ナレッジ

不確実な未来に向けたイノベーション創出の新発想法

FA Innovative Senses 第11回

不確実な変化が起き続ける今日、企業はどのように未来を洞察し、イノベーション創出に向けた活動をしていけば良いのでしょうか。本稿では、未来洞察の手法であるシナリオ・プランニングを応用してイノベーション創出を行う「シナリオベース・イノベーション」について、シナリオ・プランニング手法と関連付けながら解説します。

Ⅰ. イノベーション創出の課題と環境分析の落とし穴

今日、多くの企業にとって、イノベーションの創出は大きな課題となっている。
日本経済および日本企業の競争力に関する調査レポート によると、ビジネスパーソンが日本経済および日本企業について「競争力が低い」と認識していることが明らかとなった。またレポートには、日本経済が競争力を高めるにあたっての課題には「技術開発、イノベーションの停滞」、競争力強化に向けて重要な政策・施策には「技術開発やイノベーションへの投資」というアンケート調査の結果が纏められている。

では、イノベーションを生み出すにはどのような課題があるのだろうか。
「イノベーションとは技術革新である」、「技術革新がないからイノベーションを起こせない」などという誤った解釈がされていないだろうか。
イノベーションについては様々な定義があるが、経済学者であるシュンペーターは「これまで組み合わせたことのない要素を組み合わせることによって新たな価値を創造すること」、そしてこの組み合わせを「新結合」1と語っている。本稿においては、シュンペーターによるこの定義を参照する。

イノベーションの創出は、来る未来を見通して成されるものである。
未来の不確実性が増していることはいまさら強調するまでもないだろう。不確実性がますます高まる未来に向けてどのようにイノベーションを生みだすことができるのだろうか。

新たな戦略を検討するにあたり、環境分析を実施するというのは定石ともいえる。
しかし、「環境分析を行ったがうまくいなかい」、「フレームワークに則って環境分析を実施したが、一般的な結論に留まってしまう」、このような声をこれまで何度も聞いてきた。

なぜこのようなことが起きるのだろうか。

環境分析を実施する際に重要なのは、客観的に外部環境を捉えることである。このことを軽視してしまうと、例えば、自社の強みを活かすため、また現場の納得感を得るために、予定調和的ともいえる「既存の延長上の未来」、「自社にとって都合の良い未来」に留まるということが容易に起きうる。このような未来だけを前提とした戦略策定を行って、市場から消えていった企業の例は枚挙に暇がない。

1 名和高司 『資本主義の先を予言した史上最高の経済学者シュンペーター』 日経BP

 

Ⅱ. 不確実な未来を前提とした未来洞察と新たな発想法「シナリオベース・イノベーション」

不確実な未来を正確に予測することは不可能だが、それに向けて準備をすることは可能である。不確実性を前提とした「起こりうる可能性のある複数の未来」を考察し、未来への対処を戦略という形で準備していくマネジメント手法がシナリオ・プランニングである。このシナリオ・プランニングについての解説は、以前も詳しく説明している。(未来洞察のポイント~企業の自己革新の視点から:Financial Advisory Topics 第8回

ポイントを触れておくと、未来起点で戦略を考察する際に重要なのは、起こりうる未来を客観的に捉えるための「アウトサイド・イン」という考え方である。

戦略の定義のひとつに、「環境の変化に応じた資源の投入・展開パターン」という定義がある。外部環境が変化すると、それに応じて「ヒト・モノ・カネ・情報」といった資源の振り向け先が変わる、ということである。従って、まずはどのような環境が今後起こりうるかということからスタートすべきである。これがアウトサイド・イン発想の原点である。

このアウトサイド・インの発想のもと、シナリオ・プランニングでは、「外部環境」を考察したうえで、「自社の強みや組織」についての示唆を抽出し、未来起点で複数の未来を描く。この考えを応用させ、シナリオベース・イノベーションは、未来起点で複数の事業機会を描き出す。複数の事業を描き出すには、未来洞察の粒度を上げ、社会シーンやユーザーシーンの考察を深めながら進めていく。

 

Ⅲ. 「シナリオベース・イノベーション」の進め方

シナリオ・プランニングにおいては、複数の因果関係を紐解く発想が重要な考え方である。因果関係とは、原因とそれによって生じる結果のとの関係である。すなわち、AとBという要素の間に「Aが原因となってBという結果が起きる」という関係が成り立つことである。外部環境の要因変化について、相関関係、時間的秩序などの関係性を、詳細に紐解いていく。

この因果関係を紐解く発想を応用させ、「新結合」を創出する思考法が、シナリオベース・イノベーションの考えの元である。

シナリオベース・イノベーションにおいては、上述のように外部環境の因果関係を紐解いた後、世の中を成り立たせる構造について理解するためのプロセスを実施する。具体的には、未来の状況はどのようになっているか、そこに至るための未充足ニーズは何か、どのような事業機会があるか、などを構造化する。このプロセスを実施しながら、複数の未来の状況を結びつけることができないか、結びつけることができたらどのようなことが起きるか、という未来にフォーカスする。すなわち、「新結合」の創出を見出すプロセスである。

ブルーライト低減メガネを例に挙げよう。
そもそも眼鏡は、視力矯正をするものである、という目的の商品であった。IT機器利用頻度の高まりや健康意識の高まり、ゲーム市場の拡大などの未来の状況に対して、目の負担を軽減したいという未充足ニーズが大きくなることが想定された。この新たなニーズに着目し、既存の目的と未充足ニーズを結合させることで、ブルーライト低減メガネは、眼鏡をかけていた人にも、そもそも眼鏡をかけていなかった人にも人気を博し、大ヒット商品となった。

次に、アメリカで誕生したライドシェアサービスの例を挙げる。
ライドシェアサービスが登場する前から、タクシーという移動手段は存在していた。しかし利用者にとっては、「安全性を担保してほしい」といニーズがあった。そこには、タクシーでの犯罪に対する不安や、もっと安全に運転してほしいという心理的背景があった。また、「タクシーは電話で予約するか乗りたい場所で手をあげるしかないのでもっと早く車が来てほしい」というニーズもあった。一方、ドライバーにとっては、「好きな時間に働きたい」、「お客様とのトラブルは避けたい」というニーズがあった。スマートフォンの利用が当たり前になるという未来を見通し、そもそもの移動手段という目的に、これら利用者の未充足ニーズとドライバーの未充足ニーズを結合させたことでこのサービスは生まれ、世の中に大きなインパクトをもたらした。

上記2つの例から言えることは、見出された「未充足ニーズ」が「既存の目的」と「結合」されて実現されたということである。これら2つの組み合わせに限定されるわけではなく、例えば「未充足ニーズ」と、企業の持つノウハウや技術などの「シーズ」の「結合」もあり得るだろう。「既存の目的」や「シーズ」など、単体では描き切れなかった世界を、因果関係を紐解くことで見出すことが可能となる。

シナリオベース・イノベーションは、商品企画やサービス企画など、新規ビジネスを創出する際の上流プロセスにおいて有効であると考える。取り組むにあたっては、偏ったアイデアとならないように、企画部門のみが参加するのではなく、開発部門や生産部門、マーケティング部門など、関連部門からの参加者も交えたオープンなディスカッションが、未来起点での事業を描き出すには有効である。

大事なポイントは、プロトタイピングを意識しながら、まずは案の創出にフォーカスするということである。また、初期段階においては、アイデアを一つだけに絞るのではなく、数多くのアイデアを出していくことがポイントであることも強調しておきたい。

従来、シナリオ・プランニングでは不確実性を前提とした複数の未来を描き出すということに主眼がおかれていたが、これを応用させ、複数の事業環境を描き出すことで新たな価値を創造する発想法がシナリオベース・イノベーションである。

不確実性がますます高まるこれからの時代において、「シナリオベース・イノベーション」の活用がイノベーションの創出に寄与し、社会や企業において変革を成し遂げられるビジネスパーソンの一助となれば幸いである。

※本文中の意見や見解に関わる部分は私見であることをお断りする。

 

執筆者

デロイト トーマツ ファイナンシャルアドバイザリー合同会社
コーポレートイノベーション
マネジャー 山本 佳

(2024.7.11)

※上記の社名・役職・内容等は、掲載日時点のものとなります。

FA Innovative Sensesシリーズ

シリーズ記事一覧

記事、サービスに関するお問合せ

>> 問い合わせはこちら(オンラインフォーム)から

※ 担当者よりメールにて順次回答致しますので、お待ち頂けますようお願い申し上げます。

お役に立ちましたか?