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第4回 eコマース -各業界セクターの事業リスクと財務諸表分析-

テクノロジー・メディア・通信業界に関する業界レポートの一部として、eコマース業界における「事業のリスク」「主要プレーヤーの財務諸表に関する特徴分析」を取り扱います。全13回シリーズの第4回。

はじめに

本稿は、テクノロジー・メディア・通信業界に関する業界レポートの一部として、eコマース業界に関する「事業のリスク」「主要プレーヤーの財務諸表に関する特徴分析」を取扱うものである。

なお、本稿の意見にわたる部分は筆者の私見であり、筆者の所属する法人の公式見解ではないことを申し添える。

事業のリスク分析

近年、我が国におけるeコマース(*1)市場は拡大傾向にある。とりわけ、スマートフォンの普及により手軽にインターネットを利用して物品の購入やサービスの申し込みを行なうようになってきている。図表1はいわゆるB to C(*2)に限ったデータであるが、我が国におけるeコマース市場は2015年に13兆円を越えた。一方、EC化率(全ての商取引におけるECによる取引の割合)はまだ4.75%に過ぎず、eコマース市場は未だ成長余力が大きい市場といえる。

*1:eコマースとは、電子商取引(electronic commerce)の略称であり、インターネットやコンピュータなど電子的な手段を介して行う商取引のことをいう。

*2:B to Cとは、Business to Consumer/Customerの略で、企業と個人(消費者)間の商取引、あるいは、企業が個人向けに行う事業のことをいう。これに対し、B to Bは、Business to Businessの略で、企業間の商取引、あるいは、企業が企業向けに行う事業のことをいう。

【図表1】日本のB to C-EC市場規模の推移

EC化率とは、全ての商取引における、EC による取引の割合。B to C-EC におけるEC 化率は、物販系分野における値を指す。

(出典:経済産業省 「平成27年度我が国経済社会の情報化・サービス化に係る基盤整備」より 有限責任監査法人トーマツ作成)

eコマースと一言でいっても、その事業領域は非常に幅が広い。Amazon.com, Inc.が運営する「Amazon」、㈱楽天が運営する「楽天市場」、ヤフー㈱が運営する「Yahoo!ショッピング」のような総合B to Cサイト、㈱スタートトゥデイが運営するファッション通販「ZOZOTOWN」のような専業B to Cサイト、ヤフー㈱が運営する「ヤフオク!」のような総合C to Cサイト、㈱メルカリが運営する「mercari」のような専業C to Cサイトなど多岐に渡る。店舗販売を行なう一方、自社サイトで商品を販売する小売業者(ユニクロ、スーパー等)もeコマースを手がけている。

ここでは、総合B to Cサイトの代表として、㈱楽天(以下、楽天という。)及びヤフー㈱(以下、ヤフーという。)、専業B to Cサイトの代表として㈱スタートトゥデイ(以下、スタートトゥデイという。)、専業B to Bサイトの代表として㈱MonotaRO(以下、MonotaROという)を取り上げ、有価証券報告書で記載されている事業等のリスクを分析した。

その結果、以下のとおり、eコマース事業者として共通の事業リスクが何点か挙げられる。

【図表2】事業リスクの特徴

楽天(株)、ヤフー(株)、(株)スタートトゥデイ、(株)MonotaROの直近期の有価証券報告書より集計

(出典:直近期 有価証券報告書 有限責任監査法人トーマツ作成)

(1) インターネット市場の成長性

まず、各社、インターネット市場の成長性を事業リスクとして挙げている。これまでブロードバンドの進展やスマートフォンの普及により、順調に業績を伸ばしてきているが、将来的にもこれまでどおりインターネット市場が成長しなかった場合には、業績に悪影響を与える可能性があるとしている。MonotaROは、インターネット取引が普及することで比較可能性がより容易になっていき、取引価格が低下する可能性があることにも触れている。

 

(2) 情報セキュリティ及び個人情報保護

次に、各社、情報セキュリティを事業リスクとして挙げている。eコマース事業は、インターネットを通じて取引を行なうため、ネットワークに何らかの障害が生じたり、外部からの不正なアクセスによりシステムに不具合が生じたりした場合には、事業に大きな悪影響を及ぼすとしている。また、各社ともに情報セキュリティに関連して個人情報の流出も事業リスクとして挙げている。通常、eコマースでは氏名、住所、電話番号、クレジットカード情報といった個人を特定できる情報を取り扱うため、これらが不正アクセス等により流出した場合には、レピュテーションの低下、訴訟、行政処分等によって業績に悪影響を及ぼす可能性がある。

 

(3) 法的規制

法的規制も各社共通の事業リスクとして挙げられている。「不当景品類及び不当表示防止法(景品表示法)」や「特定商取引に関する法律」が適用される主な法令となるが、これらの背景には顧客が購入時に実際に商品を手にとって確認することができないというeコマース特有の問題があると考えられる。e コマース事業者の中には、過去に通常価格で販売しているにも関わらず、通常価格の表示を2倍以上に釣り上げて半額以下のセールと見せかける不当な二重価格表示が問題になった会社もあり、eコマースを営む企業としては留意が必要である。

 

(4) その他の事業リスク

これまでeコマースを営む企業が識別している共通の事業リスクを挙げてきたが、同じeコマースを営む企業でも、事業内容によって事業リスクの識別に相違も生じている事例にも触れておきたい。例えば、自社で仕入れたものを販売するのではなく、出店者及び購入者に取引の場を提供するいわゆるマーケットプレイス型のビジネスを行なっている楽天及びヤフーは、出店者が偽造品やその他権利侵害品を出品することによるトラブルをリスクとして識別している。両社とも規約上、出店者と購入者との間のトラブルについては責任を負わない旨を明示しているものの、レピュテーションの悪化等による影響があるとしている。なお、そうした背景から、ヤフーでは違法な出品がないかのパトロールを強化している点にも言及している。

同様に、物流に関する事業リスクについても、各社で相違が生じている。ヤフーは、物流を手がけていないため、物流に関して特段事業リスクを識別していない。一方、同じマーケットプレイス型のビジネスを行なっている楽天は、出店者に対して物流のアウトソーシング業務を提供しており、自社で物流機能を有している。そのため、物流機能が需要に追いつかないことによる機会損失、過剰な設備投資による損失を事業リスクとして識別している。スタートトゥデイも、衣料品等の各ブランドの商品を自社の物流拠点で受託在庫として預かり、販売するという形態をとっていることから、楽天と同様のリスクを識別している。MonotaROは、物流拠点が少なく特定の物流拠点への依存が高いことを事業リスクとして挙げている。 

 

財務諸表分析

事業のリスクの分析の対象とした楽天、スタートトゥデイ、MonotaROに、生鮮食品を中心とする食料品関連のeコマースを営むオイシックス㈱(以下、オイシックスという。)を加えて、財務諸表分析を行なった。楽天は、連結では金融子会社の影響が含まれるため、単体の数値を利用している。なお、ヤフーについてはメインのビジネスがインターネット広告事業であり、eコマース事業の数値の把握が難しいことから除外している。

各社の費用構造は図表3にあるとおりである。図表3では2015年度の売上高に対する主要費用項目の比率を比較しているが、ビジネスの相違からいくつか特徴が表われている。

まず、出店者と購入者に取引の場を提供するビジネス(楽天及びスタートトゥデイ)か、自社で商品を仕入れて販売するビジネス(オイシックス及びMonotaRO)かで売上高に対する費用全体の比率が異なっている。オイシックス及びMonotaROは仕入れがあるため、原価が売上高の半分以上を占めている。また、楽天及びスタートトゥデイは顧客の囲い込みのために、ポイント費用がある程度の比率で発生しているが、オイシックス及びMonotaRoはほとんど数値に表れない。

【図表3】費用構造の比較 2015年度の売上高に対する主要費用項目の比率

※スタートトゥデイは2016年3月期の有価証券報告書の連結数値を利用。オイシックスは2016年3月期の有価証券報告書の単体数値を利用。楽天は2015年12月期の有価証券報告書の単体数値を利用。MonotaROは2015年12月期の有価証券報告書の連結数値を利用。なお、MonotaROについては、原価で計上されている商品送料を荷造運賃として抜き出し。

(出典:直近期 有価証券報告書 有限責任監査法人トーマツ作成)

次に、eコマース事業を営む企業の特徴の1つとして、荷造運賃費用が挙げられるため、より詳細な分析を行なう。図表4において、2012年度から2015年度の荷造運賃の金額の推移を比較している。楽天、スタートトゥデイ、オイシックスについては、販管費で計上されている荷造運賃費用、MonotaROについては、原価で計上されている商品送料を抽出して比較を行なった。図表4のとおり、楽天を除き、各社年々荷造運賃の金額が増加していることがわかる。楽天については、詳細は不明であるが、2014年2月に物流サービスを営む子会社を設立した影響で、楽天単体では荷造運賃費用が減少している可能性がある。

【図表4】荷造運賃の分析 2012年度から2015年度の荷造運賃の金額の推移

※各社の有価証券報告書上の荷造運賃費の金額を記載。楽天については単体数値を利用。 MonotaROについては、原価で計上されている商品送料を荷造運賃として抜き出し。

(出典:直近期 有価証券報告書 有限責任監査法人トーマツ作成)

次に売上高に占める荷造運賃の比率を比較した。図表5にあるとおり、MonotaROは微減傾向であるものの、スタートトゥデイ及びオイシックスは年々売上高に占める比率も上昇している。このように、仕入原価や人件費のほか、eコマースを営む企業にとっては、荷造運賃についても業績に影響する重要な費用項目であるといえる。

【図表5】荷造運賃の分析 2012年度から2015年度の売上高に占める荷造運賃の比率の推移

※各社有価証券報告書上の荷造運賃を売上高で乗て算出。楽天については単体数値を利用。 MonotaROについては、原価で計上されている商品送料を荷造運賃として抜き出し。

(出典:直近期 有価証券報告書 有限責任監査法人トーマツ作成)
 

なお、本稿では取り上げなかったが、物流拠点におけるピッキング等の作業コストもeコマースを営む企業にとって重要な費用である。物流拠点を有しているeコマースを営む企業は物流拠点でのピッキング等の作業を外部に業務委託しているケースが多く、商品の取扱量に比例して費用は増加していく。通常は業務委託費として販管費に計上されており、有価証券報告書等の公表数値から読み取るのは困難であろう。

執筆者
公認会計士 パートナー 朽木 利宏
公認会計士 シニアマネジャー 粂井 祐介

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