ナレッジ

整理できていますか?似ているようで違う「制裁違反リスク」と「マネー・ローンダリング/テロ資金供与リスク」とのつき合い方

クライシスマネジメントメールマガジン 第68号

シリーズ:丸ごとわかるフォレンジックの勘所 第58回

I. ML/FTリスクと制裁違反リスク

2016年の再改正犯罪収益移転防止法(犯収法)施行以降、当局の根強い要請もあり、多くの事業者が「リスク評価書(特定事業者作成書面)」の整備に多大な労力を投入してきた。その目的はほかでもない「リスクベースアプローチ」の徹底であり、マネー・ローンダリング/テロ資金供与リスク(ML/FTリスク)を網羅的に特定し正確に評価することでリスクに見合う形でのコントロールを確実に導入しようとする考え方に基づいている。

ML/FTリスクとは、「事業者が提供する商品・サービスや事業者としての活動がマネー・ローンダリングやテロ資金供与の目的で悪用されるリスク」と定義することができる。転じて制裁違反リスクは「事業者が提供する商品・サービスや事業者としての活動が内外当局の制裁関連規制に抵触する、または抵触する可能性がある形、ないし規制を回避する目的で偽装された形で実施されるリスク、またはそのことによって罰金や業務停止・解雇等を伴う処分を受け業務の縮退、財務上の損失、収益機会の喪失、人材の損失、風評の悪化等を招くリスクの総称」と定義することができる。

ML/FTリスクが概して社会にとっての共通の脅威である犯罪やテロを包括的に意識するものであるのに対し、制裁違反リスクは特定の国・地域の政策を個別具体的に意識するものと位置付けることができるかもしれない。

こうした中、ML/FTリスクに焦点を当てる従来の「リスク評価書(特定事業者作成書面)」の枠組だけでは、顧客としての制裁対象者や国・地域としてのイランや北朝鮮が高リスクであり、従って取引禁止を含む厳格な対応が求められることまでは言及できても、例えば米ドル建ての取引や米銀が関与する取引が高リスクでありで、従って追加的なデューデリジェンス(情報の入手・分析)を伴う形で可否判断を下す必要があることまでは説明できず、その意味では実務上の要請に必ずしも十分に対応できていなかった側面があった。

II. 外為取引等取扱業者遵守基準

2024年4月に施行予定の「外国為替取引等取扱業者遵守基準」は事業者に「リスク評価書(外為取引等取扱業者作成書面)」の作成のほか、手順書の整備、統括管理者の設置、監査の実施等を求めるものであり、事業者は前掲のML/FTリスクに関する「リスク評価書」に加え、制裁違反リスク(「制裁リスク」と呼ばれる場合もある)についての「リスク評価書」を作成する必要がある。

いうなれば、実務上の要請に対応できる環境が部分的に整備された形であり、本邦におけるAML/CFTや制裁コンプライアンス(総じて「金融犯罪コンプライアンス」)の態勢が自律的なリスク管理に向けて一歩前進したと評価できるかもしれない。

 

本年6月にリリースされたパブコメに対する財務省の考え方、同じく11月に示された「外為法令遵守ガイドライン」によれば、「ML/FTリスクの評価と制裁違反リスクの評価は、総合的にML/FTリスクと制裁違反リスクを特定・評価していれば別々に評価する必要はなく、その評価結果についても別々に規定する必要はない」あるいは「必ずしも制裁違反リスクのみに焦点を当てて他のリスク評価から独立して行う必要はなくML/FTリスク評価に制裁違反リスクを加味する対応で差し支えない」(筆者が一部加工)としており、実務上は単一のリスク評価書の中でML/FTリスクと制裁違反リスクの評価結果を総合的に記載することも想定され、実際の運用は各事業者の裁量に委ねられた形になっている(その意味で各事業者の力量が問われているともいえる)。

【図1】犯収法と外為法が想定するML/FTリスクと制裁違反リスク


*クリックまたはタップで拡大

III. リスク管理の実務

こうした一連の動きをグローバル目線も意識して整理すると以下のような課題が浮き彫りとなる。

1.総合的な評価は合理的か?

本質的に異なるML/FTリスクと制裁違反リスクを総合的に評価することには議論の余地がある。例えば「顧客のリスク評価において国籍や居住国も加味している(制裁対象国等であれば点数も悪くなる)ので制裁違反リスクも加味している」という主張があるとして、Hリスクの顧客とLリスクの顧客が同じような海外送金を実行する場合、通常、送金人がHリスクかLリスクかというよりは、通貨は何か(円建てか米ドル建てか)といった辺りがより重要になるはずであり、顧客そのものよりは、送金通貨(経由銀行)に制裁違反リスクが潜在している(米ドル建て送金であれば原則として米銀を経由するので米国の制裁関連規制に違反するリスクが潜在している)という解釈になる。

前述の通り、制裁違反リスクは「特定国の政策を起点とする個別具体的なリスク」であるからこそ、送金通貨(送金ルート)が焦点となる訳で、従前のML/FTリスク評価だけでそうした通貨に潜在する制裁違反リスクまで整理しきれるのか疑問が残る。
 

2.本邦法規制だけでよいのか?

金融機関の実務に携わる人であれば誰しも認識している通り、制裁違反リスクとして意識すべきは必ずしも本邦法規制だけではない。メガバンク等においてはむしろOFAC制裁プログラムや大統領令(Executive Order)のほか、米国敵対者制裁法(CAATSA)や場合によっては輸出管理規制(EAR)を含む米国の制裁関連規制(含む二次的制裁=Secondary Sanction)の存在がより厄介かつ複雑であり、米ドル建て以外の送金についても送金目的や二次的制裁等を意識して最終受益者等をチェックしながら細心の注意を払って可否判断を行っているはずである。

こうした現実の実務上の要請に照らして制裁違反リスクを包括的に特定しようとすれば、当然、海外の法規制も過不足なく意識していく必要がある。
 

3.外為法だけでよいのか?

いうまでもなく本邦法規制は外為法だけではない。規制に違反して処分を受けるリスクは犯収法のほか、金融庁ガイドライン、監督指針、組織犯罪処罰法、都道府県条例等にも潜在していて、反社会的勢力との取引も例外とはならない(OFAC制裁プログラムに「Yakuza」や「Boryokudan」の指定があることが物事の本質を語っている)。

本邦では伝統的に反社対応とAML/CFTを異なる部署が所管する場合も多く、前者はコンプライアンスというカタカナ語すらなかった古い時代からの総会屋対策等の流れも汲みつつ、胆力のあるベテラン社員が長年の経験を駆使して対応にあたるような領域である一方、後者は概して2000年代以降に法務部署や事務管理部署から分離独立したコンプライアンス部署がFATF相互審査等のグローバルでの動きや本邦当局の指導・要請等を意識しながら積み上げてきた領域であり、「別物」という意識が根強い。

しかるに、内外の制裁関連法規制に抵触するリスクを真正面から捉えるのであれば、監督指針や都道府県条例が求める反社会的勢力との取引断絶や振り込め詐欺救済法が求める口座凍結等も、当然、避けて通ることのできないコア領域となる。

【図2】制裁違反リスクへの備え(制裁関連法規制・ガイドラインと事業者の活動との関係性)


*クリックまたはタップで拡大

IV. おわりに

来春の外為取引等取扱業者遵守基準の導入を睨みつつ「制裁違反リスク」を正攻法で特定・評価していくのであれば、上述した通り、ML/FTリスクと一体的に特定・評価することの難しさや、外為法に限定せず国内外の規制に対応すべきこと等の複数の課題から目を背けることはできないはずで、法令対応にとどまらない自律的なリスク管理態勢の整備を目指すのであれば、理論と実務を踏まえてバランスよく「あるべき姿」を突き詰めていく必要がある。

 

※本稿は筆者個人の見解であり所属する組織や団体の考えを代表するものではない。

執筆者

デロイト トーマツ ファイナンシャルアドバイザリー合同会社
フォレンジック & クライシスマネジメントサービス
郷田 建二郎 (シニアヴァイスプレジデント)

不正・危機対応の最新記事・サービス紹介は以下からお進みください。

>> フォレンジック&クライシスマネジメント:トップページ <<

お役に立ちましたか?