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組織風土醸成~意見提起しやすい環境作り~

クライシスマネジメントメールマガジン 第71号

近年発覚した多くの大規模不正事案において、社内のコミュニケーション不足が不正の原因、また不正の発見が遅れる原因として指摘されています。組織の不正防止・早期発見のためには社内コミュニケーションにおける課題を認識、対応することによって、社内のどの階層の人々であっても意見提起しやすい自由闊達な組織風土を醸成していくことが重要です。本稿では、社内コミュニケーションを活性化させ、意見提起しやすい環境を作るためには何が課題でどのように対応すべきかという点について論じます。

I. はじめに

社内でのコミュニケ―ションは、主に上(経営、上司等)から下(現場、部下等)へのコミュニケーション、横(部署間、組織間)の横断的なコミュニケーション、下から上へのコミュニケ―ションの3つのルートに分類できるが、本稿で特に問題視しているのは下から上へのコミュニケーション、つまり現場や部下から、経営や上司へモノが言いづらいという組織風土である。

 

本稿では、実際の不正・不祥事事案の報告書の記載から、下から上へのコミュニケーションにおいての問題点を、①下からの意見を取り入れない組織風土、②上にモノが言えない組織風土、③上命下服の組織風土の3つの要素に分類し、その原因および対応策を見ていきたい。

II. 下からの意見を取り入れない組織風土

報告書には不正・不祥事を起こした企業における社員の発言として、「相談する意欲をなくす」「相談しても何も変わらない」といった発言が挙げられている。これらの発言に共通する背景には「言っても無駄だ」と社員が感じてしまう状況があるが、これは、社員が「学習性無力感」を抱いてしまっていることが原因であると考えられる。

人は日常生活でストレスが発生した場合に、ストレスから回避するための努力をするが、長期にわたって状況が変わらず努力が無駄だと感じると、「何をしても意味がない」との思いを抱き、その状況から抜け出す努力を行わなくなってしまう。そのような状態のことを学習性無力感という。社員が学習性無力感を抱いてしまうと、自ら意見提起をしなくなる、不正を見かけたとしても見て見ぬふりをするようになる、といった状況が引き起こされる。
このような学習性無力感を解消するためには、会社において、①組織への働きかけ、②上位者への働きかけ、③自己への働きかけの「3つの働きかけ」が必要である。

① 組織への働きかけとしては、まず多方面によるコミュニケーション機会の創出によって、誰もが意見を言える場を設け、気軽に意見が言える環境を作り出すことが重要である。意見箱の設置、メンター制度、1on1ミーティングなどの導入が、施策の例として考えられる。また、コミュニケーション機会の創出だけではなく、そこから拾い上げた現場の意見に対応する体制や仕組みも併せて整備することが重要である。そのために、意見の受け側である上位者への働きかけも必要になる。

② 上位者への働きかけとしては、まず、管理職へのコミュニケーションスキル強化研修の実施や、現場や部下から受けた相談等に対し必ずフィードバックをするルールの設定等が考えられる。加えて、他者への波及を喚起する仕組みとして、意見提起を促すトップメッセージの定期的な発信や相談内容に応じた適切なエスカレーションルート(自身の上位者に相談する、または内部通報窓口に相談するなど)を設定するなどが考えられる。このような施策の実践によって上位者から適切なフィードバックが行われ、「意見提起して良かった」という部下の気持ちを醸成し、意見交換の場を活性化することができると考える。

③ 自己への働きかけとしては、上記2つの働きかけと並行し、個々の社員の心理的安全性を向上することである。心理的安全性の向上の施策については、次の「上にモノが言えない組織風土」にて詳細に説明する。

III. 上にモノが言えない組織風土

報告書に見られる「不都合なことを上司に上げない」「おかしいと思っても言い出せない」事象に共通する背景には、「言ったら何か不利益があるのではないかという懸念・不安」を社員が感じてしまう状況があり、その原因として心理的安全性の欠如が挙げられる。

心理的安全性とは、社員が対人リスクを恐れることなく率直に意見することができ、ネガティブ情報についても自ら開示できるといった状態のことを指し、心理的安全性を高めることで社員の内面の充実から組織全体のパフォーマンス向上に至るまで、様々な面で好影響を与えることが期待されている。

反面、心理的安全性が欠如している組織では、上司に叱責され責任を自分に押し付けられてしまうことで、社員はネガティブな報告を隠ぺいするようになったり、意見を言うとコミュニティから排除されたり、評価が下がることを恐れ、意見を言わず不安や不満があっても改善しようとしない、といった状況が引き起こされる。

心理的安全性を醸成し、維持・継続していくためには(ア)自己への働きかけ、(イ)他者への働きかけ、(ウ)組織からの働きかけの3つの働きかけが必要である。

(ア) 自己への働きかけでは、社員個々人が心理的安全性について考え、心理的安全性の基礎を形成することが必要である。そのために、心理的安全性研修を通じて自らの価値観や直面している感覚を発見し、自己理解を深めることで社員の行動改善を行うことができる。

(イ) 他者への働きかけでは、(ア)自己への働きかけで認識した改善点を実行に移すことを通じて、周囲にも影響を与え、相互作用を継続させることが必要である。施策として、ワークショップを通じて定期的に社内で意見を共有することで、(ア)自己への働きかけで得た学びを継続的に意識させることができる。また、360度評価制度の導入も考えられる。他社員からの声を受けることで自分では気づけなかった改善点に気づくことができるほか、多角的かつ公平な評価がされていると感じ、会社への信頼感が高まる効果も見込まれる。

(ウ) 組織からの働きかけとしては、(ア) (イ)の効果を継続・定着させるため、組織の公式な権限や資源配分に基づく改善活動の支援を行うことが必要である。その施策としては、社内の心理的安全性の向上への寄与を人事評価に加点項目として追加することで社員の自発的な働きかけを促すことができ、意識を高めることもできる。また、部門横断的なコーチング/メンター制度の導入や定期的人事異動などにより同一化された組織内だけでコミュニティが完結してしまうことを防ぐことも、効果的な施策と考えられる。

IV. 上命下服の組織風土

報告書には「問題を報告したが上司から問題ないと言われた」「目標達成のためにやむを得なかった」という発言も見られる。これらの発言に共通する背景には「言うべきことだと思わなくなる」と社員が感じてしまう状況があるが、これは社員に「認知的不協和」が発生してしまっていることが原因であると考えられる。

認知的不協和とは、自分がやりたいことが何らかの要因でできない場合、現状を正当化したり、論理をすり替えたりする思考のことをいう。

 

社員に認知的不協和が生じている組織では、不適切な行為を上長に申告しても自分より経験豊富な先輩から問題ないと言われることで上長の意見が正しいと思い込み、正しくない行動を継続したり、達成困難な目標が設定され、目標達成のためには不正行為はやむを得ないと社員が自分を正当化したりといった状況が引き起こされる。

認知的不協和に陥らせないためには、A)開放的な組織体制の整備、B)社員レベルの意識の強化が必要である。

A) 開放的な組織体制の整備としては、業務内容の可視化・標準化を徹底し、組織内の不透明な慣例を排除することで、組織内の共通認識を形成し、認知的不協和に陥らない状況を作ることができる。例えば、業務プロセスの見直し・周知や定期的な人事異動といった施策などが考えられる。加えて管理者向けのコミュニケーション研修を実施し、上司側から積極的に部下との信頼関係構築に努めることで、風通しの良い組織体制が整備できる。

B) 社員レベルの意識の強化としては、社員個々の職場環境に対する意識を底上げし、社員の業務理解を深めるための社内規定の整備やコンプライアンス等研修の実施が考えられる。また、役員キャラバン等による意見交換により社員のモチベーションの向上を図ることも有効な施策と考えられる。

V. まとめ

下から上へのコミュニケーション、つまり現場や部下から、経営や上司へものが言いづらいという組織風土の問題について、学習性無力感、心理的安全性、認知的不協和の3つの主な原因を挙げ、その対処として考えられる施策についても述べたが、それらの施策には共通する部分が多いことに気づかれたのではないだろうか。組織風土の問題はその原因は様々であったとしても相互に関連しているため、対応するための施策も複数の施策を個々に独立したものとして実施するのではなく、有機的に実施することが有効である。また、組織風土の改善は一朝一夕で変えられるものではない。そのため、意見が提起しやすい環境を定着させていくためには、長期の視点で複数の施策を継続的に実施していくことも重要である。

※本文中の意見や見解に関わる部分は私見であることをお断りする。

執筆者

デロイト トーマツ ファイナンシャルアドバイザリー合同会社
フォレンジック & クライシスマネジメントサービス
小川 圭介 (シニアヴァイスプレジデント)
朴 芸華(シニアアナリスト)

 

(2024.3.12)
※上記の社名・役職・内容等は、掲載日時点のものとなります。

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