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事例にみる会計不正 第4回 -原価付替-
クライシスマネジメントメールマガジン 第68号
シリーズ:丸ごとわかるフォレンジックの勘所 第57回
第61号のメールマガジンから続く会計不正シリーズである本稿では、原価付替に関する具体的な事例をもとに、会計不正の手口・原因と特徴的な再発防止策を紹介します。なお、会計不正全般に関する基本的な事項(第61号)、架空売上(第65号)、循環取引(第66号)工事進行基準(第67号)についてはバックナンバーをお読みください。
I. 原価付替による会計不正
原価付替とは、主に製品やプロジェクトなどの損益悪化を回避する目的で、本来計上すべき先とは意図的に異なる製品やプロジェクトに原価を計上する会計不正であり、原価移動とも言われることがある。
原価付替は個別受注生産型の製造業、建設業、ソフトウェア開発などの業態において比較的多く見られる不正手口である。これら業態では製品やプロジェクトの規模が大きく、進捗管理・原価管理が難しいため、予算や原価低減が計画どおり遂行できずに採算悪化に至ることがしばしばあり、不正の動機につながるリスクを孕んでいる。
また、労務費(作業工数)などにおいて製品・プロジェクトとの紐づけや実態の把握や牽制の仕組みが十分でない、外注費などにおいて発注側の内部牽制や外注先の内部統制が脆弱であるなど、機会の面でも不正リスクを孕んでいる。
原価付替の手口の類型を要素別に分類すると以下のとおりとなる。
社外の取引先との共謀がない場合、取引偽装は主に工数など労務費において行われることが多いが、取引先より受領した請求書などの取引証憑を社内で改ざんした不正事例もある(図表①)。
外注費の原価付替は取引先と共謀で行われることが多い。外注先側で本来とは別の工事・プロジェクトの外注費として取引証憑が偽造されるため、書面上は通常取引と見分けがつかない(図表②)。
原価の付替先は、通常は利益が出ている他の工事・プロジェクトの原価、もしくは原価計上タイミングを遅らせるために完成時期がより遅い工事・プロジェクトなどに付け替えることが多い。付替先となる案件に困窮するようになると製造間接費や原価以外の費目、その他資産勘定にまで付け替えられることもある。
原価付替は、管理会計の観点からは、原価の発生実態や採算性を歪ませ、経営者等の判断および意思決定を誤らせるおそれがある。財務会計の観点からは、原価・費用の繰延べにより、期間損益が過大となるケースもある。
II. 原価付替による会計不正の事例
以上で説明した特徴を踏まえつつ、最近発覚した原価付替による不正事例を以下で紹介する。
1. 事案の概要
国内外の建設・不動産事業を営むP社の海外連結子会社S社において、2019/3期から2022/3期にかけて副社長A氏と従業員らが赤字工事の最終赤字を回避するため、協力業者と共謀して、本来赤字工事に計上すべき工事原価を将来受注予定であった別工事の原価として計上していた。
新型コロナウイルス感染症拡大が長期化し、工事受注件数の激減に伴い不正実行が困難となったことから、S社よP社への報告があり本件不正が発覚した。
外部専門家をメンバーに含む社内調査委員会を設置し、調査を行った結果、2019/3期から2022/3期の各期において累計で数億円の原価が過少に計上されていた。
2. 不正の手口
本件不正の手口は以下のとおりである。
- 取引先に対する原価未計上・付替の要請
副社長A氏は、工事部長、現場所長らと共謀し、大口取引先に対して当該赤字工事についての支払いを留め置くよう要請した。副社長A氏は、留め置いた赤字工事代金を保守点検費用や将来受注する工事の原価として支払うことを画策した。
副社長A氏は、担当役員、工事部長、購買部門長などに対し、協力会社との原価付替の交渉を進めるよう指示をするとともに、海外子会社S社社長に報告・了承を得ていた。 - 費用の隠蔽、取引の偽装
原価付替先は主に予算に比較的余裕のある工事案件であったが、実行予算作成時に原価付替を想定していたケースも一部含まれていた。そのほかに完工引渡時に発生する修繕費用に関する引当金から取り崩しを行ったケースや、設備解体費用に付替え、特別損失として処理したケースもあった。
付替元の赤字工事に関する請求書は工事所長が留め置き、協力会社への支払いを故意に留保、あるいは協力会社に他の工事代金であるかのように請求書を偽造させていた。 - 親会社への虚偽の報告
工事部長は、親会社P社に対して原価付替が発覚しないよう虚偽の実行予算や報告書を作成していた。また、P社による内部監査に対しても、本件不正取引が監査対象となったものの偽造された証憑に基づき虚偽の説明を行っていた。
3. 本件不正が発生した原因
- 受注獲得のプレッシャー
S社は近年の現地での競争激化に加えて、新型コロナウイルス感染症の拡大による、工事現場・事業者の閉鎖、プロジェクトの延期・中止により業績が急速に悪化する一方で、親会社P社海外事業本部からの受注獲得目標達成のプレッシャーを受けていた。
S社は、受注・売上高確保のために、工事受注に際し損益が赤字になる可能性が高いにも関わらず、所定の利益を確保できるよう根拠不十分な原価圧縮を織り込み、受注稟議を起案・受注したため、受注工事に赤字が発生した。この工事の赤字回避が本件不正の動機である。 - 内部統制の形骸化
本件不正は、副社長A氏による内部統制の無視(マネジメントオーバーライド)、取引先との共謀による内部統制の無効化が直接の原因となっている。
また、以下のような内部統制の形骸化が、原価管理、財務報告に対するコンプライアンス意識の欠如の一因となった可能性もある。
・協力会社へ支払うべき累計金額が当初発注書金額に達した時点で工事アカウントをクローズし、追加発注ができない仕組みであったため、追加工事発生時に別の工事代金として支払う実務が正常化していた
・社内承認が必要な発注書発行について、現場所長が承認を得ずに発行し、協力会社からの請求書を現場所長の中で留め置くことが可能であった - 親会社におけるグループ・ガバナンスにおける問題
親会社P社では過去同様の原価付替による不正事案が複数拠点において発覚している。その時には厳正な懲戒処分や適正な会計処理徹底のメッセージ発信、コンプライアンスマニュアル配布、教育研修などの再発防止策を実施していた。それにも関わらず本件不正が再発しており、再発防止策として不十分であったことを示唆する次のような問題が判明している。
a. 行動指針等の周知不足
過去不正発覚時にコンプライアンスマニュアルを作成・配布していたものの、海外連結子会社の現地スタッフは対象となっていなかった。そのため現地スタッフの中には原価付替が不正であると認識していない者もいた。
b. 工事受注審査プロセスの不備
P社は、大型海外工事について受注前の稟議により、P社取締役または海外事業本部長の事前チェック・承認後に発注を行うルールであった。海外子会社S社は、根拠が不十分な原価低減策を織り込んだ利益額、利益率により申請をしていた。稟議書には受注金額の内訳や原価低減策の具体的内容はなく、P社は受注後も受注金額、利益金額、利益率のみ報告を受けるのみでその内容を具体的に検証することまでは行っていなかった。
c. 内部監査における問題
P社コンプライアンス部門において、従来は海外子会社への往査・工事現場視察など実施していたものの、新型コロナウイルス感染症の影響により、S社に対しては書面監査を実施するのみであった。本件不正取引も監査対象であったものの、ヒアリング対象は主に日本人スタッフ(主に本件不正の実行者)であり、取引証憑も偽造されていたため発見できなかった。債務残高確認など協力会社に対する監査手続は実施していなかった。
d. 内部通報制度における問題
P社グループはコンプライアンス部門および外部法律事務所を受付窓口とする内部通報制度を設置していたものの、海外子会社の役職員は内部通報の受付対象と明確に定められておらず、海外子会社の現地スタッフには内部通報窓口の存在すら周知されていなかった。 またP社ウェブサイトの問合せフォームより海外子会社S社において問題が発生している旨の通報はあったものの、海外子会社S社社長による従業員ヒアリングを行うのみで私怨による通報として処理していた。
以上の要因分析に基づき、社内調査委員会が挙げている再発防止策は以下のとおりである。
- 風通しの良い組織風土の構築
国内・海外拠点一体となった全社横断的な企業風土作りの一層の推進 - コンプライアンス意識の醸成
特に海外子会社の経営を担う日本人出向者に対する集中的な研修プログラム、海外子会社の現地スタッフ向けのコンプライアンスマニュアル・社長メッセージの発信、公開事例の国内外拠点への共有、コンプライアンス教育月間の設置、海外拠点のコンプライアンス関連の定期的なコミュニケーションなど - 原価付替の発生防止のための仕組みづくり
受注稟議における原価低減策の具体的根拠の確認発注書を発行せずに発注した外注作業の台帳管理、協力会社対して未払いがないことを確認した書面入手 - 海外子会社への監査強化
監査対象となる工事案件に対するに抜き打ち監査、債務残高確認の実施、現地スタッフとのコミュニケーション - 内部通報制度の見直し
海外子会社の現地スタッフを含めた内部通報制度の周知徹底(利用方法や英語での通報受付、通報者保護など)
III. おわりに
本稿で取り上げた事例のように、会計不正は社内外関係者との共謀やマネジメントオーバーライドによる組織的な内部統制の無効化、取引証憑の偽造や虚偽の報告による隠蔽工作など、内部統制の限界を超えて行われることが多い。
再発防止策の実効性を高めるには、その発生原因の把握とともに、会計不正の持つ特質を十分に理解したうえで検討することが望ましい。特に本事例においては以下のようなリスク対応を検討することも有効と考える。
- 取引先との共謀リスクを低減するような取引先管理との取引開始・取引開始後における不正防止施策
- グローバル内部通報制度のほかに取引先等外部関係者を対象としたホットラインの運用
- 発生可能性のある不正リスクによりフォーカスした内部監査の実施
本稿で取り上げた事例は、新型コロナウイルス感染症拡大が不正の発見を遅らせる一因となった事例である。多くの企業においても潜在的に同様のリスクは抱えていると考えられるため、今後の不正リスクの対応の参考となれば幸いである。
次回の会計不正シリーズでは、減損会計による不正をとり上げる。
※本文中の意見や見解に関わる部分は私見であることをお断りする。
執筆者
デロイト トーマツ ファイナンシャルアドバイザリー合同会社
フォレンジック & クライシスマネジメントサービス
大田和範 (シニアヴァイスプレジデント)
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