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デジタル変革の荒波を乗り越えるには、早期に失敗から学び、行動あるのみ

日本のリサーチ専門家の見解

日本のリサーチ専門家の見解

優先課題の変遷

過去3回の本サーベイ結果を振り返ると、世界のCIOから見た自社の経営課題は「業績」が首位となるか、もしくは他の項目と僅差で上位3位以内の優先課題として挙げられた。一方で、日本のCIOが「業績」を第1の経営課題として意識するのは本年が初めてとなった。また、日本では第2の経営課題として「人材」が挙げられ、IT人材不足が深刻化する自国の業界動向とCIOの課題意識が一致する結果となった。

これまで日本のCIOやIT部門が「業績」を重視する傾向は低く、「イノベーション」や「コスト」、「顧客」が相対的に比重の高い優先課題であった。日本のCIOが他国と同様に「業績」を最優先課題と回答した割合が例年になく高かった背景として、本サーベイ参加者に各業界を代表する大手企業が多数含まれ、またそういった企業で決定権を握るCIOの意見や、デジタル変革やIT組織再編が待ったなしの状況でリーダーシップを発揮しはじめたCIOの存在が影響したのではないかと考えられる。

こうした役員職のCIOは、毎期の業績推移や経営計画を念頭にIT投資のあり方や管轄組織の価値は何かを再定義する立場に置かれている。日本ではテクノロジーの重要性を理解する経営層が圧倒的に少なく、経営とITの方向性や投資判断を同期させることのハードルは依然として高いことが実態ではないだろうか。

デジタル先駆者の特徴

デロイトでは、全社横断で明確なデジタル戦略やビジョンを持ち、かつIT部門がイノベーションや変化の推進役を果たす「マーケットリーダー」である企業を「デジタル先駆者(Digital Vanguard)」と定義している。本サーベイの分析結果では、対象企業の約1割が「デジタル先駆者」に位置付けられた。

世界では全社規模でデジタル戦略を持つ企業は全体の2割を超え、社内の一部やIT部門内で策定・実行中の企業が約4割と最多層となった。日本ではデジタル戦略を策定中の段階にある企業の割合が34% とやや高い(世界の同割合は25%)。この策定中の期間が長期化し、実行に移せない事態を回避するには、「フェイルファースト(Fail fast)」の思考を取り入れ、早期に小さな失敗を経験して次に活かすアプローチを実践し、そうした行動が評価される組織づくりや環境整備が重要となる。経営の視点からもまた、単に顧客のエクスペリエンス最大化や新たなイノベーションを追い求めるだけでなく、そこから利益を生み出すべく果敢に実行に移していくことが求められる。そのためにも小さな失敗を恐れず、むしろ早い段階でうまくいかなかった原因を解明し、そこからの学びを次の行動に素早くつなげるべきである。

IT部門が「マーケットリーダー」と評価される企業は全体の1割を超え、世界では「マーケットリーダー」には達せず2番手の存在となる「ファーストフォロワー」が最多の4割を占めた。日本企業の場合、IT部門が保守派に位置する割合と、「ファーストフォロワー」の割合がどちらも約3割となった。

レポート本編では、「デジタル先駆者」は「平均的な組織」と比べてどのような違いがあるのかいくつかの観点から分析している。日本企業との主な違いとして、以下があげられる。

【デジタル先駆者の特徴】

  • 最優先課題は「イノベーション」
  • IT予算に定常業務が占める割合は半分未満
  • 経営層との戦略会議が、先端テクノロジーについての議論の場となっている(デジタル先駆者:82%、日本:39%)
  • 市場トレンドやディスラプションを理解する役割を期待されている(デジタル先駆者:78%、日本:42%)
  • 有能なIT人材の獲得および定着化のための具体的な施策に取り組んでいる

AI、RPA、IoT といった新3種の先端テクノロジーへの注目度や投資意欲は、実は日本のCIOも世界の「デジタル先駆者」に劣っていない。これらが業界全体に及ぼす威力や自社にとっての投資効果、逆に投資しないことによる機会損失を先読みし、経営層を説得することがCIOの重要な責務の一つである。他社事例調査や実証実験はある程度のシナリオが見えた段階で切り上げ、早期に本格導入の展開に切り替える道筋をつけていくべきであろう。

求められるIT 人材・リーダーシップとのギャップ

2015年に約17万人だった日本のIT人材不足は、2025年には約43万人にまで拡大すると推計される1。世界のAI、セキュリティ、データサイエンティスト等の人材は軍事産業、民間企業、ITベンダー間の熾烈な獲得競争へと発展しており、各企業・機関ともに採用・定着化のための策を講じている。

「デジタル先駆者」は、機会提供や環境整備面で進んでいるのに対して、日本企業は有能なIT人材が活躍できるような制度・待遇面で後れているばかりか、自社のカルチャー・風土が阻害要因となっているとの回答率が全体の3割を超えた。IT部門の最優先課題は「IT人材・カルチャーの育成」との回答結果もあり、例年上位となる「ビジネスプロセスの改善」をやや上回った。

また、日本企業が将来重視するIT人材のソフトスキルとして、「リーダーシップ・マネージメント能力」や「複雑な問題を解決する能力」が突出している。さらに、ITリーダーの要件として、日本では「高いパフォーマンスを発揮するチームマネジメント」に次いで「困難を乗り越える勇気と気概」があげられた点が特徴的である。こうした企業が求める条件と、提供機会や環境にギャップがある限り、最良の人材ニーズを満たすことは難しい。デロイトの他の調査でも、労働力の変化に着目した本質的な議論がなされていないという分析結果が出ている2

勿論、自社では補いきれないリソースは他社との協業・連携に頼る選択肢もあるが、競争力となるデジタル機能は内製化する意向を持つ企業が増えている。「人材」が優先すべき経営課題の一つとなっている今こそ、既存の事業モデルや組織の延長線上ではなく、最適なIT人材の確保・育成にも便宜をもたらす組織変革、働き方改革や、自動化・ロボティクス化が進行する未来のIT ワーカーのあり方について考えなければならない。課題を次世代に先送りするのではなく、素早く行動に移す「ムーブファースト」が今ほど問われるべき時世はない。

脚注
1. 経済産業省「DX(デジタルトランスフォーメーション)レポート ~ IT システム『2025 年の壁』の克服とDX の本格的な展開~」(2018/9/7)
2. デロイト トーマツ グループ「第四次産業革命への対応準備調査」(2018/1/25 ニュースリリース発表)

寄稿者

柏木 成美 リサーチマネジャー

米系のコンサルティング会社及び調査会社を経て現職。テクノロジーリサーチのチームリーダーを務める。国内外のテクノロジートレンド、IT投資動向、テクノロジー戦略、ITソリューションに関する豊富なリサーチ経験を有する。

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