Web3(NFT・DAO)のポテンシャルを活かすうえでのコミュニティとリーダーシップ
- Digital Organization
「Deloitte Digital Cross」は、社会の様々な領域のエキスパートの方々との対話を通して、デジタルが社会、産業、ビジネスにもたらす可能性に気づき、新たなエクスペリエンスを生み出すヒントをお届けする連載です。
今回は、情報経済学やデジタル経済論を研究している東京大学大学院 情報学環教授の高木聡一郎氏をお招きし、デロイトにてAI、Web3/メタバース等の先端技術の取り組みをリードするDeloitte Digital Institute 所長 森 正弥とデロイト デジタルのメンバーである大石 泰子とともに、ブロックチェーン、NFT、DAOをはじめとするWeb3のトレンドのポテンシャルと課題について鼎談を行いました。
森:過去十数年、デジタルテクノロジーは単にITを効率化したり便利にしたりするということを超え、新しいライフスタイルや社会のあり方を作ってきました。関係する全てのステークホルダーの体験そのものを変えてきたともいえる、このデジタルのさらなる可能性について、本日は探っていこうと考えています。今回、東京大学で情報経済学を専門とされている高木先生にお話を伺います。まず、自己紹介を兼ねて研究テーマなどについて教えていただければと思います。
高木:専門は情報経済学やデジタル経済論です。特に関心を持っているのは「情報技術によって組織のあり方が変わる」ということ。「情報技術」「組織」「経済」の3つがクロスオーバーしている領域を研究しています。
これまでもオフショア・アウトソーシングなど、業務の一部を外部に移転したり、クラウドコンピューティングという形で業務の一部を切り出したりという動きはありましたが、1つの会社の中で統合されていたものがバラバラになると、雇用や生産性といった経済にどういった影響があるのかについて研究してきました。
こういったことを研究する中で、マス・コラボレーションなどにも興味を持ちました。最近はビットコインのように、コンピュータープログラムを介して個人と個人が連携し、決済や通貨の発行、業務が行えるようになっていますね。とても洗練された技術ですし、それにより社会にも大きな影響を与えています。
脱中央集権と「デフレーミング」
森:ビットコインは、情報技術と組織と経済の全てに関連し、新しい価値を提示してきましたね。これまでは主に中央集権型で全てのデータのコントロールやトランザクションを保証する仕組みでしたが、中央の管理主体を置かなくても同様のことが行えるようになっています。さらに、暗号通貨という新しい経済機能まで作ってしまいました。
高木:中央集権的な組織に対する「不信感」もあったのでしょう。透明性が高く、自分たちが合意した形で社会の重要なシステムを運用したいという思想もあったのだと思います。
通貨のデジタル化という考え方は以前からありましたが、それを実現するには、プライバシーや機密をどう守るかなどの課題を解決しなければなりませんでした。それらの課題解決と、非中央集権の思想とが合流したところにビットコインが登場したのだと思います。ブロックチェーンはそれを実現する中核の技術でした。
私は、2019年に社会全体のデジタル技術の影響や今後の方向性についてまとめた「デフレーミング戦略 アフター・プラットフォーム時代のデジタル経済の原則」(翔泳社)という書籍を執筆しました。この書籍では、従来の会社の仕組みが情報技術によってバラバラに分解され、新しく組み直されていくプロセスによって、働き方や組織の形が変わっていくということを示唆しています。
大石:その書籍を出版されたのは新型コロナウイルス感染症の感染拡大以前でしたが、まさに今の状況を預言しているような内容でした。この本に書かれているデフレーミングの考え方は、多くの企業が実践していたように感じています。
企業が持っているリソースや強みを分解し、異なる業態にチャレンジするという動きも活発化しました。コロナ禍で組織が大きく変わり、デフレーミングが促進されたのではないかと思います。
Web3のポテンシャルとNFT
森:そうした中、さらに新しい情報技術やサービスも登場し、デジタルが進化しています。最近はWeb3が耳目を集めていますが、高木先生はこちらのポテンシャルについてどのように評価されていますか。
高木:Web3をはじめ自律分散型といわれているものは、これまでとは違った形で信頼性を担保するという特徴があります。既存のものがあるから際立つ部分もあり、仮想通貨もリアル通貨も両方あるからいいんです。
実装という観点でいえば、UI/UXやサービスデザインなどはリーダーシップを持って開発した方が便利なものができる可能性が高い。しかしトークンなどについては、Web3型でオープンに管理した方が信頼性を増すということもあります。そのため、全てがWeb3になるとは思いませんが、いろいろなサービスの中にWeb3の要素が組み込まれていくということはあると思っています。
ブロックチェーンのような仕組みを使った自律分散型のサービスは、NFTやメタバースのような様々な領域に波及していますね。これからも発展していくと思いますよ。
森:企業ではWeb3を使って変革していこうという議論が始まっています。Web3の利点・特徴などを見極めつつ、今までできていなかったことをどうやって実現していこうかというチャレンジがスタートしているように思います。デロイト トーマツでも、コミュニティ活動や企業のコンソーシアム活動にDAOを使えるかどうか検討し、実験し始めています。Web3を学び、理解し、実践していこうという試みです。
同時に、Web3はコンセプチュアルな面、思想的な面もありますよね。プラットフォーマーがデータやビジネスを寡占していることへのアンチテーゼといった捉え方がありますし、さらには、データやビジネスのコントロールを人々の手に戻すといった文脈で語られることもあります。思想的な部分についてはどのようにお考えでしょうか。
高木:Web3を提唱したギャビン・ウッドは「我々が生活する中で、それを取り仕切っている企業の許可がないと何もできないという社会はおかしいのではないか」と言っていますよね。Web3は、そういった社会運動的な側面も強いと感じています。
一方で、これまで価値として認められなかったものがNFTを媒介して取引できるようになり、高額で取引される事例も出ています。そういった経済的なインセンティブとも併存しているのはとても面白い特徴だと思っています。
森:NFTに関する話題では、クリエイターやデザイナーが金銭的にも正当に評価される手段を手にした、報われる機会を得たという話もよくされますが、それだけではないですね。サッカーファンが地元のサッカースタジアムのシートをNFTで購入できたり、旧山古志村の錦鯉NFTアートを購入して文化保存に協力しようとするように、あるチームやカルチャーを応援している人もそのプロジェクトに参加して一緒に幸せになる取り組みも登場しています。個人や小さな組織が自ら幸せになることができる。とても面白い動きだと思っています。
高木:色々なプロジェクトが試行錯誤をしている段階ですが、実はNFTの中で伝統的なアートの割合は少なく、多くは「コレクティブル」という領域が占めています。画像自体に意味を求めているのではなく、そのコミュニティ中でどういった営みが行われていくのかという世界観や期待感の表れだと思います。
つまり、自分がそのコミュニティの一員であることを自他ともに確認するという行為ですね。これはDAOとも関連しますが、NFTやトークンを持つことで、そのコミュニティに参加する権利を得ることが大きな魅力となっています。
セレブリティが多いコミュニティに参加するといった自己顕示的なケースもあるでしょうし、開発プロジェクトに参加し、自分がやりたいことを実現していくというケースもあります。
こういった行為をしている人自身がどこの誰だかわからなくても、コミュニティの中で一定のアイデンティティや信頼を築いていくことができるという例が出てきています。NFTのように経済原理と思想的な分散型が同居している部分もあり、とても面白いと思っています。
大石:コレクティブルという領域が多いというのは、ある種トレーディングカード的でありながら、コミュニティにつながり、自己実現していく営みというのでしょうか。そういった方向にNFTは活用され、進化していくのでしょうか。
高木:確かに、そういった方向に進化させようとしている人たちはいます。しかし、その先に何が起こるのかはまだ見えていません。「何かがあるはず」とは思っているものの、それがどこまで具体的な形になるのかは、まだはっきりとは見えていないんです。
大石:多くの企業がNFTというキーワードに注目する中、それをどう活用していけばいいのかとても悩んでいます。それがコミュニティやトレーディングカード的活用となると難しいですが、経済性などを考えると時流に乗りたいという思いもあります。企業はどういったことを考えて取り組んでいけばいいのでしょうか。
高木:企業としては、NFTに限らず、暗号資産全般のことも含めて考えていくといいのではないかと思います。暗号資産は百数十兆円規模ともいわれていますが、その経済力をどのようにリアルの経済で回していくのかという視点を持つといいかもしれません。
米国の銀行の中には、暗号資産を担保にした住宅ローンなども検討しているようですからね。暗号資産を売買すると課税されるから、できれば直接売買は避けたい。たとえば、その経済力を「担保」として不動産を購入するのであれば、直接売買せずとも資産を増やすことはできる。そういう方法をとって、暗号資産の外にしみ出させようとているのだと思います。企業としては、そういった活用の仕方もあると思います。
森:売買という観点で言えば、メタバースの土地が売買されていますが、非常にわかりやすい使われ方だと思います。その土地の上で将来ビジネスをする人たちも出てくるので、その人たちに貸し出すことによって地代を得ることもできますからね。
高木:ただし、3Dの世界では人がそんなに密集できないということに気を付ける必要があります。ECサイトでは何万人が同時にアクセスしても買い物できますが、メタバースでは人がそれだけ来ると、そもそも画面が見えなくなる。それもあって、メタバースで収益が上がるほどの人を集めることができるのか、地代を得られるだけのトランザクションが行われるかということは、考慮する必要があるかもしれません。
森:フォートナイトでのトラビススコットのコンサートは、数万台のサーバに分散させることで、そういう問題は回避したそうですが、そういう手当てがない普通のメタバースのシステムでは人がちょっと集まっただけで空間としていっぱいいっぱいになるというところもあります。
大石:システム的な課題もあるんですね。企業がWeb3を活用する際にメタバースもキーワードになっていますが、現状ではWeb2.0と共存するのというのが現実的な解なのかもしれません。企業がWeb3の活用を志向する中で、様々な観点を考慮する必要がありますね。
高木:例えば、エコシステムに広がりを持たせるためにNFTなどを使うという方法はあり得ると思います。そのときにブロックチェーンなどのパブリックなチェーンを使うと、止めたいときに止められず、間違えた情報も残り続けるという課題もあります。企業の目線でいくと難しい点もありますよね。
DAOとコミュニティとリーダーシップ
森:DAOの話に移ってみたいと思います。NFTと同じくDAOも幅広く注目を集めており、様々な取り組みが行われています。不動産DAOといった取り組みをされていている会社もありますよね。貸主・借主だけではない新しい形を模索し始めています。DAOはとっつきにくいところもありますが、そういったレベルでステークホルダーとの関係性を見直すと、色々な活用法が見えてくるのかもしれません。
教育DAOは、人材育成にも活用されています。ある領域の人材を育成したい企業がDAO的な仕組みを作り、投資し、欲しい人材を獲得しているケースもありますよね。教育や研修、トレーニング領域のDAOも面白いかもしれません。
高木:企業としてはDAOの実装自体にビジネスチャンスがあるかもしれません。DAOは誰もが参加できるといっても、実装などにはかなりのスキルが求められます。そのためDAOを支援するためのサービスや開発支援のサービスなどのニーズはあるでしょう。
森:NFTでもコミュニティの話がでたのですが、DAOは新しいコミュニティ活動のためのツールやビークル(乗り物)といえるかもしれません。最近、個人的には、リーダーシップとDAO、あるいはリーダーシップとコミュニティの関係についても気になっています。去年、PMBOK(プロジェクト・マネジメント・オブ・ナレッジ)の第7版が出たのですが、その内容が大きく変わりました。
これまでPMBOKは、計画し、見通しを立て、やるべきことを積み上げ、実行し、管理すするというプロセス重視型のプロジェクトマネジメントの知識体系がメインでした。しかし、それが分量として半分以下のものになり、変化に適応しつつ価値を提供していくアプローチに変化しました。原理・原則を重視し、リーダーシップにもフォーカスした体系に組み直されています。
改めてリーダーシップについて考えます。Web3はコミュニティが大切で、インセンティブのデザインも重要なカギを握っていますが、現実問題としてはうまくいかせるためにはリーダー的な存在抜きでは語れない部分もある。Web3における実装やPoCでも、リーダーシップとコミュニティの関係をうまく築いていくことが重要ではないかと思ったりしています。
高木:自律分散型といっても、Web3コミュニティはリーダーシップを容認するという考え方に近いと思っています。
コミュニティでリーダーを決めるには議論が必要で、コミュニティの中で決めることが許容されているということになります。必然的に誰かがリーダーシップをとっていくということもあるでしょう。
特にDAOの場合、決定権はトークンの持ち高に比例するケースが多い。DAOのコミュニティといっても、それを主導している会社が半分くらいのトークンを持っているケースもあると思われ、本当に分散しているかというと疑問が残ります。しかし、その方がスピーディーですし、いい面もありますからね。
森:なるほど。リーダーシップは変化する時代においても大切なポイントですが、DAO的なものやコミュニティ論的な話、つまり自律分散であることとどう融合させていくか、ですね。
高木:そもそも参加者がコミュニティの中でどれくらいの発言力があるかというのも、難しいですね。発言力は、どれだけそのプロジェクトにコミットし、貢献してきのたかが影響しますし……。意思決定に深く関わるためには、常にコミットして実績を作り続けなければいけないということにもなり、大変な面もありますよね。そういった意味では競争社会といえなくもない。
ビットコインは、どれだけマイニングに貢献したのかということだけで決まりますが、寡占化が進んでいます。これも大きな課題ですが、公平で透明なルールがほかにあるのかというとそれもなかなか難しい。いろいろと課題はありますね。
Web3とどう付き合うか
大石:最後に、企業はWeb3とどう付き合っていくべきだと思われますか。
高木:NFTにせよDAOにせよ、主導しているのはコミュニティや新興企業が多く、趣味で動いている世界が牽引している部分があります。そういう中に企業が大々的に入っていくのは、難しいかもしれません。
しかし、そこで生み出された技術やソフトウェアをビジネスに取り込み、活用することはできると思います。企業はそういった活用をどんどん推進していくのがいいでしょう。実際、大きな企業でもWeb3のための技術やサービスを提供して売上を上げている事例が出てきています。そういった意味では、どこに活用の可能性があるのか常にウォッチしておく必要はあるでしょう。
デフレーミングで触れていますが、ビジネスを広げるためには、異なる枠組みで考えるといった取り組みも必要かもしれません。自分たちのビジネスの本来的価値を改めて考え、そこに関わっているステークホルダーも明確にすることで、Web3の技術が適用できる部分は見えてくるのだと思います。
森:Web3の動向にも注目しながら、同時に自分たちを見つめなおし、中央集権的なところとコミュニティ的なところを見出して脱構築していく。デフレーミングしていくことで、従来のビジネスとの調和も見えてくるかもしれません。
高木:Web3は、今まで価値ではなかったものが価値になったり、今までとは違う働き方ができるようになったり、自分のアイデンティティのあり方が変わってきたりと、大きな可能性のある技術だと思います。
しかし黎明期ということもあり、いろんなものが現れては消えています。NFTが出てきたり、メタバースで使われたり……。うまくいっているものもあれば、そうでもないものもあるでしょう。
そういった意味で、まだまだ発展途上の技術です。そのため、あまり先入観をもたず覗いてみる、触ってみるっていうのがいいのかもしれません。この領域を取り込めば必ず大きな経済効果があるとも限らない。あまり過度な期待は禁物だと思います。
これまでとは違う社会やビジネスの作り方が提示されたということだと思いますので、もう少し長期的な視点で見ていた方がいいでしょう。
ただ、従来の枠組みに囚われず、ビジネスを考えたり働き方を考えたりできる技術ではあります。そういった意味では、大きな変革期であることを確認する機会でもあります。様々な選択肢が増えていくので、チャンスも増えるでしょうね。
大石:「長期的な視点」とは、実際にはどれくらいの期間が必要だと思いますか。ビットコインが生まれて10年以上経ちましたが、それくらいは必要でしょうか。
高木:そうですね。ブロックチェーン・Web3分野の評価を下すには、あと10年ぐらいは見ていたほうがいいかもしれません。
とはいえ、新しい技術を評価できるまで待っている必要はないでしょう。NFTは最近登場したばかりですが、爆発的に普及しています。
実は以前からNFTのようなものができるということは予測されていました。NFTという規格ができ、プラットフォームもマーケットも整備されて実装されたからこそ、爆発したんです。つまり、「実装」されるかどうかという部分がとても重要になるんです。使えるようになるには、そこを繋ぐサービスが不可欠。そういった部分に企業側が積極的に取り組むというのもいいかもしれません。
——ありがとうございました。
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大石 泰子
デロイト トーマツ コンサルティング合同会社
Deloitte Digital マネジャー消費財リサーチ&マーケティングからグローバルインターネット企業、ECパッケージ開発会社を経て現職。開発・企画部門統括を長く経験。
行動変容活用マーケティング等、顧客視点・接点を踏まえた戦略策定に強みを持つ。Adobe AEM導入プロジェクトPMO、開発PMO等のマーケティングを踏まえたシステム開発プロジェクトに従事。