロイト トーマツ グループもその一端を担えることを期待しております。

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