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「信頼」の可視化による組織戦略への活用 ~TrustIQによる「信頼」の測定~

クライシスマネジメントメールマガジン 第62号

目に見えない信頼を経営資源として活用し、組織のパフォーマンスを高めるためには何をすればよいでしょうか。本稿では、信頼を定量的に把握し、業界のベンチマークと比較することで、より信頼される組織となるために注力すべき課題を明確にする診断ツール「TrustIQ」をご紹介します。

I. 企業を取り巻く信頼の状況

規制強化、不安定な社会経済、絶え間ないステークホルダーからの要望など、様々な要因が複雑に絡みあう中で、信頼は組織の成功や失敗を決定づけるものとして、ますます重要な要素となってきている。近年デロイトが実施した調査や、信頼に関する研究からは、信頼に関する以下の4つのメリットが明らかとなっている。

① 財務パフォーマンスの向上 
② カスタマー・ロイヤルティの確立
③ 従業員エンゲージメントの強化
④ ブランドの保護

具体的には、信頼レベルが高い企業は、市場価値において信頼レベルが低い企業を最大で4倍上回る(①)。また、ブランドを高く信頼している顧客のうち、88%が再びそのブランドの商品等を購入し、62%がほぼ独占的にそのブランドの商品等を購入している1 (②)ことが判明した。そして、雇用主を高く信頼している従業員のうち79%が仕事に意欲を感じており1 、組織のリーダーシップへの信頼は業務のパフォーマンスや、全般的な仕事の満足度、組織へのコミットメントに好影響を与える (③)。一方で、信頼に影響を与えるような事案の発生により、時価総額は同業他社より26~74%低くなる (④)。これらのデータを踏まえると、信頼は企業の業績を牽引する重要な経営資源と位置付けることができるだろう。

調査では、企業の役員層にも信頼の重要性が認識されていることが示されている。取締役の94%が信頼を築くことが業績にとって重要であると考えており 、CEOの85%は信頼が従業員のモチベーションとカスタマー・ロイヤルティにとって非常に重要であると考えている5 。さらに、取締役の18%が6か月以内に信頼に関して何らかのアクションを取る必要があると考えている6

このように信頼の重要性は認識されているものの、現状ではステークホルダーとの信頼の構築に向けた積極的な取り組みはあまり進んでいないように思われる。ステークホルダーからの信頼の状況を把握する方法を有している企業は14%にすぎず7 、取締役の63%が信頼について議論していないか、もしくは信頼について議論する定期的な場がないと認めている1 。取り組みを阻む障壁としては、そもそも信頼の定義が明確でないことや、信頼を測定することが困難であること、役員レベルにおいて組織の信頼に関する責任の範囲が明確となっていないこと等が考えられる。

 

II. TrustIQによる「信頼」の測定

信頼を経営資源として活用し、組織のパフォーマンスを高めるためには、まずは組織の信頼の現状を把握することが重要となる。そのためには、どのように信頼を定義し、測定すればよいだろうか。上述の障壁を解消する必要がある。

デロイトでは、「信頼」を高い能力と正しい意図を示す行動を通じて構築されるものと定義し、独自のフレームワークを用いたTrustIQTM(トラストアイキュー)という診断ツールにより定量的に測定することを可能にした。フレームワークは、組織のリーダーシップや、カスタマー・エクスペリエンス、コンプライアンス、サイバー、DE&I、ESGといった経営上の重要な領域を含む17のドメインと、それに紐づく90以上の「トラストドライバー」で構成されている(下図参照)。

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TrustIQTMでは、このフレームワークの各要素に基づき、インサイド・アウト(組織内)とアウトサイド・イン(組織外)の2つの視点から「信頼」の現状を分析する。具体的には、組織内からの「信頼」に関しては、従業員へのサーベイを実施することにより測定する。組織外からの「信頼」に関しては、ニュースメディアやソーシャルメディア等の外部情報を分析することにより、外部の様々なステークホルダーからの認識を測定する。そして、これらの測定結果について、グローバルで収集された業界ベンチマークとの比較・分析を行う。

分析結果は、最先端のデータビジュアライゼーション技術を活用した、ダッシュボードで閲覧することができる。そのため、企業は可視化された自社の「信頼」の現状を踏まえ、より「信頼」される組織となるための重点領域を特定し、優先順位をつけて対応することで、最終的には組織のパフォーマンスを向上させることが可能となる。

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実際にTrustIQTMを活用した一例としては、コンプライアンスやサイバーのドメインにおいて組織内外のステークホルダーからの「信頼」に懸念が生じていることが判明したケースが挙げられる。分析により、サイバー攻撃や、従業員の故意/過失による個人情報漏洩リスクが高まっていることが判明したため、個人情報保護ワークショップの実施や、ガイドラインの作成、組織内外に向けた個人情報保護に関するメッセージの発信、関連するウェブコンテンツの充実等の対策を行った。これにより、信頼を棄損する事案の発生を防ぐための手当ができたとともに、対外的なメッセージの発信等によりステークホルダーの信頼の向上に向けた取り組みを行うことができた。

III. おわりに

ステークホルダーからの信頼を高めるための取り組みは、一度で完結するものではない。組織が直面する様々な要因が変化し続ける中で、信頼を経営資源として組織戦略に活用していくには、組織内外のステークホルダーからの信頼と自社の認識にギャップが生じていないかを常に意識して対応する必要がある。そのためには、一定の評価指標でもって定期的に組織の信頼を測定することにより、新たな変化を把握するとともに、自社の取り組みの効果を確認するという一連の活動を、組織に根付かせていくことが重要である。

 

※本文中の意見や見解に関わる部分は私見であることをお断りする。

 

1. Ashley Reichheld and Amelia Dunlop. Four Factors of Trust. Wiley, 2022. 
2. Sandra J. Sucher and Shalene Gupta. The Power of Trust. PublicAffairs, 2021. 
3. Deloitte, The Chemistry of Trust, 2019.
4. Deloitte Global Boardroom Survey, 2022.
5. Fortune/Deloitte CEO Survey, Fall 2022.
6. Deloitte. HX TrustID proprietary value of trust analysis and benchmarking survey (2021).
7. Deloitte. Quantifying Customer Trust Webcast Poll, Sept. 2022.

執筆者

デロイト トーマツ ファイナンシャルアドバイザリー合同会社
フォレンジック & クライシスマネジメントサービス
荒川 優子(ヴァイスプレジデント)

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