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不正予防のための組織風土醸成―心理的安全性の高め方―(4/5)

クライシスマネジメントメールマガジン 第49号

シリーズ:丸ごとわかるフォレンジックの勘所 第43回

本シリーズでは、フォレンジックの勘所を不正の予防・発見、対処、再発防止の全プロセスにわたり、複数回に分けて紹介します。多くの企業不祥事の背景には、「見て見ぬふり」をするなどの組織風土の問題があります。不正を事前に抑止するための健全な組織風土醸成、とりわけ率直な意見を言いやすい環境などを指す「心理的安全性」を高める意義について全5回の連載で解説します。第4回の本稿は、前回に引き続き心理的安全性を高めるための「他者への働きかけ」について解説します。

I. はじめに

本シリーズでは、心理的抵抗が不正に与える潜在的な影響を指摘するとともに、不健全な組織風土を打破し、変革するためのアプローチを5回にわたり解説する。率直に意見を述べることができる組織風土、その核となる心理的安全性をいかにして高められるかについてフォーカスしながら、「実践にどう移すか?」という解決策まで踏み込んでいく。第4回である本稿は、「他者の働きかけ」(後編)について取り扱う。

II. 3つの働きかけ(再掲)

第1回で、心理的安全性を高めるためのアクションとして「3つの働きかけ」、即ち①自己への働きかけ、②他者への働きかけ、③組織からの働きかけの3方向から成る変革アプローチをご紹介した。このいずれが欠けても変革はちぐはぐなものになる、あるいはかき消えてしまい、定着には至らないだろう。

第3回の前回および第4回の今回で扱うのは「②他者への働きかけ」である。ここでは第2回の「自己への働きかけ」で述べた自己認識の延長線上に、人間生来の性質を踏まえた「影響力」を加味することで、心理的安全性を高める行動を個人から組織に広げていく。

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III. 事例から見る「他者への働きかけ」の必要性

大規模な品質偽装が長年かつ全国的に行われていたことが発覚した某社では、総じて管理職と担当者との間に深い断絶があった。ある担当者は不正を把握していたにも関わらず報告・通報しなかったが、遠因として直上の管理職層を「自己保身に走る人しかいない」と評して不信感を抱き、不正に関する情報はおろか日常業務に関するコミュニケーションさえも取っていなかった。このような関係性は「互いに尊敬・信頼し合える」状態とは真逆にあり、不正の抑止などには至るべくもない。
また、別の担当者は過去に業務上の疑問や意見を投げかけたところ、上席者から「担当でないのに口を挟むな」「言われた通りにやっていれば良い」などと怒鳴られることが度々あり、やがて疑問や意見を口にすることはなくなったと語る。これも「発言による不安がない」状態とは正反対である。図2に再掲する心理的安全性の2因子が全く成立していない事例と言えよう。

顛末として、某社では異なる製品・拠点での改ざんが次々と明らかになった。事件発覚後、某社の株価は大幅に下落するに至った。

本事例は、心理的安全性がない組織風土が悪化の一途を辿り、不正の温床となってしまった事例である。
一般に組織の中で募らせてしまった不信感を払拭することは困難を極めるため、早期の打ち手が求められるだろう。
そしてこの打ち手とは、以下で示すように他者へ働きかける具体的なものでなければならない。

IV. 「強化」と「弱化」の活用

自分が相手からの疑問や意見に対し肯定的な受け止め方をすると、相手は疑問、意見を述べることに抵抗を抱かなくなり、むしろ積極的にこれらの伝達を図るようになる。逆に、前項の事例のように疑問や意見に対し否定的な態度で返すと、相手は疑問や意見を発することに消極的となっていく。心理学ではこれらの作用をそれぞれ「強化」「弱化」と呼ぶ。また、「強化」「弱化」をもたらすきっかけを「刺激」と呼ぶが、「刺激」には言葉だけでなく、ジェスチャー、態度、報酬等、幅広いものが含まれる。以下で「強化」「弱化」をもたらす双方の「刺激」の例をいくつかあげよう。
 

1.発言を賞賛する

一つ目は単純に、発言や疑問、意見、提案等といった行動を賞賛することでプラスの「刺激」を与え、「強化」しようというものだ。これらの行動を目にしたら、感謝を述べる、「いいね!」と言ってみる、メールやチャットツールであれば、絵文字やアイコン、スタンプ等で肯定的な表現をしてみる等が考えられる。簡単なことであり、表現できる場面や手段は多いはずだ。ここで重要なのは、「発言行為と内容の評価は切り分ける」ことだ。仮に提起された意見等が期待に満たないものであったとしても、意見を発してくれたこと自体ははっきりと賞賛した上で、相手の受け入れやすい言葉により内容の批判を行うことを意識して頂きたい。
 

2.失敗を学びに変える

人は成功よりも失敗を強く記憶する。また、失敗によるダメージが計算できない場合、不確実なものへの恐れから一層失敗を強く意識し、保守的、即ち失敗を回避する傾向、もしくは挑戦しない傾向がみられる。このとき、人は次のような恐れを抱いていることが多い。

  • 叱責への恐れ
  • 評価低下への恐れ
  • 自己否定に対する恐れ
  • 予測できないことに対する恐れ

しかし、こうした保守的な傾向は組織にとり非常にマイナスである。例えば、率直な物言いができないことで、ネガティブ情報の伝達が遅れる懸念がある。また、挑戦しないことで、組織学習の機会を逸する。このようなことがないよう、挑戦を「強化」し、過度に保守的な行動を「弱化」させたい。
そのために重要なのは、一度の失敗で相手への信頼を撤回しないということだ。むしろ、「見直す良い機会だ」「早めに分かって良かった」等の失敗を次に活かすワーディングをとることで“ポジティブ変換”して受け取って見せることが求められる。
また、失敗の数を問題にしてはならない。失敗を糧にした組織学習の機会を逸してしまうことにつながるし、失敗の隠蔽を行う動機が生じてしまいかねない。

失敗には何らかの批判すべきポイントがつきものだ。さりとて、その伝え方次第では、意図せぬ「強化」「弱化」を招きかねない。これを避けるために、個人ではなく行動への批判とすべきだ。例えば、「XXが人任せにしていたからこうなった」という発言は、個人への批判に聞こえてしまう。批判の的となった人は自分が否定されたような気持ちになり、挑戦という行為が「弱化」されかねない。これを「今後、違う視点で再度確認をするというステップが必要だ」等という些細な言い変えで矛先を少し変えるだけで、無用な委縮を避けられるし、改善すべきポイントへの集中や意識付けができるだろう。前回述べた「伝え方の配慮」もぜひ併せて実践頂きたい。
 

3.明らかな違反を拒絶する

組織風土変革の際によく見られるのが、「自分は別にいいや」と変革の輪から抜けるような態度をとる者や、「机上ではそうかもしれないが、でも現実には…」と結局バイアスや自分の悪しきクセから抜け出そうとしない「違反者」の存在だ。
時にこのような「違反者」はマネジメント層からも現れ、周囲が「違反者」に「NO(ノー)」を突き付けることは容易ではない。しかし、これを放置すると、あたかも違反が暗黙の了解を得たような印象を周囲に与え、変革に「弱化」が働くことになる。周囲に「一連の取り組みは、結局“お題目”に過ぎなかったのか」という失望を生む。そして失望は組織へ波及し、変革の巻き戻りに結びついてしまう。

このような事態を避けるためには、表題の通り「明らかな違反を拒絶する」ということだ。リーダー層は事前に違反を拒絶する旨を明示するとともに、違反を目にしたら、その場できっぱりとしたメッセージを発する必要がある。一般従業員も、明らかな違反に対し異論を述べる、適切なレベルの上席者に報告する、内部通報する等、拒絶に向けたアクションをとることが望まれる。
これは時に勇気の要る、ハードルの高いことかもしれない。しかし、心理的安全性の高まりは特定の階層ではなく、一人一人の心がけと行動により支えられるのである。

V. 行動の実践

ここまでに見たような性質を踏まえ、「他者への働きかけ」で日頃心掛けるべき実践行動を最後に示す。前回でも述べたが、全てを一斉に変えることは難しい。できるものから少しずつ、自分の定着度合いを自覚しながらトライしよう。
 

1.ポジティブな態度を示す

思考は言葉で駆動し、それゆえに言葉に影響される。ポジティブな態度は伝染し合い、徐々に「互いに尊敬・信頼しあえる」状態に近づいていくが、はっきりとポジティブさを言葉で表現することが重要である。実践の上では、下記にご留意頂きたい。

  • 大げさでも、無理やりにでもいい
  • 不慣れでぎこちなくても、気にしない
     

2.助力を申し出る

メンバー各人が互いに助力を申し出ず、他人やチーム全体の問題に対して無関心な組織をイメージしてみよう。そのような組織はきっと、コミュニケーションの質・量ともに低調で、組織や周囲のメンバーの価値観やヴィジョンを共有することは稀であろう。やがてそれぞれのメンバーは業務を“縄張り”化し、個別最適の追求に走る。当然、組織学習が進むべくもない。こうして組織全体としての業務効率も上がらないまま、問題が複雑に絡み合い、気が付いた時には何から手を付けてよいか分からなくなってしまう。このような組織が「発言への不安がない」「互いに尊敬・信頼できる」状態ではないのは明らかだ。

極めて悪い例を述べたが、このような状況に陥らないためにも、躊躇うことなく「助力を申し出る」ことが重要である。助力の申し出をすることは、慣れないうちは勇気が要ることかもしれない。しかし、一度踏み出せば相手とのコミュニケーションのハードルは格段に下がる。相手にとってもチームへの帰属意識が高まり、「影響力」、特に「返報性」の作用により、貢献の連鎖が生まれるかもしれない。たとえ一度断られたとしても、怯まずにトライし続けて頂きたい。相手は遠慮してしまっただけかもしれないし、業務を渡すことに不慣れなのかもしれない。あるいは、渡せない事情があるのかもしれない。助力の申し出が、循環が正となるか負となるか、重要な起点となりうるので、ぜひ粘り強く実践に移してほしい。
 

3.フィードバックを与える

自己認知は行動変革の起点として有用だが、自覚していないことは自己認知できない。ここで重要となるのが、他者からのフィードバックである。図3を使って説明しよう。フィードバックを受けた相手は、自分は知らないが他人は知る自己である「盲点の窓」に気づき、自分も他人も知る自己である「開放の窓」が開いていく。このとき、フィードバックは相手の行動変革の助けとなることに加え、価値観や学習に根差した質的に深いコミュニケーションがもたらされやすくなる。

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勿論、フィードバックにも留意点は存在する。フィードバックは改善に繋がるものであることが期待される。“ダメ出し“に終始せずに、相手の状況を思いやりつつ、今後どのように対応したらよいかを一緒に考える姿勢が必要だ。ここから次の3点を指摘したい。

  • 人物ではなく、行動に対してのコメントとする
  • 相手を変えようとしない(“お仕着せ”の禁止)
  • 相手の行動の背景にあるものの理解に努める

VI.おわりに

前回と今回で「他者への働きかけ」をテーマに、コミュニケーションスタイルの改善方法を解説してきた。前回の繰り返しとなるが、コミュニケーションの活発化は、魔法のような打ち手は存在しない一方で、簡単な一つ一つの工夫の組み合わせで乗り越えられるはずのものである。
次回の第5回では、「組織からの働きかけ」を述べていく。会社組織は個人や集団では乗り越えることのできない壁を打開することができる。これまでに展開してきた自己、他者、組織の3方向からの変革アプローチの集大成ともいえる回になるため、最後までお付き合い頂きたい。

 

※本文中の意見や見解に関わる部分は私見であることをお断りする。

執筆者

デロイト トーマツ ファイナンシャルアドバイザリー合同会社
フォレンジック&クライシスマネジメントサービス
小川 圭介(シニアヴァイスプレジデント)
内田 哲也(シニアアナリスト)

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