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第3回 広告業界 -各業界セクターの事業リスクと財務諸表分析-

テクノロジー・メディア・通信業界に関する業界レポートの一部として、広告業界における「事業のリスク」、「主要プレーヤーの財務諸表に関する特徴分析」を取り扱います。全13回シリーズの第3回。

はじめに

本稿は、テクノロジー・メディア・通信業界に関する業界レポートの一部として、広告会社に関する「事業のリスク」、「主要プレーヤーの財務諸表に関する特徴分析」を取扱うものである。

なお、本稿の意見にわたる部分は筆者の私見であり、筆者の所属する法人の公式見解ではないことを申し添える。

事業のリスク分析

国内における広告会社の主要プレーヤーは(株)電通(以下、dentsu)、(株)博報堂DYホールディングス(以下、HDY)、(株)アサツーディ・ケイ(以下、ADK)の3社グループであり、各社はそれぞれ有価証券報告書において事業のリスクを開示している。さまざまな事業のリスクを開示しているが、2社以上共通して識別しているリスクを抽出すると図表1のとおりである。

【図表1】広告会社各社が開示している事業リスク

出典:2015年度 各社有価証券報告書 有限責任監査法人トーマツ作成

今回は、図表1のうち、重要な事業リスクと判断した「メディアの構造変化」「競合」「グローバル事業」について本稿で取り上げる。

第1に、「メディアの構造変化」とは、マス四媒体広告費(新聞、雑誌、ラジオ、テレビ)が広告費の大勢を占めていた時代から、1995年頃からのインターネットの急速な普及により、インターネット広告が台頭し、2014年では新聞、雑誌、ラジオの広告費を上回る規模になりなったことを指している。インターネット等の新たなメディアを活用した広告はマスメディア広告との連携により相乗効果が高まり、広告市場全体の拡大に寄与すると考えられているが、急速な技術革新とこれに伴うメディアの構造変化に適切に対応できない場合、広告会社の業績に悪影響を与える可能性がある。

第2に、「競合」に関するリスクであるが、3社とも共通して、国内広告会社間の競合、外国広告会社の日本市場への参入による競合はもちろんのこと、デジタル化がもたらした広告業界の構造改革の波により、広告会社も異業種に参入し、異業種も広告業界に参入するような変化が顕著であり、異業種企業との競合も激しくなっている。プレイヤーが増加するなかで、サービス面またはコスト面において顧客のニーズに対応できない場合、広告会社の業績に悪影響を与える可能性がある。

第3に、「グローバル事業」に関するリスクであるが、各社の海外展開の割合や戦略が異なるため、リスク内容の記述はさまざまである。しかしながら、国内の広告市場が鈍化しているなか、成長率の高い海外市場への投資を伸ばしていく方向性は共通している。グローバル経済の変動、法律・ビジネス文化における慣行、為替変動、カントリーリスクなど多岐にわたるリスクをコントロールしていくことが必要であり、適切に対応できない場合、広告会社の業績に悪影響を与える可能性がある。

財務諸表分析

広告会社の主要プレーヤーは、海外ではWPP(英)、Omnicom(米)、Publicis(仏)、IPG(米)でありメガエージェンシーと呼ばれている。一方国内では事業のリスク分析で記載した、dentsu、HDY、ADKである。主要7企業の収益規模は、直近事業年度では下記のとおりであり、当該7企業について財務諸表分析を行う。

企業

事業年度

会計基準

収益

(百万円)

WPP

2015/12

IFRS

2,265,820

Omnicom

2015/12

米国基準

1,832,835

Publicis

2015/12

IFRS

1,289,473

IPG

2015/12

米国基準

922,061

dentsu

2015/12

IFRS

706,469

HDY

2016/3

日本基準

232,498

ADK

2015/12

日本基準

48,824

損益分析が図表2であり、バブルが収益、横軸がEBITDA、縦軸がEBITDAマージンとしている。なお、分析を行うにあたり、HDYおよびADKは日本基準、その他の企業はIFRS、米国基準を採用しており、会計基準の差異として収益表示(総額表示 or 純額表示)が存在する。具体的には、HDYとADKは日本基準に基づき、広告主に請求する金額すべてを売上高として計上し、メディア会社に対する支払額を売上原価として計上しているが、その他の企業はIFRS、米国基準に基づき、広告会社のマージン部分(純額)を収益として表示している。そのため、収益規模を単純比較できないため、HDYとADKの売上総利益を収益とみなして分析を行った。

収益とEBITDAには基本的には比例関係があるといえるが、dentsuはEBITDAマージンが高く、結果としてIPGを上回るEBITDAを計上している。この分析から、広告会社はM&Aなどによって収益額の拡大を図る戦略だけではなく、高付加価値分野への投資を積極的に行い収益性を高める戦略で競争優位性を確保することも可能であることが読み取れる。

【図表2】損益分析

出典:2015年度 各社有価証券報告書、各社Annual Report 有限責任監査法人トーマツ作成

EBITDA:Earnings before interest, taxes, depreciation and amortizationの略。営業利益に償却費を足し戻したもので収益性を表す指標

EBITDAマージン:収益÷EBITDA

次に、貸借対照表分析が図表3であり、資産規模および資産構成を示している。広告会社は、製造業のような装置産業ではないため、資産に占める固定資産は小さい。一方、海外メガエージェンシーおよびdentsuは、M&Aによってグローバルネットワークを形成し規模を拡大してきたことから、のれんが多額に計上されている。

IFRSおよび米国基準では、のれんは非償却である一方で毎期減損テストを実施し、資産性を検討する必要がある。のれんの評価は会計上もまた事業運営上も重要な論点であり、仮に、収益性が低下し、減損が必要となった場合には、多額の減損損失が計上される可能性がある。

【図表3】貸借対照表分析

出典:2015年度 各社有価証券報告書、各社 Annual Report 有限責任監査法人トーマツ作成

さらに、投資家の視点からROE分析を行ったのが図表4であり、直近5年間のROEの推移を示している。欧米企業のROEは高く日本企業は低いのが一般的であるが、広告会社においてもその傾向に変わりはない。直近の2015年度では、Omnicom、IPGは20%超え、WPP、Publicisも15%弱であり資本効率が高い。

一方、日本企業であるdentsuは7%、HDYは10%、ADKは5%を下回っている。ADKは2015年2月、ROEが株主価値の向上における最重要指標であるとし、デジタル、コンテンツをはじめとする成長領域への投資・M&Aによる成長を図るとともに余剰資金を株主に還元し、中長期的には8%を目標とすると発表した。日本企業はROEを意識した経営がよりいっそう求められるといえる。

【図表4】ROE比較分析

出典:各社有価証券報告書、各社Annual Report 有限責任監査法人トーマツ作成

最後に、企業価値を高める重要な戦略の一つである資本政策についての分析が図表5であり、2015年度の有利子負債残高とD/Eレシオを示している。D/Eレシオは、有利子負債残高を自己資本で割った指標であり、企業財務の健全性(安全性)を見る指標の一つで、通常1倍を下回ると財務が安定しているとされている。一方でD/Eレシオが低いとレバレッジが効かなくなり、ROEの低下を招く懸念もある。

海外メガエージェンシーはレバレッジを効かせながらM&Aを実行し、成長性を高めることにより企業価値を向上させてきた。一方、日本の広告会社は財務健全性を重視し、D/Eレシオは0倍に近かったが、dentsuは2013年に英国上場企業であったAegisを買収したことにより、D/Eレシオも海外メガエージェンシーと同水準となった。

今後は、日本企業の各社は事業リスクに掲げているとおり、メディアの構造変化に対応し、競合関係に打ち勝ち、グローバル事業を加速させ、企業価値の向上に向けた経営戦略の策定および実行が求められると考えられる。

【図表5】有利子負債残高とD/Eレシオの比較分析

出典:2015年度 各社有価証券報告書、各社Annual Report 有限責任監査法人トーマツ作成

執筆者
公認会計士 パートナー 豊泉 匡範
公認会計士 シニアマネジャー 谷口 正広

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