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ビジネスDDガイド:コマーシャルデューデリジェンスの実務ポイント 第14回

コマーシャルデューデリジェンスの重要性(後編)~どのように市場の魅力度を判断するのか~

第7回でコマーシャルデューデリジェンスの重要性について解説をさせていただいたが、本稿では「市場の魅力度」を判断するためにコマーシャルデューデリジェンスが重要になる理由を学術的な背景も交えながら解説します。

I.はじめに

過去、第7回でコマーシャルデューデリジェンスの重要性について解説をさせていただいたが、本稿では「市場の魅力度」を判断するためにコマーシャルデューデリジェンスが重要になる理由を学術的な背景も交えながら解説する。

II.コマーシャルデューデリジェンスの活用方法

財務、税務、法務等のデューデリジェンスを実施し、M&Aのターゲット企業に問題はないとの判断になっても、「ターゲット企業が属している市場の魅力度はどうなのか?」という疑問が残る。その問いに対して答えを導きだすためのツールがコマーシャルデューデリジェンスである。

第7回のでは、コマーシャルデューデリジェンスの重要性について「内部環境を中心としたデューデリジェンスで不足している部分を補っており、外部環境の変化で想定外の業績悪化に見舞われるという企業に対しての一助となる役割を持っている」と総括したが、それ以外にもコマーシャルデューデリジェンスは市場の魅力度を判断するためにも用いることができる。順を追って解説をしていくが、まずは市場の魅力度に関して用語の定義を行う。

 

III.市場の魅力度とは

―利益を生み出すことができるかが魅力度を測る指標

市場の魅力度は様々な角度から評価することができるかもしれないが、どの企業にも様々なステークホルダーが存在し、常に利益を生み出し続けることを求められており、各社共通していえるのは利益を獲得できる市場が企業にとって魅力的であるということである(非営利組織は除く)。そのため、①利益の源泉を生み出すことのできる市場(生み出し続けることのできる市場)、②企業が保有するケーパビリティで優位性(利益の源泉)を確立できる市場、という条件が挙げられる。ここで、市場の魅力度を測るのに、なぜケーパビリティの有無が条件に入るのかという疑問があるかもしれないが、最終的に企業が利益を生み出せない市場は、いくら外部環境が良かったとしても市場として魅力的とはいえないからである。

 

―利益を生み出すためには外部環境と内部環境のどちらも重要

上記のように利益の源泉に関しては、外部環境(市場に起因するもの)と内部環境(企業に起因するもの)に分けられるが、この点に関して「外部環境と内部環境のどちらが重要なのか?」という古くからの議論がある(詳細を知りたい方は『Diamond Harvard Business Review, 2001 May』の「ポーターVS.バーニー論争の構図」を参照いただきたい)。McGahan and Porter(1997) の実証結果を見る限り、優劣はさておき、外部環境および内部環境の両方が収益源になっているのは明らかであり、安易に結論を出すことには批判をいただくかもしれないが、利益を生み出すためには外部環境と内部環境の両方とも重要という結論にたどり着く。

なお、話が少し逸れるが、 McGahan and Porter(1997)では面白い実証結果がある。卸/小売、宿泊/エンターテインメントとサービスは利益の源泉について業界効果がそれぞれ41.8%、64.3%と47.4%となっており、一方で製造業は10.8%と低水準になっている(正確に記述をすると、数字は利益の分散に対する各ファクターの分散の割合を表している)。この数字が意味するところとしては、非製造業は個別企業の活動よりも業界構造が利益の源泉になりやすいと解釈できる。 

【図表1】利益の源泉(利益率の分散に関する各ファクターの分散の割合)
※クリックして画像を拡大表示できます

―外部環境分析と内部環境分析には一定の関連性がある

上記で外部環境と内部環境という括りで分けたが、外部環境分析と内部環境分析には一定の関係性があり、そもそも完全に切り分けることが難しいと考えている。 少し分かりにくい点ではあるが、フレームワークを用いると容易に理解できるため、代表的なものを用いて説明を行う。外部環境分析を行う際に用いられる代表的なフレームワークはファイブフォース分析があり、一方で内部環境分析ではVRIO分析が挙げられる。

ファイブフォース分析は、業界内において影響を受けうる5つの要因に関して分析をするフレームワークである。同フレームワークを開発したポーター氏は①業界内の競争、②新規参入の脅威、③代替品の脅威、④売り手の交渉力、⑤買い手の交渉力、という5つの要因を挙げている。

【図表2】ファイブフォース分析
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VRIO分析は内部環境分析を行うために用いられるツールであり、同フレームワークの開発者のバーニー氏は競争優位性を構築するために経済価値(Value)、稀少性(Rarity)、模倣困難性(Inimitability)、組織(Organization)という観点を挙げている。

【図表3】 VRIO分析
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VRIO分析は企業のケーパビリティに注目しているが、実際に分析するためには外部環境も理解していることが求められている。例えば、経済価値では外部環境の脅威や機会が何かを特定することが求められる。一方でファイブフォース分析は、例えば代替製品やサービスの脅威を分析するためには、企業がどのような製品やサービスを提供しているのか内部環境を理解しておく必要がある。そのため、内部環境を分析するVRIOおよび外部環境を分析するファイブフォース分析という形で独立したものではなく、両分析は一定の関係性を有しているといえる。これは、ジェイB.バーニー『企業戦略論【競争優位の構築と持続】基本編』で述べられているRBVやVRIOはファイブフォース分析等と補完関係にあるという記述と整合している。 

 

IV.コマーシャルデューデリジェンスが果たす役割

ここまで順を追って解説を行ってきたが、市場の魅力度を分析するためには外部環境および内部環境の両面から分析を行う必要がある。コマーシャルデューデリジェンスの市場環境分析、競合環境分析、顧客動向分析はフレームワークが異なるものの、ファイブフォース分析の検討項目は網羅しており、かつ外部環境からの視点でVRIO分析も行っている(厳密にいうとVRIOのOはオペレーショナルデューデリジェンスのカバー範囲と整理することができる)。コマーシャルデューデリジェンスは利益の源泉を解明するための検討項目をカバーしており、市場の魅力度を判断するための役割を果たしているということができる。なお、第7回でコマーシャルデューデリジェンスのカバー領域をご紹介していたが、一部内部環境に領域が被っているのは、外部環境分析を行ううえで企業を理解ことが必要であるということを意味している。

【図表4】コマーシャルデューデリジェンスのカバー領域(概念図)
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V.総括

魅力的な市場は「①利益の源泉を生み出すことのできる市場(生み出し続けることのできる市場)」、「②企業が保有するケーパビリティで優位性(利益の源泉)を確立できる市場」という条件を満たす必要がある。 それを分析するためにコマーシャルデューデリジェンスが重要な役割を果たしている。なお、コマーシャルデューデリジェンスの具体的な分析プロセスなどをご参考にされたい場合には過去の記事をご参照いただきたい。

 

※本文中の意見や見解に関わる部分は私見であることをお断りする。

執筆者

デロイト トーマツ ファイナンシャルアドバイザリー合同会社
コーポレートストラテジーサービス
ヴァイスプレジデント 中山 博喜

コーポレートストラテジー部門にて、各業種のクライアントに対して主にビジネスDD、コマーシャルDD、オペレーショナルDDを提供。クロスボーダー案件の経験も数多く、現在は在タイの日系企業を中心にM&A案件に関するアドバイザリー業務を提供。

監修

デロイト トーマツ ファイナンシャルアドバイザリー合同会社
コーポレートストラテジーサービス統括
パートナー 初瀬 正晃

主にM&A戦略、統合型デューデリジェンス(ビジネスDDを含む)、事業計画策定支援、事業価値評価、交渉支援、PMI支援、Independent Business Review (IBR)、Corporate Business Review (CBR)、Performance Improvement (PI)に従事。大手商社の経営企画部に出向し、国内外の投融資案件を多数支援した経験を有する。

 

(2021.1.19)
※上記の社名・役職・内容等は、掲載日時点のものとなります。

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