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経済安全保障を背景とする国際情勢の変化がサプライチェーンに与える影響と企業に求められる対応
2022年5月、国際情勢の複雑化、社会経済構造の変化等を背景に経済安全保障推進法が成立しました。本稿では、国際情勢の変化が企業のサプライチェーンに与えた影響、国際情勢の変化に伴い重要性の増した課題、課題に対する取り組み例を紹介します。
1. 経済安全保障の重要性の高まり
2022年5月、国際情勢の複雑化、社会経済構造の変化等を背景に経済安全保障推進法が成立した。米中の貿易対立、新型コロナウイルスの感染拡大、ウクライナ情勢など国際情勢の変化への対応に各企業は苦慮してきた。国内の法改正・海外の規制動向を注視しつつ、製造拠点の国内回帰を含め、サプライチェーンのあるべき姿を包括的にデザインし直す必要性が高まっている。
本稿では、国際情勢の変化が企業のサプライチェーンに与えた影響、国際情勢の変化に伴い重要性の増した課題、課題に対する取り組み例を論じていく。
2. 国際情勢の変化が企業のサプライチェーンに与えた影響
米中の貿易対立において、国内製造業の輸出管理部門は、自社製品が輸出入規制に抵触しないか供給ルートの調査・把握に大きな労力を費やした。また、2020年1月以降の新型コロナウイルスの感染拡大においては、部品調達ができないことによる生産活動の停滞などが引き起こされた。加えて、2022年2月のウクライナ情勢においてはワイヤハーネスの供給不足、ネオンガス、パラジウムなどについて供給不安が生じた。
3. 国際情勢の変化に伴い重要性の増した課題
従来から議論されていたが、国際情勢の変化に伴い、より重要性が増した課題として、以下2つが挙げられる。
(ア) サプライチェーンの寸断をどのように防ぐか
上述した生産活動の停滞、供給不安などによる企業のサプライチェーンの寸断をどのように防ぐかが挙げられる。Deloitte USのレポート(Building and managing supply chain resilience in aerospace and defense) ではウクライナ情勢が航空宇宙・防衛企業のサプライチェーンに与えた影響を分析している。このレポートでは、グローバルな供給ネットワークのいずれかの部分が滞るとサプライチェーン全体に影響が及ぶ可能性について言及されており、航空宇宙・防衛企業にとってレジリエントなサプライチェーンの構築・管理は必須であると記載している。
(イ) 国内外の法改正・規制動向を誰が、どのように注視するか
各国の輸出入規制・データガバナンスなどに関する法規制を誰が、どのように注視するかが挙げられる。動向を注視する際は、法令の変化だけでなく、法令の草案や草案段階での議論、NGOなど政府以外の有識者意見なども含めた幅広い情報の収集が必要とされる。また、このような刻々と変化する広範な情報に対応する人材は、上記のような動向の全体を把握する必要があり、国際情勢の知見や地政学の知見なども求められる。
4. 課題に対する取り組み例
よりレジリエントなサプライチェーンの構築には、情勢変化に対する組織的な取り組みを柔軟かつ継続的に実施することが肝要と考えられる。以下には課題に対する取り組み例を記載する。
(ア) 課題に対する取り組み例 専門部署の設置
企業に必要な対応として、A.自社サプライチェーンの理解、B.各国動向の把握、C.サプライチェーンのデカップリング判断、D.デカップリングの修復・再統合が考えられ、これらA~Dを一気通貫して対応する専門部署を設置することが考えられる。実際に、国内製造業において経済安全保障に関連する対応を取りまとめて行う部署は増加している。経済安全保障上の懸念への対応は輸出管理、資材調達、法務など部署横断的な取り組みとなるため、専門部署での対応が合理的であると考えられる。
(イ) 課題に対する取り組み例 事業継続可否の検討
ある国において事業継続が困難となる事象が発生した場合、複数のリスクシナリオを設定し、当該国での事業継続の可否を検討する必要がある。このような場合の売却・撤退は、本来の事業価値から乖離した非経済的な価値での譲渡や撤退する国の政府介入なども考えられ、検討・実行の難易度が高い。また、撤退においては、従業員の自由に関する保障や雇用条件の維持など撤退後に配慮した責任ある撤退が求められる。
(ウ) 課題に対する取り組み例 製造拠点の国内回帰
売却・撤退した製造拠点を代替国に移管するのではなく、移管コストやデータガバナンスの観点から、製造拠点を国内に回帰させることも考えられる。一部の企業ではサプライチェーンの強化を目的とした製造拠点の国内回帰が行われているが、その数はまだ多くはない。各国に事業を展開する企業が、円安・インフレーションなどによるコスト増、各国輸出入規制や国外へのデータ持出しに制限を加えるデータガバナンスの変化など複合的な要因が積み重なれば、今後、国内回帰が加速するシナリオも考えられる。
(エ) 課題に対する取り組み例 外部専門家との連携
有時において事業売却を検討する際には現地事情に詳しい外部専門家の活用が必要である。例えば、ある国において事業継続が困難となる事象が発生した場合、当該国での事業の価値を算定するにあたっては、国際情勢・現地事情を把握したファイナンシャルアドバイザーによるデューデリジェンスが有用である。現地で発生した事象を定性的・定量的に把握・分析することで、非財務的な観点も含めた事業価値の算定が見込まれる。
(オ) 課題に対する取り組み例 有事を想定した準備
有事発生前から有事を想定した準備をしておくことも重要である。デロイト トーマツ グループの「企業のリスクマネジメントおよびクライシスマネジメント実態調査 2021年版」によると、クライシスを経験した企業が感じるクライシス対応が上手くできなかった要因は「クライシス発生に備えた事前の準備が出来ていなかった」など事前準備に関する項目が上位を占めている。
一方、事前準備は優先順位が下がる傾向にある。デロイト トーマツでは、平時のうちからクライアントと連携し、定期的または必要に応じてクライシスへの備えに関わる助言を行い、クライシス発生時には専用のホットラインによりクライシスやインシデントに関わる相談を受け付けるD-レスポンスというサービスなども用意しているため、ご活用いただきたい。
執筆者
デロイト トーマツ ファイナンシャルアドバイザリー合同会社
産業機械・建設セクター
マネージングディレクター 吉田 航
シニアヴァイスプレジデント 羽場 俊輔
シニアアナリスト 清水 拓哉
(2022.9.7)
※上記の社名・役職・内容等は、掲載日時点のものとなります。