岡田氏が迫るデジタル×スポーツの可能性
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デジタル領域におけるイノベーションを推進する活動を続けている、Deloitte Digital。「スポーツ×AR」で国内外の注目を集めている新世代スポーツ「HADO」を開発した株式会社meleapとは、2020年からマーケティングパートナーとしての取り組みを開始している。
そこから時を遡った2014年には、FC今治のオーナーでありながら、人材育成や地方創生に情熱を注ぎ、スポーツの新たな価値を模索する岡田武史氏をデロイト トーマツ コンサルティングの特任上級顧問として迎え、日本のスポーツ産業の持続可能な発展を支援する活動を続けている。
今回はそのDeloitte Digitalがハブとなり、スポーツ界に新風を吹き込むmeleapのCEO・福田浩士氏と岡田氏との対談企画が実現。ARスポーツの可能性や、これからのスポーツの姿について語り合った。
元サッカー日本代表監督が「HADOはスポーツ」と語った理由
「よく『eスポーツ』って言われるけれど、僕らの世代からすると、テレビゲーム的なものは、スポーツとは思えないところがあるんですよ。でも、このHADOを見た時に『これはスポーツだな』と思いましたね」
声の主は、FC今治を運営する株式会社今治.夢スポーツ代表取締役会長の岡田武史氏。そしてHADOとは、AR(拡張現実)技術を導入した新世代のスポーツである。頭にヘッドマウントディスプレイ、そして腕にアームセンサーを装着することで、エナジーボールを放ったり、シールドを作ってそれを防御したり──。鳥山明の往年の人気漫画『ドラゴンボール』のかめはめ波をイメージすると、わかりやすいかもしれない。
2021年のJリーグ開幕を控えたある日、HADOを開発した東京の株式会社meleapにて、岡田氏はAR技術によるスポーツを初めて体験した。万全なコロナ感染対策の中、2対2による80秒のゲーム1セットを行っての当人の感想は、「思ったより難しかった」。そして「身体を動かして汗もかいて、心拍数も上がったし達成感もあった」とも。そんな岡田氏に対して、HADOの手ほどきをしたmeleapのCEO、福田浩士氏はこう語る。
「これを作ったのは『自分の身体を拡張する』という発想からでした。リアルの身体、リアルの空間がベースになって、それをいかに拡張するか。『かめはめ波が使える!』という、非日常の経験ができるようになったら面白い、というのが発想の原点でした」
ここ数年、スポーツビジネス界が熱い視線を注いでいるeスポーツではあるが、今も「スポーツと認めるかどうか」については議論がある。しかしこのHADOについて、岡田氏は「これはスポーツだな」と思ったという。ゲームを終えた時の悔しそうな表情を見ても、それが本心であることは明白だ。
「もっと簡単にできるというイメージがあったけれど、自分の能力を過信していたね(苦笑)。チャージしていないのに、何度も空打ちをしている。それに気づかない自分が情けなくなった。それと映像を見たら、屁っ放り腰だったのもショックだったね」
AR技術で「いつでもどこでもスポーツが楽しめる」?
今年の8月で65歳になる岡田氏は、今でも負けず嫌いの性格と旺盛な好奇心を隠そうとはしない。初めて体験したHADOについても、「さっきは一度もシールドを立てられなかったけど、それができるようになったら、もっと面白くなるよね」。すると福田氏も、「初めての人でも1時間も続けていれば上達しますよ」。実はARスポーツに関して、福田氏は「モータースポーツのような一大産業を作る」という壮大な夢を抱いている。決して根拠のない話ではない。鍵を握るのは、ヘッドマウントディスプレイの小型化と普及である。
「スマートフォンが普及したように、これからはAR用のグラスをみんながかけるようになるかもしれない。そうなれば、いつでもどこでもARスポーツができるわけですよ。友達と待ち合わせをしている時に、スマートフォンを開いてSNSやゲームをする感覚で、身体を動かしたっていいじゃないですか。AR用のグラスがあれば、目の前にゴルフ場があって、待ち合わせ場所でクラブを振ることもできるわけです!」
何やらサラリーマンが、傘でゴルフのスイングをしているような光景が目に浮かぶ。けれどもAR用のグラスをかけていれば、彼の目の前に広大なグリーンが広がっているのだ。それはゴルフだけでなく、さまざまな競技で可能となるだろう。自身の思い描く夢について、福田氏はさらにこう言葉を続ける。
「スポーツに接する習慣がない人って、かなり多いと思うんです。でも、その人たちがHADOという新しいスポーツに出会うことで、スポーツの熱狂をどんどん広げていきたい。チームを作ったり大会に出たりして、仲間やライバルが生まれる。そういうコミュニティが世界中に広まって、いずれはサッカーを超える世界最大のスポーツになれば……」
そう言いかけた時、すかさず岡田氏が「超えちゃだめだよ!」と笑顔で制する。さすがは元サッカー日本代表監督。というより、生来の負けず嫌いゆえの反応だったのかもしれない。
コロナ禍による観戦環境の変化とHADOに秘められた可能性
ところで今般のコロナ禍で、大きな影響を受けたのは「するスポーツ」よりも、むしろ「見るスポーツ」である。J3開幕が近づく中、岡田氏は「急激ではないにせよ、将来的にスポーツ観戦のあり方というものは大きく変わってくると思います」と語る。具体的には、リアルとバーチャル、2種類の観戦スタイルが共存していくのではないか、というもの。その場合、既存のスポーツビジネスの考え方は通用しなくなる、というのが岡田氏の見立てだ。
「どうしてもスタジアムで観たい人には、いろいろなサービスが受けられるボックスシートが高額で売れるかもしれない。一方で『VRのほうがいいや』という人もいて、自宅に居ながら試合の臨場感を楽しめる。価格そのものは安いんだけど、世界中で何十万人もの人たちが視聴すれば、それはそれで大きな収益になるわけです。もはやスタジアムを一杯にすることだけが、スポーツビジネスの正解ではなくなっていくのかもしれないですね」
ならば将来、HADOがプロスポーツになったとして、どういった観戦環境が考えられるのだろうか。前提として「HADOはARの映像表現なので、実際に会場にいて見るだけでは、何も見えないんですよ(笑)」と福田氏。つまりオンライン向けのスポーツではあるのだが、リアルでの観戦環境をまったく考えてないわけでもなさそうだ。
「というのも、人が集まる熱気を楽しむファンもいるわけです。そこで、僕が考えているのが『観客参加型の競技』。たとえば、応援する熱量に応じて技が強くなるとか。『ドラゴンボール』の元気玉みたいなものですね(笑)。何となく観戦するのではなくて、『こいつを勝たせるぞ!』と周りが熱くなる。そういう人たちが一致団結して、コミュニティ同士で戦っていくことで、新たな熱狂を作り出していくイメージです」
今はまだ小さなスポーツだが、これから頑張れば世界一になれるかもしれない。「そういう想像ができるのが、新しいスポーツを立ち上げる醍醐味だと思っています」と福田氏は瞳を輝かせる。サッカーを超えてほしくはないものの、岡田氏もその心意気にすっかり魅了された様子。「日本で地固めするなら、今治に本部を置くか!」と提案して周囲を驚かせた。
HADOはスポーツ。だからこそ「われわれがやっていることと近しいわけで、これだったら今治でもやる価値はあるんじゃないか」と岡田氏が語れば、福田氏も「今は東京に強い選手が固まっているので、今治発のスター選手を育成していくというのもいいですね」と、まんざらでもない様子。HADOと岡田氏との出会いが、今後どのような展開を見せるのか。進展があれば、またレポートすることにしたい。
(執筆:宇都宮徹壱)
PROFESSIONAL
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原 裕之
デロイト トーマツ コンサルティング合同会社 アソシエイトダイレクター
外資系コンサルティング会社を経て現職。CRM領域を中心にバリューチェーン全体の業務知識、End to Endのプロジェクトマネジメントスキルを有する。 近年はデジタルを起点とし業界の枠を超えた新規事業創出プロジェクトや、DX(デジタルトランスフォーメーション)、D2C(EC)案件を数多くリード。