Posted: 07 Sep. 2022 4 min. read

第五回 クラウドの選定

クラウド連載(全5回)

■クラウドサービスプロバイダの比較

これから本格的にパブリッククラウドを利用しようと検討している企業は、 自社のIT基盤としてどのクラウドを選定すべきか迷うことがあります。クラウドに関わる仕事をしていると、よくどのクラウドを選定すべきか聞かれたり、 お客様独自でクラウドを比較した結果の妥当性を確認してほしいと言われることがあります。

比較検討の際に候補に挙げられるのは、多くの場合、世の中でシェアの多いクラウドサービスプロバイダになります。下記のグラフは、Canalys社が2021年第4四半期におけるグローバルのクラウドインフラ市場のシェアを調査したものです。

 

出典:Canalys社「Worldwide cloud infrastructure services spend, Q4 2021」 

 

AWSがシェアのトップで33%、2位がMicrosoft Azureで22%、3位がGoogle Cloudで9%になっています。Othersには、中国を中心にAPACではシェアの高いAlibaba, Tencent, Baiduなどが含まれます。また、Oracle CloudやIBMからスピンオフしたKyndrylなども含まれています。それ以外に各国の国内でのみシェアの高いベンダも含まれます。例えば、日本においては、富士通やNTTも一定のシェアを持っています。AWSのシェアがトップですが、それ以外に名前を挙げた様々なクラウドが選ばれている背景には、クラウド利用各社のクラウド選定時の評価軸が異なっているからです。

それでは、どのような観点(評価軸)でクラウドを選定しているケースがあるのか代表的なものを見ていただきます。

  • 価格
  • 機能/サービス
  • 安定性
  • 市場シェア
  • ベンダ提案内容
  • 企業経営

以降では、それぞれの比較の観点の妥当性を説明します。

 

 

■価格の比較

価格は非常に重要な要素ですが、比較時点の情報をもとにしても、今後変動する可能性が高く、長期的に利用するクラウド基盤の価格を将来にわたって、予測することは難しいと思われます。将来にわたって予測することが難しい理由としては、以下の要因があります。

どの企業においても、安価なクラウドを選定したいので、当然、各クラウドサービスプロバイダは、競合よりも値下げをしようとします。例えば、AWSにおいては、2006年のサービス開始以降、2021年11月までに109回以上の値下げを実施しています。当然他のクラウドサービスプロバイダもAWSに追随して値下げを実施します。大抵の場合、継続的な値下げが実施されますが、中には値上げをするクラウドサービスプロバイダも存在しています。

多くのクラウドサービスプロバイダはドル建てで、価格を提示しているので、昨今のように円安の影響は支払いに大きな影響をもたらします。2011年1ドル76円だったレートも、2022年8月27日現在1ドル137円になっており、約1.8倍になっています。これは、継続的に数%の値下げを実施しているクラウドサービスプロバイダの努力を帳消しにしてしまいます。 昨今の円高により、為替レート固定化のサービスを提供しているものもありますが、これにはメリットもデメリットもあるので、サービス内容を確認して慎重に判断する必要があります。

また、利用するサービスによって、金額が異なることが多く、各クラウドサービスプロバイダの特徴として、コンピュートサービスが安価であったり、ストレージサービスが安価であったり、ネットワーク通信料が安価であったり、PaaSが安価であったりするため、システム構成によって費用が大きく異なるため、一概に各クラウドサービスプロバイダを横並びで比較することは難しくなります。価格を比較しなくてもよという訳ではありませんが、市場でシェアを獲得するためには、各クラウドサービスプロバイダは、継続的に企業努力をするため、他に比べて明らかに高いとか安いとか言うことは無いと思われます。

 

 

■機能/サービスの比較

クラウドサービスプロバイダを比較する際に、各社の個々のサービスを詳細に比較している企業の担当者を見ることがありますが、これは、時間の無駄なので、やめたほうが良いと思われます。複数社のクラウドを利用した経験のある人であれば、理解できると思いますが、 あるクラウドサービスプロバイダでリリースされた新しいサービスは、別のクラウドサービスプロバイダでも、少し遅れて類似したサービスがリリースされることはよくあります。これは、主要なクラウドサービスプロバイダであれば、競合他社のサービスを詳細に調査分析しており、 差別化されそうなサービスがリリースされれば、すぐに自社でも同じようなサービスを展開しようとします。結果として、多少の違いはあるにせよ、主要なクラウドサービスプロバイダであれば、圧倒的な機能や サービスの違いは出てこないと思われます。また、調査の時点で違いがあったとしても、今後のアップデートにおいて、機能やサービスの違いは少なくなってくると予想されます。

 

 

■安定性の比較

クラウドの利用者、特に、企業の情報システム部門では、クラウドの安定性は、最も気になる点だと思われます。この点はとても重要であり、公開されている情報や、アナリストのレポートなどで、これまで発生した障害やインシデントを確認することが可能です。 また、CloudHarmony社のWebサイト(https://cloudharmony.com/status)で、各社各サービスの直近1か月のダウンタイムやネットワークのレイテンシー等を確認することもできるので、安定性確認の参考情報になります。

 

 

■市場シェアの比較

市場のシェアは、クラウドプロバイダを選定する際の判断材料としてとても重要な要素です。クラウドサービスを安価に利用者に提供するためには、規模の経済が働いているからです。大量の設備を購入することで、コストを抑えて利用者に安価なサービスを提供しています。そのためには、多くの利用者にサービスを利用していただき、データセンターを増やしていく必要があります。 AWSでは、1社で日本国内で保有するサーバ台数以上のサーバを保有していると言われており、基本的に3年でサーバーを除却しているので、想像できない設備投資をしていることになります。(AWSが2019年に投じた設備投資額は130憶ドル以上と言われています。)

 

 

■ベンダ提案内容の比較

クラウドの選定に困ったときに、各クラウドサービスプロバイダの営業に相談している情報システム部門の担当者を見ることがありますが、営業に話を聞いた後に、その情報をもとに比較検討することは、難しいと思われます。基本的に営業は、自社の良い点(他社の悪い点)しかアピールせず、この情報だけでは、横並びで比較検討する材料にはなりません。

 

しかしながら、各クラウドサービスプロバイダは、エンタープライズアグリーメントとして、通常のクラウド利用におけるサービスアグリーメントに加えて、利用企業個別にメリットのある、契約内容を提示する場合があるので、その内容は、選定の際の参考になることがあります。

 

 

■企業経営の比較

クラウド選定の際に最も重要な要素は、クラウドサービスプロバイダの企業経営の安定性だと考えています。クラウドの事業で利益が出ているか、他の事業も含めて経営が安定しており、今後事業を継続できるかどうかを確認する必要があります。

競合他社に対抗して無理なサービスの値下げや投資を継続していれば、クラウド事業で利益を出すことが出来ず、数年は継続出来たとしても、長期にわたって黒字化できなければ、通常、事業の撤退や売却が検討されます。

利用しているクラウド基盤の撤退や売却があった時の、自社の影響を考えていただきたいと思います。

オンプレミスのようにサーバーだけを使っているのであれば、影響は限定的ですが、クラウドネイティブなアーキテクチャを採用し、クラウドサービスプロバイダが提供している独自サービスを積極的に活用したシステムを構築した場合、他社クラウドに乗り換えることは容易ではなく、システム再構築のような、大きな影響を受けてしまいます。

以下の図は、2021年7月にGartner社が公表した市場調査レポートでIaaS分野における各クラウドサービスプロバイダの実行能力とビジョンの完成度を表したものです。

ここで見ていただきたいのは、2014年版のGartner社のレポートに名前があって2021年版のGartner社のレポートに名前が無いクラウドサービスプロバイダが多くあることです。中には、レポートに名前が載っていないだけで、クラウド事業を継続している企業もありますが、多くの企業はクラウド事業を撤収または、売却したり、企業自体がM&Aで、統合されたものもあります。

その際、売却または、撤収するクラウドを利用していた企業は、多くの場合、期限内に、別のクラウドへの移行を迫られます。

 

 

■クラウド選定のまとめ

これまでの説明から、クラウドサービスプロバイダ選定のポイントをまとめると以下の通りとなります。

・価格は、重要な要素であるが、長期的に利用するシステムの基盤として、評価時点の価格を詳細に比較しても、あまり意味がない。

・機能やサービスは、継続的に改善され、評価時点で、競合他社に劣っている(不足している)サービスや機能も今後リリースされる可能性があるので、詳細に比較しても、あまり意味がない。

・安定性は、過去に大きな問題が発生していないかと、直近の可用性を確認して、判断の参考にするとよい。

・市場シェアは、下記の「企業経営」に関連する要素なので、重要な判断材料となる。

・ベンダからの提案内容は、参考情報として情報収集するにとどめて、重要な判断材料とはしない。

・企業経営は、最も重要な要素で、長期的にクラウド事業を継続可能な経営の安定性を確認する必要がある。

 

 

クラウドの選定はよく、車選びに例えられるが、主要なクラウドサービスプロバイダ(車の場合、メーカ)を選んでおけば、失敗するということはあまりないので、比較検討に時間やコストをかけるよりも、選定したクラウドをどうやって使うかの検討に時間を割いたほうが良いと考えます。

プロフェッショナル

吉田 悦万/Yoshikazu Yoshida

吉田 悦万/Yoshikazu Yoshida

デロイト トーマツ リスクアドバイザリー マネージングディレクター

システム開発の上流工程から開発まで、様々な案件を担当。また、プロジェクトマネージメント・ITコンサルティング、新規事業の立ち上げ等幅広い経験を有する。近年は、パブリッククラウドを活用した、ソリューションの企画・新規事業の立ち上げ、他社とのアライアンス・組織運営に従事。パブリッククラウドでは、主にAWSを専門とし、特にBigDataを活用するためのデータウェアハウス/データレイクの導入・活用を得意領域とする。