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失敗事例から学ぶ内部通報対応のポイント~信頼を勝ち取るための内部通報対応~

クライシスマネジメントメールマガジン 第56号

I. はじめに

内部通報が不正・不祥事発見の最も有効な手段であることは不正対応の実務では常識となっている。一方で、その効果を十分に認識できていない企業も多いのではないだろうか。公開されている多くの第三者委員会や特別調査委員会の報告書では、不正・不祥事を発見できなかった原因として内部通報が十分に機能していなかったことが指摘されている。通報制度自体がなかったとされるケースは極めてまれで、不正・不祥事を認識していたとしても、通報制度が利用されていないというのが大半である。通報制度が利用されなかった原因として、「言っても無駄」「実行者が裏で結託している」「どうせもみ消される」「通報したところで意味がない」といったように、内部通報への信頼欠如が、いくつもの報告書で指摘されている。

内部通報者にとって、自分が通報した情報がどのように使われるかは死活問題である。組織のためによかれと思って行った通報が何の役にも立たず、あるいは、反対に自身の立場を脅かすようなものになってしまうとしたら、利用されなくなるのは必然といえる。

通報制度が利用者の信頼を勝ち取るためには、通報された情報が、会社内で適切に処理され、そして組織の改善のために利用される必要がある。本稿では、3つの失敗事例を通して、内部通報受付後対応として頻出する運用上の問題点を紹介し、それらへの対応策に合わせて、利用者が安心して利用できる内部通報制度を構築するためのポイントを紹介したい。

II. 失敗事例①:対応ルールの不備

最初に中国子会社において贈収賄の通報を受けた英国企業の事例を紹介する。この企業では通報直後の対応に大きな問題があった。
 

通報後の経緯

  • 英国企業Aは、中国における贈収賄について内部通報を受けた
  • しかし、通報対応について明確なルールがなかったため、シンガポールの法務チームに通報内容の簡易的な確認のみを依頼し、その結果、通報事項の一部が虚偽であると決定づけた
  • 担当者は虚偽通報の実行者を見つける必要があると考え、探偵を雇ったが、その探偵は中国国民の個人情報の違法売買疑惑で逮捕された
  • その後、中国当局によって行われた調査によって、贈収賄が行われていたことが判明し、現地役員及び従業員が合計数十名逮捕された
     

この贈収賄事件は国際的なものであったことからもニュース等で大きく取り上げられた。また、通報後の対応にも問題があったことなどから、英国企業Aには多額の罰金刑が課せられた。会社には大きな損失が発生し、通報者は会社からあらぬ疑いをかけられることになった。ここでは何が問題で、どうすべきだったのか。

本件では、通報後の対応についてルールがなかったことが、事態を悪化させる根本的な原因となっている。通報された内容は適切な担当者には伝達されず、不正の発見ではなく、通報者の特定が行われた。内部通報の制度の構築においては、通報窓口の設置と、通報件数を増やすことに目が行きがちであるが、通報後にどのような行動を取るべきかについても、制度全体にとっては極めて重要な要素である。一方で、どのような事象が通報されるかを事前に知ることはできず、判断に迷うような通報を受けた際に、受付担当者が適切な判断を行えるかは、組織として対応基準とルールを事前に準備できているかにかかっている。この事例においては、通報後の対応を明文化し、対応基準の作成、それを受付担当者に周知徹底されるべきであった。

この課題は、すべての日本企業においても喫緊の課題である。2022年6月1日に改正された公益通報者保護法では、通報に対し適切に対応するために必要な体制整備等の措置をとらなければならないと定められている。そこでは調査に支障が出る場合を除いて通報者の探索を行ってはならないという決まりなど、通報者の保護を目的としたルールが定められている。また、内部通報を受け付ける担当者に、新たに通報者に関する守秘義務が課されており、違反した場合は刑事罰の対象になる。通報者を保護することは当然であるが、通報の受付担当者を守るためにも、ルール作りとその周知が非常に重要になっている。

III. 失敗事例②:調査能力不足

では、通報受付後の手続きが明確になっていればすべて解決するのだろうか。2つ目の事例は、調査担当者が不正を見逃してしまった事案である。
 

通報後の経緯

  • B社の通報窓口に、検査不正を指摘した通報がなされた
  • 社内規定にもとづき、事実確認のヒアリングを実施した。ただし、調査チームには十分な人員が配置されておらず、検査手続きに不慣れなものが担当した
  • 複数のヒアリング対象者が示し合わせて虚偽の説明を行ったことから、会社として不正はなかったと判断した
  • その後、外部機関からの指摘があり、検査不正が行われていたことが発覚した
     

この事例では、不正が行われていたことだけでなく、複数の関与者が隠蔽を行ったことで、注目を浴びることとなった。また、調査を失敗したことにより会社の自浄能力を疑われることになった。本件では通報後に社内規定にもとづき調査が行われており、手続き自体には問題はないように思える。しかし、内部通報が有効に機能したとは言えない。では、何が問題だったのか。

端的に言えば調査を失敗したことが問題であるが、調査チームに十分な人員が配置されていなかったことから、調査能力が質、量ともに不十分であったことが原因と推測される。不正に関する調査は内部監査など平時に行われるモニタリング活動とは大きく異なる能力、そして経験が必要となる。不正には通常、隠蔽行為が伴う。そのため、調査を実施する者は様々なソースから情報を収集し、不正全体の仮説を構築し、その仮説を検証するための調査手続を設計し、実行する必要がある。また、検証結果を踏まえ仮説を再構築し、再度検証するといった複雑な手順を踏んで、事実関係を整理する。本件では情報収集をヒアリングのみに依存していたため誤った結論を出してしまっている。関連資料の査閲・分析、データアナリティクスによる取引詳細分析、電子メール等へのデジタルフォレンジック調査など複数の手法を組み合わせることで矛盾を見出し、隠蔽行為があったとしても真相にたどり着いていた可能性がある。十分な調査能力の具備と実行を含めてこその内部通報制度であり、仮に不足しているのならば、外部アドバイザーの力を借りることも視野に入れるべきであろう。

IV. 失敗事例③:類似事案の見逃し

最後に紹介するのは、通報対応の結果、不正が明らかになり、関与者の処罰まで行われた事例である。しかし、その後、会社は大きな批判を受けることとなった。
 

通報後の経緯

  • C社は、子会社aにて架空発注などがあるとの内部通報を受けた
  • 社内調査を実施したところ、数十名の従業員が関与していたことが判明し、子会社aの社長を解任した
  • 調査終了後に、監査手続きの中で、子会社aにて、さらに前の時期において、類似の不正が行われていたことが判明したため、再度調査を実施することとなった
  • その後、子会社a以外の子会社においても、複数の不適切な取引があったことが判明した
     

この事例では、初期的な対応としては通報対応に成功したかのように思えた。子会社における不正の疑いについて通報を受け、親会社は調査を実施し、不正を認識、そして、関与者を処罰した。しかし、その後の経緯を見ると、一筋縄ではいかなかったことがわかる。

当初の調査が終了後、2つの方向で不正の範囲が広がっている。一つは不正発生会社における不正の期間である。調査後の監査手続きの中で、調査で判明した期間よりも前から不正が行われていたことが判明した。また、再調査において発生拠点も大きく増加した。結果として度重なる不正範囲の広がりによって会計監査が遅延し、世間の注目を浴びることになった。この事例では通報後の対応もできており、調査も一旦は終了している。何が問題だったのか。

大きな原因として、内部通報が是正の機会を得るための制度あるという認識が欠如していたことが指摘される。内部通報は、不正を発見するための貴重な情報を提供する。しかし、その情報を受け身的に処理していては、本来の効果を得ることはできない。通報によって不正を発見したのであれば、「端緒である」という認識の下、是正の機会と捉えて徹底的な調査を行わねばならない。不正調査の実務では、類似の不正の調査を「他件調査」と呼び、ほとんどの調査で実施する。それは、不正発生には必ず原因があり、その原因は会社の様々な個所に影響を与えるため、1つの不正が発覚した場合、類似の不正がある可能性があるからである。この事例では、会社は、通報のあった会社のごく限られた期間のみを調査し、それで満足してしまっていた。内部通報は、単に通報者が目の前の不正を密告するためだけのツールではない。内部通報は、適切に運用することで、大きな危機を避けるための防護壁になる。残念ながら、この事例ではこの認識が欠けていたといわざるを得ない。

V. 適切な内部通報対応のための3つの要素

以上3つの通報対応の失敗事例を見てきた。これらは不正予防・再発防止における「初期評価」「事実確認」「是正措置」の3つのプロセスに対応する失敗事例である。そして同時に、通報された情報が、会社内で適切に処理され、組織の改善のために活用され、最終的には通報制度が利用者の信頼を得るために、「対応ルール」「調査能力」「目的意識」の3要素が必要であることも表している。

通報後のフローと適切な環境
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「対応ルール」は内部通報を適切な処理ルートに乗せるために必要であり、企業自身と受付担当者を守る仕組みでもある。「調査能力」は通報された情報の真偽を確かめるために必要不可欠であり、この能力に欠けていた場合、内部通報制度はその存在意義を失う。不備・瑕疵を徹底的に改善するという「目的意識」が伴わない場合、内部通報制度は組織に利益をもたらさない。反対に、これらが揃った内部通報制度は、不正・不祥事と戦うための極めて強力な手段となる。

VI. まとめ

先日、当社が発行したアンケート調査(「企業の不正リスク調査白書 Japan Fraud Survey 2022-2024」)によれば、日本企業の内部通報制度における通報は未だ不活発である。単に周知が不十分ということに加えて、本稿で指摘した不備により、通報者の信頼が得られていないことが背景にあることは間違いがないところであろう。コロナ禍が継続する中、海外子会社の不正・不祥事の発見手段として、内部通報制度への関心が非常に高まってきている中でもある。本稿が「ルール」「調査能力」「目的意識」を備えた内部通報制度の真の強化に役立てば幸いである。

執筆者

デロイト トーマツ ファイナンシャルアドバイザリー合同会社
フォレンジック&クライシスマネジメントサービス
井本 元毅(ヴァイスプレジデント)

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