イノベーションで加速する未来のライフサイエンス~DIA × Deloitte Digital座談会~
- Digital Business Modeling
ニーズに応えて最善を尽くす
西條:私は以前、製薬会社の開発部門で臨床開発を担当していましたが、ご縁があって外資系製薬会社の代表を務めることになりました。その後も製薬会社の研究開発部門のさまざまな部署を経験し、直近ではCROの立場で医師主導治験、臨床研究を中心とした開発業務にも携わっておりました。医学部大学院で医療政策学、研究開発学を専攻し、臨床試験を題材とした研究をしていましたので、企業、CRO、アカデミアで、それぞれ違う角度から医薬品の研究開発に関わってきました。
こういった一連の活動のなかで指針にしてきたのが「東洋思想」です。西洋思想では、自分と自分以外のものを分けて考える。たとえば「自然(しぜん)」というテーマについて考える際も、自分と自然は別のものと考えます。一方、東洋思想は、自分と自分以外のものを分けて考えることはありません。「自然(じねん)」について考える場合も、自分を自然の一部であると考え、全体を捉えながら根本にあるものを考えていく。根源的、長期的、多様性を持って考えることが東洋的な視点です。私の考え方のベースには、この東洋思想があります。
これまで東洋思想に関するさまざまな書籍を読んで参りましたが、自分のライフワークとして、これからも真摯に学び続けるつもりです。なかでも影響を受けたのは老子で、「上善は水のごとし。水はよく万物を利して争わず、衆人の悪(にく)む所に処(お)る」という言葉をとても大切にしています。この意味は「最上の善は水のようなもの。水はすべてのものに恵みを与え、決して争う事はありません。それなのに、人が嫌がる低いところに収まる」といった内容になります。水のように柔軟に対応し、“触れ合う人みな師“という精神で最善を尽くして活動しているつもりです。
根岸:「上善は水のごとし」。西條さんが代表理事をされているDIAのありかたそのものだと感じました。そんなDIAに参画したきっかけについて教えてくださいませんでしょうか。
西條:前職はとてもやりがいがある仕事で、個人的にはとても満足していたのですが、その一方で、ヘルスケアの領域でもっと貢献できることがあるのではないかと考えていました。そんななか、たまたまDIA参画の機会に恵まれたのです。
DIAは、医薬品や医療機器、再生医療製品をはじめとする医療用製品の研究開発やライフサイクルマネジメントにおけるイノベーションの実現をサポートするために、産官学や患者さんなどの立場を超えたオープンで自由な情報交換やディスカッションの場を提供するグローバルな非営利団体です。
私はこの取り組みにたいへん共感し、「これならヘルスケアにもっと貢献できる。私の思いを実現できるのではないか」と考えたのです。
DIAには2020年3月に着任しましたが、世の中はコロナ禍。ステイホームが呼びかけられ、「対面」でシンポジウム等を開催することが難しくなりました。
当時を振り返ると「オンラインではディスカッションができない」という意見が大半を占めていたように感じます。とはいえ、「対面」でのディスカッションを強行すると、コロナウイルスの感染を広げてしまう恐れがある。それでは、最も大切な「命」を守ることができません。その一方で、これまでのDIAのアクティビティを止めたくはないという思いもあり、どうすべきか頭を悩ませていました。
DIAの外に目を向けると、産官学を含めた医療業界のステークホルダーは非常に混乱していました。「新型コロナウイルスの感染拡大」という、これまで体験したことがなかった事態となり、さまざまな問題が噴出していたのです。
そのとき、DIAの日本諮問委員会の方から「課題の解決に結びつかなくても、今直面している治験に関する問題についてディスカッションすることに意味があるのではないか」という意見が出てきました。そこで、オンラインでディスカッションをしてみようという話が進みました。
準備期間がほとんど取れない中、演者の先生方のお陰で、なんとか4月と5月に3回、無料のウェビナーを開催。多くの方に参加していただき、非常に良い議論ができました。実際、このウェビナーはとても好評でした。こういった経験を積むことで「対面でなくてもディスカッションができる」という自信をもつことができ、DIAがオンラインに舵を切ることができたのです。
根岸:DIAがオンラインの取り組みを推進しているというのは、数年前では考えられないことですね。我々のお客様の中でも、今まで考えられなかった領域においてオンラインに舵を切るお客さんは増えています。
たとえば、デロイトでは創薬の研究者があつまるイノベーションパークのご支援をしています。そこでも、「対面で会えないのなら所属している意味がない」という意見は根強くありました。しかし、フィジカルとバーチャルの融合をテーマにした取り組みをご支援したところ、そういった意見はほとんどなくなり、「(バーチャルやフィジカルが重要ではなく)自分たちの思いを持って発信することで、思いを持った人や共感した人が集まってくれるのではないか」という話になっています。西條さんのように、その場面をどう捉えるかということは、未来を作るきっかけになるのではないかと感じています。
デジタル化の取り組み
西條:ありがとうございます。DIAは、ディスカッションのみならず、医薬品の研究開発や医療機器、再生医療などさまざまな分野のイノベーターによる貴重な講演もオンラインで配信しています。最近バージョンアップし、使い勝手の良くなった「DIA NOW」というサービスをご利用いただければ、海外のDIAのカンファレンスやディスカッションをいつでも見返すことができるので、多くの方に使っていただきたいですね。
DIAのメンバーからは「トレーニングもオンラインでできるのではないか」といった意見も出始めています。オンラインで大抵のことが可能になるということがわかり、積極的に取り組みはじめています。
根岸:新型コロナウイルス感染症の感染拡大によって、世の中は大きく変わりました。もちろん困っている人も多いと思いますが、そのような中でも新しい取り組みが始まっています。DIAなどはまさにそういった取り組みが成功している例だと思います。そういった観点から、皆さんに対して何か提言はありますか。主に企業をご支援している立場からすると「官」の動きは特に気になります。私自身DIAのセッションを拝見した際に官が変わってきたという印象を持っています。
西條:「官」の方はダイナミックに動き始めていると感じています。コロナ禍に対応すべく治験に関する通知も昨年3月から適宜発出されています。実際、その後オンライン診療についても通知が出され、これまでオンラインでやれなかったことがどんどんできるようになっている。治験についても、オンラインが活用され始めています。まだまだ課題は多いのですが、本当に大きく世の中が動いていますね。
こういう動きが出てきた今だからこそ、周囲の状況を見ながらピンチをチャンスに変えてデジタル化を推進してゆくことが必要だと感じています。オンラインでのカンファレンスは時空を超え、いつでもどこからでも交通費や宿泊費などのコストもかけずに利用できるのが最大のメリットですから。そういう場としてDIAをもっと活用して欲しいですね。産官学が参加するディスカッションで得るものが多いと思いますから。
根岸:こういう状況になり、やり方を変えたという企業も多いですよね。方向転換を試みた企業に共通しているのが、「実際にやってみると、これまでオンラインでは無理だと思っていたことができるようになる」という気づきですね。研究開発や営業系など様々なバリューチェーンにおいて、みなさん「何故できないと思っていたんだろう」と話されています。実際に行動することが重要なのかもしれません。私自身も研究や臨床開発の領域で当たり前だと思っていたことが覆された経験をいくつもしました。
西條:治験に関しては、製薬企業の皆さんは丁寧に対応されています。ただ、「むだ」や「だぶつき」も多かったように思います。製薬会社で研究開発をしていた頃は、プロジェクトによっては数億・数十億というコストがかかっていました。しかしアカデミアの世界では、数千万円程度のコストで研究開発をしていかなければいけない。同じ研究開発でも、予算の規模は大きく違う。実は、コロナ禍の前からアカデミアの世界では徹底した効率化が図られていたのです。
言うまでもなく、コロナは大変な災害です。これを期に、多くの企業が今「どうやってコストを削減するのか」「どうやったらDCT等でモニタリングの効率を上げられるか」といったことに本気で取り組むようになりました。コストやモニタリングを減らしつつ、「どうやったら精度が上がるのか」といった重要なテーマに取り組んでいて、デジタルの活用も急速に進んでいます。治験を科学的倫理的に実施するための本質を考えることになり、「むだ」や「だぶつき」を無くすことができるようになっているように思います。
医療機関中心から患者中心にシフト
根岸:我々も、製薬・医療機器という分野でコンサルティングをしていますが、それだけでは終わらない世界になっていると感じています。たとえばライフサイエンスやヘルスケアを少し広めに考えてみても、「地域の中である疾患の患者が発生したときのクリニカルパスは整備されているのか」「各機関との情報の連携はできているのか」といったことについては、特にヘルスケアサービスプロバイダや地方自治体などが感心を持っています。しかし、双方の思いが一致しているにも関わらず、どちらも動くことができない。特定の業界や企業だけでは対応が難しい状況が生まれているのでしょう。こういった状況では、産官学による大きな枠組みが必要になります。そういった部分は、デロイトがコーディネートしたり、リードしたりできるのではないかと思っており実際に検討しています。
西條:他にもそういった事例はたくさんありますよね。たとえば抗がん剤の治療では、複数の薬を組み合わせて使います。そうなると、特定の企業が牽引することには限界があるので、より大きな枠組みが必要になってくるでしょう。最良の治療レジメンを考える状況では、第三者的な視点を持ったプレイヤーも不可欠です。DIAは中立的な立場でディスカッションの場を提供していますが、確かにデロイトさんのようなコンサルティングファームが上流の戦略的な部分を考え、CRO等がオペレーションを考える等の関与がより良いソリューションに繋がるようにも思います。
根岸:当社は、さまざまな分野を支援しています。私自身はライフサイエンス領域を担当していますが、公共系を担当しているコンサルタントや自動車業界と組んでMaaSなどを担当しているコンサルタントもいます。そのようなコンサルタントが一緒になってコラボレーションすることもできます。また、グループには弁護士や会計士、税理士、社労士などもいます。そういった組み合わせで社会に対してより広く価値提供をしていくこともできるでしょう。たとえば、オープンイノベーションといった文脈でも、このピースが足りないとか、ここをエンハンスしたいという際のご支援も増えてきています。
西條:もう20年近く前からいわれていますが、私自身、やはりオープンイノベーションがキーワードだと思っています。現在、製薬会社などは「知財」を守らざるを得ず、オープンイノベーションが起きにくいという課題があります。しかし小さな利益を手放してイノベーションを起こした結果、大きな利益を得ることもある。こういったオープンイノベーションを推進するための方法論なども産官学で議論する必要があるでしょう。誰もが利他の精神をもって、医療の発展のためダイナミックな視点で進んでゆけるような流れを創りたいですね。
オープンイノベーションと同様に注目しているのが、ウェルビーイングです。これまでは医薬品の開発支援に軸足をおいていましたが、今後はウェルビーイングに軸足を置いて活動する企業も増えていくと思います。しかし、ウェルビーイングを1つの企業だけで実現することもなかなかできません。DIAでは、そういった皆さんのお役に立ちたいと思っています。
一方、足元の現場では、オンラインの利活用を進めていきたいですね。オンラインを使うことで、現在のようなパンデミックに対応でき、効率化が進むだけでなく、これまでできなかったことができるようになっています。この部分をさらに深掘りしていきたいですね。
根岸:DIAの活動に、我々がご支援できることもあるかもしれません。実は、デロイトの中期計画でも西條さんがおっしゃったことが書かれています。また、先日公開したヘルスケアの記事でもウェルビーイングをキーワードとしています。病気を治すという文脈も非常に重要なのですが、そもそも病気にならないようにすること、健やかに生活していくことが、これまで以上に着目されていると感じています。
西條:その通りですね。平均寿命と健康寿命の間の10年のギャップをどうしていくのかというのは大きなテーマです。ウェルビーイングは、製薬会社もターゲットにして考えていきますが、さらに予測や予防なども考えていく必要がある。そう考えると、やはりオープンイノベーションへの取り組みが不可避になるでしょう。根岸さんのようにヘルスケアを良くご存知の有能なコンサルティングの専門家に新しい視点で関与していただけると心強いです。
しかし、現状でオープンイノベーションの成功例は必ずしも多くはありません。その原因は、積極的に知財をオープンにしていけるスキームがないこと。ビジネスモデルの作成など難しい部分もありますが、レギュレーターや政策をつくる側の人たちを含め、多様な視点をもった方々にも参画いただければ、不可能ではないと思っています。
根岸:最近ではウェアラブル端末などで取得した自分のデータをどんどん出していくという流れもあります。自分たちの健康に興味を持つ人が増えており、我々のグローバルで実施した調査では何等かのデバイスを利用した人のうち75%もの人が自身の行動変容に繋がっていることが分かっている。そういう人がいるのであれば、行政やルールも変える必要がある。個人情報を上手く守りながらサイエンスの観点で価値のあるデータを利用できれば、最終的には創薬だけでなく、予防/予後にも役立つことになりますからね。
西條:DIAの強みは、「ニュートラル」と「グローバル」の2つ。オープンイノベーションが進まない理由はいろいろあると思いますが、DIAは「ニュートラル」という立場で、さまざまな皆さんとディスカッションできる場を提供していきます。こういった場に参加することで、コラボレーションの推進や様々な循環が生まれ、我々もお役に立てるのではないかと考えています。これからのヘルスケアにも大きく期待したいですね。
——本日はありがとうございました。
PROFESSIONAL
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根岸 彰一
デロイト トーマツ コンサルティング合同会社 ライフサイエンス&ヘルスケア パートナー
医薬・医療機器等の内資/外資系ライフサイエンス企業や他業界からの参入企業に対して、戦略立案、オペレーション/組織改革、およびデジタル戦略立案/実行支援、アウトソーシング戦略立案、当局規制コンプライアンス対応などのプロジェクトをクロスボーダー案件も含め数多く手がけている。
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西上 慎司
デロイト トーマツ コンサルティング合同会社 ライフサイエンス&ヘルスケア パートナー
民間シンクタンクを経て現職。製薬、医療機器メーカーを中心に、マネジメント変革、グローバル組織設計、海外進出支援等のプロジェクトを手掛ける。最近はデジタル戦略・組織構築などDX関連の案件を多数支援。主な著書:「ファイナンス組織の新戦略」(共著)