「FC今治があるから人生が楽しい」を目指すマーケティングデータ一元化への道のり

  • Digital Marketing
2021/12/13

「人生のなかにFC今治のポジションを作るということ。そのためにはしっかりとしたビジョンや理念などのストーリーとデジタル・テクノロジーの活用が欠かせない」―ファンエンゲージメントについて、以前FC今治(株式会社今治.夢スポーツ)岡田武史代表取締役会長が語っていた言葉だ。今回ご紹介するFC今治のマーケティングデータの一元化プロジェクトは、まさにデジタルを活用し、ファンエンゲージメントを加速するための基盤である。スポーツのファンエンゲージメントというと一見華やかに聞こえるかもしれないが、今回ご紹介するのはこの基盤を構築するまで、紆余曲折を経ながらも、信念を持ち続けて地道にあきらめない、推進メンバーの奮闘の物語だ。

愛媛県今治市をホームタウンとするサッカーJ3リーグに所属するFC今治。デロイトトーマツ グループでは、2015年からソーシャルインパクトパートナーとしてクラブを応援している。FC今治は来季J2昇格や2023年春には「里山スタジアム」の完成を目指している。

クラブがこうした新たなステージを目指す中で、チケット、ファンクラブ、グッズ販売等これまで独立していた、もしくは取得できていなかったマーケティングデータの一元化は欠かせない取り組みの一つであり、今季開幕から新システムの運用を開始していた。

「そこにいる全ての人が、心震える感動、心踊るワクワク感、心温まる絆を感じられるスタジアム」を目指す、ありがとうサービス.夢スタジアム、フットボールパークの様子。写真奥は、2023年完成予定の「里山スタジアム」建設予定地。

一元化までの紆余曲折の道のり

しかし、その道のりは平たんではなかった。チケットやグッズ販売のシステムでトラブルが相次ぎ、様々な観点から検討を行った結果、一度導入したシステムを今季限りで断念するという苦渋の経営判断に至ったという。シーズン開始から約2か月のことだった。

「(現システムを断念して)次シーズンから新たなシステムに移行するとして、その代替システムの比較検討から導入までをすべて自分たちでやりきれるのか?今回の反省から、そのあたりをルーズにしてはいけないし、要件を定義してエンジニアに伝えるのも非常に難しい作業で、『翻訳者』が必要だと感じていました。」と当時を振り返るのは、株式会社今治.夢スポーツ マーケティンググループの神尾武司氏。ここからの立て直しや、代替となるシステム導入を含めたマーケティングデータ一元化の推進リーダーである。

神尾 武司氏 | Mr. Takeshi Kano

株式会社今治.夢スポーツ マーケティンググループ

そして、その伴走者としてこのプロジェクトを支援するのが、デロイト デジタル ディレクターの森松誠二だ。デロイト デジタルは、2019年からスタートしたFC今治との観戦体験向上プロジェクトを皮切りに、コロナ禍の昨シーズンからファンとの双方向の取り組みとして継続する「FC IMABARI Fan Voice Report」の発行など、森松がリーダーとなって、ファンエンゲージメントや顧客体験(Customer Experience)の領域で共同の取り組みを推進してきた。

「これまでFC今治の皆さんがファンとの信頼関係をなによりも大事にしていることをずっと見てきたので、季初のシステムトラブルに対するアナウンスを見て心配していました。内部でも自分たちに何かできることはないか議論していました。」(森松)

5月頃からクラブとの協議が始まり、6月には来季に向けたシステム刷新に必要な要件定義と比較検討、導入までのテストやサポート含めたプロジェクト・マネジメント、将来的なマーケティングプランの戦略策定を含むプロジェクトが今治でスタート。チケット、ファンクラブ、グッズ販売等多岐にわたるマーケティング業務フローから、システム化が実現したときに一番注力したい仕事はなにか、一人ひとりに一からヒアリングを行った。例えば、グッズであれば、企画から商品の仕入れ、在庫管理、現場でのボランティアスタッフとの連携含めた販売までの一連の業務フローがある。Jリーグクラブで導入しているのはわずかだが、グッズはスタジアムで一番売上げがあることから、POSレジとの連携による販売データの活用も行いたいところだ。

「今回ヒアリングを通じて分かったのは、一人ひとりに意思も経験値もあり、現状の業務自体はしっかり回っているということ。来場されるお客さん一人一人の顔もきっとみんな浮かぶと思います。一方、里山スタジアムが完成して、将来的に1万5千人を集客することを考えると、One to Oneが同じようにはできなくなる。単純に人を倍にするという話でもないし、そのためにはシステムで効率化して、本来皆さんが一番時間を使いたいところに注力できるようにしなければならない。今の段階でデジタルの土台を固めるのはタイミングとしては必然だったと思います。」(森松)

こうして、各メンバーの実現したいこと、今後の拡張性、コスト、納期等様々な観点からシステムの比較検討を行った結果、Jリーグの共通システムである「JリーグID」の導入が決定する。9月末にはシステム刷新をアナウンスし、来季からの本格運用を視野に11月7日の福島ユナイテッドFC戦では運用テストを行った。JリーグIDの登録については、登録方法をまとめた動画の公開やホームゲームでサポートブースを設けるなど、丁寧にコミュニケーションをとりながら、現地でのきめ細かなサポートにも注力している。

森松 誠二 | Seiji Morimatsu

デロイト トーマツ コンサルティング合同会社
Deloitte Digital ディレクター、カスタマー・エクスペリエンス・デザイナー

データ活用の鍵は「いかに意思を持って、徹底的に活用するか」

今季の取り組みから、マーケティングデータの一元化やその活用について得られた示唆もある。
「今季は、断片的ではあるものの、データを収集し一つに集約する途中まではできていたので、そこに手ごたえは感じていました。データが無ければ良いマーケティング活動はできない。今季チーム内では、誰でも欲しいデータがすぐに取得できることがいかに大事か、共通認識になりました。」(神尾氏)

例えば、これまではチケットの購買情報しかわからなかったが、今季は実際にスタジアムに来場してくれたかどうかまでわかるようになった。来場者のうち約7割がリピーターであることがわかり、チケットを購入したものの来場していない人を特定し、来場を促進するコミュニケーション施策を展開することができた。

2021シーズンホーム最終戦の様子

JリーグID自体は、全Jリーグクラブが活用することができる共通の会員IDサービスだ。「大事なのは意思をもって、どれだけ活用しているか?そこに差が出てくるのではないか。」と森松は分析する。JリーグIDの基盤をもとに、FC今治では来季に向けて、ファンクラブ、チケット、グッズ、メルマガを含めた統合的なマーケティングデータの一元化と新たな企画が進んでいる。

例えば、ファンクラブの設計では、JリーグID登録のハードルを解消するために、「グループ会員」を新たに設けた。「ファンクラブであれば、家族や仲間みんなで応援に来てくれる。中には、IDを登録するのにスマホを持っていない、もしくは携帯やメールアドレスが無いというお年寄りや小さなお子様もいらっしゃいます。でも、娘さん夫婦やご両親にはスマホがある。いろいろ機能を探した結果、グループ申込の機能があることがわかったので、代表者1名のメールアドレスを使ってJリーグIDを登録すれば、ファンクラブに申し込む際には、メールアドレスを持たない3人までがグループ会員として登録することができます。」こう語ってくれたのは、株式会社今治.夢スポーツ マーケティンググループでファンクラブやチケットを担当する菊地さやか氏だ。菊地氏は、ファンクラブ会員証とシーズンチケット、さらには電子マネー機能を付与してグッズも購入できるカードを企画・設計した。「カード1枚で、ファンクラブの会員証、シーズンパスとしてスタジアムのゲートも通れる、グッズも買えるようになります。今年(JリーグID登録の)ハードルを何とか一緒に越えてもらえたら、来年はそのカードがあれば大丈夫。カードは、お年寄りからお子さんまでグループ会員の方にも全員分発行します。」と家族にはうれしいサービスだ。

グッズ販売については、これまでも一部のグッズをJリーグオンラインストアで扱っていたが、今後は全てのグッズをJリーグオンラインストアで販売し、完全移行する。Jリーグの他クラブのファンにも見てもらえるという露出拡大の機会を捉えて、アイデアを練るのは、株式会社今治.夢スポーツ マーケティンググループでグッズを担当する池村麻美氏だ。「サッカーのグッズだけではなく、愛媛県や今治市の特産品をFC今治のECサイトを通じて知ってもらいたいと考えています。」Jリーグのオンラインストアを見たら、FC今治だけみかんジュースや地元の特産品も並んでいる、サッカーグッズでなくても、今治.夢スポーツのしまなみ野外学校が企画・制作したサステナブルなグッズが売っている・・そんな光景を見られる日がくるのも遠くないかもしれない。

FC今治 2021オフィシャルグッズ

ファン向けだけではなく、パートナー企業向けの招待チケットにもこのJリーグIDを活用する。これまでパートナーメリットとして、試合ごとに活用できる招待チケットの枚数が決められていたが、来季から年間を通じたポイント制に移行することで、様々なパートナー企業のニーズに応えることができる。

導入を推進する株式会社今治.夢スポーツ パートナーシップグループの迫田和佳子氏は、「FC今治のパートナーは、地元愛媛や今治の企業はもとより、首都圏や関西エリアの企業含め多岐にわたります。観戦のニーズも、従業員をできるたけたくさん連れて一緒に観戦したい、普段とは違う席で観戦してみたい、遠方のためピンポイントで活用したい等様々ですが、ポイント制にすることで各々のニーズに合わせ、好きな時に、好きな分だけ、好きな席で観戦して頂くことができるようになります。」とその期待効果を語る。運用開始にあたっては、パートナー企業向けの説明会も企画準備が進んでいる。

また、今回のシステム選定の重要な指標の一つが、株式会社今治.夢スポーツは、FC今治の運営を含むサッカー事業以外に教育事業、健康事業も展開するため、将来的に拡張性のある基盤になりうるかどうかだ。JリーグIDの基盤システムは拡張性があるため、その点にも期待しているという。

マーケティングデータ一元化で目指すのは、「FC今治があるから人生が楽しい」

「将来的には、街全体でJリーグIDを活用できたら良いと思います。例えば、JリーグIDを登録して、FC今治のサッカーを応援してくれた人が、何かのきっかけがあれば(株式会社今治.夢スポーツが指定管理を行う)しまなみアースランドで開催する野外イベントにも参加してくれるかもしれないし、その逆もありうる。データからお客さんの顔がもっと見えるようになれば、こうしたきっかけづくりにもっと取り組めるようになると思います。」(神尾氏)

今回の取り組みを含め、FC今治のファンエンゲージメントを伴走してきた森松は、「FC今治の皆さんは、一人ひとりが強い信念を持っている。現状に留まることなく、主体的に次を考えるから、必然的に要求は高くなる。今は将来を見据えたデジタル基盤を固めるというスタートラインに立ったところ。この土台をもとに、ファンエンゲージメントやパーソナライズを加速していくのを今後も一緒に創っていきたいと思います。」と語る。

最後に、今回のプロジェクトを推進したFC今治のメンバーに、マーケティング一元化の意義や、デジタル・テクノロジーの先に見据える将来展望を聞いた。

「デジタルやテクノロジーの先に、“みんなにやさしいスタジアム”であってほしいと思います。将来的には顔認証だけで買い物もできる、スタジアムも入れるようになれば、お年寄りの方にも苦労をおかけしないと思う。クラブを応援することで元気になってくれる方も多いのに、メールアドレスやスマホが無いことであきらめるのはもったいない。」(菊地氏)

「FC今治を通じて、愛媛県や今治の特産品を知ってもらいたいし、今治の街中でもグッズを通じてもっとFC今治を盛り上げていきたいと思います。」(池村氏)

「みんな地域を元気にしたいという思いが原点にある。岡田会長自身も応援してくれる人がいなかったら自分たちの立ち位置はないと思ったように、スポーツには人を動かす力があると思います。売上高だけでみたら小さな会社だが、これだけ発信できるのはスポーツクラブならでは。海外の方にも『サッカーといえば、今治だよね』といって今治にきてもらえたらうれしい。
ファンの皆さんがJリーグIDをたくさん使ってくれて、ファンクラブに入っているから人生が楽しいと思ってくれたら、それが今回のマーケティングデータの一元化の価値だと思っています。」(神尾氏)

クラブが新たなステージに進むためのマーケティング基盤は整った。FC今治のメンバー一人ひとりの信念と地道な努力が来季には大きなインパクトとなって開花することを願ってやまない。

(上段左から)株式会社今治.夢スポーツ 中島啓太氏、神尾武司氏、Deloitte Digital 森松誠二
(下段左から)株式会社今治.夢スポーツ 毛利拓史氏、菊地さやか氏、池村麻美氏

  • JリーグID:Jリーグが運営する会員管理ID。多くのJリーグクラブで実績を持つ

PROFESSIONAL

  • 森松 誠二

    デロイト トーマツ コンサルティング合同会社 ディレクター、カスタマー・エクスペリエンス・デザイナー

    製造・流通・小売、エンターテイメント、保険、エネルギー、ライフサイエンス業界に対してCRMを中心に20年以上のコンサルティング経験を有する。戦略策定から顧客体験や業務設計、IT導入・運用及びチェンジマネジメントの全工程における豊富なプロジェクト経験を元に、現在は顧客体験(カスタマー・エクスペリエンス:CX)の向上のためのコンサルティングに注力し、特にスポーツビジネス、MaaSおよびヘルスマネジメント領域における顧客体験の設計を担当する。

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