【寄稿】なぜ今治でHADOをやるのか
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愛媛県今治市と聞いて、あなたは何を思い浮かべるだろうか?タオル、造船、かまぼこ、ゆるキャラのバリィさん、そしてFC今治──。「県内第2の都市」とはいえ、人口はおよそ14万人。他の地方都市と同様、ここでも高齢化と人口流出が続いている。そんな今治市にサッカー元日本代表監督の岡田武史がやってきて、四国リーグ所属だったサッカークラブの代表となったのは、2014年11月のことであった。それから7年が経過し、J3リーグまで到達したFC今治。ここ2〜3年の話題の重心は、サッカーからビジネスへ、さらにはITや地域活性にシフトしているように感じられる。今回はFC今治とデロイト トーマツの共催で、しまなみアースランドにて昨年12月に開催された「moricco(もりっこ) × HADO」というイベントの模様を紹介することにしたい。
しまなみアースランドは、自然に親しみ、体験を通じて自然との共生を学ぶことを目的に造られた公園である。2011年にオープンし、15年10月にはFC今治を運営する株式会社今治.夢スポーツが指定管理を受託。FC今治がアースランドに関わるようになったのは、岡田会長自身が長年、野外教育や環境教育に強い関心を寄せていたことが大きかったとされる。そのアースランドで、定期的に開催される野外教育イベントがmoriccoである。
一方のHADOは、AR(拡張現実)技術を導入した体感型のゲーム。ヘッドマウントディスプレイとアームセンサーを装着し、エナジーボールを放ったりシールドで防御したりしながら勝敗を競う。FC今治の岡田会長は、この技術を開発した株式会社meleapのオフィスにてHADOを初めて体験。すぐにスポーツとしての可能性を直感して「これだったら、今治でもやる価値はある」と即断した。
これが2021年1月の話。meleapと岡田会長を引き合わせたのは、FC今治のソーシャルインパクトパートナー、デロイト トーマツ グループ(以下、デロイト トーマツ)である。次の段階として、デロイト トーマツが目指したのが、今治でのHADOの展開。ただし、彼らが今回フォーカスしたのは、スタジアムではなくアースランドであった。その理由について、デロイト トーマツ ファイナンシャルアドバイザリー合同会社シニアヴァイスプレジデント、里崎慎は語る。
「なぜ今治で、それもアースランドでHADOをやるのか? moriccoと掛け合わせることでの『自然と技術との融合』をイメージされるかもしれませんが、そこだけを目指しているわけではありません。現在、FC今治は『地域と人々をつなぎ、人々の感性を呼び起こす』というコンセプトで、里山スタジアムを建設中です。このコンセプトが、われわれが目指す『ウェルビーイング』に合致したことが、実は大きかったですね」
moriccoとHADOを一度に楽しむ
今回の「moricco × HADO」に関して、FC今治でデロイト トーマツと向き合ってきたのが、パートナー執行役員の氏家 翔太である。アースランドの執行役員でもあり、サッカーとはまったく関係ない教育産業の出身。2019年に入社した時からデロイト トーマツを担当しており、両社が掲げるサッカーに留まらない持続可能な社会の構築に向けた取り組みに、より焦点をあてたアクティベーションに力を注いでいる。
「デロイト トーマツさんとは、従来のサッカークラブとスポンサーの関係性ではなく、同じ理想を実現させるためにタッグを組む相手という認識です。直近における共同作業のひとつが、2020年12月に作った環境教育冊子『わたし、地球』。今治市内の小学4年生に配っているんですが、われわれにとっては地域貢献ができますし、デロイト トーマツのSDGs活動の文脈にもつながります」
アースランドという施設について、氏家は「われわれの強みです」と胸を張る。Jリーグには58クラブが所属しているが、自然学習ができる施設を管理しているのはFC今治だけ。このクラブを単なる「サッカーチーム」だと思うと、思いきり見誤ることになる。
そうしたFC今治の強みや独自性に、デロイト トーマツが着目して昨年12月4日に開催されたのが「moricco × HADO」。会場のアースランドには、朝から20組ほどの親子が集まっていた。午前と午後のグループに分かれて、まずは1時間半ほど野外でmoriccoを体験。それから屋内スペースで、今度はHADOを楽しむという流れである。
まずはmoriccoから。参加していた子供たちは、日常では味わえない体験に夢中になっていた。一心不乱に木登りしたり、火起こしの様子を驚きの眼差しで観察したり、まさに新鮮な体験の連続。「今の子供たちはマッチを擦った経験もないでしょうから、特に火起こしには興味を抱きますね」と、インストラクターの女性が語っていたのが印象的だった。
その後のHADOについては、さすがにデジタルネイティブの世代だけあって、子供たちの食いつきも非常によい。それ以上に盛り上がっていたのが、子供たちのお母さんたち。何度も行列に並んで、エナジーボールを放っては一喜一憂するお母さんもいた。それぞれの家庭に戻っても、きっとHADOの話題でもちきりだったことだろう。
FC今治とデロイト トーマツによる次の展開は?
今回の取材では、moriccoとHADOを経験した数組の親子に話を聞いている。子供たちに「moriccoとHADO、どちらが面白かった?」と質問したところ、ほぼ半々という結果。一方、保護者には「FC今治がアースランドの運営をしていることをご存じですか?」と尋ねてみると、こちらも半数近くが認識していた。
余談ながら、この日のイベント会場では岡田会長の姿を見ることがなかった。「いつまでも『岡田さん、岡田さん』では、ダメだと思うんです」と語るのは、執行役員の氏家。こういう頼もしい人材が、どんどん前に出てきているのが、最近のFC今治の傾向である。
とはいえ、今回の「moricco × HADO」が、岡田会長の発案から生まれたのも事実。ここで得られた知見は、今後どのような展開を見せるのだろうか? デロイト トーマツ コンサルティング合同会社のディレクター、原裕之は「環境教育と最新のデジタルを掛け合わせた時、どのような化学反応が起き得るのかを確認するために、今回のイベントを開催しました」とした上で、こう続けた。
「今回、岡田さんが予想以上の反応をしてくださり、氏家さんたちのご協力のもとイベントの実現に至りました。結果として、お子さんと同じく、もしくはそれ以上にHADOに夢中になるお母さんたちもいらっしゃいました。これをお年寄りにも広げることで、地域の健康増進につなげていくことも可能になると思います。健康や教育や環境といった地域課題に対して、デジタルやAR技術を加味してとらえた時、われわれが目指すウェルビーイングとも親和性も高いのではないかと考えています」
今回の試みは、単に「今治でHADOを行った」だけにとどまらない。まず、FC今治が続けてきた野外教育や環境教育に寄せたことで、新たなタッチポイントが生まれた。そして「地域と人々をつなぎ、人々の感性を呼び起こす」という、里山スタジアムのコンセプトに即したイベントを開催したことについても、十分に意義が感じられた。
ちなみに、参加者へのアンケートには「里山スタジアムに期待すること」という設問があり、「大人がくつろぎながら子供たちがのびのび遊べるように」とか「サッカーの試合以外でも人が集まる場所であってほしい」といった意見も寄せられた。里山スタジアムの完成予定は2023年。そこに向けて、FC今治とデロイト トーマツによるコラボレーションは、どのような展開を見せるのだろうか?
次の進展があれば、また稿を改めてレポートすることにしたい。
<この稿、了。文中敬称略>
【執筆者プロフィール】
宇都宮 徹壱氏
写真家・ノンフィクションライター。1966年生まれ。東京出身。東京藝術大学大学院美術研究科修了後、TV制作会社勤務を経て、1997年に「写真家宣言」。以後、国内外で「文化としてのフットボール」を追いかける取材活動を展開。2010年『フットボールの犬 欧羅巴1999‐2009』でミズノスポーツライター賞大賞、2016年『サッカーおくのほそ道 Jリーグを目指すクラブ 目指さないクラブ』でサッカー本大賞を授賞。現在、個人メディア『宇都宮徹壱WM(ウェブマガジン)』を配信中。
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PROFESSIONAL
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原 裕之
デロイト トーマツ コンサルティング合同会社 ディレクター
外資系コンサルティング会社を経て現職。CRM領域を中心にバリューチェーン全体の業務知識、End to Endのプロジェクトマネジメントスキルを有する。 近年はデジタルを起点とし業界の枠を超えた新規事業創出プロジェクトや、DX(デジタルトランスフォーメーション)、D2C(EC)案件を数多くリード。
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里崎 慎
デロイト トーマツ ファイナンシャルアドバイザリー合同会社 スポーツビジネスグループ / シニアヴァイスプレジデント
2015年4月より立ち上がったデロイトトーマツ内のスポーツビジネスグループの設立発起人。 一般社団法人日本野球機構(NPB)の業務改革支援や、公益社団法人日本プロサッカーリーグ(Jリーグ)の組織再編支援業務にプロジェクトマネージャーとして関与。公益財団法人日本サッカー協会(JFA)のガバナンス・コンプライアンス体制検討支援業務にも関与。