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医薬品業界の不正事例

クライシスマネジメントメールマガジン 第47号

シリーズ:丸ごとわかるフォレンジックの勘所 第38回

近年、医薬品卸による談合が相次いで発覚しています。業界全体で談合が半ば慣習化していた可能性が浮き彫りになり、その背景にある医薬品業界の構造の問題を露呈させました。本稿では医薬品業界の構造に焦点をあてつつ医薬品卸でなぜ談合が頻発しているのか防止策を含めて掘り下げます。

I. 頻発する医薬品卸の大手4社による談合事件

2021年6月30日、東京の独立行政法人が発注した医薬品の入札を巡る談合事件(2020年12月に公正取引委員会により告発)で、独占禁止法違反(不当な取引制限)の罪に問われた医薬品卸の大手3社にそれぞれ罰金2億5千万円が言い渡された。

各社が再発防止策を掲げ信頼回復に向けて最善を尽くしていた最中の2021年11月9日、独立行政法人などが九州地区で発注した医薬品の入札で談合した疑いがあるとして、公正取引委員会は医薬品卸の大手4社に加えて地元の卸会社2社の計6社に対して、独占禁止法違反(不当な取引制限)の疑いで立ち入り検査を行ったとの報道がなされ、医薬品業界に再度の激震が走った。

 

II. 医薬品業界の動向と構造

医薬品卸でなぜ立て続けに談合が発生しているのかを考察する前に、医薬品業界の動向と構造を把握しておきたい。ここでは、医薬品業界を取り巻く環境、薬の販売価格(薬価)を決める制度及び医薬品卸の特殊な収益構造について述べる。

■ 医薬品業界を取り巻く環境

日本は世界で最も高齢化社会へ突き進んでいる国の1つである。厚生労働省は2021年11月に2019年度の国民医療費が44兆3,895億円であることを公表した。図表1は国民医療費の推移を表したものであるが、高齢化が進むに伴って国民医療費も年々増加傾向している。

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国民医療費の増加に歯止めをかけるべく、厚生労働省による医療費適正化計画のもと薬価制度改革や後発医薬品(ジェネリック医薬品)の使用促進等の施策を行っている。この施策により医療用医薬品の販売価格(薬価)は年々引き下げられており、医薬品業界全体の利益はそれに付随して減少傾向にある。そのしわ寄せを最も被っているのは医薬品卸である。詳細は後述するが、業界環境および特殊な収益構造により大手4社の営業利益率は1パーセント程度の水準で推移している。図表2は医薬品卸大手4社の直近3年間の営業利益率の推移であり、高い営業利益率とは言い難い状況である。

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■ 薬価制度

日本では医療用医薬品の販売価格(薬価)は厚生労働省が医薬品ごとに決定している。これは薬価制度と呼ばれ、あらかじめ販売価格を決定しておくことで、医薬品価格の高騰を防ぎ、公的医療保険の財政安定や年々増え続ける医療費の抑制を狙う目的があるとされる。

上述の通り、高齢化社会により膨らんだ国民医療費の抑制は喫緊の課題であることから、国は薬剤費をより低く抑えるべく2018年4月に薬価制度を抜本的に改正した。その一つに薬価改定頻度の増加が挙げられる。これは、従来であれば薬価は医療機関・薬局が医薬品卸から仕入れる価格(実勢価格)に基づいて2年に1度改定されていたが、当該制度改正により2021年からは毎年改定されることになった。
 

■ 医薬品業界のビジネスモデル

医薬品業界の主要プレイヤーは製薬企業、医薬品卸、医療機関・薬局の3者だ。医薬品は製薬企業によって製造された後、医薬品卸によって全国の医療機関・薬局に届けられ、必要な患者に販売されることになる。医薬品業界では医薬品卸への販売価格を「仕切価」、医療機関・薬局への販売価格を「納入価」と呼ぶ。

図表3はそれらの関係をフローにしたものである。

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医薬品卸は「納入価―仕切価」が利益となり、医療機関・薬局は「薬価―納入価」が利益となるが、薬価が固定されていることから限られた利益をいかにして確保するかが問題となる。

 

■ 医薬品卸の特殊な収益構造

医薬品卸は一般商品を扱う卸企業と全く異なる特殊な収益構造をしている。この特殊な収益構造を医薬品業界の主要プレイヤーの観点から把握していきたい。

A) 製薬会社
一般的に製薬会社の販売価格である仕切価は厚生労働省が決定する薬価から何パーセント下げるか、といった思考で価格を決めている。【薬価制度】の章で述べた通り、薬価は医薬品卸の販売価格である納入価(実勢価格)に基づいて決定される。そのため、安易に仕切価を引き下げると納入価も引き下がり、薬価改定により薬価の引き下げが行われるという負のスパイラルに陥る可能性があるため、製薬会社は仕切価を引き下げたがらない。

B) 医療機関・薬局
医薬品の販売価格である薬価は医療機関・薬局で変更することはできないため、利益を生み出すためには納入価をいかに低く抑えるかにかかっている。そのため、医療機関・薬局は医薬品卸への交渉力を高め、納入価引き下げの圧力をかけるために様々な戦略を実行している。具体的には、医療機関に代わって医薬品卸と価格交渉を行う経営コンサルタントと契約することや、M&Aにより薬局の規模を拡大することが挙げられる。

C) 医薬品卸
上述の結果、医薬品卸の立場は、仕切価を高水準に維持したい製薬会社と納入価引き下げの圧力を強めてくる医療機関・薬局の板挟みとなっている。このような事情もあり、医薬品卸の利益(納入価ー仕切価)がマイナスとなることが常態化している。そしてこのマイナス分を補填するために、内容や計算方法に違いはあるものの製薬会社は医薬品卸に対して仕入割戻(リベート)や販売奨励金(アローワンス)を医薬品卸へ支払う慣習となっている。医薬品卸はこの仕入割戻等でやっと数パーセント程度の利益を確保できるようになっており、一般商品を扱う卸企業とは異なる収益構造をしている。

 

III. なぜ医薬品卸で談合が発生するのか

医薬品業界に関する構造を基に、ここでは本稿の本題である医薬品卸業界において談合が発生する原因について不正のトライアングル(機会・動機・正当化)を用いて考察していきたい。


機会

医薬品卸の業界は1990年代から大手による中小企業の吸収合併が相次ぎ、医薬品卸の事業所数は激減しており、今では4大グループに集約されている。また、医薬品卸は全国の医療機関・薬局に「毛細血管型」流通網によって必要な時に、必要な量を迅速かつ確実に供給しなければならないが、その過程の医薬品の保管や配送には薬事法をはじめとした各種厳しい法的規制を受けるため、新規事業者の参入障壁は非常に高く、大型入札等を受注できるのは事実上4大グループに限定されると考えられる。そのため、競争原理が働きにくく各社で協調しやすい環境が醸成されていると考えられる。

動機

そもそも医薬品業界自体が利益確保をしにくい構造であることに加え、特に医薬品卸は上述の通り製薬企業と医療機関・薬局の板挟み状態から数パーセント程度の利益をやっと確保できるという状態が長年続いている。同業他社で価格競争をして身を削りあうよりも、談合を行うことにより無駄な競争を避け共存を図りたいという動機が生じる。また、入札は発注者の予算を見極め、時間と労力を費やして見積りを行うが、入札案件が大規模になればなるほどこの前段階の作業が重要かつ費用が嵩むことになる。落札できなかった場合、この前段階の作業は全て無に帰す結果となる。医薬品卸の場合は仮に落札したとしても赤字、もしくは数パーセント程度の利益である。そのような状況であれば大手4社で談合を行い、入札に係る手間を削減したいという動機が生まれる。

正当化

入札制度では最低受注価格はあるものの基本的には入札金額が最も低い事業者が落札することになる。【薬価制度】の章で述べた通り、薬価は医薬品卸の販売価格である納入価(実勢価格)に基づいて決定されることから、医薬品納入を巡る入札において、医薬品卸が安い金額で落札して納入すればするほど次回の薬価改定で薬価が引き下げられる可能性があり、そうなれば業界全体で配分する利益がさらに減少する恐れがある。そのため、大幅な薬価改定に繋がらない程度の入札金額を医薬品卸同士が決めて受注金額調整を図ったほうが将来の医薬品業界にとって良いことだ、という正当化に繋がると考えられる。これは、医薬品業界における入札制度の仕組みが負のスパイラルを招き業界全体の首を絞める、ということを回避するためという意図もあり、正当化が強化されることとなる。

 

IV. どうすれば談合を防ぐことができるのか

談合は実行者の起訴や罰金、規制当局からの行政処分(指名停止処分、営業停止処分)等の厳しい刑罰を受けるのみならず、医薬品業界の社会的信頼を失墜させる行為である。また、公正取引委員会が公表している独占禁止法違反事件の処理状況によると、不当な取引制限にかかる法的件数は減少していないにも関わらず課徴金額は増加傾向にあり、依然として注目度が高い。ここでは談合を防ぐための策を企業内部と外部の観点から考察していきたい。

 

企業内部からの防止策

【なぜ医薬品卸で談合が発生してしまうのか】の章で述べた不正のトライアングル(機会・動機・正当化)に対応する防止策について考察していきたい。

 

機会
  • リスクアセスメント
    自社の営業部門に対して、製品特性・コミュニケーション特性・地域特性等複数の視点から、談合・カルテルに関するリスクアセスメントを行い、当局からの摘発リスクが高いとされた領域について企業自らが先んじて実態調査を行い、その結果に基づいて当局へのリニエンシー申請(下記参照)を検討する必要がある。
  • 同業他社の接触に関する規定、会議・会合ルールの見直し
    医薬品卸は大手4社に集約され同じ境遇で苦しんでいることから、現場担当者等の横の繋がりは比較的強いと想定される。そのため、同業他社の接触に関する規定や会議・会合の参加ルールについて厳格化し、その状況をモニタリングする機関を設置することが望ましい。
  • 内部・外部通報制度の拡充と周知
    内部通報制度の窓口を複数設けることや、弁護士事務所等の外部通報窓口も設置することで通報方法の選択肢を拡充することも有効な手段である。通報手段を拡充するだけでなく、通報制度の存在の周知とその有効性を企業自らが積極的に従業員に発信し続ける必要がある。
  • 社用端末や電子メールのレビュー
    内部通報があった場合や疑わしい状況にある場合は、顧問弁護士等へ相談の上、社用端末や電子メールのレビューを行うことも防止策として有用なことがある。
  • 社内リニエンシー制度の整備及びリニエンシー申請のための社内体制の構築
    上記施策を実施したとしても談合を完全に防ぎきれるとは限らない。しかし、早期発見・早期治癒により企業価値の棄損を最小限に抑えつつ信頼回復を行うことは可能である。その手段の一つとして社内リニエンシー制度の設置がある。これは、社内規程等で、談合含む法令違反等に関与した従業員等が自主的に通報して問題の早期発見・解決に協力した場合にその者に対する懲戒処分等を減免することができる旨を規定するものであり、これによる早期発見が期待される。もう一つはリニエンシー申請のための社内体制構築である。談合を早期発見した場合に、専門家等の助言を受けた上で自主的に公正取引委員会へ報告することで課徴金額の減免だけでなく、その後の再発防止に迅速にとりかかることで早期治癒に繋がる。これらの制度・体制を整備・構築するとともに社内周知することが望ましい。

 

動機・正当化
  • トップメッセージの発信
    トップ自らが「談合をしてまで入札案件を勝ち取る必要がない」ことやコンプライアンスを遵守することの大切さを定期的に発信し続けることで組織の風土を変えていく必要がある。
  • 従業員への定期的な教育・研修の実施
    独占禁止法に関する教育やコンプライアンス研修の定期的な実施が挙げられるが、法律の概要を取り上げるような定型的な研修ではなく、談合を行った結果どのような社会的制裁を受けたのか、医薬品業界に与えた影響等を如実に掘り下げた内容の研修を行うとともに、事後的に理解度テストを実施することが重要である。

 

企業外部からの防止策

医薬品卸で談合が発生する要因の1つは特殊な収益構造に代表される医薬品業界の商慣習であろう。厚生労働省は「医療用医薬品の流通改善に向けて流通関係者が順守すべきガイドライン」(以下、「ガイドライン」)を2018年に策定(2022年1月改定)し、この商慣習の改善を進めようとしている。ここでは、企業外部の防止策としてこのガイドラインを取り上げたい。

 

厚生労働省策定のガイドライン

長年受け継がれてきた商慣習を改善するべくガイドラインでは、医薬品卸の特殊な収益構造の改善に向けた適切な仕切価の提示や医薬品の価値や流通コストを無視した過大な値引き交渉の自粛といった内容が記載されている。また、厚生労働省による相談窓口の設置や調査・指導、不順守事例の公表を通じてガイドラインの実効性を担保することになっている。

2022年1月改定のガイドラインでは、2019年に医薬品卸の談合が摘発されことを受け、今までの商慣習をより改善する内容に改定されている。具体的には、製薬企業と医薬品卸の取引では医薬品卸の特殊な収益構造の改善に向けた適正な仕切価を設定するように要請しており、割戻しや販売奨励金のうち仕切価に反映可能なものは反映した上で整理・縮小を行うよう明記された。医療機関・薬局との取引では従来からある医薬品の価値を無視した過大な値引き交渉に加え、不当廉売を禁じる規定を新設している。

また、従前のガイドラインでは交渉が行き詰まり、改善の見込みがない場合に厚生労働省へ相談できるとされていたが、改定によってガイドラインの趣旨に沿わない事例についても相談することができるようになり、実効性を向上させている。

 

V. おわりに

度重なる医薬品卸の談合は医薬品業界の様々な問題点を露呈させた。業界構造に起因するため、この問題を解決するには医薬品業界及び厚生労働省が一体となって取り組む必要があるだろう。正確な実態把握を行い、透明化を行うことで問題を業界全体で共有することが、健全な競争への第一歩となると考えられる。その一歩が踏み出せるか、引き続き注目したい。

 

※本文中の意見や見解に関わる部分は私見であることをお断りする。

執筆者

デロイト トーマツ ファイナンシャルアドバイザリー合同会社
フォレンジック&クライシスマネジメントサービス
成宮 智輝(ヴァイスプレジデント)
浦山 竜弥(アナリスト)

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