オンライン/オフラインでシームレスな顧客体験を目指す【2022 Global Marketing Trends スペシャルインタビュー vol.1】
楽天グループ株式会社 常務執行役員 CMO 河野奈保氏

  • Digital Business Modeling
2022/3/25

コロナ禍の過去18か月は、企業やブランドにとって、前例のない複雑かつ不確実な環境をもたらし、顧客とのエンゲージメントの在り方を再構築する必要に迫られた。デロイトグローバルが発行した「2022 Global Marketing Trends」では、7つのマーケティングのキートレンドと共に、こうした環境下でも成長を続ける企業がどのように業界をけん引しているのかを明らかにしている。

本稿では、今年のキートレンドのうち、日本企業・組織が特に重視すべき「パーパス(存在意義)」「人財」「ファーストパーティデータ」「End To Endな顧客体験の提供」について、本レポートのエグゼクティブインタビューにご協力頂いた楽天グループ株式会社 常務務執行役員 CMO河野奈保氏の見解や自社の取り組みを紹介したい。

パーパスは楽天の成長の源泉。「シェアリング」で2万5000人を超えるメンバーが自分の目線で本質を理解する

――今年のレポートでは、成長率が高い企業ほどパーパスを(1)従業員の意思決定の指針としている、(2)CSR投資戦略を推進する存在として重視していることが明らかになった。楽天にとってパーパスはどのような存在か?

河野:楽天のパーパスは「イノベーションを通じて、人々と社会をエンパワーメントする」こと。日本の地方の商店街が活気を失っていく中、インターネットを通じてビジネスを活性化させていきたいと考えEC事業「楽天市場」を始めたが、創業当時も今も共通するのは、企業の成長を主眼に置くのではなく、日本を活性化していきたいという“思い”だ。

Eコマース、フィンテック、楽天モバイルなど事業が70を超える現在でも、掲げるミッションは変わっておらず、強い信念を持ち続けている。多くの事業を展開しながらも、1つの企業として一致団結して取り組めるのは、楽天の従業員がパーパスを理解していることに他ならない。

――2万5000人を超える従業員にパーパスを浸透させていくことは容易ではないと思うが、楽天ではどのような取り組みをされているのか。

河野:楽天では、事業や従業員が増えても企業文化が薄れていくことはない。その理由の一つとして挙げられるのが「シェアリング」の取り組みだ。
創業時から20年以上欠かさず、毎週月曜日の朝に三木谷浩史代表取締役会長兼社長自らが全従業員に向け、経営指針の共有や社員との質疑応答を行っている。

新入社員が経営陣の話を聞いても、なかなかその本質を理解することはできないかもしれないが、ミドルマネジャーがトップのメッセージを自分の言葉に咀嚼し、チームに浸透させていくといったように、各レイヤーで、話の本質を理解し業務に反映させていくようにしている。

――楽天のようにパーパスを浸透させる企業文化がまだ根付いていない企業の場合、何から取り組めばよいか

河野:創業者と一緒に働ける期間はとても少ないため、創業者の考え方を積極的に伝えていくことだ。また、トップダウンに加えてボトムアップをサポートすることも大切だと思う。

経営層が掲げたことだけでは現場の課題を解決できないケースもある。楽天では、このような現場の課題を解決するために1on1ミーティングを開催している。トップダウン・ボトムアップという2つの取り組みを組み合わせることで、ビジネスの成長をドライブさせている。

マーケターの役割は、 “経営を知る事”と、“VOC(顧客の声)”を見ること

――従来クリエイティブな分野と見られていたマーケティングだが、ビッグデータと人工知能などの台頭により、人財の採用において、分析的スキルも重視されていることが明らかになった。
こうした左脳/右脳の複合的スキルに加え、多様なスキルを持つメンバーやハイブリッドな就労環境下での強力なコラボレーションスキルも求められている。
これからのマーケターに求められるスキル・マインドセットについてどのように考えるか。

河野:マーケターの役割は、 “経営を知る事”と、“VOC(顧客の声)”を見ること。分析力など左脳的なスキルは基礎スキルとして持ちつつ、様々な部署や媒体に刺さるようにコーディネートするコミュニケーションスキルやインボルビングスキルのような右脳的スキルが必要になる。

――デジタル・テクノロジーが進化する中で、マーケターに新たに求められるスキルは何か

河野:近年マーケターに求められる新たなスキルは倫理観。AIなどのテクノロジーが進化し、チャネルが増える中で、消費者に適切に伝わる言葉選びができる人財を重視する。
最近ではメディア理解とユーザー理解の融合やオンライン/オフラインの融合、金融とECの融合などの理解も必要となり、複数のスキルが求められている。

――複合的なスキルを持つ人財の確保や育成についてどのように考えるか

河野:人財市場では1つの専門性を磨いてきた人が多いため、こうした人財は希少。以前は職種を変えて新しい領域にチャレンジする人が限定的だったように思うが、現在では戦略を立てて様々なことを経験してきた人財が評価される傾向にある。

人財育成という観点では、事業内のコラボレーションやジョブローテーションを通じてオールラウンドなスキルを有する人財の育成を図っている。私自身、マーケターとしてのスキルを磨いたというよりは、クリエイティブを行う編成業務や営業、戦略企画も経験する中でマーケティングに必要なスキルを学んできた。日本では、他の部署の経験者がマーケターになったというケースが多いように思う。

楽天経済圏内での最大限のファーストパーティデータ活用

――サードパーティクッキーが廃止される中、高成長企業はいち早くファーストパーティデータ戦略に移行している。楽天ではどのようにファーストパーティデータ活用を行っているのか

河野:複数のB2C事業も展開する楽天では、ユーザーのプライバシーに配慮しながら、楽天経済圏内で最大限のデータ活用を行っている。中にはフィンテックなど活用範囲が限定的なデータもあるが、ポテンシャルユーザーの特定や広告販売などに活用している。特にポテンシャルユーザーがわかることで、数年後の事業規模が推定できるため、新規事業立案や、事業開始の加速時において大きな力となっている。

また、ポイント付与やコンテンツのパーソナライズ等でユーザーへの便益を提供できるため、データ活用に対する理解を得られやすい。

――データの活用で避けて通れないのがデータプライバシーと信頼性の担保だ。楽天ではどのように対応しているのか

河野:外部に開示できるデータと内部で活用できるデータの線引きは必要だ。マーケティングチームは“顧客を守り、事業を推進する”役割があるため、外部に開示するデータに細心の注意を払っている。一方、広告チームは“データを活用し、売り上げを上げる役割”を担う。これらのバランスを取りながらセキュリティやプライバシーを担保している。

オンライン/オフラインでデータをシームレスに活用し、ハイブリッドな体験を向上

――多くの企業が、来年以降オンライン/オフラインのハイブリッドな顧客体験(CX:Customer Experience)の提供に向けて投資を拡大し、新たなパートナーシップへの参入を計画している。楽天では、どのような取り組みを推進されるのか

河野:楽天では、サービスによって求められる体験価値が異なることから事業ごとにカスタマージャーニーを作成しているが、Oneプラットフォームでジャーニーを揃え、顧客体験の向上を目指すことにも取り組んでいく。

特に楽天市場については、コロナ禍以降、ユーザーの囲い込みがより難しい世界になったことで、楽天に出店するブランドの担当者からはオンライン to オフラインのシームレスなプラットフォームとしての価値を求められてきている。決済サービスや楽天ポイントなどオフラインのデータを利用したターゲティングなど様々なPoC(概念検証)を実施し、シームレスな顧客体験の提供を目指す。

――注目している新たなマーケティングチャネルはあるか

河野:注目しているマーケティングチャネルは「ソーシャルネットワーク」や「ビデオゲーム」。楽天モバイルユーザーの閲覧データを分析すると、ソーシャルメディアや動画サイトへの高い依存傾向が表れていて、このようなチャネルでのマーケティングに特に注力している。
また、昨今『ながら』行動が増える中で音声アシスタント領域が伸びると考えており、音声アシスタント関連のPoC(概念検証)を今後さらに加速させていきたい。

――オンライン/オフラインのハイブリッドな顧客体験を今後どのように向上させていく予定か

河野:オンライン/オフラインでデータをシームレスに活用しようと考えている。たとえば、化粧品のサンプルをオフラインで入手し、使用感を確かめた後はオンラインで恒常的に購入したり、百貨店で定価購入している物をネットで購入したりする人もいる。

これまでオンライン/オフラインが分断されて分からなかったことが、インサイトとして利活用できるようになった。オンライン/オフラインでのシームレスな取り組みについて、今後も拡大していきたい。

今回のインタビューでは、パーパスや人財戦略、ファーストパーティデータ活用やオンライン/オフライン含めた顧客体験まで様々な観点からお話を伺った。一貫して言えるのは、その卓越した「徹底力」にある。日本発グローバル企業として、今後も同社の取り組みに注目したい。

【インタビュイープロフィール】
楽天グループ株式会社 常務執行役員 CMO 河野奈保氏
SBI証券を経て2003年に楽天(現楽天グループ)入社。
楽天市場事業にて要職を歴任し、執行役員、上級執行役員を経て、2017年当時楽天史上最年少且つ初の女性常務執行役員に就任。現在は楽天グループ株式会社ならびに楽天モバイル株式会社の常務執行役員 兼 CMO(チーフマーケティングオフィサー)として、グループ全体のマーケティング・ブランド戦略を統括、楽天ならではのアセットであるポイントやデータ、楽天エコシステムを最大限活用し、顧客の獲得育成を推進している。Campaign Asia-Pacificの「パワーリスト :APACベストマーケター50」に2020年、2021年の2年連続で選出される。

PROFESSIONAL

  • 宮下 剛/Go Miyashita

    カスタマー・マーケティング リーダー 兼 広告・マーケティング・EC・ブランド リーダー
    デロイト トーマツ コンサルティング 執行役員

    DTCのCRM組織責任者。外資系、総合系コンサルティングファームを経て現職。コンタクトセンターなどの顧客接点変革をはじめ営業力強化、顧客サービス向上といったテーマの戦略立案からオペレーション・組織変革、IT導入変革支援まで幅広い領域に従事し約25年の経験を有する。寄稿、講演等多数実施。

  • 熊見 成浩/Narihiro Kumami

    デロイト トーマツ コンサルティング 執行役員

    外資系コンサルティング会社を経て現職。「マーケティング」領域に専門性を持つ。コンサルティングの特徴として「Latest Marketing(新しいマーケティング)」を掲げ、深い顧客インサイトの理解と、プロダクト&サービス、価格+インセンティブ、コミュニケーション、複合的チャネル(特にデジタルやNew Media)、そしてBrandを統合的に考えることで顧客価値を最大化する。近年は、デジタルトランスフォーメーションやグローバルマーケティングのプロジェクトを多数推進。

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