Deloitte Digital Cross/デジタルが生むスポーツの新たな価値
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Deloitte Digitalは、グローバル60か国で展開し1万6千人名以上がかかわっているデジタルブランドで、デジタルを駆使した未来の創造に取り組んでいます。
「Deloitte Digital Cross」は、ビジネスの枠を広げて、スポーツ、ファッション、エンターテインメント、教育など、社会に新たなエクスペリエンスを生み出すことを目指す対話をお届けする連載です。
今回、Deloitte Digitalのメンバーと対談するのは、デロイト トーマツ コンサルティング(DTC) ディレクターの森松誠二。森松は顧客体験(CX)の向上のためのコンサルティングに注力し、特にスポーツビジネス、MaaSおよびヘルスマネジメント領域における顧客体験の設計を担当。
2015年よりデロイト トーマツ グループがトップパートナーを務める愛媛県今治市のサッカークラブ「FC今治」のプロジェクトにも2019年より関わっています。Deloitte Digitalの中心人物であり、長年AIとビッグデータの活用に従事してきた森正弥と、元ニュースキャスターでコンサルタントに転身した若林理紗が、「デジタルを掛け合わせることで得られるスポーツの新たな価値」についてインタビューしました。
顧客体験調査で見えたFC今治の個性
若林:まずは森松さんとスポーツビジネスとの関わりについて自己紹介を交えてお願いします。
森松:長年、マーケティングや営業、顧客サービスなど、顧客との接点におけるコンサルティングに従事してきました。昨今、注力しているテーマは顧客体験(カスタマーエクスペリエンス:CX)です。その中でもスポーツにおける顧客体験を可視化して、より良くしていくことに注力しています。
当社が2015年からトップパートナーおよびソーシャルインパクトパートナーを務めているFC今治のプロジェクトに関わったのは2019年です。きっかけは19年6月に観戦体験というテーマで、日本人とドイツ人とアメリカ人にアンケート調査を実施した結果を岡田さんに紹介したことです。
その調査では、観戦体験を試合の情報を知った瞬間から、翌日にニュースを見るまでの14個に分割し、どのポイントで盛り上がるかを調べました。すると日本人は、試合を見るところでぐっと盛り上がる一方、それ以外では盛り上がりがないんです。一方、アメリカは試合前の食事など、仲間と盛り上がることをすごく大事に捉えているなど、試合はもちろんそれ以外の部分も楽しんでいるということがデータでわかりました。
森:確かにこの調査結果は興味深かったですね。日本は試合観戦の部分でのみ満足度が上がりますが、観戦後のディナーや飲み会などではそう盛り上がらない。一方、アメリカやドイツは盛り上がりの幅が広いんですよね。欧米では日常生活の中でスポーツを楽しむ文化が定着しているのではと思いました。
若林:同様の調査をFC今治でも実施されましたが、FC今治のオーナーである岡田武史さんにはどのような思いがあったのでしょうか?
森松:岡田さんはどのような感想を持つのだろうと、調査レポートを見てもらったところ、「ぜひ、うちでもやろう」と言ってくださったんです。
愛媛県は野球王国と言われているように、今治も野球のまちです。岡田さんもFC今治のークラブのオーナーに就任した時、試合を観に来る人が少ないのではと不安を抱いていたそうなのですが、ある試合では2000人もの人が集まりました。
ですが、岡田さんは冷静で「純粋にサッカーだけを観に来てくれている人はそんなにいないはず」と考え、グルメやイベントなど試合以外にも楽しめるコンテンツをたくさん用意しました。スタジアムで応援すると分かるのですが、詳しいルールを知らない人もたくさんいるんですよ。
そういう状況だからこそ、岡田さんは自分のところはきっと違った結果になるはずで、それをデータで確認したいと思ったのではないでしょうか。結果は、岡田さんの読みがドンピシャ当たり、試合と同じくらい他のコンテンツでも盛り上がっていることがわかりました。FC今治の試合は1日遊ぶイベントになっているんです。
FC今治の観戦体験調査の結果。FC今治の波は、欧米のと近いことが分かる
森:波がいくつもあるということは、今治の皆さんは、サッカーを応援することで生活を楽しんでいるということですね。
若林:昨年に森さんとホーム試合を観戦した時に、よくあるスポーツ試合と違って、老若男女それぞれが違う楽しみ方をされていて、アットホームな居心地の良さを感じました。森さんはどう感じられましたか?
森:駐車場で降りて、スタジアムにいくまでに楽しめるコンテンツがいろいろあることに驚きましたね。
B級グルメの屋台はもちろん、面白いと思ったのが出張児童館です。けん玉遊びや工作の体験もありました。地元の警察の方の協力で、白バイやパトカーなどが展示されているだけではなく、乗れるようにもなっていたことには驚きました。
一点、気になったのは、スタジアムの階段が長いこと。年配の方にはちょっとつらいかもと思いました。
森松:構造上、仕方がないんです。ですが岡田さんは「顧客満足を考えたら、あの階段は大変でしんどいので、なんとか改善すべき問題。物理的な問題なので改善できないし、エレベーターをつけるわけにもいかない。だけど、登り切った先に面白いモノ、楽しいモノ、ワクワクするモノがあるから、しんどいけど、また上ろうと思ってくれる。これがエンゲージメントなのだと思う」とおっしゃっていました。
森:素晴らしいですね。顧客のエンゲージメントを言い表している好例だと思いました。
コロナ禍におけるスポーツの可能性
若林:2020年は新型コロナウイルス感染症拡大により、スポーツも大きな影響を受けました。昨年末に岡田さんとDTC CEOの佐瀬さんが対談をした際、コロナがもたらした価値観の変化についても触れられていました。
岡田さんは、「日本人がライススタイルの多様性の大切さに気付き始めたと思うんです。この価値観の変化は、『目に見えない資本を大切にする』という企業理念を持つ僕らにとっては追い風です。スポーツ自体が価値あるものになっていくと思うからです」と語りました。
また、佐瀬さんからも「より大切なものがクリアに見えてきて、私たちのビジネスにとって『信頼』が根幹だったことに気づかされました」と、さまざまなステークホルダーとの信頼関係の重要性についてお話されていました。
このことについて森松さんはどう受け止めましたか?
森松:岡田さんの「スポーツ自体の価値が変わってきている」という言葉が印象的です。
コロナ禍で多くのスポーツイベントが中止になりました。試合が再開され、人がスタジアムに行くようになった時に、FC今治の試合観戦に来ていたファン、サポーターにインタビューを実施しました。不安を感じながらもなぜ、スタジアムに足を運んだのか尋ねたら、「FC今治が試合しているから来たんです。試合をするなら私たちは行きます」と答えてくれたのです。
今治の人たちの中で、もうFC今治の試合は生活の一部になっているんです。つまり不急ではないけど、不要ではないのです。スポーツはなければならないものだということに改めて気づかされました。
森:経済合理性だけで考えると、不要不急のロジックの中でスポーツイベントは取り除かれたり排除されたり、シャットダウンされたりするものですが、私たち人間は、経済合理性だけで生きているわけではありません。そこには生活もあるし、大切な仲間との絆もある。スポーツはその中心に繋がっているものの1つなんだと思います。
若林:コロナ禍の終息が不透明な今、この先もまた無観客に戻ったり、観客数を減らしたりということがどのくらい続くのか見通しがつきません。リモート観戦の可能性やメリット・デメリットについてどう捉えていますか。
森松:去年1年間、リモート応援やリモート観戦というテーマでさまざまなサービスが立ち上がり、私もできる限り試しました。ですが、まだ定着しているサービスはありません。無観客試合を盛り上げるために、スマホのアプリを通じて声援を届けるというサービスを試してみたのですが、リモート観戦しているファンは概ね、スタジアムにファンがいる雰囲気があってよかったという感想でしたが、ある選手は「プレーと声援のタイミングがずれるので違和感がある」とコメントしていました。
自粛が解け、スタジアムで観戦できるようになると、今度はスタジアムにいる人たちが、スピーカーから流れてくるリモート声援に対して違和感を覚えるんです。こういうところが定着しない理由のひとつだと思います。
森:以前、VRを使った野球選手のトレーニングサービスに関わったことがあります。あくまでも相手投手の癖や傾向をつかむためのサービスとして開発したのですが、やはりVRなのでリアルな解像度は出ないんです。だから、イメージをつかむだけに留めての活用としていました。
リアルな応援との違いをリモート応援に感じてしまうと、調子が合わない選手が出てくると思います。ですが、そういう経験や失敗を通しながら、どういうものがリモートの応援に向いているのか、リアルな場の応援とリモートの応援をどう組み合わせていくかということをトライアンドエラーで見つけていくしかないでしょうね。
森松:VRは仮想現実なので、どうしても再現しようとするんですよね。例えば観客に対してVRを活用する場合、あたかもスタジアムにいるような体験を提供しますというサービスを作ろうとするんです。ですが、スタジアムで試合を見るのとネット配信で試合を見るのとでは、根本的に違いがあります。
一番の違いは時間。スタジアムで見るときは、移動して家に戻ってくるまでがイベントですが、ネット配信だと90分の視聴なんです。体験がまったく違います。再現する技術は向上しても、スタジアムで観戦する代わりにはならないと思います。
若林:スポーツや音楽は、究極のリアルですよね。そのリアルを再現することには無理があるので、リアルでできることとバーチャルでできることを別軸で考えていくことが必要ということでしょうか。
森松:コロナが終息し、100%スタジアムで観戦できるようになったとします。ですが、満員でも2万人のビジネスなんですよ。一方、eスポーツの有名な大会だと1億人が観戦します。つまりデジタルでしかできない体験を作っていくことが大事だと思います。スタジアムでの観戦者は2万人ですが、その外側には5万人、10万人、100万人が観戦していますということが可能になるようなデジタルのサービスの価値を作っていかないといけないと思います。
例えば韓国のポップスターのBTSは、デジタルテクノロジーを駆使したオンラインライブを実施したことで、自分たちの商圏以外のファンを獲得しました。また八村塁選手が所属する米プロバスケットボール(NBA)のウィザーズも同様のサービスを展開し、地理的な商圏外のファンを獲得しています。地方のサッカークラブの面白いところは、就職でその土地を離れても、ずっと地元のチームを応援してくれること。そういう人たちの応援の声を届けたり、一緒に応援している仲間とつながれたりするようなサービスが出てくると、新しい価値を提供できるのではと思います。
スポーツビジネスでも人とのつながりが重要になる
若林:今後スポーツビジネスにおいて、それぞれのステークホルダーに対してどのような向き合い方が必要となるのか、岡田さんに伺いました。
「サッカーの監督と経営は別物だろうと思っていたけれど、2019年ごろから一緒だと思い始めました。監督も経営者も同じ目標に向かって力を合わせ、個人の成長がチームの成長になるよう、人のマネジメントが重要だからです。人と人とのつながりがちゃんとできていれば、例え会社を辞めても、その人とのつながりが会社という枠の外に出ていくだけで、さらに強いパイプになることもあります」と、お話されました。
これに対して佐瀬さんは、「我々コンサルタントは『クライアントファースト』の考えが骨の髄まで染みこんでいるので言わなくても表出してきますが、『メンバーファースト』は気を抜くと忘れがちになってしまいます。だからこそ、企業価値として浸透させるため、『メンバーファースト経営』を高らかに宣言しています。
人材の流動化が進むこれからは、今あるメンバーファーストだけでは足りず、DTCでやりがいを感じた上で、次のキャリアに生かせていけるようなプラットフォームであることが大事だと思っています」と、FC今治に転職した元DTCメンバーの活躍にもふれながら朗らかに語っていました。
森松:FC今治のみなさんは、信念を持って入社されています。これまでの経歴を聞くとサッカーと縁のないところにいた人もたくさんいて、岡田さんの理念に共感して入社しているんです。FC今治に転職した当社の卒業生も、岡田さんと一緒に夢を追いかけたいという思いを持って転職をしたと聞きました。
数年前に執行役員を公募したのですが、1~2人の採用に900人以上の応募があったそうです。そして入社した人はみなさん、岡田さんの考えが浸透しています。昨年、ユニチャームとトップスポンサー契約をしたのですが、その契約を取ったのは岡田さんではなく、新しく入ったスタッフでした。そのスタッフはFC今治の考え方や理念を自分の言葉で表現して、それがユニチャームのトップに伝わったからです。FC今治のスタッフは、一人ひとりが意思を持って活動しているので、私たちも刺激を受けています。
若林:転職された方について、トップ同士が笑い合って話せるというパートナーシップも素敵ですよね。
森:そうですね。人材の流動性が高くなることは悪いことではありません。信頼をベースに我々が協力し合うのはもちろん、卒業生というところでも新しい価値を作っていけるように活動していくことが大事だなと思います。
森松:観戦体験調査プロジェクトの初回ミーティング時は、お客さま的な扱いだったのが、2回、3回と打ち合わせを重ねていくうちに、お互いの信頼関係ができ、対等な立場で議論ができるようになりました。うちの社員もFC今治ファンが増えてきて、最初は4人で始めたプロジェクトが20人ぐらいまで増えるという良い関係ができました。
次の鍵は、パーソナライゼーション
若林:スポーツビジネスにおいて今後キーとなるのは、なにでしょうか?
森松:スポーツビジネスの課題は、パーソナライゼーションが遅れていること。例えばファンクラブに登録しても、個人宛にパーソナライズされたサービスが提供されるわけではありません。今後、リモート観戦など観戦スタイルはどんどん変わっていきます。ここの席に座る人はこうだろうという思い込みではなくて、「この座席に座るあなた」にフォーカスして、サービスを提供していくことが必要だと思います。
例えば、見ている人のエリアや属性によって広告を変えるなどはその一例です。またマルチアングルや見たいシーンをリプレイできるようにするなど、自分に合った見方ができるようにすることはやらなければならないことだと思います。
若林:この先、スポーツ観戦のありかたを発展させていくために、コンサルタントとして注意すべきことがあれば教えてください。
森松:スポーツ×テクノロジーの世界は、今いろいろなサービスが登場しています。ですが、スポーツの業界は一般の企業以上に中の業務プロセスができていないので、まずはしっかり自分のクラブがどういうお客さまにどういう価値提供をしていくのかということを考えないと、誰も使わない、ファンも喜ばないサービスになります。さらに言えば、スポーツの価値を下げてしまうことにもなります。
森:テクノロジーを使って、今抱えている課題を解決していくことはこれからもやっていくべきことです。その際に重要なのはそれを体験という観点でレビューして改善していくことです。リモートで応援している人、観戦しているサポーターの方々の体験だけではなく、選手の体験価値を向上していくことを考えて、テクノロジーを導入し、改善していく。コンサルタントとしてもそういう進め方が大事になると思います。
若林:最後に森松さんがご紹介したいという言葉があるそうですが、何でしょうか?
森松:2年前に作成した動画の最後の言葉で、岡田さんがスポーツの価値について語っていた言葉です。
「これからはおそらくロールモデルのない時代に入って行く。そのときに一番必要とされるモノが、ひょっとしたらスポーツになるかもしれない」
この言葉を私はすごく大切にしています。
PROFESSIONAL
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森松誠二
デロイト トーマツ コンサルティング合同会社 ディレクター、カスタマー・エクスペリエンス・デザイナー
製造・流通・小売、エンターテイメント、保険、エネルギー、ライフサイエンス業界に対してCRMを中心に20年以上のコンサルティング経験を有する。戦略策定から顧客体験や業務設計、IT導入・運用及びチェンジマネジメントの全工程における豊富なプロジェクト経験を元に、現在は顧客体験(カスタマー・エクスペリエンス:CX)の向上のためのコンサルティングに注力し、特にスポーツビジネス、MaaSおよびヘルスマネジメント領域における顧客体験の設計を担当する。