人口減少下で成長するために必要なのは「個の力」だ

『価値循環の成長戦略 人口減少下に“個が輝く”日本の未来図』刊行記念インタビュー

2024年4月、デロイト トーマツ グループは『価値循環の成長戦略 人口減少下に“個が輝く”日本の未来図』を刊行した。全体企画・監修・執筆を手がけた松江英夫と、執筆者の勝藤史郎、高田真紀、植松庸平に、本書の見どころを聞いた。

——新刊『価値循環の成長戦略 人口減少下に“個が輝く”日本の未来図』が発売されました。本書を刊行した背景を教えてください。

松江 2023年、私たちは『価値循環が日本を動かす 人口減少を乗り越える新成長戦略』という書籍を刊行しました。これは人口減少に直面している日本が、ともすれば悲観的で閉塞感に包まれがちな中で、新しい視点を提示しようと試みた本です。人口が減少する中でも実体経済が成長し人々の幸福感が高まっていく、そんなモデルとして「価値循環」というコンセプトを提示しました。

このコンセプトはおかげさまで政治家や官公庁、自治体、経営者などから非常に大きな反響をいただきました。それと同時に、「では具体的に企業はどうすればいいのか」「自治体や地域には何ができるのか」、さらには「産業政策や国の成長戦略のあり方はどうすべきか」などのコメントを頂き、価値循環を社会実装していく上での議論が高まっていることを感じました。

我々としても、価値循環を実装するためには何をすべきか、企業や地域、国全体などあらゆる立場で考えていく必要があると感じていましたので、さまざまな角度から研究し、何とか形にしたのが本書です。

デロイト トーマツ グループ執行役 DTI代表 / 松江 英夫

高田 先ほど松江さんが大きな反響があったと申し上げましたが、まさに永田町でも前作「価値循環が日本を動かす 人口減少を乗り越える新成長戦略」でも論じた、ヒト・モノ・カネ・データの4つのリソースの循環に、4つの機会(①グローバル成長との連動、②リアル空間の活用・再発見、③仮想空間の拡大、④時間の蓄積が生み出す資産)を掛け合わせていくコンセプトについては、とりわけ多くの反響をいただきました。人口減少だからと悲観的になるのではなく、逆に1人ひとりの”個が輝く”機会が増えているのだという前向きなメッセージを出してムーブメントをつくっていくのは非常に大事だと実感しました。前作では“回転”の“頻度“を上げて付加価値を“蓄積”していくことを提唱しましたが、今作ではそれを受け「具体的にどうするのか」に踏み込み、多くの事例を挙げました。前作同様多くの方に関心を持っていただけるのではないかと思います。

「個の力の最大化」がカギになる

——本書では“個の活躍”に注目しています。なぜ個人にスポットライトを当てたのでしょうか。

松江 人口が減っていく中で経済成長するためには、1人ひとりが生産性を高め、1人あたり付加価値を向上することで総和を増やしていくことが必須となります。そのためには、働く人1人ひとりがより力を発揮できる環境づくりや、働くことに対するモチベーションを高めることが大事です。ですから企業としてもエンゲージメントを高め、働く人が「もっとここで働きたい」「もっとがんばりたい」と思うような経営をしていくことが求められます。個人1人ひとりの力をどうやって最大化させるか、人を起点に考えていくことが今後ますます重要になるでしょう。

逆にいうと、組織と個人は今後より対等な関係になっていくので、個人にとっては組織に属する必要性が薄れ、必要とされる場を求めて組織間をどんどん動いたり、複数の組織に所属したりするケースも増えるでしょう。「個人」を主語にすることで、働き方にはたくさんのバリエーションが出てきます。

今後、企業はより柔軟に個人に合わせていくことが求められるでしょう。これまで多くの企業は「組織の力の最大化」を目指してきましたが、今後は「“個”の力をいかに最大化するか」と発想を転換する必要があるのではないでしょうか。

有限責任監査法人トーマツ マネージングディレクター DTIフェロー / 高田 真紀

高田 “個の活躍”に関しては、本書の成長を続ける自治体分析に関する章で紹介している「地域おこし協力隊」も注目すべき事例です。地域おこし協力隊は2009年に総務省が地域活性化政策として開始しました。2023年度の実績で約7200名の隊員がおり、その約6割が男性、4割が女性です。隊員は都会から過疎地などの条件不利地域に住民票を移し、1年から3年程度の任期で地域活性化に取り組みます。“個”がアイデアを持ち込み、企業や自治体を巻き込みながら地域の社会課題に取り組むという仕組みが、今まさに機能してきています。

本書で紹介した徳島県の那賀町は、人が少ないからこそ豊富に残された「自然」と最先端技術で注目されている「ドローン」を掛け合わせ、関係人口の増加に成功しました。書籍内では主に地域活性化という観点で紹介していますが、「地域おこし協力隊」の存在も大きく、“個の活躍”という面でもヒントになる事例だと考えています。

1人あたり付加価値を高めた「高成長企業」「高成長地域」を分析

——今回は、実際のデータを用いながら1人あたり付加価値の向上について分析している点も大きな特徴ですね。

勝藤 本書では主に2つの観点から分析をしました。1つは企業です。東京証券取引所の上場企業のデータを分析し、1人あたり付加価値 を継続的に高めている「高成長企業」を抽出しました。もう1つは地方自治体です。人口が減少する中で1人あたり付加価値を高めている「高成長地域」をリストアップしました。具体的なランキングはぜひ書籍をご覧いただきたいのですが、分析によって面白いことが分かってきました。

例えば1人あたり付加価値が伸びている企業を見ると、設備投資にお金をかけるなどのほか、多くの企業で賃金が伸びている傾向があるということが分かりました。つまり生産性が向上すれば賃金が伸び、賃金が伸びればモチベーションが上がりさらに生産性が高まるという好循環が起こっていることが見てとれます。

出所:高成長企業の分析から見えた3つの成長パターンとは|D-NNOVATION PERSPECTIVES

先ほどの松江さん、高田さんの話とも関連しますが、昔の日本は終身雇用制で、組織全体としての付加価値向上を重視していました。しかし現在では労働市場が流動化し、企業が生産性の高い人材をそれに見合った給料を払って雇えるようになってきています。また、高い給料を受け取ることで、個人はスキルを磨き、より自分の力を発揮できる場で活躍するようになります。そういう意味で、「人的資本」という言葉もある通り、企業にとっては今後これまで以上に個人を高めていくことが重要になると言えるのではないでしょうか。

また企業の成功要因を定性的に分析し、本書では「ライフライン化」「アイコン化」「コンシェルジュ化」の3つの戦略パターンに分類し、それぞれ実例を挙げながら解説しています。

※経常利益に販売費・一般管理費と金融費用を加えた「付加価値」を従業員数で割ったもの

出所:高成長企業の分析から見えた3つの成長パターンとは|D-NNOVATION PERSPECTIVES
デロイト トーマツ リスクアドバイザリー合同会社 マネージングディレクター / 勝藤 史郎

——地域のランキングも興味深い結果となりました。

勝藤 はい。地域のランキングでは、都市や地域の独自性を前面に出して成長した事例が目立ちました。例えば「市」のランキング首位の北海道の三笠市は、市全体がジオパークに認定されており、その歴史・文化遺産などの地域資源をつなげて観光資源化しました。

高田 もともと石炭を輸送した北海道最古の鉄道路線の終着駅があることを活かし、博物館や鉄道公園をつなげてオープンした「三笠鉄道村」が人気を集めています。時間の蓄積が生み出す価値をうまく活用した例といえるでしょう。

松江 実は、人口が減っていながら付加価値を向上した地域は全体の約36%、600余りもあるのですが、これは意外と知られていません。地方は人口が減って大変だ、苦しいというイメージを持っている方が多いと思いますが、数字を見るとそうでない地域も少なくないのです。
地域にしても企業にしても、つい人の数に依存して経済を考えてしまいがちです。人口が減る、どんどん東京に流出する、確かにマクロの人の動きはその通りですが、こればかりは変えられません。地域にいる人、来てくれる人の「1人あたり付加価値をどのように高めるか」という視点に発想を転換し、ここに基軸を置いて考えていくことが重要です。

半導体業界の盛り上がりは、日本の強みを生かすチャンス

——書籍の中では、7つの「成長アジェンダ」を掲げ、それぞれ価値循環を阻む壁を挙げ、それを乗り越える日本の勝ち筋を示しています。植松さんは半導体について執筆されていますが、どのような内容なのでしょうか。

植松 まず総論として、ご存じの通り半導体は現在すごく盛り上がっている分野です。特に今回は日本国内だけでなく、海外からの投資も増え、世界的に日本に注目が集まっています。また半導体産業だけでなく、周辺のサプライチェーンや半導体を使う側の企業なども含めて盛り上がっており、とても良い状況だと言えるでしょう。
一方ですべてがうまくいっているのかというとそうとも言えません。中でも大きな課題は、人材です。半導体業界は、すごく高度人材が必要な業界ですが、エンジニアの数が足りていないのです。熊本や北海道、宮城などの地域に半導体産業のハブの建設が進み、地域振興のトリガーは引かれています。ところがそこに設計者をはじめとする半導体分野の高度人材が集まりきっていません。現在の良い流れを止めないためにも、国や各産業のリーダーたちが意識して手を打っていく必要があると考えています。
短期的には、各地域に半導体工場を中心とした産業クラスターを形成することで国際人材を呼び込むことが重要です。中長期的には、半導体人材の育成を強化する必要があるでしょう。人材育成の絶対数を増やすことに加え、ブランディングも含めて半導体業界の魅力をアピールすることも重要だと考えています。今回の書籍では半導体のクラスターを「シリコン城下町」と表現しましたが、各地域に行くと、ただ単に半導体を作って終わりではなく、「みんなで力を合わせて何か大きなことをしよう」という熱気のようなものを感じます。そこに魅力を感じる若者やエンジニアも大勢くいると思いますので、今の良い流れを加速するためにも、もっとアピールを考えてもいいのではないでしょうか。

デロイト トーマツ コンサルティング合同会社 パートナー / 植松 庸平

松江 半導体は非常に裾野が広い産業です。日本の強みである中小企業も含めたモノづくりの技術、素材技術が生かせる場面もたくさんあります。また自動車や電機など、半導体を使う側が多いこともポイントです。一時期、日本の半導体産業は衰退した、強みを失ったと見られていましたが、また新たな時代の中で日本の強みを生かせるチャンスが巡ってきています。
また今回はアメリカやヨーロッパと組むなど、グローバルな循環も起きています。世界からお金や技術を呼び込み、日本で生産して、また外に出していくというグローバルな循環により、半導体産業は日本経済を引っ張る原動力になると私は見ています。
この半導体産業に再度火を付けることができれば、日本の産業全体に波及するプラスの効果は非常に大きいと私は考えています。

個人も「循環型成長モデル」で付加価値向上を

——本書の後半では、社会全体の成長シナリオである「循環型成長モデル」を、個人に当てはめ、個人としての付加価値の高め方を提示しています。

高田 目の前の課題を起点に解決手段を見つけ、新たな市場を創出するという循環は、個人にも当てはまります。本書では実際に“個”が活躍をしている事例のひとつとして、移動型サウナを立ち上げた個人の例を紹介しています。これは国の施策である「出向企業制度」、つまり大企業の人材が企業に所属したままスタートアップをつくることを後押しする制度を活用した事例です。
この制度を使うことで、個人にとっては退職というリスクを取らずに挑戦ができるというメリットがあります。さらに重要なのは、大企業が手がけるには規模が小さすぎるようなアイデアもこの制度を使って事業化されることで、大企業の「眠れる資産」を活用できるということです。実は、国も“個”に注目して活躍の機会を後押しするような仕掛けはどんどんつくっていますので、こういった事例を通して少しでも広まるといいなと思います。

——本書の最後の部分では、「同調から“協調”へ」というキーワードが登場しました。

松江 実はこのエピソードは、本書の制作過程で、とある経営者とお話ししたときに着想したものです。なぜ日本では個人がなかなか自律できないのかと議論する中で、やはり日本社会は同調圧力が強いのが原因のひとつだという話になりました。
これからは個人が循環型成長を自らのキャリアとして実践するくらいの自律性を持つ一方で、協調も重要になります。単に個人主義を目指すと、どうしても利己的な方向にいってしまいます。そうではなく、日本人が昔から育んできた互いに助け合う協調の精神をもう一度呼び起こし、相互に尊重し力を合わせる“真に協調できる社会“を目指すことが重要ではないでしょうか。他者に依存したり、同調したりするのではなく、1人ひとりが自律しながらも協調しながら一歩を踏み出すことで、「今日よりも明日が良くなる」と信じられるような社会をつくっていけるというのが、我々からの提言です。

※本ページの情報は掲載時点のものです。

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