日本企業の勝ち筋たる、「ブルーエコノミー」とは(後編) ブックマークが追加されました
地球表面積の7割を占める海に注目し、その可能性を解放することで経済価値と社会価値を創造する概念「ブルーエコノミー」。前編ではその潮流と海洋国家たる日本ゆえの責任そしてポテンシャルについて述べた。それでは具体的にどのような分野に日本の勝ち筋が見出されるのだろうか。
ブルーエコノミー推進のカギについて、デロイトでは、脱炭素等その他社会課題との掛け算による大義の訴求、先端技術との掛け算による業界横断のデジタルプラットフォーム化、ファイナンスを梃子にしたルール形成・市場創造の3つの視点を挙げている。
前回述べたようにブルーエコノミーとは、海洋の可能性を解放することで経済価値と社会価値を創造する概念である。創出する社会価値については、SDG14「海の豊かさを守ろう」だけでなく、他のSDGs目標にも貢献することが理想だ。デロイト トーマツは、「グリーン・トランスフォーメーション(GX)」に取り組む必要性を考察する中でも、GXの定義を「カーボンニュートラルと経済成長、その手段としての資源循環を同時達成し、環境負荷を最小化した世界に変えていくこと」としている。ブルーエコノミーについても同様の考え方で、その他社会課題との掛け算により持続可能な好循環を生み出していくことがカギになる。例えば、カーボンニュートラル(SDG13「気候変動に具体的な対策を」)の文脈で、温暖化対策として山などに植林をするより、海洋生物の住処であるマングローブや海藻を増やしたほうが費用対効果は高い。また最近では、ブルーバイオテクノロジーの文脈で、遺伝子組み換えサーモンの陸上養殖に取り組む米スタートアップなども存在し、様々な課題をクリアしながらも流通を実現した。野生サーモンの乱獲を防ぐことにより海洋生態系の持続可能性を維持しつつ、食糧不足解消への同時貢献を果たしている。
漁業・養殖業等においては、先端技術との掛け算がカギになる。GAFAM等のテックジャイアントも技術革新の機会として捉えており、たとえばGoogleは太陽光を動力源とする海洋データ収集ロボットに投資し、気候予測等に役立つ情報を提供するデータベースを構築している。また、別の米スタートアップ企業は北欧の漁業養殖農家向けにAI画像認識/データ分析プラットフォームを提供し、 病害虫検知や魚顔認識による成長速度管理サービスを展開している。日本においても、東大発スタートアップのイノカがAI・IoTを活用した独自の環境移送技術により、都内などにおいて完全人工環境下のサンゴの長期飼育を成功させ、サンゴの保全や研究を加速させている。日本は、世界で800種類存在するサンゴのうち約450種類が生息しており、海洋生物多様性の代表であるサンゴの基礎研究が日本から進むことで、日本企業の価値向上にも繋がるはずだ。日本企業の技術力等を梃子にこうした企業の取組みをさらに加速させていくことや、サービスに蓄積されたデータプラットフォーム・データ分析基盤などの”道具”を提供する余地は十分にある。
ブルーエコノミーの実現に向けて欠かせないのが、ブルーファイナンス(持続可能な海洋のための資金調達)の活用だ。2021年にフィリピンでADB(アジア開発銀行)により発行され、アジア・太平洋地域の海洋関連プロジェクトへの融資を目的としたブルーボンドは、日本の大手生保複数社が購入している。こうした公的援助機関による海洋分野への投資意識が高まる中、民間企業を巻き込んだ海洋分野への投資スキームづくりが水面下で行われており、官民連携の波に乗り遅れないことや、少なくとも自社事業及びサプライチェーン上の海洋生態系への負荷を可視化しておくことなどが肝要だ。
政府機関やNGOの主導によりブルーエコノミーの注目は高まるものの、陸と比べて生態系を可視化しづらいことや民間セクターの資金動員の仕組み/ビジネスモデルが十分に確立されていないことなど、難易度が高くまだまだ課題が残る分野でもある。
しかし、だからこそ海洋国家たる日本が取り組む意義があると筆者は考えている。日本が社会変革や国際連携を促す上で牽引的役割を果たすチャンスでもあるのだ。ブルーエコノミー推進を新たな海洋経済圏の確立と題して我が国の海洋基本計画やグローバルで活躍する日本企業の戦略の重要な柱として位置付け、産官学の連携がより一層促されることを期待したい。
奥田 浩征/Hiroyuki Okuda
デロイト トーマツ コンサルティング、モニター デロイト所属。
イノベーション戦略を軸に、幅広い業界において新規事業の構想策定やアイディエーション等の戦略コンサルティングに従事。社会課題起点の新規事業開発も複数経験。