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未来洞察のポイント~企業の自己革新の視点から
Financial Advisory Topics 第8回
不確実性がますます高まる今日、日々の変化に目を奪われるのではなく、未来を長期的に見据える重要性が高まっています。企業は、シナリオ・プランニングなどの未来洞察の手法を、どのように使いこなしていくべきなのでしょうか。本稿では、企業の自己革新の視点から、こうした手法を使う際のポイントについて解説を加えます。
目次
- I. はじめに:企業が自己革新に失敗する典型的なケース
- II. E=Q×A
- III. 戦略策定におけるOutside-InとInside-Out
- IV. 環境の変化だけに特化して考えるシナリオ・プランニング
- V. 企業の自己革新とシナリオ・プランニング
I. はじめに:企業が自己革新に失敗する典型的なケース
皆さんの企業では、長期ビジョンや戦略を立てる際に、次のようなケースに遭遇した経験はないだろううか。
- ケース①:専門知識を持った外部機関に、未来洞察や戦略策定を依頼したところ、質の高いアウトプットは得られたものの、現場サイドの抵抗感が強かったり、社内の納得感・「腹落ち」感が不足していたりして、その後の革新行動につながらなかった。
- ケース②:自社の強みを活かすため、また現場の納得感を得るために、内部の精鋭チームで未来洞察や革新行動を行ったものの、視野の拡がりに欠けた結果、予定調和的ともいえる「既存の延長上の未来」のアウトプットにとどまった。
筆者は過去30年近くにわたり、企業の自己革新をサポートするコンサルティングに従事してきたが、この2つはお客様が、「典型的な過去の失敗事例」としてあげるケースだ。
こうしたケースは、アウトプットの質の高さをどう担保するかという「コンテンツ」の視点に加えて、どのような進め方をすべきかという「プロセス」の視点を加えることにより、解決可能であるというのが、筆者の主張である。
II. E=Q×A
企業の革新について、語る際に「E=Q×A」1 というフレームワークで考えると理解しやすい。
変革行動の有効性(Effectiveness)は、その変革に向けた内容の「質(Quality)」と、その変革行動に関わるメンバーの「(変革内容への)受容度(Acceptance)」の「掛け算」によって決まるというものである。
どんなに提言の質が高くても、参加メンバーが納得しなければ、掛け算結果は限りなくゼロに近づく。これが上記のケース①に該当する。
一方、参加メンバーのやる気やモチベーションがいくら高くても、変革に向けた内容の質が低ければ、こちらも掛け算結果はゼロに近い。これがケース②だ。
このフレームワークで考えると企業の未来洞察や中長期の戦略策定には一定の進め方があるはずだということに気づく。そのポイントは、「プロフェッショナルの力を借りつつ、考察・討議の質を高めながらも、参加メンバーの納得感を醸成し、真の変革行動につながるように、自らが主体的に取り組む」ということになる。
III. 戦略策定におけるOutside-InとInside-Out
企業が未来洞察を行う目的は、中長期の戦略策定のためである。では戦略の定義とは何だろうか。
ある学者らは、「戦略とは、環境の変化に応じた、資源の投入・展開パターンである2 」と定義している。環境が変化すれば、それに対応する形で、ヒト・モノ・カネ・情報といった資源の投入先を変えていく必要があるし、その新たなパターンを形成していく必要があるという意味になる。例えば、クルマの業界において、若者が車を買わなくなり、レンタカーやシェアリングが一般的になれば、自動車メーカーもサブスクリプション型のサービスを展開して、このような変化に対応するというようなことが、「新たなパターンの形成」即ち、新たな戦略の構築である。
この定義に従えば、戦略策定のプロセスは、自ずと「アウトサイド・イン」型となる。
図1に示すように、戦略策定のプロセスは、一番外側の環境変化に応じてまたはそれを「先読み」して、その内側の戦略を変更し、究極的には中央の自社の強みを変えていくことになる。
しかし現実には、環境が激変している今日でも、過去の成功体験や過去の強みを何とか活かそうとして中長期の戦略策定を行っている企業は多い。図1でいえば、「インサイド・アウト」型で戦略を構築してしまう。
環境変化の分析はしないわけではないのだが、強みに近い環境変化にばかり目が行き、強みが活かせそうにない環境変化については、「そこまでの変化は起きるわけがない」といって割り引いて考えてしまう。こうした「インサイド・アウト」の発想が典型的に表れた結果が、上記のケース②である。
こうした都合の良い未来だけを前提とした戦略策定を行って、市場から消えていった企業の例は枚挙に暇がない。
IV. 環境の変化だけに特化して考えるシナリオ・プランニング
では、どのようにしたら「アウトサイド・イン」型の戦略策定が可能になるのだろうか。
その答は、図1の真ん中の2つ、戦略と自社の強みをしばらく忘れたうえで、未来の環境変化についてできるだけ客観的に考えるということだ。
この場合の戦略というのは、自社内で共有している中期的な戦略仮説ととらえていただければ良い。
この2つが視野に入ってしまうために、客観的な未来洞察ができない。そうであれば、これらを忘れて環境変化だけに特化して考えてみようということだ。その際に役立つのが、シナリオ・プランニングである。
シナリオ・プランニングは、「起こりうることは想定できるものの、その確率を事前に決めることが難しい」要素を不確実性(Uncertainty)と定義し、その不確実性の変化方向次第で起こりうる複数の未来環境を、それぞれシナリオとして客観的・論理的に記述することで、未来に備えようという手法である。
これだけ未来が不確実な時代に、ピンポイントの未来予測を行うのは、専門家を総動員しても難しい。そうであれば、最初から不確実性を前提に考えようということだ。
元々、石油業界で半世紀以上前に培われた手法で、1972年に行われたシナリオ・プランニングで策定された6つの未来シナリオ(石油業界の未来の状況)のひとつに「石油危機シナリオ」があり、これが1973年に「石油ショック」として現実化したことで、一躍脚光を浴びた。これを策定した企業は、こうした未来洞察を危機の一年前に行い、社内で共有していたが故に、変化対応を迅速に行うことができたといわれている。また最近の事例として、ドイツ政府が2012年に作ったグローバルパンデミックのシナリオが政府内で共有され、ドイツ内の16の保健省に伝達されていたが故に、今回のCOVID-19への対応スピードを速める結果につながった3 という例もある。
ここで大事なことは未来予測を完璧に行うことが主眼ではなく、複数の未来の状況を思い描くことで、未来への迅速な対応が可能になるという点だ。つまりポイントは「未来予測の精度ではなく、未来洞察の結果、自分たちが何をすべきかという『気づき』をいかに迅速に手に入れるか」だということである。石油業界の事例もドイツの事例も、未来を具体的に考えた結果、「もし、そのような環境変化が実際に起こったら、自分たちは何をすべきか、足りない点は何か、いま備えとして準備できることは何か」にいち早く気づいたために、迅速に行動できたことを示している。
不確実性の高い時代には、こうした「気づきのスピード」が企業の生死を決めるポイントになるということなのだ。
V. 企業の自己革新とシナリオ・プランニング
こうした「気づき」を得るためのシナリオ・プランニングには、一定の進め方が存在する。ここでは、その詳細は割愛するが、そのような進め方について、プロフェッショナルの力を借りることができれば、最初に紹介したケース①を避けつつ、質と納得度の高い未来洞察と中長期の戦略策定が自ら可能となるはずだ。図2には、当初に紹介した「E=Q×A」とシナリオ・プランニングの関係が示されている。
自分たちで納得度を高めつつ、どのように未来洞察議論の質を高められるかという視点で、本稿をご参考にしていただき、不確実性の高い環境下での戦略策定の一助としていただければ幸いである。
1 Vennix, Jac. A.M (1996) Group Model Building. John Wiley & Sons, page 6
2 ホファー/シェンデル(1981), 戦略策定. 千倉書房
3 “Germany’s 2012 Covid scenario became real in 2020”, The Nomad Today , March 25, 2020
執筆者
デロイト トーマツ ファイナンシャルアドバイザリー合同会社
コーポレートイノベーション統括
パートナー 西村 行功
(2022.4.4)
※上記の社名・役職・内容等は、掲載日時点のものとなります。