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ビジネスエコノミクス基礎講座~エビデンスに基づく事業戦略~ 第10回
社会インフラの経済分析:需要予測から経済効果まで
社会インフラを取り巻く環境は、従来からの課題である自然災害の頻発や老朽化、人口動態の変化に加えて、COVID-19による人流・物流やライフスタイルの変化により大きく変化しています。このような環境下において必要とされる中長期的なインフラ整備の効果を予測できる経済学的手法を簡潔にご紹介します。
I.はじめに
COVID-19の拡大により社会インフラを取り巻く環境は大きく変化しており、社会インフラ1 の本来の役割が見直されている。本来、社会インフラには短期的な経済拡大による景気下支えとしてのフロー効果と、中長期的な観点から国民の安全・安心、持続可能な地域社会、経済成長の基盤を提供するストック効果がある。このストック効果の重要性については、2021年3月末実施の国土交通省での社会資本整備審議会2 で討議され、国内インフラ整備の今後の方向性をまとめた第5次社会資本整備重点計画の素案で言及されている。素案の概要は、従来の課題である自然災害や人口減少、インフラ老朽化やカーボンニュートラルへの対応だけでなく、COVID-19による人流・物流の変化やデジタル化への対処が必要であり、その達成には、ストック効果を最大限発揮したインフラ整備を行うことが望ましいとされている。本稿ではこのような背景を踏まえて、需要予測や経済効果の観点からインフラ整備のストック効果の評価手法を説明していく。

II.インフラ整備で発生する需要の予測
まず、インフラ整備のストック効果を予測するうえで、整備により発生する短期~中長期的な需要(例:空港新設による航空旅客の動向や道路整備による交通量等)を推定する必要がある。図1は、その需要予測のステップを簡単にイメージしたものである。このステップにしたがって、航空旅客の予測を行う場合のポイントを簡単に説明していく。最初に、予測要因を特定するステップ1では、整備や新設対象となる空港の規模(例:ターミナル数や滑走路の数)や利用旅客の属性、空港周辺の観光地の概況等を把握する必要がある。ほかにも、ある程度の大きさを持つ国ならば国内線と国際線の両方が就航しており、国内線は代替の移動手段(バス・鉄道)等が存在するために、その代替手段の検討も必要である。加えて、交通機関の交通量を示すパーソントリップ数のデータを用いて、過去の旅客数の変動要因も特定する必要がある。次にステップ2では、把握した予測要因に関係するデータを収集して、時系列やパネルデータ3 形式で整備していく必要がある。具体的なデータの種類としては、国・地域すべての旅客動向のデータをまとめたOD表(Origin-Destination Table)や対象地域の社会経済変数や観光客の推移に関するデータが挙げられる。ステップ3では、これまでのステップを踏まえて、把握した予測要因やデータの取得状況に応じて適切なモデルを選択することになる。航空旅客の予測の場合、広範囲の全ての交通手段を含めた交通計画を策定できるOD表予測モデル4 (図1中記載)が望ましいとされている。しかし、この手法の欠点は、広範囲のデータが必要となるため、時間とコストがかかる点である。そのため、比較的必要となるデータの範囲が広範囲にならず、統計ソフトで再現しやすい回帰分析の手法を採用することも考慮すべきであろう。
ステップ4では、作成した予測モデルの検証を行うが、主なポイントとしては1)モデルに必要な説明変数の確認、2)テクニカルな変数の設定、3)統計的評価指標の確認が挙げられる。例えば、航空旅客の需要を予測に影響を与える変数の例としては、ジェット機の燃料価格や航空運賃が挙げられるし、テクニカルな変数であれば、ある期間以降の経済の構造変化を定量的に示すダミー変数が挙げられる。また、統計的な検証指標については、以下図2に一例を示しているが、回帰式の当てはまりの良さを示す指標、説明変数の評価指標、予測値と実現値の乖離等の3種類の指標が存在する。最後にシナリオ分析を行うステップ5では、今後のCOVID-19からの経済回復シナリオをどのようなパターンで想定するかによって、複数のシナリオが検証可能である。特に航空旅客の推移は、各国のCOVID-19の感染防止策や感染状況にも影響を受けるため、これらの情報を把握する必要がある5 。
III.インフラ整備で生じる経済効果
インフラ整備の経済効果には、冒頭でも述べた通り、フロー効果とストック効果の2種類がある。フロー効果は、インフラが創出する短期的な経済波及効果を示し、ストック効果は、インフラ整備によって中長期的に発生する経済的効果を示す。それぞれの効果の主要な評価手法を以下の図3にまとめている。
空港整備によるストック効果に含まれる効用の向上効果としては、利便性の改善効果が挙げられる。例えば、滑走路の改修・増設による発着便の増加や、飛行経路の見直しによる飛行時間の短縮効果が生じて、航空旅客サービスの品質向上による旅客数の増加が考えられるだろう。このような効果を測定する方法として、国土交通省が実施している費用便益分析の観点から、前項Ⅱに記載の方法で推定した需要予測の結果を用いて、消費者余剰等を算出することが可能である6 。また生産性の向上効果としては、空港整備による機能向上で、航空輸送コストが減少することで、周辺地域への産業立地の増加やそれに伴う生産額の増加、さらには地域住民の所得水準や地方自治体の税収の向上といった便益の波及効果が考えられる。このような波及効果の分析においては、各経済主体(政府・企業・家計等)が相互に影響し合い行動することを前提とした応用一般均衡モデル7 や複数地域間の交易の変化による影響を考慮した空間的応用一般均衡分析モデルを用いることが可能である。ただし、これらの手法の欠点としては、分析対象の市町村によってはデータ入手が困難な点や、大規模かつ複雑な分析が実施可能な専用ソフトウェアが必要な点、さらには都市経済学の観点からの開発・誘発需要や都市への集積効果の一部を把握できない点がある8 。
IV.おわりに
日本国内の今後のインフラ整備には、ストック効果が期待できる選択と集中による効率的なインフラ投資が必要とされている。そのためには、本稿で述べたストック効果の経済分析手法を活用すべきである。また、金融機関等からのスムーズな資金援助を得るためにも、このストック価値をステークホルダーへ公開して、整備対象となるインフラの必要性を発信していくことが重要であろう。
※本文中の意見や見解に関わる部分は私見であることをお断りする。
*1 本稿では経済活動の生産基盤となる道路、港湾、空港といった交通インフラ、都市インフラを想定する。
*2 021年3月31日 国土交通省_第47回計画部会配布資料:【資料1-1】第5次社会資本整備重点計画の概要(案)
*3 簡易には需要が複数に細分化されており、かつ各変数が過去にさかのぼっているようなデータのことを指す。
*4 この手法は4段階推定法ともいわれ、このモデルの説明はビジネスエコノミクス基礎講座~ 第4回を参照
*5 COVID-19への影響については、航空旅客ではないが、デロイト トーマツ グループの以下のレポートでも分析している
デロイト トーマツ ファイナンシャルアドバイザリー合同会社2020年9月:COVID-19影響を踏まえた需要予測
*6 国土交通省: 空港整備事業の費用対効果分析マニュアルVer.4(PDF形式)
*7 モデルの説明はビジネスエコノミクス基礎講座~ 第1回を参照
*8 紙幅の都合上割愛するが、図3記載のWider Impactsを使用して都市の集積効果を評価することが可能である。
(2021.5.11)
※上記の社名・役職・内容等は、掲載日時点のものとなります。