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品質不正における初動対応のポイント

クライシスマネジメントメールマガジン 第49号

シリーズ:丸ごとわかるフォレンジックの勘所 第42回

本シリーズでは、フォレンジックの勘所を不正の予防・発見、対処、再発防止の全プロセスにわたり、複数回に分けて紹介します。品質不正事案は、時に人の生命・身体に影響を及ぼす可能性があるため、注意すべき点がいくつも存在し、それらを踏まえた迅速な初動対応が必要不可欠です。ひとたび品質不正が発覚すると、芋づる式に類似事案が判明するなど難しい対応を迫られますが、十分な知見がなく適切な対応がとれていない企業がほとんどです。本稿では、品質不正における初動対応のポイントを解説します。

I. はじめに

昨今、製品出荷前の品質検査工程でのデータ改ざんや検査の未実施等の品質不正事案が再び紙面を賑わせている。不正が発覚した際は、時を移さず的確に実態を調査し、改善策を講じなければ企業に与える有形無形の損害は計り知れない規模となる。加えて、多方面のステークホルダーに影響する場合は、いかに速やかに誤解のないように世間に実態を公表するかという手腕も問われる。特に品質不正は人命に関わることも多いことから、横領や粉飾といった不正とは異なる注意点がいくつか存在する。不正は行わない、行わせないのが一番だが、万が一発生し、発覚した際、企業はどのように対処すべきなのだろうか。

本シリーズでは品質不正にフォーカスをあて、初動対応の実施事項、再発防止、予防・発見のための品質監査を3回に分けてポイントを解説する。1回目の本稿では、品質不正における初動対応のポイントを解説することとする。

II. 品質不正の特徴

品質不正の特徴として、ひとたび発覚すると芋づる式に他の類似事案が発覚することが多いという点がある。これは、例えば長年発覚していなかった品質不正予備軍が他社で発覚した品質不正を契機として実施した自己点検で発覚するケースや、自社で発覚した品質不正事案の調査を進める中で発覚するケースがある。また、自社のある品質不正事案の調査を終え、類似事案はないと公表した後、事後的に類似事案が発覚するというケースもあり、このような場合には、経営者の責任問題に発展することがある。
品質不正における対応事項は【図1】のように多岐に渡る。品質不正は言うまでもなく有事への対応となるが、有事対応では内部通報などの断片的情報から始まり、初動段階では秘匿性の観点より限られたメンバーしか関与させないのが通常である。そのため、入手できる情報には限りがあり不確定要素が多い中、事案を評価し大きな方針を決定する必要がある。例えば品質不正事案が消費者の生命・健康・安全にかかわるような深刻な場合、即時の公表や製品回収、出荷停止が必要になるなど、影響の大きさ次第で投入すべきリソースや体制も変わってくる。経営者は、このような企業の命運を分けるような意思決定を完全な実態解明がなされておらず、入手できる情報も判断根拠も薄弱な中で行わなければならない。
言うなれば、品質不正への対応は、「自社の事業継続性を左右する最重要事項であり、経営者自身による先を見据えた判断と対応が各場面で求められ」、「不確定要素が多い中、初動の事案評価がその後の動きを決定付けるため、大きな枠組みの中で、経営レベルで判断せざる得ない事項」となる。そのため、品質不正は経営者が対峙すべき不正であり、適切な初動対応が重要となる。

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実際に品質不正が発覚した場合の会社の対応は、有価証券報告書の虚偽記載等のその他の不正・不祥事と企業価値の毀損を最小限にすることを目指す点に本質的なところで大きく異なることはないが、品質不正の場合は人命に関わることも多いことから、特に注意すべき点がいくつか存在する。

III. 品質不正における初動対応の実施事項とそのポイント

品質不正は、最悪の場合多数の人命を奪う極めて深刻な事故につながる可能性もありえる。そのため、品質不正が発覚した際は、企業価値の毀損のみならず人的被害を最小限にとどめるためにも、不正内容の特定とともに速やかに人命への影響度を把握するために必要な体制を構築する。
 

(1) 事象検知後の事実確認

品質不正の可能性があるとの一報を受けた場合、まずは初期的な事実確認を行う。例えば特定の製品について検査の未実施や検査結果改ざんの事実が判明したのであれば、それがどの程度不正のあった製品の実際の品質、特に安全性に影響を及ぼしているのかを把握する。同時に、当該製品の流通先について把握する。この際、1次販売先のみならずエンドユーザーをも含めた商流全体を把握することが重要となる。なぜなら、影響度を検討した結果、影響の程度が軽微であれば再検査を含む応急処置を施し、顧客の理解を得て協力を仰ぐなどして製品の出荷を継続することも可能であるが、消費者の生命・健康・安全にかかわるような重大な影響があると判断した場合、出荷停止はもちろん即時の事案公表や出荷済み製品の回収といった判断を行わなければならない場合もあるからである。
この事実確認から、影響度の検討およびそれを受けた当該製品の措置判断までを、できるだけ速やかに実施することが重要だ。
 

(2) 初動対応体制の構築

影響度の検討後、検討結果に基づき初動対応体制を構築することになるが、その主たる目的は後手に回らない対応のために、正確かつ迅速に発生事象を把握し、重大性のある情報を経営層と共有することにある。そのため、企画、法務、総務、人事、広報、経理財務といった主要な本社部門のみならず、今後の展開・対応を考慮し対象事象に熟知したメンバーの選定が重要となる。
一方で、取引先や従業員などステークホルダーに対して誤った事実や憶測が広がることによる混乱を避けるため、情報管理の観点からメンバー構成は必要最小限にとどめる。
 

(3) 初期調査

初動対応体制の構築後は、より正確に発生事象を把握し対応の優先度を決定するため、必要な情報を追加で収集し、その影響度を評価することになる。発生事象を把握するにあたっては、【図2】の5つの事項が重要となる。品質不正においては、当初の想定を超える用途やユーザーの広がりが事後的に判明することがよくあるため、①人的影響~⑤経営者の関与等の直接的影響については、追加情報を入手する都度、継続的に再評価を実施することが望まれる。再評価の結果を、経営トップを含む取締役および監査役に共有した後は、評価結果に応じた対応の優先度を決定することになる。
 

【図2】発生事象の把握において考慮する5つの事項

① 人的影響

事象の検知から初動対応体制の構築の段階で暫定評価しているが、影響の重大性に鑑み、初期調査の段階でも追加情報に基づき改めて影響度を評価する

② 法的影響

営業停止処分、業務改善命令、ISOやJISの認証取消などの行政処分が、エンドユーザーが海外メーカーである場合には損害賠償の訴訟リスク等の影響度を評価する

③ 事業への質的影響

自社が供給する製品の技術水準を検討し、競合他社が既存顧客に代替製品を供給できるか等を評価する

④ 事業への金銭的影響

製品出荷の停止・出荷済製品の回収・全量検査、顧客との契約解除、損害賠償請求額等の事業に与える金銭的影響を評価する

⑤ 経営者の関与等

実行者の立場によっては証拠隠滅が可能となる場合があるため、実行者の特定および適切な証拠保全の方法(例えば米国のeDiscoveryのように所定の方法での証拠保全が要求される場合、外部専門家との連携の要否)を把握する

 

(4) 有事対応体制(対策本部)の構築

対応の優先度の決定に基づき、短期的かつ高負荷の緊急対応(例えば、顧客への説明資料作成・顧客訪問、回収済製品の検査実施・再出荷、再発防止策の策定・実施など)を実行し、かつ対外的な説明責任を果たすための【図3】のような有事対応体制(いわゆる対策本部)を構築する。
有事において、情報・権限が集約されないことにより、真摯かつ一貫した対応が迅速に取られず、ステークホルダーの不満が高まることがある。そのような事態を避けるため、有事対応における会社全体の統括責任者を明確にするとともに、その管理機能である事務局を設置することが重要となる。加えて、有事対応では全社的かつ即時的な対応が必要となることから、事務局の下に、管理部門から事業部門までの組織横断的な対応チームを結成することが理想的である。このような対策本部を設置することにより、意思決定に必要な情報の集約や全体最適を勘案した人的・物的リソースの調整、対応内容の取捨選択など適切な管理・判断を行うことが可能となる。また、危機対応体制の役割、責任を明確にし、個々の実施事項に対する実施主体・実施者を決定することで、対外的にも、各種ステークホルダーのニーズに会社として迅速かつ一貫して応えることができる。
対策本部の統括責任者は、指揮命令および社内外への説明責任の観点から、代表権を有する者(代表取締役等)またはそれに準ずる者が望ましい。また、対策本部のメンバーは、初動対応体制のメンバーをベースとしつつ、必要に応じて外部専門家の起用も検討する。品質不正のように、社会的な影響が大きくなると予想される場合、その対応に高度な専門性が要求されることが多いためである。

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(5) 本件調査と他件調査

対策本部構築後は、調査のきっかけとなった疑義そのものの実態解明を行う本件調査に加え、類似の不正が他にもないかの観点で類似事案を調査する他件調査をする必要がある。調査を進めるに辺り、対策本部は調査に求められる専門性・第三者性を踏まえて、①第三者委員会 ②特別調査委員会 ③社内調査委員会 等から適切な調査体制を選択する。品質不正の場合、その影響が多岐に渡りステークホルダーから独立性を有する者による客観的な調査が要求されるため、第三者委員会や特別調査委員会を選択することが多い。
他件調査では効果的な調査手法を検討する必要があり、対象とする拠点、あるいは部門、取引種類、期間などを本件調査対象者と類似の環境にある人物の関与、類似手口の実行可能性などを考慮し決定する。この他件調査が不十分であると、他に起きている不正、または潜在的な不正を発見できないリスクが残ってしまい、後に別の不正が発覚することがあるため慎重な対応が必要である。
品質不正における他件調査では、デジタル・フォレンジック調査に加えて従業員に対するアンケート調査や実地点検を行うことがある。その際に留意すべき点として、例えば「品質不適合」の定義を明確にすることが挙げられる。アンケート調査においてこの定義が不明確である場合、回答者の主観により不適合か否かの判断がなされてしまう。その結果、不適合の可能性があるグレーゾーン事象に対して誤った回答を行う可能性がある。
また実地点検においても同様である。点検者は、準備した法令・規格・契約に準拠した性能項目別のチェックシートに基づき適合か不適合かを判定する場合がある。その際に、「品質不適合」の定義が不明確であれば、判断に迷う点検項目があった場合、その判断が適合に寄ってしまい不適合の可能性があるグレーゾーン事象が抽出されない可能性がある。
以上のように「品質不適合」の定義を不明確なまま品質不正事案の調査を実施し、対外的に類似事案は無かったと公表した場合、事後的に類似事案が発覚することがあり得る。そのため、このような事態を回避するべく他件調査の検討は定義を明確にした上で網羅的かつ慎重に行う必要がある。
冒頭でも触れたように、品質不正は他件調査の結果、芋づる式に広がるケースが多い。発見された場合は、追加の調査やステークホルダー対応も必要となる。この機会に膿を出す覚悟で臨む必要があることを申し添えたい。

IV. 対策本部の運用

先述の通り、対策本部の機能・役割は多岐に渡るが、それらを円滑に進めるためには、対策本部メンバー全体での課題・進捗管理を通じたプロジェクト運営が必要となる。プロジェクトを管理する上では、プロジェクトの対応・実施事項、担当者、想定成果物、期日等のアクションプランを定めた一覧表(いわゆる【図4】のようなWBS(Work Break Structure))を作成し、一元管理を行うことが有用である。実施すべき作業を作業者レベルに分解・整理し、実施主体・担当者を決定し、想定成果物を含め役割分担を明確にし、マイルストーンに沿って開始日・対応期限を設けスケジュールの進捗を管理する。これにより、対応・実施事項の漏れ、遅延の把握、責任者の明確化、責任者への進捗確認等が可能となり円滑な対策本部運営が可能となる。品質偽装への対応は多岐に渡り、対策本部の機能・役割もそれに併せて多岐にわたるため、全体を整合的に推進するためにも、WBSを用いた進捗管理が有効な手段となり得るのである。また、有事対応は状況が刻一刻と変化するため、一度作成したWBSの不断の見直しとメンバー全体への周知がプロジェクト運用上の肝となってくる。

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さらに、対策本部では対応・実施事項の進捗や課題への対応状況を管理するのみならず、それらを円滑に進めるだけの必要なリソース確保や情報共有ツールを中心としたインフラの整備も重要となる。現場支援も含む有事対応に必要な人的・物的リソースも刻一刻と変化し、都度見直しが必要となる。
例えば、検査成績表の改ざんや未検査などにより規格を満たしていない製品を出荷していたある企業の事例では、被害拡大防止のための臨時オペレーションとして検査工程の追加を決定した。その結果、自社リソースのみでは対応できないほどの大幅な検査作業員の増員が必要となり、グループ会社からの協力者や外部委託により対応したケースもある。
現場においては作業負荷や人手不足を理由に、策定された被害拡大防止のための手順を省略する、取引先からの強い要請に耐え切れず現場のみの判断で個別の例外対応をしてしまうようなこともある。品質不正対応の際にこのような事態を引き起こすと、さらなる混乱や信用失墜を招きかねない。このような事態を避け、確実に対応を進めるためにもWBSを活用するなど、対策本部の強力な指揮下で、先手先手の運用が必要なのである。

V.おわりに

今回は、品質不正発覚時の初動対応のポイントを解説した。繰り返しとなるが、品質不正は経営者が対峙すべき不正であり、適切な初動対応が重要となる。そして、有事の発生においては企業価値が毀損することを前提に速やかな初動対応を行うことが重要である。
次回は、品質不正を2度と発生させないための再発防止はどのように進めるべきなのか、品質不正における再発防止のポイントを紹介する。

 

※本文中の意見や見解に関わる部分は私見であることをお断りする。

執筆者

デロイト トーマツ ファイナンシャルアドバイザリー合同会社
フォレンジック&クライシスマネジメントサービス
清水 隆之(シニアアナリスト)

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