理容室×デジタル:ビジネスを成功に導くデジタル活用、タレントマネジメントと未来に向けた課題解決
- Digital Organization
「Deloitte Digital Cross」は、社会の様々な領域でチャレンジをされている方々との対話を通して、デジタルが社会、産業、ビジネスにもたらす可能性に気づき、新たなエクスペリエンスを生み出すヒントをお届けする連載です。
今回は、ビジネスマンを出世に導く理容室を謳い、デジタルを活用したビジネス展開を行っている「ZANGIRI」の大平法正氏をお招きし、デロイトにて先端技術活用の取り組みをリードするDeloitte Digital Institute 所長 森正弥とデロイト デジタルのメンバーである藤田翔とともに、デジタルの活用や人材の活かし方と育成、社会課題解決について鼎談を行いました。
森:今回は、ビジネスマンを出世に導く理容室を謳う「ZANGIRI(以降ザンギリ)」の2代目として活躍されている大平さんをお招きしています。まずは、簡単に自己紹介からお願いできますか。
大平:8年間ほどほかの美容室で修行を積み、父親が経営している「ザンギリ」に入りました。修行している間は美容師としてのスキルアップに注力し、HSA全国大会で優勝したり、ロンドンでヴィダルサスーンアカデミーに美容師留学したりと実績を積みました。ただし、ザンギリのお客様はビジネスマンがメインなので、そういった実績を気にされる方はほとんどいませんね。
現在は、理容師・スタイリストとして現場に立つ以外にもさまざまな活動をしています。たとえば、講習活動を全国で展開したり、髪型診断師としてメディアに出演したり。数年前には「小さくても勝てます」(ダイヤモンド社)という書籍で「ザンギリ」での様々な試みについてご紹介いただきました。こういったご縁は、主にお客様に繋いでいただいています。ありがたいことです。
おかげさまで、ザンギリは創業45年を迎えることができました。新宿という場所柄、ほとんどはビジネスマンのお客様です。お疲れの方も多いので、なるべくお客様に「リラックス」してもらえるよう努力してきました。僕が店を引き継いだ後も、この店がお客様にとっての「癒やし」の場になるように、快適なメニューを作ったり、快適な場作りに務めたりしています。
森:デロイト デジタルも、顧客の「体験」を重視しています。最近はテクノロジーやデータの活用が重要とはいわれていますが、本当に重要なのはお客様の「体験」だと考えているからです。
体験にもいろいろあると思いますが、デロイト デジタルが考えているのは、ピンポイントの体験ではなく、カスタマージャーニーの全体を通じて満足できる体験を提供するにはどうすればいいか、さらには体験を従来のものから拡張させていくにはどうすればいいかということです。たとえば、直接ビジネスに関係ないことでも困ったことを相談したら優しく対応してもらえたとか、Web画面がわかりやすく検索画面もスムースで見やすかったというようなことも含んだ包括的なものです。ザンギリさんは、店にいない時の体験も含め、いろいろと工夫されていますよね。
大平:そうですね。いろいろなことをやっています。そして、満足してもらうだけでなく、うちの店に長く通ってくださっているお客様は、皆さん、どんどん出世されています。そこから「日本一出世する店」というキャッチコピーを思いつきました。
森:新規のお客様も多くいらっしゃいますが、新たな「縁」を繋ぐコツはありますか?
大平:新規のお客様は、クチコミが多いようです。あとはホームページやSNS、メディアなどをご覧になって来店される方もいらっしゃいます。うちの店は、YouTubeやInstagramなどをデジタルマーケティングツールとして活用しています。過去には音声で情報を伝えるClubhouseにも挑戦したことがあります。ただ、SNSは集客するためのツールというよりは、お客様、スタッフに楽しんでもらうための取り組みです。
集客については、他の美容室の例を見ると、スタッフ個人が努力して集客するケースもあるようです。しかしザンギリでは、店員にはカットや顧客対応に専念してもらい、集客自体は店が行うようにしています。前に僕が他の店で修行しているとき、上司から「指名を取れ」といわれましたが、そのシステムはあまり好きじゃないんです。指名だと、スタッフ毎にお客様に偏りがでてしまい、サービスの質もバラバラになります。どのスタッフがカットしてもお客様を満足できるようにすることが重要です。そうなると、指名という仕組みでは上手くいかないんです。
とはいえ、最近ではネット予約も始めたので、その関係で指名制度もご用意しましたが、実のところ、なくてもいいと思っています。そういった意味では、時代とともに変化する部分はありますよね。
森:SNSを使って集客はされていないとのことですが、顧客満足度を上げてエンゲージメントを上げるという目的では利用されていますよね。例えば、スタッフの方が「今月のサービス」をわかりやすく説明する動画を作成されていたりとか。僕、あの動画の出落ち感、スタッフの方が楽しんで作っている雰囲気がとても好きなんです。そういった体験ができるのも、ザンギリさんの魅力だと思います。
大平:はい、SNSを使ってどんどんお知らせを告知しています。これも個人ではなくお店としての取り組みの1つですね。もう10年近くになりますでしょうか。コンテンツの内容は、スタッフが自分たちで考えて作っています。
藤田:スタッフのみなさんが考えられているんですね。素晴らしいです。ザンギリさんのスタッフさんのことについてもお聞かせ下さい。
大平:スタッフは15名です。ザンギリには靴磨き職人のスタッフもいるのですが、平日の夕方には彼も出社しています。靴磨き職人がいる時間帯であれば、カットが終わったタイミングで靴もピカピカに磨き上げられています。カットが終わったお客様も身支度ができるので、評判もいいですよ。
靴磨き職人の彼は、元々ザンギリのお客様だったんです。ある日、店にやってきて「ここで靴磨きをさせて下さい」というので、理由を尋ねてみたところ、コロナ禍の影響で靴磨き業界が斜陽になっているとのことでした。そこで「どうぞ」と場所を提供してみたところ、お客様からの評判もいい。現在は正式に彼を雇用していますが、靴磨きだけでなくお店の様々な雑用も手伝ってくれるので、店としてもとても助かっています。
森:たしかに「ザンギリ」はタレントが豊富ですよね。お客様のエンゲージメントをどう高めることができるかという視点に立つと、靴磨きはいいサービスだと思います。
大平:タレントという意味では、芸能活動をしているスタッフもいますよ。高校生ですが、美容について学びたいということで、雇いました。現在は、ザンギリで働きながら学校と芸能活動をしています。彼女のように、いくつも草鞋を履いているのもいいなと思っています。
ザンギリにはバラエティ豊かなスタッフが揃っていて、それぞれ得手不得手があるので、適性を考えながら仕事を配置します。たとえば教育する場合、僕はたくさんの人を相手に話すのが得意なので講師という役割が向いていますが、お店で教育を任せているスタッフは一対一で教える方が向いているタイプ。彼にはコーチングの勉強をさせています。
森:デロイトでの経営者向けのコンサルティングでは、人材のタイプを識別し、キーパーソンやエグゼクティブのタイプとの相性を考えながら、どうやったら経営や人材活用が上手くいくのかというアドバイスをすることもあります。今のお話は、それに近いと感じました。実際、大手企業でもそういったタレントマネジメントができているケースは少ないんですよ。
今、システムの話が出ましたが、ザンギリさんは顧客ごとに電子カルテを作ってデータベース化されていますよね。カットしてもらう際に毎回説明する必要もありませんし、非常に快適です。スタッフの方が違っても、個別の対応を引き継がれているように感じています。デジタルを使うことでかなり平準化されていて、満足度も高いのではないでしょうか。
大平:はい、うちで作っている電子カルテには、その人が希望しているカットの写真や注意事項などが全てまとめられています。「もみあげの長さ」や「眉毛の下を剃る」といった基本的な項目に加え、「マッサージは強め」「雑誌を読む」「しゃべりかけない」など、お客様の好みに関するコメントを入れている場合もあります。とはいえ、全ての要望に応えることは難しいので、ある程度基本のパターンを用意してサービスを提供しているんです。
藤田:ザンギリさんは電子カルテだけでなく、さまざまなことをマニュアル化されており、社員の働き方や生産性向上などに力を入れていると聞いています。その結果、捻出した時間をスタッフの方がどのように活用しているのか。ワークライフバランスが向上するといった効果があるのかについて教えて頂けますか。
大平:ザンギリのスタッフは、「技術を学ぶ」「勉強する」という希望を持っているがほとんど。そういう人にとっては、なにより勉強や練習時間が必要です。そこで、電子カルテをはじめとするデジタルを活用し、効率化を図ることで、個々人の時間を捻出しています。実際に現状を見ると、その時間はみんな練習に割り当てていますね。
うちの店では、ノンコア業務やカットできるようになるまでの仕組みを全て説明したマニュアルを作成し、ノウハウや技術を最短で習得できるシステムを考えました。技術が習得できているかを細かくチェックするための試験を何度も繰り返し、その試験に受かったら次のステップの勉強が始められるというシステムです。試験の合格基準については細かくチェックリストを作り、見落としが出ないようにしています。これなら誰が見ても公平ですし、どこが足りていないのかも納得できます。
この業界は、自分で勉強しなければならないケースが多く、これまでは「休み返上でとにかく練習しろ」の一点張りでした。どこが悪いのか、何の技術が足りていないのかも自分で考えなければいけません。そのため無駄も多く、自分の実力がどれくらいか推し量ることも困難といった状況でした。そういう環境では、なかなか効率的に練習できせんよね。
ザンギリのスタッフは、何も言わなくても自分自身で考えて練習をしています。何をすればいいのか、その先に何が必要なのかがきちんと見えている。これが重要だと考えています。この取り組みを始めて以来、新人がカットできるようになるまでの期間が1年半ほど短縮できました。そのため、カットデビューもかなり早いんです。
森:自分で考える時間も増えているんですね。マニュアル化という取り組みと効率化という取り組みの両輪が上手く回り、スタッフにいい影響を与えていると感じました。
大平:社員には直接は伝えていませんが、日々の業務の中でもいろいろと学べるような体勢も作っています。たとえば、先ほど話にあった動画ですが、動画作成を経験することでもマーケティングについて学ぶことができるんです。「技術だけでなく、経営も学べるのがザンギリのいい点」というスタッフもいますからね。そういったことを理解したスタッフは、成長が本当に早いんです。
例えば、面白い取り組みとして、人相学を活用した眉毛の提案を行っています。今後はAIを活用した提案ができないか、と従業員が自ら考え、積極的に動いてくれています。
また、人間性を鍛えるのも重要だと思っています。新人が一生懸命シャンプーしている姿を見た常連さんから、「そろそろカットできるの? やってもいいよ」と言ってもらえれば、カットを経験させてもらうことができる。こういったことも、結局は人間性ですからね。
森:従業員エンゲージメントという言葉があります。働いている方が積極的に仕事をしたくなるという意味なのですが、ザンギリさんは従業員のやる気を上手く引き出すために、さまざまな施策を行っていると感じました。今のお話に出てきたデジタル活用やスキルアップの仕組みなどは、その好例だと思います。
大平:ザンギリのスタッフは「カットする」ということが目的なので、そのための指導をしています。そのためには、お客様が来なければいけない。だから、集客をきちんと行うようにしています。
カットができるようになった後は、なにを目標にするのか考えていく必要がありますよね。ザンギリに残ってくれるのであればそれに越したことはないのですが、独立したいという人もいれば、親元に戻って理容店を継ぎたいという人もいます。そういう希望があれば、なるべく応援しようと思っています。
僕自身は、多店舗展開に向いていない人間です。せいぜい10人程度で、それ以上だと無理が出ることはわかっています。そのため、独立を希望しているスタッフに「のれん分け」し、そのお店の経営を任せてしまうこともあります。出資し、パートナーとして組んでいくというやり方ですね。こうすることで、お互いに情報交換しやすくなるだけでなく、銀行の融資も受けやすくなります。
また、消耗品や商材を安く仕入れることもできますし、ザンギリで使っているシステムを使いまわすことができたり、Web集客のコストを下げたりすることもできます。一元化できる部分を一元化することで、お互いのメリットを出すようにしています。
スタッフだけでなく、他店に経営のノウハウや仕組みを教えることもありますよ。その店の経営もうまくいき成功すれば同じような取り組みをもっと広げていけるかもしれません。
藤田:中小規模の企業では「事業承継」の問題もありますよね。理容室業界も同様の課題があり、ザンギリさんでは事業承継に関する取り組みも行われていると聞いています。
大平:そうなんです。実は、高齢で仕事を辞めたいけど、常連さんがいるので辞めるのは忍びないという理由で続けている理容店は多いんです。その場合、我々が事業を譲渡してもらいつつ、元のオーナーにも可能な限り継続して働いてもらうことにすれば、常連さんはこれまで通りカットしてもらうというスキームを作ることができますよね。
元オーナーさん側は、譲渡後も働くことができますし、家賃収入も期待できますが、経営を考える必要はなくなる。負担はだいぶ軽くなると思うんです。そんな風にアレンジすれば、事業承継の問題も解決できるのではないでしょうか。譲渡される側にとってのメリットもあります。新たにお店をオープンするより、お金がかかりません。譲り受けたお店を、独立したいと人が引き継げれば、若い人たちもお店を持ちやすくなると思うんです。
理容店の8割が個人事業主ですから、そこに寄り添ってあげるサービスがあるといいですよね。たとえば、僕は今年「ザンギリスクール」を立ち上げました。今はまだ0期生ですが、理容店の経営者を集めて経営やデジタルの使い方などを教えています。これまでも、理容組合で技術講習を担当し、全国を巡りながら髪の切り方を教えたりしていました。カットセミナーでは、他のお店のスタッフにも技術を教えたりもしています。しかし、そういったスキルだけではなく、経営やビジネスについての話ができる場も必要です。
森:理容業界にとってもいい取り組みですよね。業界全体の底上げに繋がっている気がします。
大平:たしかにグループやコミュニティを拡大していきたいという思いはあります。理容業界は、事業承継も、独立も、教育も本当に色々とやらなければいけないことがあります。コンテストに参加する人も少なくなっていますが、僕の回りには世界チャンピオンがたくさんいます。そういう人たちと組み、若い人材の育成をしたいですね。学校やトレーニングなどについても色々なバージョンのものを作って、どんどん広げていけるような取り組みをしていきたいです。
「ザンギリ」という名前は、文明開化の「散切り頭」からとっています。そのときは海外から日本に文化が入ってきたのですが、これからは逆バージョンで、日本発でグローバルに展開できるんじゃないかと思っているんです。日本の技術は繊細でしっかりとしている。そういったことを世界に発信していきたい。そして海外にも人材を出していきたいと考えています。例えば貧困で困っているところに出ていき、学校を作り、ハサミの技術を身に付けてもらって就職してもらうことで、社会問題の解決の一助になるんじゃないかと思うんです。
教育や独立の仕組みはすでにできているので、それを海外に持っていくことができるのではないかと。もちろん、国ごとにいろいろな課題はあるでしょうが、そういう方向は面白いと思います。
森:従業員エンゲージメントについて言及しましたが、大企業ではその向上が大きなテーマになっています。そして、最近では単に働きやすい環境や仕組みだけではなく、社会課題を解決する機会を提供することが満足度とともに従業員のエンゲージメント、特に若い世代の従業員のエンゲージメントを高めるのに大切なのではないかという議論も行われています。
大平さんのお話を聞くと、「ザンギリ」の取り組みは、デジタルを活用して働き方を改革し、理容業界の課題を解決しているという試みでありながらも、大企業がまさにやらなければならないことに真正面から取り組まれているということが分かりました。そういった意味では、とても普遍的なお話をお伺いしたとも感じています。本日はありがとうございました。
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PROFESSIONAL
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藤田 翔
デロイト トーマツ コンサルティング合同会社
Deloitte Digital マネジャー日系コンサルティング会社を経て現職。販売・マーケティング、経営管理領域を中心に戦略立案から実行支援まで従事。新規事業・サービスのマーケティングプラン立案・実行、業務改革の構想策定、実行などの経験を有する。