データ循環型ヘルスケアの未来について〜デロイト デジタル×セールスフォース・ドットコム×武田薬品工業による座談〜
- Capabilities
- Digital Business Modeling
ヘルスケアを取り巻く環境の変化
増井:昨今、デジタルテクノロジーが医療の現場に大きな影響を与えるようになりました。製薬会社がデバイスメーカーやIT企業といった異業種とコラボレーションするのも珍しくありません。製薬会社のポートフォリオやビジネスモデルも変化し、医療業界全体も大きく変わってきているように感じています。もちろん、新型コロナウイルスの感染拡大という外的環境が、そういった変化を加速させている可能性も否定できません。そこで、まずはデジタル技術の進歩やそれがヘルスケアに与えた影響などについて、どういった実感をお持ちかお聞かせいただけますか。
西上:私が働き始めた2000年頃は、パソコンを複数人で共有しているため、情報の検索すらままならない状況でした。それが、今ではパソコンやスマホなどの端末が普及し、誰もが世界中の情報を簡単に手に入れられるようになった。分からないことがあれば検索サイトで検索し、すぐにその答えを知ることができる。いつでも簡単に欲しい情報にアクセスできる、これが現在の状況です。
ヘルスケアの領域に関しても、似たような状況になる可能性があります。つまり、健康診断や人間ドックはもちろん、ウェアラブル端末などから収集・可視化した身体情報もプラットフォームに蓄積され、その情報を組み合わせたり比較したりすることで自分の身体の実態が手に取るように分かる時代の到来です。
ヘルスケア領域でデータやデジタルの活用が進めば、これまで見つけることができなかった病気なども見つけられるようになるかもしれません。そうすれば、精神的・肉体的に健やかな状態を目指す社会が実現しやすくなる。そんな未来は、もうすぐそこまで来ています。
佐藤:新型コロナウイルス感染症の拡大により、患者中心のヘルスケアに関するDXが加速していると感じています。新型コロナウイルス感染症の拡大によって人々の経済環境や心身の健康状態なども大きく変わってきており、ヘルスケアへの期待や重要性が高まっているからでしょう。その一方で、ソーシャルディスタンスや非接触といった制約も出てきている。ヘルスケアの生産性や利便性といった課題が改めて浮き彫りになっています。
そうした中、「オンライン診療」が注目されています。オンライン診療は、時間と場所の制約をなくすだけでなく、医療従事者がデジタルで連携することで、患者さんにとって医療サービスの質が向上します。こういった状況下で、プラットフォームを介して製薬会社や薬局、医療機関などが繋がり始めるという動きも出てきています。
デジタルデータを扱うようになれば、自ずとデータが蓄積されていきます。このデータをうまく使えば、ヘルスケアの提供者側から患者さんに対して能動的に最適なサービスを提案できるようになる。それによって、受動的なヘルスケアが能動的・積極的なものに変わってくる可能性もありますね。
先日協力させていただいた武田薬品工業様の次世代ヘルスケアシステム構想「CareForOneのパイロットプロジェクト」は、その好例と言えるでしょう。患者さんは、自宅にいながらリラックスして診察を受けることができるし、薬局にいかなくてもいい。保険もデジタルで繋がっていく。まさに「患者中心」の医療です。このような取り組みが進んでいけば、患者中心のDXがさらに実現していくはずです。
次世代ヘルスケアシステム構想「CareForOne」の概要
2020年5月29日、「地域医療の充実のための次世代ヘルスケア社会システムを神奈川県とともに構築へ」と題するプレスリリースが武田薬品工業から公開された。中枢神経系疾患の治療でのデジタル技術の活用を通してデータプラットフォームの構築を目指す臨床研究で、オンライン診療・服薬指導を通じてパーキンソン病患者とその家族をサポートするとともに、Apple Watch*と専用アプリケーションを用いた症状(振戦、ジスキネジア等)のモニタリングを実施している。
- Apple Watchは、Apple Inc.の商標です。
小野寺:「CareForOne」のコンセプトのもと今回実施されたプロジェクトは、2019年9月に神奈川県と弊社が締結した「地域医療の充実及び医療費適正化の推進等に係る連携・協力に関する協定」におけるパイロットプロジェクトです。神奈川県が考える「誰でも等しく良質かつ適切な保健医療サービスを受けられる事業」および武田がコミットしている「常に患者さんを中心に考え、医療上の課題解決への挑戦」の融合により、当事業を進めることとしました。持続可能性のある医療提供体制の構築をサポートすることは、製薬企業が果たすべき責務の一つであると考えています。デジタル技術等を活用し、医療関係者および患者さんにとって最適な医療環境を創出し、最終的には質が高く、かつ切れ目のない医療サービスを提供することにより患者さんのQOL向上を目指しています。
プロジェクトの現状ですが、2020年7月に臨床研究を開始し、2020年末までに30名の患者さんのご協力を得ることができました。臨床研究は順調に進んでおり、結果は、秋頃には発表できるかと思います。他の疾患への展開や他自治体での展開などはまだ決まっていませんが、リリースを出したことで多くの医療従事者の方々からお問い合わせをいただいています。今まで取れなかったデータが取れることで症状が可視化できたり、通院負担の軽減等、期待感は非常に高まっていると感じています。
佐藤:セールスフォースにとっては、本プロジェクトが「Health Cloud」の国内第一号の事例でしたが、Health Cloudのビジョンはまさに「患者中心」であり、我々のコンセプトにもピッタリとはまっていました。そのため、本プロジェクトに参画させていただき、本当にありがたいと思いました。
Health Cloudについて
Health Cloudは、患者を中心として医療従事者、関連する製薬企業などのつながりや連携を強化するためのプラットフォーム。患者の情報をうまく共有しながら、患者さんに行き届いたサービスを提供することができるようになるソリューションである。たとえば製薬企業様が使われる場合、患者さんに医薬品をより効果的に使ってもらうために活用できる。
竹野:今回のパイロットプロジェクトでは、デロイト デジタルがHealth Cloudをはじめとしたセールスフォース・ドットコムのソリューションを使ってプラットフォームを構築しています。今回の構築期間は約3ヶ月という期間でしたが、Salesforceプロダクトはポテンシャルが高く、機能や使い勝手に十分な時間を割くことができました。ただ、Health Cloudの良さである分析ツールを使った活用など、Health Cloudを最大限に生かし切れていない部分があるのも確かです。これは今後の課題でもあります。
増井:このプロジェクトには、スタートアップから大企業までさまざまな企業が参画していますね。病院や薬局など、さまざまなステークホルダーもいますが、これだけ多くの方々が協力してくれた成功要因はどこにあるのでしょうか?
小野寺:「患者さんのため」という価値観とプロジェクトが描くこれからのあるべき医療の姿を共有できたことが大きいと思います。異業種の方々によるコラボレーションではありますが、みなさん「患者中心の医療」への共感が強く、新たな時代の新たなサービスの在り方を自分たちが先陣を切って共に創るというビジョンをさまざまなステークホルダーの方々と共有できたことで、臨床研究を開始することができました。
今後の展開
増井:今回のパイロットプロジェクトには広がりを感じます。たとえば、機能を追加したり、他の自治体や患者さんへの広がりを推し進めたりすることも可能でしょう。またパーキンソン病以外の疾患でも似たようなソリューションが活用できる可能性もあります。そういった展開は予定されていますか?
小野寺:他の疾患への展開や他自治体での展開などはまだ決まっていませんが、ニーズや可能性は大きいと思っています。今回の臨床研究から得られたデータまたはプロセスにより医療環境醸成に貢献できるのであれば、患者さんがより簡便かつ利便性の高い医療を享受できるよう新たな検討を実施したいと考えています。今回のプロジェクトでは多くの方々にご協力頂いているので、まずは今回得られた知見をまとめ、分析し、次に生かせるかたちにしていきたいですね。
患者中心のヘルスケアを目指す
増井:今回のパイロットプロジェクトで実現したように、さまざまなプレイヤーが参画するヘルスケア業界で、どうやって「患者中心」のエコシステムを構成し、患者さんのお困りごとを解決していくのかを考えて行く必要があると実感しています。その中で、さまざまなソリューションやサービスをつなぐためにSalesforceのようなプラットフォームが必要になるでしょう。ビジネスの観点では、デロイトネットワーク(以下、デロイト)が間をつないでいくかもしれません。そういった環境では、価値発揮の仕方なども変わっていくかもしれません。
一方で、患者さんのデータをどう扱っていくのかという議論もあります。患者さんや利用者のプライバシーを守ることに加えて、得られるベネフィットについても議論する必要があるような印象を受けています。
佐藤:ヘルスケア業界の議論は、「規制」に関することが大きな論点になっていますが、金融業界でも似たような状況がありました。「規制」があるため、これまで新しいサービスや参入が難しい業界だと言われていました。しかし、最近では「FinTech」が登場し、「顧客にとって何が便利か」という観点に立ったさまざまなサービスやソリューションが登場、規制自体も変わってきています。金融業界の事例を参考にすると、ヘルスケア業界でも患者情報をどこまで共有できるのかといった規制が変わり、患者にとって何が良いのかという観点でさまざまなサービスやソリューションが登場していく可能性があるのではないかと期待しています。
増井:現在、患者情報はさまざまな所に格納され分散されています。サイロ化された状況といってもいい。金融業界ではFinTechの登場で、銀行口座のオンライン化が進み、個人が持つ端末から家計簿アプリを介して口座情報を確認できるようになりました。これはAPIでさまざまなデータをつなげて新しい価値を提供している一例です。ヘルスケア業界でも同様に、サイロ化された情報をAPIなどで繋ぎ、集約・分析することで患者にとってメリットが高いサービスも提供できるようになるはず。そのような世界ではプラットフォームの重要性が増してくると感じています。
佐藤:最近では「システム」に強い危機感を持っている医療現場の方が増えていると感じています。患者中心に持って行くための武器として、Health Cloudを活用してほしい。患者さんの情報を連携するための仕組みとして、セールスフォース・ドットコムがご支援できることも多いと思います。ヘルスケア業界の力になれるよう、本プロジェクトのような活動は継続的にやっていきたいですね。
竹野:デロイトは、テクノロジー領域でもさまざまな業界とのコラボレーションをしており、そこでナレッジを貯めています。業界・業務のエキスパートのみならず、テクノロジーのエキスパートも在籍しており、所謂コンサルティングだけでなく、システム開発・保守までやり切る組織になっています。今回のパイロットプロジェクトのように「やる意義」があり「ソリューション」があり、デロイトは「動かすところ」を担う。やりたいことを実現する準備ができている状態だと思っています。
分散された要素をつなぎ合わせてプラットフォームに集約していく。そんなシステム系の中で、私たちがEnd to Endでご支援できるということが、ヘルスケア業界のDXに大きなメリットになるかもしれません。
佐藤:お客様から見たときに、さまざまなサービスやソリューションを組み合わせることで価値が高まる場合があります。デロイトのような業界の知見がある方々のサポートは、とても心強い。お客様の業界のDXをどう進めていけばいいのかという大きなデザインがある中で、デロイトとのパートナーシップによりさまざまなプロジェクトがお客さんの納得感を持って進めることができていると感じています。
小野寺:業界や企業の特殊性やシステムの目的を理解しきちんと形に落とし込んでくれるのが、デロイト デジタルの強みだと今回のプロジェクトを通じて実感しました。ITの観点だけではなく、業界全体を理解しているからこそ、どうすればユーザーが使いやすいか、発展性のあるシステムになるのかを一緒に考え、サポートいただけるのは本当にありがたいです。
増井:今回のパイロットプロジェクトだけでなく、今後もヘルスケア業界のDXにデロイトとしてもコミットしていこうと考えております。本日はありがとうございました。
PROFESSIONAL
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デロイト トーマツ コンサルティング合同会社 ライフサイエンス&ヘルスケア パートナー
民間シンクタンクを経て現職。製薬、医療機器メーカーを中心に、マネジメント変革、グローバル組織設計、海外進出支援等のプロジェクトを手掛ける。最近はデジタル戦略・組織構築などDX関連の案件を多数支援。主な著書:「ファイナンス組織の新戦略」(共著)...さらに見る