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第5回 音楽業界 -各業界セクターの事業リスクと財務諸表分析-

テクノロジー・メディア・通信業界に関する業界レポートの一部として、音楽業界における「事業のリスク」「主要プレーヤーの財務諸表に関する特徴分析」を取り扱います。全13回シリーズの第5回。

はじめに

本稿は、テクノロジー・メディア・通信業界に関する業界レポートの一部として、音楽業界に関する「事業のリスク」「主要プレーヤーの財務諸表に関する特徴分析」を取扱うものである。

なお、本稿の意見にわたる部分は筆者の私見であり、筆者の所属する法人の公式見解ではないことを申し添える。

事業のリスク分析

音楽業界の国内主要企業の有価証券報告書における事業のリスクには、市場環境、主要作品およびアーティスト、海外事業展開等に関連するリスクが記載されている。そのなかでも、市場環境については、インターネットの急速な発達に伴うデジタル技術の進歩や、消費者の音楽の利用形態・ニーズの多様化等により、音楽ソフト*1 全盛期と比べてその変化が顕著であると考えられるため、本稿では市場環境に関するリスクにフォーカスしてリスク分析を実施する。

*1 本稿における「音楽ソフト」とは、オーディオレコード(CD、テープ等)及び音楽ビデオ(DVD、BD等)を指す

図表1は、国内音楽主要市場である、音楽ソフト市場、音楽配信市場、コンサート市場を合計した市場推移である。市場規模自体はここ10年間で大きな変化はないが、その構成比率に大きな変化が見られる。2005年の構成比率は、音楽ソフト市場が約75%、音楽配信市場が約6%、コンサート市場が約19%であり、音楽ソフト市場が他の市場と比較して圧倒的に大きかったことがわかる。しかし、2015年の構成比率をみると、音楽ソフト市場が約41%、音楽配信市場が約8%、コンサート市場が約51%となっており、音楽ソフト市場が大きく縮小した一方でコンサート市場が大きく拡大していることがわかる。この音楽ソフト市場の縮小傾向は、音楽ソフト販売に依存している企業にとって、最大の事業リスクである。

 

【図表1】国内音楽主要市場の推移

(出典:日本レコード協会公表資料「日本のレコード産業2016」、コンサートプロモーターズ協会公表資料「基礎調査推移表」より 有限責任監査法人トーマツ作成)

音楽ソフト市場の市場規模は、2006年まで4,000億円を超えていたが、2015年には2,544億円となり、この10年間で大きく減少している。その背景の1つとして考えられるのは、デジタル技術の発達により、音楽の利用形態が変化していることである。インターネットの急速な発達によりデジタル技術が進歩したことで、国内では主にモバイル向け音楽配信サービスが普及し、違法ダウンロードも増加したことが大きく影響していると考えられる。また、現在ではスマートフォンを利用して映像、SNS、ゲーム等のデジタルコンテンツが多く利用されており、消費が音楽ソフトから他のデジタルコンテンツへ流れていることも、音楽ソフト市場が縮小している要因の1つと考えられる。

音楽配信市場は、端末プレイヤーがデジタルオーディオプレーヤーやフィーチャーフォンに変化するなかで、2009年まで増加傾向にあり、さらなる拡大が期待された。しかし、スマートフォン利用者が急増し、スマートフォンでは既存のフィーチャーフォン向けの音楽配信サービスである「着うた」や「着メロ」が引き継げない等の問題があり、2010年以降減少傾向にあった。伸び悩んでいた音楽配信市場であるが、2015年においては、AWA、LINE Music、Apple Music、Google Play Music、Amazon Prime Music、Spotifyなど定額音楽配信サービスが続々とリリースされ競争が激化している。今後の音楽配信市場の活性化が期待される。

音楽ソフト市場、音楽配信市場が縮小している一方で、コンサート市場は拡大を続けている。2005年には1,049億円であった市場規模が、2015年にはその2倍を超える3,186億円へ成長した。この背景として考えられるのは、消費者のニーズが変化していることである。消費者のニーズが、音楽コンテンツの所有から、コンサートで生の音楽を聴いたりその高揚感を味わうといったリアル体験へ変化しているといえるであろう。なお、コンサート市場の増加に関連して、コンサート会場で販売されるアーティストグッズの収入や、ファンクラブの会費収入等も増加傾向にあると推測される。このように、音楽ソフト市場や音楽配信市場が縮小するなかで、音楽ビジネスにおいては、音楽コンテンツのみでなく音楽周辺ビジネスから収益源を確保していくことが重要になってくるであろう。

従来の日本の音楽ビジネスは、レコード会社が原盤制作とレコード・CD/DVD等の音楽ソフトの流通を担い、プロダクションがアーティストの活動のマネジメントを担うことで、レコード会社は音楽ソフトによる収入を中心にビジネスを展開してきた。しかし、音楽ソフト市場が急速に縮小しているなかで、音楽ソフト販売への依存リスクは高くなっているといえる。そのため、国内の音楽業界に属する企業にとって、音楽ソフト販売だけではなく、コンサートやグッズ、ファンクラブ等、音楽コンテンツを利用した音楽関連事業を強化することによって、収益の多様化を図るビジネスモデルの構築が不可欠であると考える。

財務諸表分析

「事業のリスク分析」において記述したとおり、国内の音楽ビジネスにおける収益は多様化しており、収益多様化に対応したビジネスモデルの構築が不可欠であると考えるが、実際に多角化事業の有無によって音楽業界の主要プレイヤーの業績推移に差が生まれている。財務諸表を公表している上場会社を対象とした分析の結果、以下の結果となった。

多角化を進めているエイベックスとアミューズの業績推移をみると、両社とも長期的に売上高を増加させており、営業利益率も5%以上で推移し、安定的に成長している。

【図表2】エイベックス業績推移

(出典:エイベックス・グループ・ホールディングス株式会社公表「有価証券報告書」「決算短信」より有限責任監査法人トーマツ作成)

【図表3】アミューズ業績推移

(出典:株式会社アミューズ公表「有価証券報告書」「決算短信」より有限責任監査法人トーマツ作成)

エイベックスの2015年度におけるセグメント別の売上高構成比率をみると、音楽事業が約39%、マネジメント/ライヴ事業が約35%、映像事業が約26%であり、音楽事業以外の事業の売上高の構成比率は60%超となっている。マネジメント/ライヴ事業には、アーティスト・タレントのマネジメント収入、ファンクラブ収入、コンサート収入等が含まれており、多様な収益源を確保していることがわかる。

アミューズの2015年度におけるセグメント別の売上高構成比率は、アーティストマネジメント事業が約84%、メディアビジュアル事業が約5%、コンテンツ事業・プレイスマーケット事業が約11%である。アーティストマネジメント事業の構成比率が大きいが、ここには音楽ソフト販売収入の他に、コンサート収入、グッズ収入、出演・CM収入等が含まれており、こちらも収益多様化が図られていることがわかる。

エイベックス、アミューズのような多角化事業を進めている企業においては、音楽コンテンツだけでなくアーティストのマネジメント契約や興行権を所有し、アーティストから生み出される多様な収益を獲得することで、業績の安定成長に繋げていることがわかる。

他方、音楽コンテンツを中心とする日本コロムビアとJVCケンウッドのソフト&エンターテインメントセグメントの業績をみると、売上高は減少傾向にあり、2014年度まで営業利益率は5%以下で推移し、マイナスに陥った年度もある(音楽コンテンツを中心としたビジネスの業績推移を分析する趣旨から、JVCケンウッドのソフト&エンターテインメントセグメントのみを分析対象としている)。音楽ソフト市場の縮小が業績に直結しているといえる。両社とも、今後は自社の音楽コンテンツの強みを生かして音楽周辺ビジネスを強化していく方針であり、その成長が期待される。

【図表4】日本コロムビア業績推移

(出典:日本コロムビア株式会社公表「有価証券報告書」「決算短信」より有限責任監査法人トーマツ作成)

【図表5】JVCケンウッド(ソフト&エンターテインメントセグメント)業績推移

(出典:株式会社JVCケンウッド公表「有価証券報告書」「決算短信」より有限責任監査法人トーマツ作成)

※2014年度まではソフト&エンターテインメント事業(セグメント)の数値を使用。2015年度より事業区分変更の為、データの継続性より当資料は2014年までとしている。
 

音楽業界の主要プレイヤーの業績の観点からの分析結果は以上のとおりであるが、そのビジネスや業界慣行の観点からも財務諸表に特徴が見受けられる。

図表6は、総資産における流動資産と固定資産の構成比率について、音楽業界の主要プレイヤー3社平均(エイベックス、アミューズ、日本コロムビア)と情報・通信業312社平均を比較したものである。情報・通信業312社平均と比較して、音楽業界主要プレイヤーの固定資産の構成比率は低い傾向にあることがわかる。音楽ビジネスにおいては、多額の設備投資が必要なビジネスモデルでなく、固定資産が少なくなる傾向にある。他方、ビジネスや業界慣行の特徴として、音楽ソフト在庫や印税の前払いなどが流動資産として計上されるため、流動資産が多くなる傾向にある。これに関連して、販売した音楽ソフトに係る返品に対する引当金や、印税の未払いが流動負債として計上されるのも特徴である。

【図表6】総資産構成比率比較

(出典:各社公表「有価証券報告書」「決算短信」より有限責任監査法人トーマツ作成) 

なお、会計監査の観点からは、会計上の見積り項目は慎重な検討が必要とされる領域であり、棚卸資産、前払印税、返品引当金の見積りについては、会計監査上の重要な論点として挙げられるであろう。

執筆者
公認会計士 マネジャー 木村 尚樹

音楽業界担当チーム
公認会計士 パートナー 芳賀 保彦
公認会計士 シニアマネジャー 歌 健至

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