野生動物の一瞬をとらえる―動物写真家×クリエイティブディレクター 「伝える」ことの本質とは
- Digital Business Modeling
動物写真家としてアフリカ・亜南極を中心に世界各国で野生動物を撮影する篠田 岬輝氏。デロイトの卒業生という異色の経歴を持つ篠田氏と、デロイト デジタルでクリエイティブディレクターを務める余 若帆(Rovan Ju Fan Yu:以下 余)が、動物写真とクリエイティブという各々の専門分野から<伝えること>の本質やその価値について対談を行いました。モデレーターは、デロイト デジタル マーケティングリードの亀田 慶子が担当しました。
「伝える」プロフェッショナルたちの共通点
亀田:今日はありがとうございます。まずはお二人の自己紹介からお願いできますか。
篠田:現在、動物写真家として活動しています。神奈川県で生まれて学生時代を過ごし、2013年にデロイト トーマツ コンサルティングに新卒入社しました。当時は通信・メディア業界や現在のDeloitte Digital(Customer & Marketing)チームのコンサルタントとして働いていました。
動物写真家を目指したのは、小さい頃から動物と触れ合うことや動物写真・映像が大好きで、ナショナルジオグラフィックやBBCをよく観ていたことがきっかけでした。
会社に入るまで本気で動物写真を撮影したことはなかったのですが、当時プロジェクトの合間に数週間の長期休暇を取ることができたため、休暇を利用して野生動物を見るためにアフリカを訪れていました。
そこで、これまで自分の身近であまり感じられなかった、動物の<生と死>や<命>を身近に感じることができ、とてもカルチャーショックを受けたんです。
このときの経験から「動物の命にもっと真剣に向き合いたい」と思うようになり、動物写真にどんどんのめり込んでいきました。コンサルタントとして働きながらも、「動物写真家として独立したい」という思いが強くなり、当時の上司だった熊見 成浩さん(現在Deloitte Digital Deputy Leader)に背中を押され、2016年に退職、動物写真家として本格的な活動をスタートしました。
フリーの動物写真家になった当初は、ギャラリーや出版社に自分のポートフォリオを持って回りました。そうしているうちに海外の写真賞を受賞して、ギャラリーで個人の写真展を開催する機会にも恵まれています。現在では、動物写真家として雑誌や書籍などにも作品を採用してもらっています。
亀田:動物写真家として独立しようと決めたきっかけになる1枚はありますか。
篠田:ケニアで撮った「ベナ」という雄ライオンを撮影した写真です。僕はこのライオンの群れを6~7年追いかけているのですが、朝早く、子どもや雌ライオンがいないと、岩の上に登って遠吠えをするんですよ。ずっと追いかけているからこそ、押さえられた瞬間だと思います。
これは朝日の中で撮影した作品ですが、通常は太陽が下から昇ってくるので下が赤く、上が青くなるところ、陽が昇る前に雲が薄くかかっていたので、雲が赤い太陽を反射して逆になっているんですね。
この作品が「Nature's Best Photography」(米国 Smithsonian Museum協賛)を受賞し、写真家として認知されるようになりました。
余:私は台湾出身で、父親の仕事の関係で小さい頃からいろいろな国で生活していました。インターナショナルスクールに通い、まだアイデンティティが確立されていない時期に英語やフランス語などいくつもの言語を学んだ結果、一つの言語で文章を綴ることが難しいという悩みを抱えていました。ある時「アートなら言語・文化・国籍を超えられる」と気がつき、アートスクールで学ぶことにしました。
私は写真や映像も好きですし、絵も描きます。アートという領域で活動する上で、何か一つではなく、アート全般を仕事に活かすことができないかと考えていた時に、「広告」に着目したんです。広告であれば、これまで蓄積した写真や映像、絵など全ての知見や技術を活かすことができます。グローバルに展開する大手広告代理店に就職し、日本や中国の広告代理店で経験を重ねるなか、もっと自分の領域を広げたいと考えていた時に、デロイト デジタルから声をかけられたんです。
当時のコンサルティング業界は、クリエイティブのサービスが立ち上がり始めたばかりという状況でした。自由度が高く、さまざまなクリエイティブを必要としていたんです。現在は篠田さんの上司だった熊見さんのチームに所属しているので、そういった意味でも篠田さんとのご縁を感じますね。
篠田:熊見さんにはいろいろと教えてもらいました。熊見さんがすごいところは、「プロフェッショナルとして期待以上のパフォーマンスをきっちりと出す」ことの徹底でした。だからこそお客様に覚えてもらうということも大事な信条と教わり、そのために内容はもとより、発言や外見にも気を配る必要があり、非常に納得したことを今でも覚えています。私も、今日はマサイ族からもらった民族衣装を着てきました。こういった格好ができるようになったのも、熊見さんのおかげですね(笑)
野生動物の<命>の一瞬をとらえる
亀田:アフリカや海外では実際にどのように制作活動をされているのでしょうか。
篠田:例えば、ライオンは同じ群れを追っています。ライオンの群は、概ね10〜20km四方ほどの縄張りがあるのですが、どこにいるのかはわかりません。そのため前日の群の動きや狩りの跡から居場所を予測したり、朝遠吠えが聞こえる方向でだいたいの位置を把握したりしています。
撮影したい動物によっては、時期も重要になります。ヌーを撮影するなら7月から8月。この時期に100万頭のヌーがタンザニアからケニアにかけて大移動するんです。フォークランドでペンギンの撮影をしようとすると11月〜3月になります。この時期を外すとペンギンは海で生活してしまうためうまく撮影ができないんです。
赤ちゃんが生まれる季節や群れの代替わりが起きる時期もあるので、そういうタイミングを狙いながらスケジュールを立てています。予約については1〜2年前には入れていますね。
テーマを決めて撮影に行っても、目の前に広がる風景は想像とは全く違います。事前の準備を重ねても、狙っている動物が全く見つからないということもあります。たとえば、今年8月にジャッカルの赤ちゃんを撮りたくてケニアに行っていたのですが、3週間探しても全く見つかりませんでした。その間は、別の動物を撮ることもあります。
そういった意味では、たとえ「100点の1枚」が撮れなかったとしても、状況見極めて臨機応変に対応し、プロとしてその時のベストな結果を出すことが大事だと感じています。
余:動物写真は、綿密な長期プランとシャッターチャンスは一瞬という極端な組み合わせに加え、その時の「運」も重要な要素だと思いました。
篠田:狙っている動物を撮影するために<可能性を上げるコツ>はあると思っています。例えば、僕がアフリカにいない間は、現地のパートナーに依頼して狙っている動物をトラッキングしてもらい、常に最新状態を把握しています。また、国立保護区の保護官やマサイ族の人たちからも情報がもらえるようにしています。
余:私たちがプロジェクトワークでグローバルチームを組むのと似ていますね。マーケティングでは、データトラッキングや世界中のマーケットトレンドをモニタリングする、他社のケーススタディを見る、競合のリサーチを行うなど、たくさんのチャネルから情報収集し、成功の可能性を上げています。チームの信頼と情報が重要というのは同じですね。
でも実際にマーケティングをしていると、どれだけ緻密なプランを立てていても、その瞬間、瞬間に頼る部分もあります。これもマーケティングの醍醐味だと思っています。
亀田:撮影時の印象的なエピソードはありますか?
篠田:今は「ジャッカル」をテーマに撮影をしているのですが、ジャッカルは現地では全く人気がない動物なんです。主に死肉食ですし、家畜を狩る「害獣」として扱われているということもあるでしょう。しかしジャッカルは、ハイエナ同様、ライオンなどの肉食動物が食べ残した肉を食べて分解するエコシステムの一翼を担っている重要な動物です。
普段は死肉を食べるジャッカルが、狩りをすることがあります。僕が出会ったのは、ヌーが赤ちゃんを産み落としたとき。その子はまだ体が弱く、うまく立てなかったため、ジャッカルが標的にしたんです。ヌーの母親は、猛然とジャッカルに立ち向かい、彼らを追い払おうとします。そのあと数十分の攻防があり、最終的にはハイエナがヌーの赤ちゃんをとっていきました。そのときに撮影した写真には、命の始まりと終わりの両方が写しだされていたこともあり、非常に印象に残っています。
野生動物を撮影していると、今日出会った動物に明日会えるとは限りません。その日の夕方見て、明日も会いに来ようと思っていた動物が、夜のうちに死んでしまう。これが日常なんです。生と死の境目の近さを実感できるのが、野生動物の撮影だと思っています。
余:私の知人に自然をテーマに撮影しているカメラマンがいますが、自然の中で撮影する際、「絶対に手を出さない」というルールがあると言っていました。篠田さんにもそういったルールはあるのでしょうか。
篠田:「手を加えない」というのはもちろんあります。それ以外では、「写真にメッセージを入れすぎない」ということも自分自身のルールにしています。
写真だけでは前後関係が分からないですし、写真の外にある風景も分からない。例えば先ほどのヌーを例に取ると、ヌーにとっては残酷な話ですが、ジャッカルやハイエナから見ると、子どもを育てて行くために必要な狩りかもしれません。どちらの視点で見るかによってメッセージは大きく変わっていきます。そのため、誤ったメッセージが伝わらないように気をつけていますね。
余:1枚の写真にメッセージを入れすぎないというのは、面白い視点です。「Editing(編集)」に近いと思いました。たとえばマーケティングやブランディングのプランニングをしていると、「これも入れたい」「あれも入れたい」というように、いろいろなことを盛り込みすぎてしまうことがあります。しかし、たくさんのメッセージを入れすぎると、本当に伝えたいことが伝わりません。
メッセージを届けたい相手は、広告やWebサイトを一瞬しか見ません。その一瞬で何を伝えるのかがとても重要なのです。
篠田さんも何百枚、何千枚という写真の中から、最も伝えたいメッセージを伝える1枚を選んでいるのですよね。
篠田:そうですね。あとは、動物写真家はある意味矛盾を抱えた存在だと思うんです。僕は動物が好きで写真を撮っていますし、写真を見てくれる人には、野生動物の姿を知ってもらったり、種として存続してほしいと感じてもらえたりしたらいいなと考えています。
しかし撮影のためには、その環境の中に入っていかなければなりません。自分が赴くことで、生態系や動物たちに何かしらの影響を与えてしまうかもしれない。あくまでも主体は彼らであり、自分は「訪問者」であることを常に自分の戒めとして持っています。
余:相手をリスペクトし、自分たちは「訪問者」であるという認識を持つという部分はとても共感できます。私たちもコンサルティングを行う際、あくまでも主体はお客様ですが、オフィスや現地に赴くことで、気づかない課題を見つけたり、真の悩みなどを感じたりする場面があります。その「場」や環境にいるからこその価値だと思います。
急成長を遂げるアフリカのリアル
亀田:プロフェッショナルとしての共通点やその「場」にいくことの価値など、興味深いお話がありました。それぞれ活躍する分野は違っても、「伝える」ために大切なことの本質は共通しているのかもしれません。
少し話題は変わりますが、アフリカで制作活動をされる中で現地の生活やデジタル事情についてはどのように感じられていますか。
篠田:現地で感じるのは、ケニアでは現金を持っている人がほとんどいないということ。モバイル決済が国民の9割以上に普及していて、SMSでお金のやり取りができるようになっています。もともと、銀行口座やクレジットカードを持っていない人がほとんどですし、現金も紙幣がボロボロなこともあります。
そういった状況の中で登場した決済サービスが一気に普及し、マサイの村にある小さな商店でもモバイル決済で支払いができるようになっています。最近では、国や金融機関もモバイル決済サービスを支援していて、少額融資や金融網を使った別のサービスへの展開なども行っていますよ。
携帯電話網も発達していて、今ではサバンナの真ん中でも4Gで接続できるようになっています。僕が撮影している間、ドライバーさんは時間があるのでYouTubeを観ながら時間を過ごしていますし、保護区の近くにある村でもTikTok等SNSを村人が楽しんでいます。そういった意味でもモバイルはかなり普及していますね。
一方、停電は日常茶飯事。携帯は使えても電気が通っていない村がいくつもあったりします。そのため、太陽光パネルをリースして収益を得るサービスもあります。必要な部分から部分最適で進めるというある種の「ちぐはぐ」感がとても印象的ですね。
余:古いものを新しいものに変えるためには多くのコストがかかりますからね。中国でも、有線の電話がなかったため、携帯電話網が一気に発達していました。
亀田:そのような中で、海外企業や日本企業の存在感についてはどのように感じられますか。
篠田:インフラも徐々に整備されていますが、中国をはじめとする海外企業の投資が大きく、数年前まではケニアのナイロビから国立公園まで砂利道だったのが、舗装されて2/3の時間で移動できるようになりました。ただ、舗装した後整備はしないので大きな穴が空いていたりしていることも。そういった「ちぐはぐ」感もアフリカっぽい感じがしています。
アフリカは短期的かつ直接的なメリットを求めているように感じます。日本企業はどちらかというと、長期視点になってノウハウを提供しようとしていますが、こうした短期的なニーズを充足させながらも、現地の人をどう巻き込んでいくのかという視点を持つ必要があるのかもしれません。インフラやデジタルの投資が活発になっていますが、その中で一緒にどのような価値を生み出せるのか、彼らに対して何を提供できるのかという目線が必要なのでしょう。
野生動物や自然を自分ゴトにするきっかけに
亀田:生物多様性や動物保護の観点からは、どのようなことが大切でしょうか。
篠田:「SDGs」がバズワードになっていますが、少し気をつけないといけない部分もあると思っています。例えば、野生動物という観点ではキリンが増えている一方で、ヌーやシマウマは減っていると言われています。単純にある動物を保護したから減った・増えたという話もあれば、動物同士のエコシステムの中での増減もある。さらに洪水や干ばつといった自然災害の影響も受けています。
こうした直接的な因果関係だけでは図ることができない側面があるため、単純にある動物を保護すればいいという問題ではなく、正解もありません。リアルな状況を見極め、絶妙なバランスの中で、「今、何ができるのか」を判断して行く必要があると感じています。
日本にいると、自然が遠いと感じることがあります。しかし僕たちが日本で普通に生活しているだけでも、自然に影響を与えてしまっていることがあるんです。
例えば、希少鉱物を採掘するために森を切り崩したり、シャンプーや洗剤に使われているパーム油を取るために大規模なプランテーションを作ったりしていますが、その結果多くの動物が住処を奪われ、なかには危急種や絶滅危惧種になっている動物もいます。
でも、いくら動物や自然に関心を持ちましょうといっても、他人ゴトだとしたら関心を持ちづらいと思うんです。
動物写真を撮っていると、次第にその動物との関係性ができて親近感が沸き、まるで友人と接しているような気持ちになります。自分の写真を介して、動物や自然を自分ゴトとして関心を持ち、自身の行動が何か影響を与えていることに気づくきっかけになってもらえたらうれしいですね。
余:日本企業は長期的なビジョンや周りとのバランスを見ながら、観察、検証、実行していくことができるところが強みだと感じています。そういった強みを生物多様性や動物の保護などに上手く活かせるのではないかと感じました。
篠田:昨年、ケニア政府が国内の全野生動物の統計調査を始めました。今までNGOが特定の動物を対象に調査することはあったのですが、実態の全容が見えなかったことから保護しきれない、打ち手が見つからないことがありました。
野生動物や自然環境の保護は欧米のホットトピックになっていることもありますが、日本もこうした枠組みを活用し、さらに発展したアクションをしていけるといいですね。
デジタルを活用し、新しいリアルな体験に還流する
亀田:最後に、お二人が今後取り組んでみたいことや活動予定をお聞かせいただけますか。
篠田:デジタル・テクノロジーと動物写真は密接に関わっています。以前はフィルムで撮っていたため、動きが速い動物は撮れない、夜は撮れないという問題がありました。センサーやレンズ、カメラの小型化などによってこれまで撮れなかった写真が撮れるようになっていて、より克明に、リアルに近い形で動物の姿を映し出せるようになっています。
サバンナのど真ん中にVRを置いてみられるようにするといった試みもありますが、僕はデジタル全盛期だからこそ、デジタルを活用してリアルにアウトプットすることにチャレンジしていきたいと思っています。
実際に、デジタル写真だからこそ表現できる手法として「パノラマ」写真を制作しています。パノラマ写真は何枚も連写した写真をデジタル合成して1枚の写真として仕上げていきます。なかには数百枚の写真を合成するケースもありますよ。
通常の写真はその瞬間を切り取りますが、パノラマ写真は1枚の写真の中に時間の変化が入っています。こういったパノラマ写真を6mや8mに引き延ばして展示していますが、写真を見た方から「その環境の中に入っている感じがする」といった感想も頂きました。
自分の写真を通じて、現地に赴いて実際に体験する、何か変えるきっかけになるような一枚が撮れたら本当に嬉しいですね。年明けには南極でペンギンを撮影しに行く予定です。
余:デジタルは一つの手段であり、それを通じてどういった新しい体験を作ることができるか、世界観を広げられるかが大事だと思っています。私は、最近SDGsや環境分野でのコミュニケーションについて、多くの企業とディスカッションさせて頂く機会が増えているのですが、日本企業は取り組みをされているにも関わらず「まだ道半ばで、発信するのはもう少し結果が出てから・・・」とおっしゃるケースが本当に多いと感じます。
企業は社会変革をリードする存在だと思っていますので、まずは企業が率先して行動し、それを実際の取り組みに基づいてきちんと発信することで、私たち一人ひとりの目線を上げていくことに貢献していきたいですね。
――今日はありがとうございました。
篠田 岬輝氏 公式Webサイト
Koki.s Photography – Wildlife photographer Koki Shinoda